快落
ガチャリと音がした。 何度もガチャガチャと音がする。 岬がなんとかして腕を動かそうとしてる音だった。 「ったく!!なんでっ・・・!」 先ほどの若林の言動を思い返すだけで涙が滲み出てくる。 ほんの数十分前は、にこやかにお茶を飲みながら話をしていたのに・・。今は僅かに身動きができるかできないかという程度しか体が動かせなかった。 「久しぶりだね・・。元気だった?」 「もちろんさ。お前の方も調子いいみたいじゃないか。昨日の試合で連続10試合得点!って今朝買った新聞にあったぜ!」 ほとんど半年ぶりの再会だった。 久しぶりに日本に帰国した若林。まだリーグ戦も始まって間もないはずだが、実家に急用ができたということで急遽日本に帰ってきた。もちろん、それはマスコミやサッカー関係者には内緒なのだが、想い人である岬には連絡を入れてあった。 「とりあえず、部屋に上がれよ。お茶でも入れるぜ。」 そうにっこりと進められ、岬は大きな屏風で奥まで見ることができないがそれでも普通の家屋の倍以上はあることがわかる玄関に一歩足を踏み入れた。 「今日、皆、会社の取引先主催のパーティに呼ばれてて留守だから。どうせ遅くなると思うし、遠慮いらないぜ。」 若林が日本に帰った時、普段は岬のアパートで会うことが多い為まず入ることがない若林邸。少し遠慮が見られた岬に声を掛け、若林は先を促し歩いていく。岬も回りを気にしながらも、それに続いて奥に位置する若林家の三男の部屋へと足を進めた。 「この部屋に入るの、何年ぶりだろう・・・。」 キョロキョロと部屋の中に魅入りながら、中央に位置するソファに腰を下ろした。フカッと腰は沈むが、感触でそのソファがどれだけ高価なものかすぐにわかるほど座り心地は良かった。岬は思わずポンポンとソファを叩いてしまう。 「あぁ、俺も自分の部屋なのにな・・・、ずっと戻ってなかったから何か変な感じがするよ。」 そう笑みながら若林は、岬が来る事が分かっていた為にすでに用意していた机の上のティーポットに手を掛ける。 ゆっくりとお茶を煎れる。コポコポと音まで温かく感じる仕草に岬は目を細めた。 「若林くんって、結構マメなんだね。紅茶って入れるの思ったより難しいのに・・・。」 一通りの作業が終わって出されたお茶を感心しながらゆっくりとカップを口に運んだ。 「おいしい・・・。」 すでに辺りは暗くなっていて風が出てきていたせいか、訪れるまでに少し冷えてしまっていた体に温かさが戻ったのがわかった。熱すぎず程よい温度で煎れられていることに感謝を告げる。そして、岬が想像していた以上に紅茶においしさを感じたことに頬が緩んだ。いわゆる愛情っていう隠し味だろうか。 「だろ?特製の紅茶なんだ・・。」 今まで以上にニッコリと微笑む若林。たが、その表情がいつもと違うような気がした。その笑みを見ておいしいはずの紅茶が急に苦く感じたのが岬の記憶にある最後だった。 ガチャガチャと鳴る音のほかに僅かだがなにかしら音楽が流れているが岬の耳に入ってきた。 これは何の音楽だったっけ?とぼんやりとした頭で考えるが、なんとなく昔音楽の授業で聞いたことある気がするだけで、タイトルはまったく思い出せなかった。 なんとか思考を明確にしようと頭を振る。 確か若林くんの家にお邪魔して、若林くんの部屋を訪れて、若林くんが入れてくれたお茶を飲んで・・・、そこで記憶が途絶えている。若林くんが何かしら楽しそうに話していたような気がするがあれは何を言っていたんだろうか、それとも何か話していたのは気のせいか、と一生懸命に思い出そうとするが岬には若林のその時の笑顔しか思い出せなかった。 そして・・・。 動かない腕・・・。 何度となく脳裏に入ってくるガチャガチャと鳴る耳障りな音。 どうやら腕を拘束されて、若林が普段使う事のない広いベッドの上に寝かされていることだけが今の岬にはわかることだった。 頭の上方で纏めて縛られている腕はどうやっても動かす事が出来ず、しかもきっかりと縛られている為に動かすたびに腕がギシギシと痛む。 少し上を向いてその腕を確認すると鎖が目に入った。鎖で縛られているのがわかった。足は縛られていないのだが、腕を縛っている鎖はそのままどこかベッドの隅にでも繋がれているのか、ベッドから降りることも出来ない。 「一体なんで・・・。」 どうしてこんなことをされるのかわからない岬は目から涙が滲み出てきた。 確かに遠く離れてなかなか会えないのは寂しいけれど、それはお互い承知のはずだし、お互い相手のことを尊重し、またその想いも大事にしてきたはずだ。ずっとそうやって想い合ってもう3年以上も経つのに・・・、今更突然、まるでそんな想いは関係ないと束縛するかのようなこの行動。お互いを大切にする想いより、身体の自由を奪い、己のモノにしたかのようなこの鎖。 岬には若林が何故こんなことをするのかまったく分からなかった。理解りたいとも思わなかったが。 ぐるぐると回る思考回路をなんとか落ち着かせようとゆっくりと深呼吸をしていたら、ふいにドアの開く音がキイッと聞こえた。 鎖で腕を拘束されている為に動かせる範囲が僅かしかない頭をなんとか持ち上げて音の方を見た。 そこには若林が立っていた。 「わ・・・かばやし・・・くん?」 若林の名前を呼んでみたが、緊張しているのかそれは僅かに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声しか出なかった。自分の声が少し掠れてたように岬は思えた。 しかし、どうやらそれは若林の耳にも届いたようで、それに反応するようにニッコリと岬に微笑み返す。 「岬が悪いんだぞ・・。」 まるで岬が聞きたいことへの答えだといわんばかりに若林は口を開いた。それは抑揚のない声音だったが。 「岬が俺を裏切るから・・。俺はずっと岬だけを思い続けているのに、岬にはそれがわかっていない・・・。こんなことさせるのは全て岬の所為なんだからな!」 コトの発端は全て岬に原因があるように若林は岬を責めた。 岬には一体何のことを言っているのかさっぱり分からない。そもそも岬自身にはこんなことをされ、こんなことを言われる覚えはまったくないのだから。 「何のこと?若林くん。”裏切る”って?僕にはさっぱり分からないよ。なんでこんなことするんだよ!」 「わからないのか!」 ギリッと若林は歯噛みした。 いつの間に持っていたのだろうか、手元の雑誌をポィっと岬の足元の投げつけた。 岬にはそれが何であるか見えなかったが、その行動で若林が言わんとした事だけはわかった。 足元に投げつけられた雑誌。 出版されたのはつい先週だった。 岬にはまったく身に覚えがないのだが、どこぞのモデルだかタレントだかと密会したとかいう内容の記事の載った雑誌。 それはそれはご丁寧に写真まで付いて。 どこでそんな写真を手に入れたのかと不思議なもの。岬にはその女性にはまったく会ったことがないのだから、誰か似た人物と間違えられたか、考えられないのだが誰かがその写真を捏造したかだ。 そういえば、石崎くんが『ありゃあ、お前の成績に嫉妬した選手がやらせたんじゃないか?』と言っていたのを思い出した。その時は、あぁ、そういわれれば連続得点が騒がれ始めたころからたいした事はないのだが、身の回りで嫌がらせと思われる出来事が始まったっけと言っていたのを覚えている。 そうか、そんな嫌がらせで作られた記事に若林までが躍らせれているのかと、やるせなさと悔しさが岬の心に湧き出てきた。こんなどこまで本当かウソか一目で判断つきそうな目汚い言葉が羅列されている記事を若林は信じてこんなことまでしている。 岬は目に見えない涙を流して心を痛めた。 しかし、そんなことは若林は知る由もない。 気が付けば、若林はギシとベッドに乗り上がろうとしていた。 「黙っているのか・・・。・・・・お前がその気なら、俺にも考えがある。」 いつもより低音のその声にはどこか凄みが感じられた。普段聞くことがない程の声音。 今の我を失った若林にはもはや何を言っても信じてもらえないだろうと岬は思った。 ただ、今は若林の怒りが治まるのを待つしかない。落ち着いたらきちんと話をして、自分の言い分を聞いてもらって納得してもらうしかない・・・と。それまでにどんなことをされるか想像すると少し恐いのだが。でも若林のことだ、自分も若林自身もサッカー選手としての道を踏み外すようなことはしないと岬は信じていた。 自分の思考に囚われていたら、ふぃと目の前が暗くなった。 息が苦しくなるほどの勢いで口を塞がれた。 「う・・・んぅっ・・・っ。」 いつもよりも深い口付け。いや、深いというよりもただ激しいだけの、まるで相手を骨の髄までむしゃぶりつく勢いだった。 あまりの苦しさに思わず顔を背けるが、岬のその仕草に若林は尚も怒りを露にする。 「嫌なのか!俺が嫌なのか!!」 「うぅっ・・。」 グイッと顎を思い切りつかまれる。顎骨がくだけるかと思うほどの力で岬には呻くことしかできなかった。 違う、違う、の声も出す事ができないまま、岬は若林の怒りをそのまま身体にぶつけられる。 上着もそのままに、今度は下半身をいきなり全部剥がされそのまま若林の怒ったものを扶ち込められた。 「うわわぁぁっっ!!」 何の準備もなく、そして優しさもないただの動物以下のその挿入に、岬は喚き叫ぶしかなかった。 「いやだっ!!わかばやし・・くんっ!!・・やっ。・・・・やめぇっ・・・・・!!」 捻り込み、無理矢理奥まで入れ込み、痛みしか感じない行為は、岬の蕾から紅い血を流させ、ダラダラと下肢に流し布団に染みを作っていく。 しかし、眼には見えなくても血が流れているのがわかった岬だが、なぜかその血が自分のではなく、若林から出血しているかのような妙な錯覚を感じていた。 岬は、若林の狂気の心がそこに見えた気がした。 ずっと会えないから?それとも、誤解ではあるが、自分に他に好きな人ができたと思ったから? 元々自分達の想いは人には声を上げて言えるものではないのだが、それが余計に若林の心を狂わせた? そんなところまで思わせるほど、若林のこの行為は普段からは想像も出来ないほど尋常ではなかった。 口からは単語を発するどころか呻くことしか出来ず、苦痛しか感じないのに、岬はどこか頭の隅で冷静に今の若林の状況を掴み取ろうとしていた。若林が嫌いになるとか、どうしたらこの行為から逃れることができるのだろうか、とかそんなことではなく、どうして若林がこんな行為に走ったのか、それだけがただただ岬は知りたくなった。 痛みと苦しさを感じながらもゆっくりと岬は若林のことを考えた。 岬が思考をどこかに飛ばしている間にも、若林はこれ以上入らないところまで食い込み、それでもさらに奥へと突き進もうと身体を押し付けてくる。 もはや悲鳴しか上げられない岬に容赦ない突き上げをし、それでもまだ足りないと岬を攻める。 半ば狂ったように岬を抱き続ける若林。 それでもそんな若林を受け入れ始めている自分がいる。 そんな自分を不思議に思いながら岬はガチャガチャと腕を動かした。逃げる為ではなく、こんな若林を抱きしめたくて・・。 優しさも何もない、痛みしか感じない責め苦を止めない若林が狂おしいほどに可愛おしい自分も実はどこか狂っているのではないか。 そんな思いまで岬の脳裏に浮かんだ。 お互いを好きになってからお互いが狂いはじめた。実はそれに自分は今まで気がつかなかっただけで・・・。今までは普通に過せてきたから気づかずにいただけで、若林は本当はそのことをわかってて、今漸くその狂った心に忠実になっただけ。 今だ止まらない若林を視界のぼやけた瞳で眺めながら、岬はお互いの心を今始めて理解した気がした。 若林も自分も狂っている。 そうだったのか・・・。 だからこんな責め苦にも平気でいられるんだ。 だからこんな行為にも若林が可愛おしく感じられるんだ。 いつの間にか、岬の声からは悲鳴ではなく、快感を伝える声が口唇から漏れ出ていた。 いつの間にか、生理的な痛みで流れていた涙は、慈しみの涙に変わっていた。 いつの間にか、緩んだ鎖から外れた腕は、擦り傷で血の滲んだまま若林を抱きしめていた。 「んぅっ・・。・・・あぁはっ・・・・。あぁぁんんっっ!!」 それを待っていたかのように若林は尚も岬を攻め続ける。 「みさきっ。・・・みさ・・・っき!!」 「わか・・・ばや・・・しく・・・んんっっ!!・・・ああぁぁぁっっっっ!!!!」 何処の誰だが知らないが、でも、感謝しよう。 あんな記事がなければ、若林も自分もお互いの本当の心を知る事ができなかったのだから・・。 岬は地の底へ落ちて行く感覚に捕らえられながら僅かに残った理性でそう思った。 若林と一緒にどこまでも落ちて行こう。 END |