薔薇の園の誘惑17
そうこうしているうちに朝日は昇りきり、水平線の上にその姿を完全に現した。 と、サンジは思い出したように立ちあがる。 「悪ぃ・・・。俺、ちょっと戻るわ。」 「何?」 「彼女にすぐに戻るって約束していたのに・・・。彼女を待たせちまった・・・。」 「そうか・・・。」 ゾロは抱いていた手をすんなりと離した。 「お?やけに素直じゃん?」 サンジがにんまりとゾロの顔を覗きこむ。 「あの女とのことは気になるが、約束したんじゃ仕方ねぇ。それに俺達のこと、そいつ、わかってんだろ?」 「あぁ。お前の気持ちは兎も角、俺の気持ちは彼女には伝えてある。彼女もそれはわかってる。ことが済めばこの島から出て行くこともわかってるから、どうのこうの言うつもりはねぇみたいだ。信用していい。」 「わかった。・・・・でも、なるべくすぐメリー号に戻って来いよ。」 信用しているといいつつも多少心配を顔に覗かせるゾロに、こんな顔をするのか、とサンジは笑った。 「てめぇが、船に着くより先に戻るさ。」 「・・っ!」 「てめぇ!」と拳を振り上げるゾロを避けて、笑いながらサンジはすたすたと来た道を戻って行った。 ほんの数日間なのにずっと会っていなかったような気がして、そうして、長い間気づかなかった気持ちに気が付いて、お互いの思いを確認して。 嫉妬の思いはお互いに消え去りはしないだろうが、この島を離れればきっともう今回のことを口にすることはないだろうと思った。 ゾロは、これで良かったんだと、納得することにした。 そして、ナミとルフィもきっと自分達のようにお互いの気持ちを伝え合い、固い絆で結ばれることだろうと予想できた。 兎も角、とゾロは立ち上がってメリー号へと足を向けた。 船に着いたのは、陽がすでに水平線に沈む頃だった。もちろん、メリー号が停泊している場所からは陽は見えないが、メリー号を見つける少し前に夕日を確認している。 メリー号に向かったのは朝日を見た頃なのに、島を1周もしていないはずが何故こんなに時間が掛かったのかはわからない。とりあえずメリー号に着いたことに安堵した。 縄梯子をつたって甲板に上がるとそこには今朝会った顔が今は憤怒の表情を見せていた。 「一体どこほっつき歩いていたんだよ、てめぇは・・・・。」 ただ怒っているのかと思えば、その中には呆れも混じっている。 「あ?べつにどこもほっつき歩いてねぇよ。メリー号に戻ろうとしただけだ・・。だけど、てめぇのが早く帰ってるとは思わなかったぜ?」 顎を上げるとガンとサンジの膝がその顎に直撃した。 「んがっ!!」 「何しやがる!」と怒鳴ろうとして、そのまま固まってしまった。 真っ赤な顔をしてサンジが抱きしめてきたのだ。 「心配しただろうが!」 「!!」 ぎゅっとしがみ付く腕に力が篭っているのがわかった。 今朝の告白があったとしても、この島は女性だらけなのだ。途中でまた種を、と女性に捕まる可能性もなくはない。 「心配を掛けて悪かった。」と、素直に謝れた。サンジは軽く頷いて体を離すと顔を赤くしながらも普段を装った。衝動的に抱きつきはしたものの、恥かしかったのだろう。 「てめぇと気持ちも繋がったんだ。もう裏切ることはねぇ。」 「・・・・・・わかった・・・。」 目を合わせ、心の奥を伝える。 と、お互いに心が通じ合ったと思えたからか、サンジはニコリと笑ってゾロの背中をポンと叩いた。 「メシ食うぞ!みんなてめぇが帰ってくるのを待ってたんだ。ルフィも、もう戻ってきている。」 「じゃあ、あいつは・・・。」 「めでたくナミさんと話ができたらしい・・・。俺達には何も言わないがな・・・。」 「そっか・・・。ルフィもナミにきちんと自分の気持ちを伝えてぇって言ってたから・・・。そっか・・・・。」 同じように苦しんだルフィも、漸く己の思いをナミに伝えて、ナミもきっとそれに答えたのだろう。 例え自分達だけが結ばれたとしても彼らに遠慮するつもりは毛頭なかったが、それでもルフィ達も上手くいってよかったとゾロはほっとした。 サンジに呼ばれるまま付いていきラウンジへと入ると、みんながテーブルを囲んでいた。 食事もすでに並べられていて、後はゾロがテーブルに着くのを待つのみとなっていた。 「待たせたな、遅れて悪い。」 テーブルを囲む久し振りに見る顔ぶれに、思わず笑みが零れてくる。 素直にみなに詫びることができた。それをみんなも笑顔で迎えてくれた。 誰一人としてゾロを責める者はいなかった。 視線を感じて、目をやればルフィが満面の笑みでゾロを見つめていた。その横にはナミが座っていた。一見、いつもと変わりないように見えたが、見た目ではなく、空気が違う。二人の距離はいつもより近く感じられた。 ゾロもいつにない笑顔をルフィに向けた。 お互いの言わんとしたことがわかって、二人してニヤリと笑った。 それに気づかずにウソップが音頭を取った。 「それじゃあ、無事に帰って来たルフィとゾロ。そしてこれから生まれてくるだろう種馬どもの赤ん坊の未来を祝して・・・。」 「誰が種馬だ!!」 ゴンとゾロが拳を振り下ろす。ウソップはテーブルにのめり込んだが、幸いにも料理は無事だった。誰もが大声で笑う。 「乾杯!」 最後までウソップは言わせてもらえず、そのままルフィの音頭で乾杯がとられた。 「4日ぶりにみんなで揃って食事ができて、俺、うれしいぞ!!」 チョッパーが涙を流しながら叫んだ言葉に誰もが首を縦に振った。 「もっとこの島でゆっくりとして欲しかったけど、残念ね。ログが溜まるまでは、まだまだあるからそんなに急いで出航しなくてもいいのに・・・。」 「俺達はもうこの島には用なねぇ。食料をくれたのは感謝してるが、もうこれ以上セックスもしたくねぇしな。」 「あなたならずっとこの島に居てもらって構わないのに・・・・。仕方が無いわね。でも、また私を抱きたくなったらいつでもいらっしゃい。」 妖艶な笑みでルフィに向かうメドゥスィートにナミがルフィの後ろから睨みつける。場数を踏んでいるだけあってか、女船長はそんなことにお構いなしだが・・・。 「いや、悪いけど、もう俺はナミしか抱くつもりなねぇ。」 「ばかっ!!」 あっけらかんというルフィにナミが恥かしさからか、顔を真っ赤にして後ろからパコンとルフィの頭を殴った。 そんなやり取りを見ていたメリー号の面々はただただ苦笑いをするしかなかった。 メドゥスィートは「そう。」と肩を竦めるのみだった。 その女船長の後ろでワイルドストロベリーもまたゾロを見つめていたが、彼女は何も言わずにただ見つめているだけだった。その瞳には最初の頃のような熱は最早感じられなかった。彼女もまた、ゾロへの気持ちはすでに消し去ってしまったようだ。いや、消し去ざるをえないというのが本当かもしれないが。 その瞳を見て、サンジは複雑な気持ちになる。 この場には来れないというアーモンドに、サンジは既に別れを告げていた。 最初に出会った場所でアーモンドは笑って言った。 「どんなに男性に恋したって、男はいつかこの島を離れる運命にあるの。ずっとこの島にいられる男性はまずいないわ。」 何も言えないサンジにアーモンドは言葉を続けた。 「この島の女性誰もが覚悟を決めてること。どんなに相手の男性を好きになってもどうにもならないわ。」 「アーモンド・・・。」 「だから気にしないで・・・。あなたの気持ちをわかってて、それでも望んだことだから。私は貴方に抱かれて幸せだったわ。」 最後に笑ったアーモンドの笑顔を思い出す。 彼女の言葉を思い出して、ゾロと情交を交わした女船長の後ろに立っている女性を思う。 彼女もゾロに恋したとしても、それを成就させることはできないだろう。するつもりもないだろう。 もちろん例え、彼女がこの島の女性の運命を変えるつもりでゾロに着いて行くとしてもサンジにはゾロを彼女に譲る気は毛頭ないが。 それほどまでの自分の思いに気づいたのだ。 ゾロもサンジと同じことを考えていたのだろうか。ふ、と気づくとゾロの視線を感じた。 ゾロの視線を暖かく感じる。言葉では上手く表せないが、ゾロと繋がっているとサンジには思えた。 メドゥスィート達との別れを済ませ、船を出す。 「ゾロ。碇を上げて!サンジくん、帆の方をお願い。チョッパー、舵は面舵でよろしくね。」 ナミの機嫌がいい。 それはそうだろう。 女としての感情を押し殺して過したこの島を漸く出ることができるのだ。 そしてルフィと本当の意味で結ばれたのだ。 サンジはナミの生き生きとした顔を見て、釣られるように笑みを溢した。 「どうしたの?サンジくん。機嫌いいわね?」 「そりゃあ、ナミさんだろう?この島の最初の晩の様子が嘘のようだ。」 「お互いにね!」 ニッコリと微笑むと、ナミは「ほら、急いで!」と出航の準備を再開した。 本当に良かったとサンジは思う。 幸せを積んで、メリー号は大海原へと進んだ。 END |
08.10.04.