死闘の後に思うこと




『ルフィは海賊王になる男だ!!!』



そう叫んだ男の姿が頭から離れない。
サンジは、回りの喧騒を余所に静かに眠っている包帯姿の男をしげしげと眺めた。



ゾロは、本当に己の命を差し出す覚悟をしていたのだろうか。
剣の道を究める為に突き進み、その道程の中で、命を落とすことがあったのなら自分はそれまでの男だ、と豪語している男だ。


『・・・・・このおれの命一つで!!勘弁して貰いてぇ・・・・・!!!』


ただ、七部海の一人を前にした時のあのセリフは、いつものゾロらしくないと思った。

いつもなら、誰かと引き換えに命を差し出すのは自分だったはずだ。
いつものゾロなら、きっとその命果てるまで戦うのを止めないはずだ。
それなのに、自分の命を差し出して、事態を終息させようとした。

自分の力がこんなものではないと思っているだろうが、確かに、海賊として戦っている以上、船長の命を最優先するのは当たり前。船長からすれば、きっと仲間の命が最優先なのだろうが・・・。
何にも代えて船長を守る。それは自分達にとって、当たり前のことだ。
ありとあらゆる可能性を考えて辿り着いた結論は。
その時は、その方法が最善策と考えたのは、きっと間違いではないだろう。

だからこそ、覚悟はあったのだろう。

ただ。
後先考えないのは船長と同じだ。
その結論が、どういう結果を生み出すかまではきっと考えてなかったはずだ。
ゾロがその命を差し出した事実を何らかの形で知った時の船長のことまで頭になかっただろう。

「バカだな・・・・・。」

自分のことを棚に上げて、サンジはポツリと呟いた。

ことの真相を話してくれたリスキー兄弟も、誰かに話したいのを我慢することに鬱憤が溜まるのか、今は恐ろしいほどに騒ぎながら飲み食いしている。
最悪の事態を免れたことは本当に幸運としか思えない。

当のゾロは一時は本当に命の危険があったのだが、峠を越した今は、静かに眠っている。まるで手負いの獣のように。ひたすら静かに。
サンジは口にしていた煙草から煙を豪快に吐き出すと、そのまま次の料理をつくるべく、臨時キッチンとなっている瓦礫でつくった竈へと歩いた。



大きなフライパンを手にしながら目を瞑る。




『・・・・・・てめェ・・・・・・。』

そう声にして縋ることしかできなかった自分が情けなかった。
ブルックは、サンジにも『同じ覚悟があった』というが、サンジのそれとゾロの覚悟はまったく別次元のように感じられた。
自分だって相当の覚悟があるとは思っている。
ただ人から言わせれば、他人のために簡単に命を投げ出す自分は、命を相当軽く見ている節があるらしい。だから、そう感じるのだろうか。


なんだか、頭の中がぐるぐるしてすっきりしない。

「こんな時は、料理だな・・・。」

ずっとブルックのピアノに乗って騒いでいる連中を眺めて、サンジは、フライパンを握っている手に力を入れた。















宴も終わり夜も更け、辺りはすっかり静かになった。
誰もがあちこちに雑魚寝状態で散らばっている。

料理を口にしながらも剣士の看病をずっと続けていたチョッパーの頭がグラリと揺らいだ。

「・・・・・・あ、しまった。」

睡魔に負けまいと目を擦っているが、彼自身もまた重傷なのだ。痛む身体に鞭を打ち、必死に看病を続けているが、彼もまた限界だろう。

「少し休め、チョッパー。俺が暫く見ているから。」

頭の上から声が振り、顔を上げると、そこには穏やな顔をしたサンジが立っていた。

「でも・・・・サンジだってかなり重傷なんだよ、それでさっきまで料理してたんだろう?サンジこそ、休まなきゃ・・。」

そう申し訳なさそうな顔をするチョッパーにサンジは笑う。

「大したことねぇよ。俺は・・・。」

このクソ剣士に比べりゃあな。
続く言葉は心の中でのみ呟いて、サンジは、チョッパーの隣に座った。

「それに宴の余韻か・・・・・、眠れねぇんだ。」

じっと見つめるチョッパーに「ホントだぜ。」ともう一度笑った。

「じゃあ・・・・・・ちょっとだけ変わってもらっていい?もし、何か変化があったら遠慮なく起こして。」
「わかった。」

申し訳なさそうに頭を下げるトナカイに軽く手を振ると、彼は静かに寝床となっている別室へと消えた。

眠れないのは本当だ。
ただ、宴の余韻の所為ではないが。



ずっとずっと頭から離れない光景。




『ルフィは海賊王になる男だ!!!』

『・・・・・このおれの命一つで!!勘弁して貰いてぇ・・・・・!!!』



ルフィには、口が裂けても言えない。言ってはいけない。


煙草を懐から出そうとして、人の気配を感じた。
感じる気配は敵意ではないので、仲間のだれかだろうと、ゆっくりと振り返る。
コツコツと響く足音はロビンだった。

「どうしたの?ロビンちゃん・・・。眠れないの?」
「えぇ・・・。ちょっとね。」

サンジが簡易椅子となっている瓦礫の上の埃を手で軽く払うと、ロビンは「ありがとう」とニコリと笑って座った。

「どう、彼の調子は・・・。」
「あぁ、特に変わりはないよ。」
「そう・・・。」

軽く頷いてロビンはサンジをじっと見つめた。

「なんだかすっきりしない顔をしてるわね。」
「ん〜〜〜〜〜、そうかな?」
「えぇ、悩み事でもあるの?」

ウォーターセブンの一件から纏う空気がすっかりと変わった考古学者は、最初ももちろんだったが、今まで以上に慈しまなければならない仲間の一人だ。
その彼女からも、自分達は大事な仲間と認識されるようになったのが嬉しい。

「悩みというわけじゃなくて・・・。なんだか眠れないだけだよ。」

モヤモヤと、自分でもわからない心の内は説明のしようがなかった。ましてや、今の感情を吐き出すには、誰にも言うつもりもないことまで言わなければならない状況になりかねない。

「この船って・・・・・・・、ルフィって・・・・・本当にいい仲間に恵まれているわね。」
「ロビンちゃん?」

じっとサンジを見つめてロビンは言葉を続ける。

「私が今まで過した時間の中では。こんなに仲間を思っている海賊に出会ったことはなかったわ。」

それは誰にも言えない出来事の事を言ってるのか、はたまた、その前での、『麦わらの首を差し出せ』といった七部海に声を揃えて『断る!!!!』と言ったことを指しているのか。
何か知っているのだろうか。
意味深に見つめるロビンに、それはわからなかった。
ロビンの言葉にどう答えたものか、考えあぐねているサンジにロビンはクスリと笑った。

「ルフィが・・・・みんなが無事で、本当によかったわね。」

ロビンの言葉にはっと顔を向けるサンジに、以前は見せることのなかった温かい笑顔をロビンは見せた。

「・・・・ロビンちゃん・・・。」
「ごめんなさい。なんだか、みんなが無事なのが嬉しくって・・・。おやすみなさい。」

すっと立ち上がると、ロビンはサンジの肩をポンポンと叩いて、その場を離れた。



そうだよな。
自分で言ったんだよな。
『みんなが無事でなにより。』だって。
それでいいじゃないか。


今だ何だかすっきりしないのは心の隅に残っているが、サンジは、うん、と軽く笑った。

と、何か視線を感じて、サンジはその視線を感じる方へと目を向ける。

そこには、ぼんやりとだが、目を開けている剣士がいた。
今まで静かに眠っていたのだが、いつ気が付いたのか。
ともかく、意識が戻ったことに、安堵する。

「・・・・・・ゾロ・・・・。」
「・・・・・・・ック・・・・・。」

チョッパーを呼びに行こうとして、小さい声で呼び止められた。

「ル・・・・・ル・・・・・・フィは・・・・・・・どう・・・した・・・?」


開口一番がそれかよ。

肩を落としたくなるが、でも、当然の質問だった。その為に、ゾロは自分の命を差し出そうとしたのだ。

「無事だ。みんな無事だ。誰一人欠けることなくな。・・・・さっきまでモリアの犠牲になっていた連中とみんなで騒いでいたんだぜ?」
「・・・あぁ・・・・・。」

ブルックのピアノに穏やかな顔で寝ていたので、わかっていたのかもしれない。
が、確認したかったのだろう。

「待ってろ、チョッパー呼んできてやるから。どこか痛ぇとこあるか?いや、あぁ、全部痛ぇだろうな。水飲むか?それともスープなら飲めるか?持って来てやろうか?」

どうしていいのかわからないからか、矢継ぎ早に口を滑らせるサンジにゾロがゆっくりとだが、手を上げた。重そうな様子は、まだ身体が上手く動かないからだろう。

「・・・・・コック・・・。」
「どうした、水か?」

意識が戻ったと言ったとろこで重傷なのは変わらない、朦朧としているだろう表情だが、それでも目の光はしっかりとしていた。
ゆっくりと持ち上がった手でサンジの腕を掴む。力の入らないそれは、簡単に振りほどいてチョッパーを呼びにいけただろうが、サンジは一旦上げた腰を下ろして、腕を掴んでいるゾロの手をもう片方の手で握りなおした。

「みんなが・・・・・・ルフィ・・・・・が、・・・・・・てめぇ・・・・・が無事で・・・・・よかった・・・・。」

ゾロの言葉を聞いたとたん、サンジはストンと胸につかえてたものが取れた気がした。



『みんなが無事でなにより』と言葉では言ったものの、実際には実感できていなかったのだ。
この剣士の瞳を見るまで。
この剣士の声を聞くまで。
この剣士の手を握るまで。
なにより認めたくなかったのだ。闘いの中でではなく、誰かの犠牲となって命を落とす剣士を認めたくなかったのだ。

「あぁ・・・。無事でよかった・・・。」

サンジの頬を、ポロリと何かが滑り落ちた。だが、それを止める事ができなかった。

ゾロの腕に縋りつきながら倒れて。気を失って。
目が覚めた時に、ゾロの姿が見当たらなくて。
森の中で血だらけになっている彼を探し出して。
サンジが見つけたと同時に気を失ったゾロをチョッパーのところまで担いでいって。
どんな治療を施しても、どれだけ回りが騒いでも、ゾロは目を開けなくて。

口で何度となく、『無事でよかった』と言ったところで、実感できていなかったのだ。
剣士の行動を認めたくなかったのだ。
だからずっと心の中がモヤモヤしていたのだ。


今、こうしてゾロの瞳を見、ゾロの声を聞き、ゾロの手を握り、漸くすっきりする自分がいた。
と、同時に、理由には納得はしていようが、命を差し出したゾロを怒りたい感情が湧いた。今までの自分のことを棚に上げて。
だって、ゾロはどんな窮地に立とうが、戦うことを止めない男なのだから。
そう理由づけしてサンジはケガ人に向かって声を荒げた。

「二度と、あんな真似すんじゃねぇぞ!!てめぇは死ぬまで闘い続けるヤツなんだ。わかったな!!!」

そしたら、死ぬかもしれない。なんてことも起こらないだろう。ルフィと同じように。

「てめぇ・・・・・が、いう・・・な・・・。アホ・・・・・・コック・・・・。」

言い返す言葉にはまだ力はないが、笑顔でゾロはサンジを見つめた。

「アホマリモ!」

軽く笑い返すと、サンジは握っていた手を一度ぎゅっと握ってから、ゆっくりと離した。

みんなから軽いと見られている、他人を生かすために自分を投げ出す姿勢は、きっと変えられないだろうけど、それでも、この仲間の為に、今以上に自分も大切にしようと、サンジは思った。

「チョッパー呼んでくるからな!みんなも起きてくるぞ、きっと。テメェが目が覚めたって聞いたら、そしたらまた宴会が始まるぞ。覚悟しろ!!」

きりりと立ち上がったサンジの頬には、もう涙は流れていなかった。





END

2008.02.01




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すみませんすみませんすみません∞。あれだけのいいシーンが台無しっ。皆さんの日記やお話で盛り上がっているのに、こんなレベルでごめんなさい。でもでも、やっぱ、何か書きたくて・・・。さんたの世迷言だと思ってください。(土下座)
現時点での妄想なので、矛盾があってもお許しを・・・。