キスと想い




コツコツと足音をたてて歩いていたナミが、ピタリと止まる。
一瞬の間をとった後、今度は響かせていた足音をゆっくりと、そして忍ばせて歩き出した。
手にしていた分厚い本も落とさないように気をつけて。気を使うのがちょっと「なんで?」と思いながらも、ついつい静かに歩く。


ナミが神経を使いながら歩く理由はその先にあった。
いつもは暑苦しいほどの熱気を撒き散らしていることが多い後部甲板ではまず見られない光景。いや、場所を問わず見られることはないはずの光景。
階段そばからは、まだはっきりとは確認できないが、それでも普段からは想像すらできなかった様に目を見張る。
もっと近くではっきりと鑑賞したいが、近づく事さえ憚れる。


そのナミの視線の先には、手摺りに凭れて寝扱けるサンジがいた。いつもならタバコを吸って一服している時間だからだろうか。
いつも綺麗な曲線を描いて敵を蹴倒す長い足を弛緩して投げ出して。仕事柄、ゴツゴツして傷だらけでもそれを誇りとしていて、まるで芸術品をあみだすような仕草で料理をする指を身体の前で組み。

そして、何故か、その横に鍛錬という作業を忘れてしまったようにコックの横に陣取り、その寝顔を眺める剣士。
普段からケンカしかしない、一生を掛けても分かり合えないと思われた相手を、まるで愛を誓い合った者に向ける眼差しで見つめるゾロ。
ナミは見た瞬間、落としそうになった本を抱え直した。



軽く傾き、サラサラと音を紡いでいる髪をゆっくりと撫で。
ゆっくりとゆっくりと、眉間の皺の取れたいつもは厳しい顔が白い頬に近づいた。
そっと触れるだけのキス。
ナミは驚きのあまり、ついに本を落としてしまった。


ドサッ


音と共に振り返るゾロに緊張が走る。
見られていると思わなかったのか、驚きを隠せない表情が剣士から見られるとは思わなかった。
いつも人の気配に敏感な大剣豪を目指している男にしては、気配を消すのが下手ではないにしてもゾロにとっては容易にわかるはずの航海士の存在に気づかなかったのは失態といえるだろう。
見つかったナミからしても、自分の存在に気が付かないほど、目の前の人物に気持ちを囚われていたということがたやすく想像できた。

「ゾロ・・・。」

ナミから出た言葉は目が合った相手の名前しか出てこなくて・・・。
意外すぎる出来事に何をどう話しかけたらいいのか、到底言葉が浮かばなかった。
見られた方もどうしてよいのか、ただただ視線を彷徨わせるだけで、コックに触れている手はそのままなのに、ナミは内心笑ってしまった。
考えることが苦手と自他ともに認める人物だけあるためか、漸く出た言葉も。

「・・・・・・・・コックには黙っておけ。」

一言だった。
それがどういう意味をさしているのか、今いちわからないナミは足音を忍ばせたまま近づき。
今だ何も知らずに寝息を立てて寝ているコックとその横で固まっている剣士を見下ろして聞いた。

「貴方達って、そういう関係だったの?」

自分が何も知らなかったことが悔しいのを隠しもしないで頬をちょっとだけ引き攣らせた。
暫く沈黙のあと。

「コックは何も知らない・・・・・。俺が勝手に想っているだけだ。」

寝ている相手に起きて欲しくないのだろう。
音を立てず、緩やかにちょっと赤みの掛かった頬を一撫でしてから立ち上がるとナミの傍まで移動した。


「ただ単に強さを追い続けるだけで、人並みに恋や愛だのに興味がないのかと思っていたけど・・・。やっぱり貴方もただの人の子ってことなのね・・・・。相手には、かなり驚かされたけど、・・・・それはまぁ、やっぱりそこはただの人の子ってわけじゃなかったのかしら。」
「アホか・・・。とはいえ、自分でも驚いているんだがな・・・。こんな感情は捨て去ったとばかり思っていたからな。」
「ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。」

ナミがゾロの顔を見上げて厭らしい笑みを溢す。漸く驚きから落ち着いたということか。

「なん・・・・だよっ。」
「いいんじゃない?」
「あぁ!!」
「悪いことじゃないと思うわよ。ただ・・・。」
「ただ、何だ!」
「大事にしてね。」
「・・・・・!?」
「サンジくんって結構こう見えてデリケートなところがあるし・・・。まぁ、驚くとは思うけど、拒否はしないと思うわよ。」
「どうしてわかる?」
「だって聞いたことあるものv」
「何を・・・?!」
「バラティエでのこと・・・。」
「あぁっっ!!何だよ、そりゃあ!」
「内緒・・・・vv」
「てめぇっっ!!!」

ふたりのやり取りを前にうぅん、とサンジが寝返りをうった。
ペロリと舌を出すナミについついゾロの声がでかくなるのを、慌ててしいっ、と指を立てる。
ナミが指でちょいちょい、と呼んで移動する。
サンジから見えない位置まで移動すると、終わるかと思った会話が続行された。

「どういうことだよ・・・。」

眉間に皺が寄ったまま先ほどより声量を押さえてナミに詰め寄る。

「結構モてたらしいわよ、サンジくん・・・・。」
「そりゃああれだけ、女にメロリンしてりゃあ、そういう相手もいただろうが・・・・。今更じゃねぇか。それが、どうしたってんだ?」
「わかってないわね〜、ゾロ。」
「何がだ!」

はっきりといいやがれ!と怒りたい気持ちを抑えてゾロが問う。

「だ〜か〜ら〜、モてるっていうのは、女の人相手じゃなくて、男の人に・・・ってことよ!」
「・・・・・・はぁ??」

予想外の答えに素っ頓狂な声を上げてしまった。目も点になっているだろう。
これまた初めて見るゾロの表情にナミは声をたてて笑った。

「笑うな!!」

一気に真っ赤になってしまった顔では青筋を立てても迫力がないらしい。ナミの笑いは止まらなかった。
暫く笑ってから、ナミは笑い涙を拭いながらポンポンとゾロの肩を叩いた。

「ま、ほとんどの人は蹴倒したって言っていたけど〜。」

慰めにならない言葉にゾロはナミの腕を掴んだ。

「ほとんど・・・。・・・ってことは、多少はいたのか?男の相手が・・・。」

声は冷静さを装いながらも、さらにピキピキと青筋が多く浮かんでいくゾロに、ナミは痛くなる腕を払った。

「だから言ったでしょ?サンジくん、拒否しないと思うわよって・・・。」
「・・・・・・・。」

浮かんでいた青筋が一瞬にして綺麗に消え、今度は困ったような顔をした。ゾロからすれば、あまりにも意外な内容だったのだろう。
まったく、今日は本当に様々な顔をみせてくれるわね、とゾロの百面相に今度はため息を吐いた。

「目が覚めたら、ゆっくりサンジくんに聞いてみたら?」

肩を竦めるナミにゾロからは、反対の声をあげる。

「いや・・・・・・、聞かねぇ。」
「どうして・・・?」

ナミは意外とでも言いたげにゾロを見上げた?

「別に俺ぁ、アイツとどうこうなりたいってわけじゃねぇ・・・。」

ポツリ、と溢したセリフにナミが不満気な顔をする。
ナミとしては、小さな船の少ない仲間達が犇くこの世界で、男同士の恋人達というは意外ではあるが反対するつもりはない。サンジ同様、そういった輩の話を聞いたこともあるし、実際にこの船に乗る前に海賊相手の泥棒をしていた時には目にしたこともある。寧ろ、そういった感情をこの剣の道の頂点を目指す男が持っていたのはいいことだ、と思った。

「何で?貴方達って、そんな口にするほど本当に仲が悪いわけじゃないでしょ?ケンカだって一種のコミュニケーションだと思っていたけど・・・・。」

この船の仲間が幸せになるのにナミは諸手を上げて喜ぶつもりでいるのに・・・。口を尖らせてまるで自分のことのように拗ねる。

「確かに俺は、『アイツのことを好きか?』って聞かれたら、否定できない感情を持っている。が、それが直接、あいつとどうこうなりたいって思っているわけじゃねぇ。」
「この船で仲間としてずっと付き合っていった方がお互いの為だ。縦しんばアイツが俺に好意を持っているとしても、きっと同じ選択をすると思うぜ?」

淡々と話すゾロにナミの顔が歪む。

「何でよ?いいじゃない?仲間以上の関係になったとして・・・。」
「必要ねぇ!」

遠くを見つめて断ち切るように言葉を吐くゾロにナミは噛み付いた。

「怖いの!?」
「あ"ぁ?」
「ゾロ、怖いの?」

ナミは声を震わせてゾロに食い掛かった。
ギロリと睨みつけるが、そんなのはいつものことなのでナミにしてみれば怖くもなんとも無い。

「ゾロッ、あんた、サンジくんと恋人となった時にサンジくんを残して逝くのが怖いんでしょう?自分が死んだ後のことが心配なんでしょう?」
「・・・・・・。」

何も返せないゾロに、沈黙が答えと納得したナミは踵を返した。

「バカッ!!」

すやすやと眠るこの船のコックの存在が近くにあるのも忘れて、ナミを足音高く走り去った。
ゾロはただその後姿を見つめるしかなかった。





暫くすると、風上になっている後部から白く煙るものを感じた。
ゾロがゆっくりと振り返ると、そこにはさっきまで笑みさえ浮かべて瞼を閉じていた男が険しい顔をして前を睨んでいた。

「ナミさんを泣かすんじゃねぇ!」
「別に泣かしたわけじゃない・・・。」
「ウソつけ!取り乱していっちまったじゃねぇか、かわいそうに・・・。」
「・・・・。」
「ナミさんは、てめぇの言葉に自分を重ねているんだよ・・・。まったく無神経だな・・・。ルフィは鈍感だが、てめぇは無神経だ・・・。」
「・・・・・・。いつから聞いてた?」
「あん、何の話だ。」

話の核心を知っているはずなのに惚けて煙を吐き出して今だ睨み付ける男をマジマジと見つめた。

「・・・・・いや・・・・・・いい。」

サンジからは何も答えが返ってこないのをわかっているのか、ゾロはそのまま遠く先を見つめる船長がいる船首の方へと歩き出した。
一体船長に何を言うのだろうか。

「バカ剣士・・・。」

サンジの呟いた言葉は本人に届かずに。




この船は、止まることなく突き進んでいた。



END




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06.09.07




尻切れトンボですみません。本とにこいつらダレだよ!