いつか桜の木の下で31
サンジが会場に向かって庭を走って行くと、案の定、会場を分ける為の幕の外に立つ警備の者に止められた。 「これ以上は、お前のような者が入っていい場所ではない。持ち場に戻れ!」 ザッと立ち塞がれてサンジは留まる。 忘れていたわけじゃないが、つい感情に任せて来てしまった。が、やはりサンジには立ち入ることができない場所だった。 中では木刀だろうものがぶつかる音が響いていた。まだ試合はおわっていないのだろか。ゾロの勇士を見ることは叶わないまでも、結果がどうなったのか知りたい。 しかし、目の前にはサンジを睨みつける警備の者。 当たり前か。 サンジが足を踏み入れることができない幕の向こうは別世界。その世界にゾロがいることを、今更ながらに大きな壁のように感じた。 ゾロの力になりたい。 その前に、ゾロの真意が知りたい。 どうして、シモツキ道場を出ることにしたのか。そこで何があったのか。 どうして、今回の試合で褒美に家を起てたいと望んだのか。 全てはゾロが一人でずっと考え行動し・・・ずっと一人で頑張って来たことなのだから、今更サンジとは関係ない。サンジとは関わるつもりはない。そう言われるかもしれない。 それでも、サンジはゾロが夢を追う事への力になりたかった。 でも・・・・ゾロとの関係を絶ち切ったのは、どちらかといえば元々サンジの方なのだ。 環境が変わったとはいえ、今更都合が良すぎるのではないか。 それを示すかのように幕がサンジの前に立ち塞がる。 虫が良すぎるよな・・・。 そう諦め俯き、来た道を戻ろうと踵を返した時。 「サンジ!」 誰かがサンジの名を呼んだのが聞こえた。 いや、誰かなんて考えなくてもわかる。 声だけでわかる。いや、気配でも感じる。 呼ばれてすぐにサンジは顔を上げ振り返った。 そこには、幕を大きく捲り足早にやってくるゾロがいた。 「ゾロ・・・。」 「やったぞ、サンジ!!」 何がやったのだろう。 そうぼんやりとゾロを見つめた。 「これでお前と一緒に居られる!」 「え?」 呆然と立ち尽くすサンジにゾロは倒れそうな勢いで抱きついた。 有無を言わさずギュウギュウ抱きつくゾロにサンジは何がなんだかわからない。されるがままだ。 「く・・・苦しい・・・。ゾロ?ゾロ!」 非難を声音に表してサンジはゾロの腕をパンパン叩いた。 と、気付いたゾロは「あぁ、悪ぃ。」と腕の力を緩める。後ろで呆然と二人を見つめる警備の者を無視してゾロは改めて優しくサンジを抱き締めた。 サンジにはさっぱりだ。思わず説明を求めたくなる。 それがわかったのか。ゾロはサンジの肩に両手を置き真正面に向き直ると、改めて口を開いた。 「勝ったんだ。試合に。これでお前と一緒に居られる。」 ゾロのセリフからゼフの言う通り、エースから特別な褒美を貰ったことはサンジにもわかった。褒美の内容もゼフの言う通りならば、シモツキ道場から離れて、改めて家を起てるということだ。 しかしそれがなぜ、ゾロとサンジが一緒に居られるかはサンジにはわからない。 なんとなくぼんやり。そんな表情でサンジはゾロを見つめた。 そんなサンジの様子にゾロは改めてサンジが何も知らない、気付いていないのだと理解した。 「そうか・・・・。そういえば、何もお前に言ってなかったな・・・。悪い・・・。」 素直に頭を下げるゾロはめったに見ることはできない。その貴重な景色にサンジの表情に笑みが浮かんだ。 釣られてゾロもわずかに笑みを見せる。 そして、一歩サンジから下がって深々と頭を下げた。 「サンジ。どうか、俺と一緒に暮らしてくれ!」 ゾロの言葉にサンジは声が出なかった。 あれから数カ月が過ぎ、サンジとゾロは同じ屋根の下で暮らしている。ゾロの希望が叶い、エースが用意してくれた家だ。広さはあまりないが、二人で住むには十分で、場所も城からあまり離れていない。 ルフィの屋敷からも近いため、家が出来た時はお祝いと称して、ルフィもナミも来てくれた。 立場上、あまり堂々と訪れるのは憚れるが、時々、サンジの作ったご飯が食べたいと二人してお忍びでやってきてくれる。 ゾロもサンジもお互い仕える家は同じD家で、務める場所もお互い以前と変わらない。しかし、それ以外は以前の二人とは大きく環境も心境も変わった。 今日、正式にエースが家を継ぐための儀式なるものが終わった。 今は、酒を飲み騒ぎ立てる家臣を始め、城中の者が祝いだとわいのわいのと賑やかだ。 サンジは今日は、下拵えを少し手伝った程度だが、それでも少しずつ彼の努力を認めてゼフや先輩達が声を掛けてくれる。もちろんそれは怒鳴り声がほとんどだが、そこに愛情が籠っているのが伝わってきて、怒鳴られながらもサンジは幸せを感じていた。 ほとんどの料理を出し終わって、今は竃の火も下火になって少し落ち着いたところだ。 使わなかった器を始め、散らかった調理器具をとりあえず片付けているサンジにゼフは後から「休んでいいぞ。」と声を掛けた。先輩達もみな、休憩というよりもすでに酒が体に入って使い物にならないらしい。真っ赤な顔をしている者もいた。 片付けはどうするのか心配だが、どうせ一晩中この騒ぎは終わらないのは想定内だ。片付ける前に自分達の酔いを醒ませばすむこと、とゼフはすでにほろ酔い気分の連中を見て、苦笑している。 今日は無礼講だ。 「お前は一旦、家に帰るか?」 「いえ・・・・。ゾロも一晩、城に留まると言うことだから・・・・。どうせ、片付けがあるから俺もここに一晩います。」 「そうか・・。」 と。 サンジは本来ならば、諦めていた言葉を口にしようと、勇気を振り絞ってゼフを見つめた。 「あ・・・あの・・・。」 「何だ?」 おずおずと、しかし瞳だけは真剣にゼフを見つめる。 「エース・・・・様が・・・まだ見世に来ていた時に約束したんです。俺の料理を食べてくれるって。」 サンジの意図がわかったのだろう。ゼフの眼が細められた。 「で・・・・・俺の腕ではまだまだ・・・・ってわかってるんだが・・・・でも、今日だけ・・・・一口だけでもいい。俺の料理を口にしてもらいたと思う。」 「ふん。」 腕組をしてゼフはサンジを見下ろす。 「まだまだ貴様の腕前がどんなもんかわかってて、言ってるのか?」 コクリとサンジは頷く。 「味は確かにそうかもしれない。でも・・・・今日は、俺の感謝の気持ちが込められていて・・・・。その気持ちだけでも受け取ってもらえたら・・・。」 上手く説明できないが、技術的な味よりもその料理に込められた愛情を受け取ってもらいたかった。 「その料理はあるのか?」 「こっちに・・。」 サンジの視線の先には、板の間の隅に追いやられた様に小さな鍋が隠れる様に存在していた。 それはエースのためだけに作られたのだろう。ほんの少ししか作れらていない。しかし、鍋の蓋を開けた途端、薫る食欲をそそる煮物の匂い。 ゼフは鍋の中をじっと見つめ、おもむろに手近にあった菜箸を手にした。 さっと鍋の中にある芋に手を伸ばす。手早くそれを口に入れ、モゴモゴと味を確認すべく口を動かした。 目が一層細められる。 ドキドキしながらサンジは、ゼフの様子を見つめることしかできなかった。 「まぁ・・・・・煮込み具合はまだまだだし、絶品とは程遠いが、味自体は悪くねぇ。今日は祝いの席だ。お前、自分で持っていけるか?」 ゼフの『悪くない』は、他の者が口にすれば、絶品レベルだ。 これならば、エースに出してもいいだろう、と許される範疇に入るのだろう。 「はい!」 満面の笑みを浮かべて、サンジは慌てて器を出す。と、ゼフが「ちょっと待て」とサンジを止めた。 「仮にもこのD家の主となる方に出すのに、そんな器はないだろう。こっちのを使え。」 それはサンジには見たことのない器だった。小鉢だが角度によっては七色に光ってみえるような色合いの器。小さいが気品のある様からしてたぶんどこかの名のある職人が焼いた器なのだろう。 ゼフの心遣いに感謝し、サンジは小走りに賑やかな声が響いている方へと足を向けた。 本来ならば、普段サンジが足を踏み入れる区域ではない場所へとサンジは廊下を進む。 いや、以前、無理やり連れ込まれたことがあるのだが、それはもうサンジには過去のこととして捉えている。ゾロというサンジを守る者がいる今は、誰もサンジに手を出すことはない。それはある意味、男としては悔しい気もするが、それでもゾロという愛する者がいることが嬉しい気もする。 と、盆を持って進むサンジにふいに立ちはだかったのは、見知った影だった。 「どうしたよい。ここはお前が入れる場所ではないよい。」 それこそ、いつぞやサンジが襲われた時に気を使ってくれたというべきか。 お目付役のマルコ様だった。 「あの・・・・。実は今日、お祝いに以前からエース・・・様に約束していた品を食べていただきたくて・・・・。」 自分が口にした言葉に、サンジははっとする。つい素直に言ってしまったが、暗に自分が料理を作ったことが知れてしまった。 まだまだサンジは料理人としては一人前扱いしてもらえず、料理を作っていないのは誰もが知るところだ。 『以前約束していた』という言葉に、過去のエースとの関係を暴露する形になってしまったことに内心「しまった」と慌てた。 しかしマルコは、そこは気づかぬ風に「ふむ」とサンジが持つ盆の中を除いた。遠慮したように盛られている煮物に使われている食器を見て、「なるほどよぃ。」と顎に手を当てる。 ゼフが使用を許可してくれた器はやはりエースが使うに相応しいものだったらしい。うん、とマルコはサンジを見た。 「なるほどよぃ。こっちへ・・・とゾロ?」 そこへまたもや偶然にもゾロも通りかかった。よくよく偶然が重なるのか、それとも何かしらサンジに対してセンターがあるのか。 つい苦笑してしまう。 「あ・・・マルコ様。」 「ちょうどいいよい。俺はエース様を呼んでくるから、この者を鳳凰の間へ案内しておいてくれよい。」 「は?・・・・はい。」 そうゾロに言いつけると早々にその場を離れた。 取り残されたサンジとゾロはお互いを見あう。 「どうしたんだ?」 「あ〜。これ、エース・・・様に食べてもらおうと思って・・・。」 「エース?」 今はお互い仕えている家の城主となってはいるが、過去のことを考えると口の中が苦くなる思いだ。だから禁句とばかりに二人の仲では主とはいえエースのことはあまりに話題にしない。 しかし、避けてばかりもいられない。 「まだ見世に居た頃・・・約束してたんだ。俺の料理を食べてもらうって・・・。まだまだここで料理を任せられる立場じゃないが・・・今日は特別だから、一口でもいいから食べてもらいたくって、作ったんだ。」 「そうか・・・そうだな。」 穏やかな表情を見せるゾロにサンジは一緒に歩きながらもゾロを見つめた。 「エース・・・様、喜ぶよ。」 「ゾロ?」 「まだちょっと妬けるが・・・でも、俺達がこうして仕えながらも一緒に暮らすことができるようになったのはエースのお陰だ。やつ・・・いや、あの人の口添えがなければ、俺はシモツキ道場から離れた時、コウシロウさんが将軍家の方に仕えることになったとはいえ、正直ここにはいられなかったと思う。」 「あぁ。」 「どうしてもお前を忘れらない俺の気持ちを汲んで、息子が生まれてからくいなに離縁を申し出た時も俺達のことを気遣ってくれて、俺のことも、くいなと息子のこともなにかと心砕いてくれた。」 「あぁ。そういえば、くいなさんと息子さん・・・。どうしてる?」 「もちろん元気だ。なんせ、シモツキ道場はそもそもが将軍家に仕えるようなところだ。俺がいた頃よりもシモツキ道場の門下生も増えていて、コウシロウさんもくいなも毎日が忙しいらしい。チビもじっとしてなくて目が離せないらしい。」 どうせ自分達の間には作ることはできない子どもだ。これでいい、とゾロもサンジもお互い納得済みだ。まだサンジは会ったことはないが、ゾロの子どもならば、きっとかわいいだろう。 と気づけば目的に部屋についた。 どちらかといえば鳳凰という名前の割に内密事に使われる部屋なので、今日は暗く静かなままだった。 ゾロが小さく灯りを灯すと同時に廊下から足音が聞こえた。 すっと襖の開く音が聞こえる。二人して仕えるべく男に頭を下げた。 「お?サンジ!久しぶりっっ!!」 まったく昔と変わらない声が頭上から振って来る。 「そんな遠慮すんなって。頭、上げてよ!」 エースの言葉に二人して頭を上げた。 「あの・・・エース様。今日は・・・。」 「あ〜。そんな堅苦しい挨拶はやめやめ!!今は俺達3人だけだし〜って、そういえば、3人で顔を合わせたのは初めてか?」 エースの言葉にお互い顔を見合わせる。 もしかして初めてかもしれない。というよりも、サンジはこの城に来てからエースに会うのがそもそも始めてなのだ。 それに気づいたエースは遠慮なくサンジの肩に両手を添えてサンジを見つめた。じとっとするゾロの視線は気づかない振りをする。が、ゾロはなおもエースを見つめる。 「って、ゾロ!俺、サンジには何もしないからそんなに睨まなくてもいいじゃないの?これからもまずめったに顔を合わせられないから。それより、サンジ。今、幸せ?」 エースの雀斑が浮かぶ笑みにコクリと頷いた。 「エースのお陰で、今はゾロと一緒に暮らすことができて・・・・ここで料理人として腕を磨くことができて、こんな幸せはない。本当にどれもこれもエースのお陰だ。ありがとう・・・。」 久しぶりに会えた感動と感謝の気持ちが溢れて来て、思わず涙が浮かんでくる。 サンジの言葉に、ゾロもはっとしたように改めて頭を下げる。 「サンジの言う通りだ。お陰でくいなとも拗れることなく別れることができたし・・・・褒美とはいえ、新たに家を起すことができた。サンジと一緒に住めるようなったのもエースのお陰だ。感謝してもしきれない。」 ゾロはサンジにはあまり詳しくは言っていなかったが、確かにくいなと別れる時、彼女は抵抗した。 子どもだっているのだ。父親のいない子どもにはしたくない、とくいなは最後まで渋ったが、上手くいなしてくれたのはエースだ。 ゾロはずっと子どもが生まれた時には決心していて己の決めた事を変えるつもりはなかった。そのゾロの気持ちを汲んでエースは二人の仲が拗れない様に心を砕いてくれた。それもこれもサンジが後で涙を流さないために、と言って。 エースの仲裁のお陰で、別れてしまったが父親ということで今もくいなの所には時々顔を出している。人手が足りない時は師範の手伝いもしている。もしくいなが新たな人と出会わなければ、子どもが大きくなった時に、彼を手助けするつもりもゾロの中にはある。 エースには、本当に感謝してもしきれない。 頭を下げる二人にエースはぼりぼりと頭を掻いた。 「そんな辛気臭い顔やめよう。それよりも、サンジの手料理が食べれるってマルコから聞いて慌ててきたんだけど?」 エースの言葉に思い出したようにサンジは器の乗った盆を差し出した。 「あ!これ・・・。まだきちんと料理させてもらえないから材料も限られてて、時間もなかったからこれしか作れなかったが、でも一口だけでも食べてもらいたかったんだ。ほんのささやかだけど、俺の感謝の気持ち。」 サンジが頬を染めて告げる言葉にエースはさらに穏やかな笑みを見せた。 「ありがとう。時間がないからすぐに戻らないといけないけど、もらうよ。」 そう言って、目の前に差し出された盆の上に乗る器に手を伸ばした。 そっと、箸を持ち、器に、料理を覗く。 「これは・・・。」 「ただの芋の煮物だけど・・・煮物って簡単そうで難しくて・・・。凝った料理よりもただ素朴な味を感じて欲しかったんだ。」 「うん。」 そっと箸を口に運ぶ。 静かに咀嚼する様をゾロとサンジ二人してそっと見守った。ゾロの方が反って緊張しているようにも見える。 「おいしいよ、サンジ。」 一口咀嚼して、改めてサンジに向き合って出た言葉。 素直においしいと言うエースの言葉がとても嬉しかった。 そのまま器の中を綺麗にするとエースはすっと立ち上がった。 「これからも料理がんばるんだろ?」 「もちろん。」 「いつか、サンジの料理が毎日口にできるようになるのを待ってるから。」 「あぁ。」 「ありがとな。」 「こちらこそ、エース!」 遠く人々の歓声が届いてくる。今日の主役はそうそう場を空けるわけにはいかない、とエースは「悪い。」と頭を下げながらふと立ち止まる。 「そうだ。サンジ!」 「はい?」 エースを見送る二人にエースはにっと笑った。 「いつか例の桜を見に行く時は俺にも声を掛けてくれよ!まだ、行ってないんだろ?あ、そうそう、俺の奥方も行ってみたいと言ってた。待ってるからな。必ず忘れるなよ!」 「あ!?」 言うだけ言うとさっさとその場を後にした。 取り残された二人はお互いを見合ってくすりと笑う。 「こりゃあ、がんばってあのゼフをぎゃふんと言わせるぐらいにならないとな。」 「ゾロだって、この間の城内試合に勝てたと言っても、今度は対外試合があるんだろ?将軍様も見えるって聞いたぞ。エースが恥を掻かないためにも腕を磨かないとな!」 「お互い、夢、頑張ろうな!」 「もちろんだ。」 まだまだ今はゾロもサンジの夢の半ばだ。 それぞれの夢を叶えるためにはまだまだ困難も大きく、努力が必要だ。 それでも構わない。お互いが傍にいる。支え合って生きて行くことができる。 一緒に夢を追って生きて行こう。 そう二人で新たに誓った。 そして。 あの夢を誓った桜の木の下で集まって、皆でサンジの作った料理を食べるはもう少し先のこと。 END |
13.01.21