真実と虚偽の間で




「てめぇに惚れた。」

さらっと今夜のメニューのリクエスト並に口から零れたのは、意外な言葉だった。
まさか、ストイックだとばかり思っていた剣士からこんな告白が聞けるとは、ここはまさにグランドラインだ、とサンジは一度止まった思考を回転させた。

「てめぇと懇ろになりてぇ。」

誰もいない深夜のラウンジ。
明日の朝食の仕込みをするために一人キッチンに残っているサンジのとろこに、今夜の不寝番のゾロが、突然展望台から降りてやって来た。
そして、そのままキッチンの中にまで押しかけて、突然の告白。
驚きのあまり、惚けたまま何も言わないサンジをいい事に、ゾロは言葉を続けた。
不器用な男は、己の気持ちを正直にぶつけることしか頭にないようだ。
確かに、真っ直ぐに見つめる瞳には、嘘偽りはないようにサンジには見えた。

が。

冷蔵庫を背に立ったまま動かないサンジをそっと抱きしめ、そのまま口づけをするころには、サンジのゆっくりと動き出していた頭は沸騰しかけたのが急速に冷めだしていた。



なんだ・・・・。そういうことか・・・。



黙ったまま、一人心の内で納得してしまった。



過去、バラティエに居た頃に何度となく経験した苦い思い出が脳裏に蘇える。



性欲を満たしたいのなら、そう言えばいいのに。



唇を一旦放したゾロの顔を見て、サンジはゆっくりと微笑んだ。



「いいぜ、ゾロ。」



本来なら『俺も好きだ。』という返事を別なものに摩り替えて、サンジはゾロに身を任せた。


























ゾロの独り善がりの告白を受けて、そのまま身体まで繋げて。
一夜明けたその日。
いつもと何も変わらなかった。

ゾロもサンジも。

朝、起きた時は、傍にいるのには驚いたが、サンジは一人先に起きて朝食を作り。
皆が起き出しても寝こけているゾロに「不寝番はどうしたの!」とナミに怒鳴られていたのを遠目に見た。
そのまま一同に朝食を取り、それぞれ自分のすべき行動へと移った時も、ゾロもいつも通り鍛錬に勤しんでいた。サンジも同様に洗濯、昼食とおやつの仕込みをし。

普段と何一つ変わらない日常を過した。






「やっぱ、性欲処理かよ。」

おやつをサーブした後の一服は、裏のバルコニーで海を眺めながら堪能した。
結局、思った通りだったと、夕べを思い出してサンジはふんと鼻を鳴らした。

結局、ゾロはサンジの予想通り、そのままサンジを抱いたのだ。
サンジの「いいぜ。」という言葉のままに、サンジの気持ちを改めて確認するまでもなくサンジに己の楔を打ちつけた。


サンジもこれが初めてではない。
何度も経験したことなので、今更だ。女性のように「私の身体が目当てだったのね。」と泣くこともない。サンジは男だから妊娠の心配はないし、すでに遠い過去、何度も涙を流したのだ。
あの頃はまだ何も知らない子どもで、相手の言葉をそのままに信じ、何度となく裏切られた。

「好きだ。」
「愛している。」
「一緒に海に出よう。」

どれもこれも似通ったセリフに似通った行動。
誰もがサンジに「好きだ。」と告げ、そのままサンジを抱く。
「好きだから、抱きたい。」
「愛しているから、自分のものにしたい。」
どの男も同じような言葉を口にした。
大抵はバラティエにやってきたコックやウェイターや、客として店に来た者も中にはいたが、たぶん、彼らは女性のいない小さな空間で性欲処理をする相手とその為の口実が欲しかったのだろう。
そして己の欲が満たされると同時に素っ気無くなり、相手の言葉を信じて慕うサンジを疎ましがっって店を離れるのだ。
そんな経験を何度もしてサンジは、自分に対して紡ぐ言葉を信じなくなった。



「まぁ、俺様はレディからも野郎からもモテルからな・・・。」

そう笑い、自分を慰める。
小さな船の小さな空間。
ヤリたい盛りの10代。
女性は極上の美人が二人。だが、欲の処理として扱う訳にはいかない。
今までは島で処理してきただろが、それもそろそろ限界なのだろう。

だったら・・・・、これしかないだろう。


「ナミさんやロビンちゃんに手を出さないだけ誉めてやるか。」



ゾロの選択は正しい、とサンジは笑った。





一本吸い終わる頃、後ろから足音が聞こえた。ドシドシ重いのは、振り返らなくてもわかる。ゾロだった。

「お?どうした?」
「コック・・・。」

今日、会話を交わすのは始めてだ。

「今夜、酒が飲みてぇ。」

ぶっきらぼうに口にする言葉は誘っているつもりなのか。
サンジの身体は、余程相性が良かったのか。
サンジは内心笑った。

「あぁ、そういえば、今朝ナミさんから、夕べ不寝番しなかった御叱りを受けてたな。今夜もお前が当番になっちまったんだろう?飲んでもいいが、ほどほどにしろよ。」
「わかった。」

ゾロの返事にサンジは「よし。」と頷くと、踵を返した。
すれ違い様にゾロの首筋にふっと息を吐き掛ける。

「ごちそうも喰いたかったら、別に構わないぜ?」

驚きを見せるゾロにサンジは目を細めて笑った。









やはりその日もサンジの予想通り、ゾロは酒を飲みだしてからすぐにサンジを求めた。
サンジもせっかくだから楽しもう、と快楽に素直に身を任せる。やはり、ゾロとの相性はいいようで、お互いすぐに頂点に達した。またもや不寝番を忘れてしまいそうになるほどに気持ちがいい。

ただ、唯一、サンジとしては行為の最中に囁く、ゾロの「好きだ。」という言葉が耳障りだった。

昨日も何度も囁いていたが、今日もまたサンジを抱きながら、繰り返し「好きだ。」と告げる。
らしくないセリフに心の内で笑うが、それ以上に聞きたくない言葉だ。だが、身体は別なのだろう、耳に囁くゾロの声音はサンジを高めた。とにかく気持ちはよかったのだ。
とはいえ、さすがに二日連続で仕事を放棄すれば問題なので、そこは自制して頃合を見て、それぞれに職務に戻る。

欲を吐き出した後、ダイニングを出て行く寸前にゾロが見せた表情は何か言いたげだったのがサンジには気に掛かった。


「どうした?」
「てめぇ・・・。もしかして、男は初めてじゃねぇのか?」

お互いに性欲処理の関係なのだ。それがどうした、とサンジは不思議な顔をする。

「あぁ、別にお前が初めてじゃねぇが・・。何か問題でもあるか?」

当たり前のように答えるサンジにゾロは目を見開くが、一呼吸置いて、「そうだな。」と呟いた。

「いや、お前、いつも女ばっかに目が行ってるだろ。だから意外だったが、・・・・・そうだな、お前、男ばっかの環境にいたんだからな、そういうことがあっても不思議じゃねぇよな。」

ゾロとしては特別深い意味はなかったのだろうが、サンジにはカチンと来た。

「あぁ、そうだよ!回りは男ばっかだったからな、これは普通だったぜ!?それが何だ?悪ぃか?」


てめぇだってそうだろうが!!
過去、何度も己の身体の上を通り過ぎた男達となんら変わらない行動しかとらないゾロに、サンジは怒りを覚えた。
ただ、深夜ということもあり、怒鳴り返すのだけはなんとか抑えたが。

「いや・・・悪いわけじゃねぇ。」
「早く見張りに行け!!」

プイッと顔を背けたサンジにゾロは「すまねぇ。」と囁く程度の声量を落として部屋を出て行った。

ゾロが出て行った扉を見つめて、サンジは悪態を付く。

「性欲マリモが!!てめぇも他のやつらと同類だろうが!!ヤレりゃあいいんだろうが!!自分ばっかり清いつもりでいるんじゃねぇよ!」















ゾロに対する怒りは残ったままだったが、サンジはゾロとの関係は続けた。
それはサンジの中でゾロとのことは、ただの性欲処理と割り切っていたからにほかならない。
お互いに都合が良い相手と思うことにしている。

それでもゾロの口からは何度も何度も「好きだ」と言う言葉が紡がれた。
サンジはその言葉に耳を塞いだ。



































「ええっ!!昨日、サンジくんの誕生日だったの?」

ナミが盛大にため息を吐いた。
隣でルフィ達も宴会ができなかったことにブーブーと文句を言っている。

誕生日のことを言わなかったのは、言いたくなかったからだ。
そりゃあ「おめでとう」と言ってもらえるのは純粋に嬉しい。
が、もうそんな事を祝う歳でもないし、実はその日が本当の誕生日かどうか定かではない。気が付けば自分は客船で働いていたのだ。
親と一緒に居た頃の記憶はと言えば、暖炉の傍で絵本を読んでもらったとか、一緒に布団の中でまどろんだこととか、ほんの僅かなことばかりだ。親も顔も今は朧気で。
なので、自分の歳も誕生日も仕事仲間のコックに教えてもらっただけなのだ。親から誕生日祝いをしてもらったからではない。

それに。
と食料庫の方に視線を送る。
食料が危ういのだ。
宴会をしている場合ではない。あと2〜3日で島に着くと予測はされているが、島に着くまでは絶対大丈夫だという保障はない。それに、計算通りに島に着いたとしても、トントンなのだ。盛大に飲み食いしている場合ではないのが現状だ。
だが、それも心配を掛けまいと誰にも言ってなかった。
予って、サンジは己の誕生日のことは話さなかった。
ただゾロとの情事の間に交わした会話により、暴露しただけだ。

「まぁいいわ。もうすぐ島に着く予定だから。そこで誕生日祝いの変わりとしてサンジくんにはゆっくりしてもらいましょう?」
「ナミ!島に着いたら宴会するぞ!!」
「あぁ、わかったわかった。だからルフィ!大人しくしていてよね。」

会話には加わらないが、誕生日の日にちを知った経緯は別として、事を知らせたゾロも外れた場所で、なんとなくだが怒っている。
口には出さないが、その眉間に寄った皺でわかった。



何でゾロまで怒っているんだ?


サンジはわからない。
がっかりする変わりにあれこれと島に着いてからの計画を立てるナミ達を尻目にサンジは途方に暮れた。












ナミの航海術のおかげで船は順調に進み、予定通りに島に着いた。
食料もなんとかもって、サンジも安堵の息を吐く。
ナミはニッコリと笑った。

「じゃあ、この間話した通りね。ログの期間はこれから調べるけど、とりあえずサンジくんには二日ほど誕生日祝いの代わりに休暇をあげる。特別にホテルでの宿泊も許可するわ!ゆっくりしてvvあ、そうそう、ゾロをお供に使っていいわよ!」

休暇のことは誕生日が暴露した時点ですでに決定事項になっていたから別に驚かないとしても、ゾロをお供にする理由が見つからない。サンジは不思議な顔でナミを見つめた。

「あんた達、ゆっくり話し合った方がいいと思うわ。」

真剣な眼差しでナミがサンジを見つめる。
二人の仲を知っているのだろうか。

二人の仲は秘密にすることをサンジから言い渡されていたので、ゾロも誰にも言っていないはずだ。
ゾロとしてはみんなに言いたそうにしていたが、身体の関係で受ける側を許容している分、言い分が通ることが多いサンジの強い要望で、それは叶っていない。
サンジとしてはポーカーフェイスを崩していないはずだから、幾度となく恋人宣言をしたがっているゾロの行動に勘のいいナミは何かを知ったのかもしれない。



別に島に降りてまで一緒にいる理由なんかないのに・・・。


サンジは肩を落とした。

これまでも関係ができてから島に降りたことは何度もある。が、大抵は皆一緒に行動することが多かったし、それぞれに島に降りたら買出しや、剣の手入れにと、それぞれ異なる仕事がある。二人だけで行動することはなかったのだ。
サンジにしてみれば、身体だけの関係なのだから当然と言えば当然なのだが、ゾロに不満があるのは、彼の発する言葉の端々に見受けられた。
が、サンジはいつもと同様にそれも受け流していた。
ゾロとは、『好きだ』という言葉と身体を重ねることしかないのだから。どれだけ経っても、ゾロの真剣さがサンジには伝わらない。



今回もいつもと同様に別々の行動で構わない。


そうサンジから提案する前にゾロからナミに反対の声が上がった。

「いや、俺は別に用があるから別行動をする。コックもそれでいいんじゃねぇか?」

いつもならバレない程度だが言葉の端に不満を口にするゾロから同意を求められて、コクコクと頷いた。

「あぁ、俺も偶には一人でゆっくりとしたいから・・・。ダメかな、ナミさん。」

当事者二人の反対にあってはナミも強行するわけにはいかない。

「まぁ、二人がいいならそれでいいわ。・・・それから、サンジくん。ホテル決まったらホテルの名前と場所だけでも教えてね。何かあったら連絡取れないと困るもの。」
「それはもちろんだよ。ありがとう。」

素直に礼を言って、サンジは一人、船を降りた。






結局、のんびりと過すのに慣れなくて、いつものように市場を回って、休暇後に行われるだろう買出しの計画を練った。やはり自分は根っからのコックだと笑う。
と、付随するように自分の物も買い物した。
大きく繰り出す足技の為、すぐに痛む靴。船にいる間もお洒落を忘れないように、服も何着か買った。
楽しいひと時を過せたと思う。


でも、できれば・・・・。


ふと、頭の中に浮かんだ顔に、いやいや、と首を振った。


恋人とは仮初の仲だ。一緒に買い物なんてするわけがねぇ。
アイツだって今日、ナミさんの言葉に拒否したじゃねぇか。
一緒の船に乗って、仲間として過し、それから、恋人と称して身体の関係が出来て・・・。



情でも移ってしまったか?


元々、ゾロのことは嫌いではない。
だからこそ、恋人という名の性欲処理の仲を受け入れたのだ。
所詮は仲間で、性欲処理の相手で。


本当の恋人ではない。



サンジはそう信じている。

だからこそ、一緒に買い物だなんて絶対ありえない。
せっかくの休暇だ。一人をゆっくりと満喫しよう。



そう改めて決めて、サンジは夜はホテルのレストランの食事を一人で堪能した。











「美味かったな。」

この島でしか獲れない魚をメイン料理にしたコースを食べた。ここのコックと腕試しをすれば負けるつもりはないが、それでも料理は絶品だった。


後は、ゆっくり風呂にでも浸かって体を休めよう。


部屋に戻り、上着を脱いだその時、ドアからノックの音が届いた。

「俺だ。コック・・・。いるか?」

聞き覚えのある声だったが、今、聞きたい声ではなかった。

「何だ?明日までは俺は休暇の身だ。お前の相手は明後日からだ、今日は帰れ。」

表向きは恋人なのだから、この言葉は冷たいだろうが、そんなことはお構いなしだ。
だが、ゾロはすんなりとは帰らなかった。

「話があるんだ。ちょっとだけでいい、入れてくれないか。別にヤリに来たんじゃねぇ。」

サンジの心配を察したのか、ゾロは先に話のみと宣言した。
だったら折れるしかないか。
サンジはゆっくりと扉に歩み寄ると、ため息を吐いた。

「わかった、話だけだぞ。」
「すまねぇ。」

素直に頭を下げるゾロにサンジはなんとなく居心地が悪かった。
いつもそうだ。
普段、仲間として接する分には不遜な男が、こと、恋人として接するならばサンジの言葉を、態度を優先する。
らしくない、と思うが、身体の関係上、それは当然と思うようにしている。

中に入ったゾロに顎でソファを進める。黙って座るとサンジは向かい側に座った。

「で、話って何だ?」

正面切ってサンジを見つめると、ゾロは大きく息を吸った。

「俺はお前のことを『好きだ』と言ったよな。」
「あぁ。」
「でも、お前はそれを信じてねぇ。」
「・・・っ。」

ギクリとサンジは身体を強張らせた。
確かにそう思っている。ゾロの言う通りだ。
サンジはゾロの『好きだ』と言う言葉を信じてはいない。性欲処理をするための口実だと思っている。
だが、その事実はゾロには告げていない。とりあえず関係が続けばいいと、それ以上の話は面倒だと思い、いつも適当にごまかしていた。だからゾロからしてみれば、サンジは正に恋人であるのだ。その態度は冷たいとしても。

「お前が俺の言葉を信じてねぇのはわかってたよ。」
「・・・・・そっか・・・・。」

サンジとしてはいっそ開き直るしかないかった。
明らかにもう隠すまでも無いと顔に表されて、ゾロは膝の上で握っている手をギュッを強めた。

「お前が俺の言葉を信じてないのはわかったが、ただ、俺は勘違いをしていた。」
「勘違い?」

サンジが不思議な顔をした。

「あぁ、とんだ勘違いだった。俺はただ単にお前が女好きだからこそ、俺の言葉を信じてないとばかり思ってた。だが、そういうことじゃねぇんだよな?」

ゾロの言うところがサンジにもわかった。

「あぁ、そうだな。そりゃあ、お前の勘違いと言っていいな。俺はな、女好きだからお前の言葉を信じなかったわけじゃねぇ。お前が今までの連中と同じだったからだ。誰もがみんな、俺を抱きたいがために、俺のことを『好きだ』と言った。みんな嘘をついてたんだ。ただ単なるはけ口を求めるためだけの嘘だったんだ。・・・・・現に、お前もそうだったじゃないか。」

サンジの指摘にゾロは顔を下げるしかなかった。理由はどうあれ、行為は同じだ。
ゾロは俯き加減で呟く。それは独り言とも取れた。

「勘違いから来てたが・・・・・でも、俺は・・・・既成事実さえ作っちまえば、お前も俺の本気をわかってくれるとばかり思ってたんだ・・・。男のお前でも抱けるほどに、って・・・。それに、ずっと関係を続けることでいつかわかってくれると・・。でも、そうだよな・・・。船にいるからと言い訳して、恋仲と言えるようなことは何一つしてねぇし。惚れるってのは、・・・・・・身体がどうのとかじゃなくて・・・気持ちを表す言葉だよな。俺の気持ちを伝えたからって・・・そのまま抱いてもいいことじゃねぇし、それじゃあ信じてもらえなくても仕方ねぇよな・・・。」
「ゾロ・・・・。」

どうしたら己の気持ちがサンジに届くのか。

俯くゾロを見て、彼が思案しているのが感じられる。


自分を表現するのが、ただただ不器用な男なのだ。
ゾロは、ギュッと握り締めている拳を震わせている。

「ゾロ・・・俺は・・・・。」

サンジにはどう答えてよいか、わからなかった。
ゾロの真剣な表情を見れば、それが本気だとわかる。

が、わかるが、心の底からは信じられない自分がいるのもわかる。

お互いに沈黙するしかできなかった。
長いようで短い時間、波の音だけが耳に届く。ホテルから海岸は遠く、ここからは波の音が届くはずが無いのに。
波の音が耳に聞こえる。

然程長くない沈黙にも我慢ができなくなったのか、固く結んでいた唇がゆっくりと動いた。

「別にもう、お前とどうのこうのなりたいとは言わねぇ・・・。お前が嫌なら、俺は今後一切、お前から離れる。もちろん仲間として、以前のようには振舞わせてもらうが、お前と恋仲と思うことは止める・・・。お前を抱く事も今後ない。・・・・・だが。」

一旦、言葉を区切るとガサガサとポケットに手を入れた。

「今日を最後として。・・・・・・・これだけは、受け取ってくれねぇか?」

そっとゾロの手の平の上に差し出されたのは、小さな箱だった。
青いラッピングのされた箱には黄色いリボンが施されていて、一目でプレゼントだということがわかる。

「これは・・・?」

サンジがゾロの顔を見つめると、照れているのか、ほんのりと顔が赤い。

「もう遅いかもしれねぇが、誕生日・・・祝いたかったんだ。ガラにもないかもしれねぇが、好きなヤツに何かプレゼントしてぇってのは、・・・何か喜んでもらいてぇってのは、俺だって思う。」
「誕生日プレゼント?」
「あぁ。今更かもしれねぇが。もらってくれねぇか?これが恋仲としての俺からの最後のお願いだ。お前の気にはいらねぇかもしれんが・・・。もらった後は捨てるなり、ナミにやるなり、お前の好きにすればいい。だが、せっかく買ったんだ。今は、もらってくれ。」

お願いだとばかりに頭を下げる行為は剣士には似合わない、とサンジは思う。
本来なら、何物にも頓着しなくて不躾で、俺様のまま、我が道を進む男のはずだ。それが、こと恋愛事に関することになると、これほどまでに人間が変わるものなのか?
それもこれもみな、約束事には固く真摯な男の言葉を信じなかったサンジが原因なのだろう。
懇願が多少混じった瞳をゾロの中に見つける。



俺が、こいつをこんなんにしちまったんだな・・・。


恋だ愛だのを別にしても、仲間としてゾロには不遜な男でいて欲しい。
まるで媚びるような眼で自分を見ないで欲しい。




「ゾロ・・・。俺の方こそ悪かった。お前を信じなかったのはお前が悪いんじゃねぇ。お前を信じようとしない俺が悪いんだ・・・。」
「コック・・・。」
「俺がどうだろうと、お前にはいつも通りの不遜なお前でいて欲しい。わかるか?こんなのはお前じゃねぇ。」
「あぁ、そうだな。こんなのは俺らしくねぇかもしれん。」
「ありがとうな、これ・・・。ありがたく貰うよ。」

サンジはゾロの手から小さな青い箱を受け取った。
箱のサイズとゾロの言葉から察するに中身はアクセサリーの類か。

「開けてもいいか?」
「あぁ。」

乗り出した体を、お互いにソファに座りなおし、サンジは丁寧にラッピングを解いた。
ラッピング用紙の中からは、やはりアクセサリーを思わせる箱が目に写った。
カパリと蓋を開けると、そこには指輪が入っている。が、単純に指輪ではなくその輪にはチェーンが通されている。

「指輪って・・・。お前、捨ててもいいとかいいながら、こんな・・・・・。意味わかってやってんのか?」
「だからこそ、お前の好きにしていいと言った。俺はこれで俺の気持ちに踏ん切りがつくと思ってる。」

サンジは軽く目を瞑ると、改めてゾロを見た。
一度は俯いた頭が今は真っ直ぐに上げられ、サンジを見つめている。
一度は揺らいだ瞳も今は光を取り戻したように熱く宿っている。



改めてゾロの気持ちをサンジが受け取るとは思っていないだろうが、それでもゾロの全ての思いをそこに詰め込んだとサンジには感じられた。だからこそ、真っ直ぐにサンジを見つめているのか。

チャラと音を立ててチェーンを引っ張り上げると、案の定、指輪が釣り上げられる形で二人の間で揺らめいた。

「てめぇは、いつもチャラチャラとしてるが、いざ、料理の時になると必ず指輪外すだろう。だから、これなら最初からその都度外したりする心配もないし、そうすれば失くす心配もないしな。・・・・あぁ、いや。着けることはねぇのにな・・・。」

捨てられる前提で買ったはずなのに、そこまで考えていたとは。
ゾロの意外な一面をまた改めて見つけてしまった。
なんてヤツだ。


サンジは額を手で覆った。

己の気持ちを受け止めてもらえないと分かっていながら、プロポーズめいた品物をプレゼントされて己の気持ちを信じるなと言う方が無理というもの。
今までにもプレゼントをくれた輩がいないわけではなかったが、それらも全てサンジを求めてのこと。
捨てられるとわかってプレゼントをくれる奴はいない。たぶん、ナミへの借金もかなり増えたことだろう。

「ゾロ・・・・。俺には、今までで最高のプレゼントだ。」
「・・・・・コック。」


お互いにまっすぐ見つめ合うのは初めてじゃないか、とサンジは思った。


「今日はもう遅い・・・。ベッドは一つしかないが、この部屋に泊まってくか?・・・・もちろん、何もナシだぜ?」
「?」
「貴様は俺を抱きしめて眠りやがれ!それだけだ。そしたら、お前の気持ちを信じてもいい。」

ニヤリと笑うサンジにゾロも同じ笑いを返した。

「最初が最初だったからお前はそう思ってないかもしれんが、俺は結構我慢強いんだぜ?」


ゾロが来てからサンジは始めて煙草に火を着けた。
ふぅと煙を吐き出すと、今度は笑みを和らげた。



「明日、俺達がただの仲間に戻っているか、それとも恋人となっているか、・・・・・それはお前次第だ。」


「ご期待に沿えてやるよ。答えは一つだ。」




















二人は静かに夜を過し、翌朝、一緒に船に帰った。




END

08.03.08




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ゾロが別人・・・。サン誕のつもりだったのですが、あまりすっきりしない終わり方で・・・・すみません。(土下座)