共に生き、共に夢見て
ある日サンジが倒れた。 それは突然といえば突然だったのだが、その事自体は必然の出来事だったのかもしれない。 「サンジ、どうだ?気分は悪くないか?」 チョッパーがサンジの顔色を覗き込んで心配気に尋ねる。 あまり冴えない顔色を隠すことなく、しかしサンジはチョッパーに笑顔で答える。 「あぁ、大丈夫だ、チョッパー・・・・。気分はすこぶるいい。多少動いたところで何も問題はないよ。」 ポンポンと桜色の帽子を軽く叩いて、よいしょと起き上がる。 ラウンジに作られた簡易ベッドの主は、病人であるにもかかわらず働こうと腕まくりをする。 「だめだ、サンジ、今は寝てなきゃダメだ!きちんと栄養を取って、ゆっくり休まないと!!」 慌てて押さえ込むチョッパーは咄嗟に人型になる。獣型のままだと力づくでサンジに叶わないことはわかっているのだ。 「大丈夫だ。・・・それに今、この船の状態は普通じゃねぇ。俺が食糧配分をしないと3日ももたねぇ。まだ気候が安定しない所を見ると、まだまだ次の島までは、日にちがかかるとナミさんが言っていた。俺以外に、この緊急事態に対処できる奴、いるか?」 顔色を除いてニヤリと笑う表情だけを見れば、到底病人には見えないが、わからないところでかなり無理しているのは、医者であるチョッパーにはみえみえだ。この船の優秀な医師を騙せないのはその苦く渋る表情から容易にわかる。 が、サンジの言っている事もまた事実で、渋々サンジの言うとおりとばかりにチョッパーは首を振る。 だろう?と覗き込むサンジにそれでも・・・、とチョッパーは眉を顰める。 「でも・・・・、ダメだ、サンジ!今、動かない方がいい。もう消化器官のほとんどがぼろぼろなんだ。無理に動いたら、さらに内臓を痛めるだけだ!」 暫く眼で押さえつける。が、やはりサンジにはまだまだ敵わないのか、チョッパーは俯いてしまう。とはいえ、医者として引けないことは引けないのだ。 「お前は医者だ。今患者である俺は、本来ならお前のいうことを聞かなきゃいけないのはわかる。が、俺もこの船のコックだ。今回の事態はコックとして引けねぇ!」 強い語尾は、やはり病人を思わせない。ついにチョッパーはため息を吐きながら獣型にもどり、身体をどかせようとした。 が・・・。 「待て、チョッパー!」 静止の声が後ろから聞こえた。 その声が誰の者かわかっているのか、瞬間サンジはちっと舌打ちする。 コツコツと足音を響かせてベッドの傍までやってきた声の主をチョッパーは見上げる。 「・・・・ゾロ・・・。」 「マリモが・・・ウルセェな・・・。」 いつもならケンカに発展しそうな憎まれ口にもゾロは眉を軽く上げただけで、無視をした。 「そのコックは今、役にたたねぇ。おとなしく寝かせとけ。なんだったら俺が見張っておいてやる。」 ゾロこそ憎まれ口とばかりのセリフにサンジが噛み付いた。 「おら、クソ緑!!誰が役に立たないって!!あぁ!!」 怒りがそのまま声音に出ているが再度押さえ込んでいるチョッパーを無理矢理押し上げることなく、サンジはベッドに座ったままだった。 その様子に表に出さないように満足をすると、今度はケンカに発展しそうなやり取りを開始する。 「てめぇだよ、テメェ。ぐるぐるコック。病人は病人らしくしてろ。」 「なんだと、腹巻き!!誰が病人だ!俺ぁ、ピンピンしてるぜ!!」 今度こそ立ち上がるサンジをゾロが片手で軽く押し留めた。 トレーニングをしているためゾロが本気を出せば多少は力の差があるものの、いつもならそれ相応のやりとりが出来るはずが、病人であることがまるわかりとばかりにサンジはストンとベッドに押し込まれた。 「クソッ!!」 それでも悪態は止めない。 「おい、力自慢の剣豪さんよ!・・・・だったら、この食糧が尽き掛けている今、誰が食糧管理と食事の用意をするんだよ。」 「あぁ、そんなもの、ナミがするに決まっているだろう。あれでも女だ。」 「おい、メシはレディが作るって原始人のようなこと言ってんじゃねぇ!!それに今は普通の食事の作り方じゃ、ダメなんだよ。まだ島に着くまで時間がかかる。食糧は尽き掛けている。だったら、ここはプロの俺様がやらないわけにはいかないだろうが!!」 キッ、と見上げるサンジの厳しい視線にもゾロは負けない。隣ではチョッパーがオロオロとするばかりだ。 「いかなる理由があろうとも、今休んでおくのは船長命令でもある。お前だって、船長の命令だったら聞くしかないだろうが。」 「・・・それでも!!」 「寝ろ!!」 頭を押さえ込むゾロにサンジは暫く睨み上げ、動こうともがくが、どうあがいても病人のサンジは、ゾロには太刀打ちできなかった。 軽く舌打ちすると、諦めたのか、眼を閉じた。 そのうち静かな寝息が聞こえ出した。 ずっと見守っていたチョッパーは大きくため息を吐いて、ゾロに礼を言う。 「ありがとう、ゾロ・・・。・・・・・サンジ、かなりつらいはずなんだ。それなのに、皆の為にって。俺じゃあ、止められない。」 グシグシ泣きそうな顔をするチョッパーにゾロは目を細める。 「仕方がないさ。あいつも、お前同様、自分の職務をまっとうしようとしてるだけだ。」 「でも・・・。」 俯くチョッパーは、ボソボロと呟く。 「サンジの身体は、もう・・・。」 「かなりやばいのか?」 話が長くなるのを予想したのか、自ずからテーブルの方に向かう。つられてチョッパーもトテトテとテーブルに向かい、よいしょ、と椅子に腰掛けた。 ゾロが座り一呼吸おくと、再度チョッパーに尋ねる。 「コックは、本当のところ・・・、どうなんだ?」 「・・・・・。」 「どうせ、いずれかは皆知る事になるんだ。話しちまった方がお前も楽になるんじゃないか?」 「ゾロ・・・・。」 「もう、かなりやばいのか?」 ゾロの再度の質問に、大きく息を吐くと、チョッパーは帽子のつばをぎゅっと掴み、ゾロに届くくか届かないかの小さな声で答えた。サンジが寝ていて本当によかったと思う。 「サンジの身体は、もう・・・・。後は、ただひたすら死を待つしかないんだ・・・。」 ゴクリとゾロの唾の飲み込む音が響いた。 改めてチョッパーから説明がされた。 それによるとサンジの身体は元々、子どもの頃の飢餓体験が原因で、内臓か他の人間よりかなり弱い状態にあった。 80日間にも及ぶ、普通なら死んできてもおかしくはない出来事。それは、生きているだけで奇跡としか言いようが無い。 そんな奇跡に甘んじていたわけではないが・・・。 その後、普通にしていればなんの問題もなく、これまでも、そして、これからも生活していけただろうに。 この船に乗り、麦わら海賊団の一員になってからの、彼の食生活がまたもや彼の身体に負担を掛けた。 度重なる船長の盗み食いや、島に着いても海軍に追われたり、航海中ももちろん、海賊狩りに襲われたり、海賊同士の戦いに明け暮れたり。 常に食糧難に脅かされることが多かった。たぶん、それは、他のどの船よりも危機が多く、その大事であっただろう。 そして、その度に行われたこの船のコックの無言の無食の行動。誰にも悟られずに、誰にも何も言わせず、それは行われたのだろう。 それは、ゾロがサンジと身体の関係を持つようになり、気が付いてでさえ、何も言わせなかった。それがサンジの海のコックとしての襟持ちだと言わんばかりに。 その何度となく繰り返された小さな飢餓状態は、ただでさえ弱っている身体をさらに後戻りできない状態にまで追い込んでしまった。 ここまで!と誰もが驚くほど、本人も、優秀な船医も気づかないまま・・・・。 彼の身体は、すでに食べ物を受け付けなくなっていた。いや、無理矢理に食べたところで食物は、消化もできず、栄養を吸収することも出来ず、そのまま身体の外へ排出されてしまう。これでは、身体が弱っていくばかりだった。 もちろん、胃腸などの消化器官だけでなく、肝臓や腎臓など、あらゆる内臓器官はすでにその機能を果たしてはいなかった。本来なら、行われる血液の浄化すら出来ない身体になってしっまていた。 しかも、愚かなことに、この船の人間は、ギリギリまで痛みや苦しみを我慢してしまう。 サンジの顔色がただの青ざめた表情では表現できないところにまで来て、漸くチョッパーは診断と治療を許されたのだ。 えぐえぐと涙を流しながらチョッパーが何度も俺の所為だ、と呟く。 それを眉を寄せて、「お前の所為じゃない。本人が悪い。」のだと、ゾロはただ慰めるしかなかった。 この船の誰もが、弱っていくサンジをただただ見守るしかなかった。 今だ静かに寝息を立てているサンジに改めて目をやる。 ガリガリに痩せ、注射針もなかなか刺さらない状態で・・。さっきチョッパーが射した点滴はまだ半分以上残っていた。これもチョッパーに言わせればただの気休め程度にしかならないという。 「お前も少しは休め・・・。」 それだけしか言えないゾロはゆっくりと席から立ち上がる。 「ゾロ・・・?」 「ちょっと外をみてくる。」 「うん・・・。」 「今すぐにでもこいつの目指す海が見つからねぇかと思ってよ・・・。」 「ゾロっ!!」 「やっぱ、奇跡はそうそう起きないものだよな・・・。」 「・・・・・・ゾロォォ・・・。」 泣き止む事の出来ない船医を残して甲板に出た。 あと何日持つのか・・・。チョッパーの話だと、本人の体力次第だとは言うが、実際はかなりやばいのはその表情でわかる。 そんな短い期間で奇跡の海が見つかるとは到底思えない。 何年も思いつづけてきた奇跡の海。 どうせ奇跡の海と言われるのなら、それをずっと夢見てきたコックに奇跡を見せて欲しい、とゾロは思う。 最後の一瞬でもいいから。 すべての海が集まった海域の魚で作られた彼の料理を口にすることが出来なくても構わない。彼の蒼の瞳にたったほんのわずかな瞬間でもいい。その奇跡の青を見せてやりたい。 ほんの一瞬でいいから・・・・。 普段、何ものにも祈る事のないゾロは願わずにはいられなかった。 しかし、ゾロの初めての祈りは違うモノでしか叶えられなかった。 「鷹の目のミホークが!!」 ガバリと音がしそうな勢いでゾロはソファから立ち上がった。 その様子を苦い顔で見つめるクルー達は、先ほどから話をしているナミの言葉に耳を傾けて静かにしている。 サンジは今だ、ラウンジに作られた簡易ベッドで静かに寝ていることだろう。本来ならチョッパーがついているのだが、今は寝ているのと、大事な話ということでサンジを覗く全員が揃っている。 サンジにはなるべく刺激を与えないようにと、ここ、男部屋で話が為されていた。 ナミが話しを続けるべくゾロの顔を見つめた。事の内容はゾロには、なんとも言いがたい事実だ。 「そうなの・・・。確かな情報よ。同じ情報が他の情報人からも伝えられたから、間違いないわ。」 どうやらナミは、ロビンの伝で時々、裏情報を買うことをしばしばしていたらしい。しかも、いつの間にか、それは1人に留まらず、何人かの情報人と繋がりを作っているようだ。 ロビンもすでに聞いたいたらしくナミの言葉に頷いている。 「で、その鷹の目がいる島っていうのは・・・。」 「本当に偶然とは思えないほど・・・・・。ログを辿れば次に着く予定の島、フェンス島よ。」 「フェンス島・・・?変な名前だな。」 ルフィは、事の重大さがわかっているのかいないのか、呑気な声音だ。 「昔から剣術が盛んな島なの。今までに多くの剣道家がここから輩出されているわ。だからそこから捩られてフェンス島・・・。」 ロビンが軽く説明を付け足す。 そんなことはどうでもいいとゾロは大きく息を吐いた。 島の名前なんかより、重大な事実はただひとつ。 ミホークがそこにいるということだけだ。 「剣士の島か・・・。七部海1人、の鷹の目がその島にいるってのもうなずけるわけだ。」 うんうん、と頷くウソップはそれでも足が震えている。 剣士が多くいるということは、それなりに治安がいいとは言えないということでもある。 「ゾロ・・・・。」 ルフィがゾロの名を呼び、顔を見つめた。その表情は、ここぞとばかりの船長の表情だ。 見つめ合い、お互いの意思を確認しあおうとしたその瞬間、ゾロの顔が一瞬だけ曇る。その意味をルフィはすぐに悟り、ぽんぽんとゾロの肩を叩いた。それに同意するようにナミが言葉を続けた。 「サンジくんなら大丈夫。剣の盛んな島ということは戦いが多いってことよ?ってことは、島に着けばそれなりに設備の整った病院があるはずよ。ねぇ、チョッパー?」 「うん・・・・。そうだ、薬なんかもいいのがあるかもしれない。道具もきちんと揃えば、もっとサンジに治療を施してやれる。」 「そうだ、サンジなら大丈夫だ。」 相変わらず核心のない船長の言葉は、しかし、ここぞとばかりの時には、妙に頼りになる時がある。そして、それらはいつも本当に大丈夫なのだ。 「それに・・・。」 船長はゾロを見つめたまま、再度、口を開いた。 「ゾロが大剣豪になるのはゾロだけの夢じゃないはずだ。みんなでそれを見届けたい。それはサンジも一緒のはずだ。」 ニヤリと笑う船長にゾロもふっきれたのか、笑み返した。 「俺が一番乗りだな。」 「あぁ、頼んだぜ、大剣豪。」 男供の確証のないやりとりに、ナミは大きくため息を吐いた。 「やっぱり、闘うのね。鷹の目のミホークと・・・。」 顎に手をやり、上目遣いでみんなを見渡す。 「だったら、島に着くまでは私に任せて。通常なら島に着くまで1週間はかかると思うけど、もっと早く、最短距離で着いてみせるわ。」 グッと拳を握り、ポーズをとるナミに、ゾロをはじめ、この船の皆は、ゾロがミホークに勝てば、それに触発されてサンジの容態も良くなるのではないかと思わずにはいられなかった。 ゾロは思う。 俺がミホークと戦い、勝てば、サンジもそれに感化されるはずだ。 俺に必要以上にライバル意識のあるサンジのことだ。俺の夢が先に叶ったことで、自分も負けられない、夢を叶えるんだと、必死に生きようとするだろう。 俺が勝てば、きっとサンジはまだまだ生きる。生きる気力がわいてくるはずだ。 負けられない。 俺の夢を叶える為にも。 サンジが、夢を叶えようと生きる為にも。 一緒に夢を見るんだ。 俺が大剣豪になる瞬間をサンジに見せて。 サンジが奇跡の海で調理した料理を俺が食べる。 ともに生きて行く。 いつまでも・・・。 奇跡を起こす。 その為にミホークに勝つ!! チョッパーがサンジの様子を見に部屋を出たのを皮切りにそれぞれがそれぞれの役割とそれ以上にサンジの代わりをしようと部屋を出て行った後、サンジには次の島でゾロが鷹の目と戦うことになることを知られる。 同じ船にいるのだから、当たりまえといえば当たりまえなのだが。 それにより、更にサンジに無理をさせることになってしまった。 サンジが倒れてからも心配され続けていた食糧難。しかし、戦いを目の前にして、ゾロには栄養を与え続けなければならない。 通常とは違う状態では、サンジが食糧を管理し、調理しなければ、皆に、そしてゾロに栄養を与えることができない。 結局サンジがベッドから起き上がり、シンク前に立つ。そして皆に食事を与える。 それは島に着くまで続けられた。 「「「「「ゾロッ!!!!!」」」」」 誰が叫んだのか。 いや、全員叫んでいた。 血しぶきが当たり一面飛び散る。もはや、どちらの血かわからないほどにお互いが血塗れだった。 ミホークも体中から血を流し。ゾロもまた、体のあちこちから血が溢れていた。 お互いに致命傷とも思え、しかし、それでも致命傷だと言わせないように立ち上がる。 ハァハァとミホークが肩で息をしているのは、血で汚れた視界でもわかった。ゾロの片目は流れ落ちる血で開くことができない。 ふと、サンジはいつもこんな状態で闘っていたのかと、妙に冷めた脳が違うことを考えていた。 突然脳裏に浮かぶ、温かい料理を両手に笑顔で立っているコックの姿。 何故、ここであのコックのことを考えるのか・・・。 突然浮かんだ黄色い頭に内心苦笑した。 あいつが笑っている。 『どうした、マリモ!もうお手上げか?』 からかう様に掛かる声と共に、視界に入った奴の顔は歪んではいるが、それでも口端が軽く上がった笑顔だ。 俺の勝利を信じているのか、はたまた心配でたまらないのか。 なんとも言いがたい表情をしている。 『俺が信用できないのか!?』 そう怒鳴りたくなってくる。 大丈夫だ!と安心もさせてやりたい。 そう、大丈夫!! 俺は負けない。 ルフィと誓ったことではあるが。 約束を言葉で交わしたわけではないが、それでも同じ事を心の中でサンジにも誓っている。 勝つ! と。 ルフィの為にも、自分の為にも、サンジの為にも。 そして今はいないくいなをはじめ、多くの仲間との交わした約束の為にも。 俺は勝つと決めている。 「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!」 自分の雄たけびが遠く耳に木霊した。 「ゾロ―――――――ッッッ!!!!!」 大声で名前を呼んだのはウソップだったのか。 血だらけの身体はルフィとチョッパーが運んだ。 つい先ほどまで大剣豪だった男は、メリー号からわずか離れた砂浜で冷たくなっていた。 波しぶきがかかるかどうかの位置にその体は横たわり、ただの死体と成り下がっていた。 しかし。 とチョッパーも涙声になる。 「ゾロも危ない!!」 ゾロの剣がミホークの体を引き裂いたと同時に、ミホークの黒い剣もまた、ゾロの心臓を突き刺していた。 ゾロの俊敏な動きにより、なんとかギリギリに交わしたと思われたのだが、やはりそうはさせてはくれなかった。なにせ相手は世界一の大剣豪なのだ。無事ですむわけはなかった。 ドクドクと溢れる血にナミはチョッパーに「なんとかして!」と叫ぶ。 ゾロを運んだ甲板はすでに血だらけで、下手に歩くと滑ってしまうほどだった。 必死に緊急措置をするチョッパーが叫ぶ。 「ここじゃあ無理だ!!」 「血が足りない!!」 「心臓が止まっちゃう!!」 誰もがチョッパーの言葉に耳を塞ぎたくなった。 ルフィが咄嗟に判断を下す。 「サンジの為に見つけた病院へ行こう。」 誰もがルフィの言葉に頷いた。 ミホークとの対決とはまた別に、この島へ寄ることになったもう一つの理由。 もちろんログの関係は外す事はできないのだが、それだけではない。 偶然の産物なのか、はたまた最初から決められた道だったのか。 島に着いて、鷹の目のミホークを捜すのと同等に、サンジを治療できるほどの施設の整った病院も探した。 それは、あまりにもあっけなく見つかって。さすが多くの戦いを経験しているだけの島で医療技術もドラム並に発達していた。チョッパーが、成分がなくて作れないと言っていた薬もあった。 が、薬を調合してくれた医師は、それはあくまで一時的なものとも言った。薬で延命するだけのもので。根本的な、体を直す為の治療ではなかった。 やはり、完治は難しいと言い。 だったら、せめてゾロの戦いを見届けたい、それから治療を受ける、というサンジの声も聞き入れた。 同時に捜していたミホークもすぐに見つかり。 ゾロの望むまま戦いへと、事は不思議なくらいに次々に進んだ。 ゾロを見届けてからサンジが入院する予定だった病院へと急ごうとしたその時。 ずるずる。 何かが滑り落ちたような音がした。 あわてて振り返るナミの視界に入ったのは、ロビンに抱えられていたサンジだった。 『鷹の目と闘う瞬間を見届けたい』と、チョッパーに支えてもらいながら手摺りに掴まり、皆と甲板にいたのだが、すでにもう立つ事もままならないらしい。 意識もかなり混濁しているようだ。 病院が見つかったのだからすぐに完治しなくても治療を続けているうちになんとか新しい治療方法が見つかり、きっとサンジは助かる。 そんな希望半分の未来を心に作り、チョッパーも医師としてがんばろうとしていた矢先に。 しかし、今はゾロが瀕死の重傷で。心臓ももうもたなくて。 サンジよりゾロの方が先に死んでしまいそうな、この状態で。 内心チョッパーは舌打ちした。 それが顔の出ていたのか。こんな状態のチョッパーは珍しいと、遠のく意識の中でサンジは笑っていた。 顔は笑ってはいたが、ゾロに引きづられるようにしてサンジの容態も突如悪化いていく。 「どうしよう・・・!!」 医師としてどちらも病院へ連れて行くのは当然だが、どちらの治療を優先するのか。 重症の2人に多くの医師を費やさなければいけないのだが、一度に2人の治療は難しいほど病院の規模は大きくない。それは設備が整っているとは言え、海賊業である自分達が入れる病院の限界のだった。 チョッパーの言いたいことがわかったのか、遠のきそうになる意識の中、なんとか気力を振り絞り、サンジが声を掛ける。 「チョッパー・・・・・・。たの・・み・・・・・・・・・が、ある・・・・。」 チョッパーはハッとした。 遠のく意識の中、ゾロはなんとか回りを確認しようとした。 ウソップ。泣くな、そんなんじゃあ、勇敢な海の戦士にはなれねぇぞ。 ナミ。お前まで、どうした?いつもの魔女の笑顔は何処へ行った? ロビン。お前まで俺のことを心配してくれるのか? チョッパー。俺を助けようとしてくれるのか、ありがとな。 ルフィ。なんとか勝ったぜ!どうだ、約束は果たした。 そして・・・。 サンジ。 また眠っちまったのか? お前の顔が見当たらない。 『見届けたい。』と、ミホークに挑む瞬間は皆と一緒に甲板にいたはずなのだが・・・。 最後にお前の顔が見たかった。 そして、笑ってこう言って欲しかったんだ。 『くそマリモ。漸く大剣豪だな。・・・・・おめでとう。』 息が苦しい。 力が入らねぇ。 あいつの傍に寄ることも出来ない。もう、多分歩く事もままならないんだろう。 てめぇの傍にいきたかった。 が・・・。それもできねぇ。 死期が近いのかもしれない。 ゾロは、サンジと今すぐにでも一緒に逝けそうな気がした。 サンジとは。 恋人というには、あまりに甘くなく、しかし、かと言って、お互いを大事に思っているのは事実だ。もちろん、守るべき存在という意味ではなく。 お互いがお互い、対等な関係であることは絶対条件でもある。それでも、時には甘い睦言を囁きたくなるのも、また事実。 いつから始まったのか、すでに覚えてはいないが、もちろん身体の関係もある。 それを皆に、特に女性陣に知られた時のサンジのショックは計り知れないものだった。が、それでも関係を止めようとはしなかった自分達。 それだけ、相手に対して思いがあったのだろう。 嫌な関係だったら、すでにないはずだ。 やはり。 好きというのが、正しいのだろう。 いや、笑っちまうかもしれないが、所謂『愛している』と言う方がしっくりくるのかもしれない。 一緒に夢を見よう。 俺もお前も。 俺もお前もずっとずっと、生きて生きて・・・。 そして、お互いの夢を一緒に叶えるのだ。 ずっとずっと。 『一緒に生きよう・・・・・。』 遠くでサンジの声が聞こえたような気がした。 眼が覚めて最初は白い大きな空が見えた。 いや、空と思ったのは間違いで、よくよく見れば、それは病室の天井だと暫くして気が付いた。 青い空でなくてゾロは少し残念に思ったが、それも致し方がない。 ゆっくりと首を動かせば、すぐ横に椅子に座ったチョッパーが、コクリコクリと船を漕いでいる。 あぁ、かなり無理をさせたのだな、とゾロは思った。 首以外にも動く所はないか、とゆっくりとあちこちに力を入れてみる。 まずは腕に力をいれて上げてみた。 右腕からあげて、被っていたシーツの外に出す。行儀良く寝ていたらしく、最初は腕がシーツに隠れていたが動かす事により、シーツに皺が寄る。 そっと腕を出した瞬間、眼に入ったのは、腕よりグルグル撒きにされた胴体だった。いつもながらに包帯だらけだと、引き攣った頬で笑う。 動かした腕でさえ真っ白な包帯に覆われている。どこもかしこも包帯だらけだ。 以前、コックに怪獣マリモンと言われたが、確かにこれじゃあ、魔獣どころか、怪獣だな。と、笑みが零れる。 クックッとゾロの笑う声が聞こえたのか、チョッパーの小さな耳がピクピクと動いた。 「お!」と思った瞬間、パチリとチョッパーの目が開く。 「おう・・・。」 声は掠れていたが、気にせず声を掛ける。 とたんにチョッパーの目から涙が溢れる。 「ゾロォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・。」 えぐえぐと相変わらずのチョッパーに益々笑いが零れる。 「心配・・・・掛けたみたいだな・・・・。悪かったな。」 ブンブンと首を横に振るチョッパーはゾロの名を口にしてから、何も言えなくなってしまったのか、ただただ首を振るばかりだった。 「俺は・・・勝ったんだよな?」 自信はあるが、確証がとれていない事実につい問うてみた。 すると、今度は首を縦に大きく振る。 あまり大声で笑うと体のあちこちが痛くなるので、我慢する。 「鷹の目は・・・。」 「鷹の目は・・。」 チョッパーが続けた。 「鷹の目は、大勢の剣士の目標でもあったんだよ。あの後、遠く2人の勝負を見届けていたこの島の剣士達が埋葬した。勝負をした砂浜があっただろう?あの砂浜からすぐ上に繋がる丘の上に埋葬されたんだ。」 俯きながらチョッパーが説明をする。 「そうか・・・。で、その剣士達ってのは、・・・・・・どうした?」 「大丈夫だよ。誰もゾロを襲ったりはしないよ。鷹の目を埋葬する時に、一番体の大きな人が言っていた。生死を彷徨っている勇敢な剣士を襲ったりはしない、って。いつかまた、堂々と勝負を挑むって。」 「そうか・・・。」 さすがこの島では優れた剣士が多いらしい。下手な海賊よりずっといい戦いができそうだ、とゾロはほくそ笑んだ。 これから先、ミホークと変わり、多くの剣士の目標として多くの勝負を挑まれることになるのだ・・・。 ゾロは言葉にせずに感じた。確かにあの勝負は、遠くからではあったが多くの剣士も見届けているのは知っていた。 と、突然思い出したように呟いた。 「そういえば、他のやつらは?」 「・・・・。」 「ルフィ達はどうした。部屋から察するに・・・・・ここは病院なんだろう?・・・・・そういえば、コックは・・・・・?」 「・・・・・サンジ・・・・。」 ポツリとサンジの名前を呟いてチョッパーは、新たに涙ぐむ。 が、医師としての責務があるのか、先ほどの涙ですでに濡れている腕でぐい、と新たな涙を拭った。 「何かあったのか?」 「・・・ゾロ。」 「・・・チョッ・・・・・・!」 チョッパーの様子に不安が広がる。 喉がからからに渇いてくるらしく、喋りにくそうにゾロはチョッパーに話しかけようとして声が出なかった。しかし、納得するまで横にならないつもりらしい。さすがに世界一の大剣豪になった男だ。目を覚ましたばかりなのに、もうケガ人であることを忘れそうになる。 じゃあ、水、飲む?とチョッパーが水差しを差し出した。 ゆっくりと水をひと口ふた口、飲むと再度、ゾロはチョッパーを見つめた。 「ゾロ・・・・。サンジのことは、ゾロが落ち着いたら説明するから・・・。もう少し休んでよ。」 「それじゃあ、納得できねぇ。」 歪めて涙を浮かべるその顔は、それでもなんとか笑おうとしていた。一体サンジはどうしたのか? チョッパーの様子と言葉では、まるで何もわからない。 「サンジは、大丈夫だよ。生きてる・・・。だから、ゆっくり寝て・・・。」 納得はしかねるが漸く安心できる答えが返ってきて安心した所為か、はたまた、やはり大きなケガには変わりないからか、ゾロは急に眠気に襲われた。 「お休み・・ゾロ。」 チョッパーの言葉にゾロは瞼を閉じた。 早くサンジに会いたいと思いながら。 次にゾロが眼が覚めた時には、仲間が揃っていた。 ただ1人を除いて・・・・。 「・・・・あ・・・・・・・?」 最初に目覚めた時よりは多少、体が重い気がするのは気のせいだろうか? それでも起き上がろうとした所をチョッパーとナミに押さえ込まれた。 「まだゆっくりしていなきゃダメだよ、ゾロ。身体がまだちょっと、馴染んでいないんだ。あれからもう10日も寝ていたんだけど、わかる?」 「10日も?そうか。・・・・でも、馴染んでないって・・・寝ていたからか?」 チョッパーの言葉の意味が、ゾロにはよく解らなかった。10日も寝ていただけだったら、問題ないとゾロは思う。それぐらいだったら、すでに傷もよくなっているだろうし、寝ていて直すのはいつものことだ。 そのままベッドに腰掛けたナミがゆっくりとゾロを見つめる。 いつものナミにしては様子がおかしい。まるで愛しいものでも見るような瞳をゾロに向けてくる。 どうしたことか?いつもなら、嫌味の一つでも出てきそうなものだが。 気が付くと、まわりの者、全員静かにゾロを見守っているように取れた。 確かに、ミホークとの戦いで死の淵をさまよい、自分でも死んだと思ったほどだ。そして今まだ安静にしていなければならないのも事実だろう。 が、そんな安静という言葉とは無縁に思える船長ですら静かにゾロを見つめている。 ふと気が付くと、ナミがまた、らしくなくゾロの包帯だらけの胸を撫で擦っていた。 なんだか擽ったい気分だが、そんな雰囲気にはなれなかった。思わず眉間に皺がよる。 ゾロの様子に気が付いたナミは、ごめん、と小さく呟いた。ゆっくりとベッドから立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。 いったい何なのか? あれだけの死闘とはいえ、結果、自分は生きている。 だったらこんな葬式のような空気はまっぴらだった。 そこで気が付く。 やはり、もしかしてコックに何かあったのではないかと思い出す。 この部屋にいないのは、治療を始めたからだと、勝手に思っていた。 だから今は会えないのだが、最初目覚めた時には、チョッパーはコックは生きていると言った。ゾロはその言葉をそのままに信じていた。 が、やはり何かあったのだろうか? 急に広がる不安に胸が締め付けられそうになる。 コックと約束をしたのだ。 『一緒に生きよう』と。 「・・・・・・!!」 しかし、その約束はいつしたものなのかが思い出せなかった。あの約束は自分が勝手に思っていただけのものだろうか? いや、そんなはずはないと首を振る。 コックの声もしたのだ。サンジが言ったのだ。 『一緒に生きよう』 しかし、ただただ広がっていく不安にゾロの表情は曇っていくばかりだ。 それを察したのか、ずっと黙ったままだったルフィが漸く口を開いた。 「ゾロ、おめでとう。大剣豪・・・。」 本来ならその賛辞はうれしいはずなのに、喜びが湧いてこない。 ルフィから発せられた言葉は、ゾロが望んだ言葉ではなかった。今は、そんなことを聞きたいのではない。コックはどうしたのか? 「ゾロ・・・。サンジのことか?」 ベッドから見上げるゾロの表情を読み取ってルフィは核心につく名前を出した。 ウソップもチョッパーも泣きそうな顔をしている。が同時にその中に笑顔も見た。ロビンでさえ、困惑ぎみながらも笑顔だ。 読み取れない皆の様子に、やはりコックに何かあったのは間違いないと踏む。 でも、生きているというチョッパーの言葉を信じたい。 「ゾロ・・・。サンジなら生きているよ。・・・・・でも、もう会えない。」 ルフィの言葉もチョッパーの言葉同様、ゾロにはまったく意味がわからなかった。 生きているのに、会えないっていうのは、どういうことか? 「どういう・・・ことだ。ルフィ・・・・。」 きつく睨み上げるが、海賊王になる男にはそんなものはまったく効かない。 「会えない。でも・・・サンジはここにいるんだ・・・。」 「・・・・!?」 「ずっとずっと一緒に居るんだ。」 言葉の意味だけでなく、真剣な顔から笑顔を現したルフィに納得がいかない。 「どういうことだ、ルフィ!!ここにくそコックはいねぇじゃねぇか!」 「でも、本当なんだ。」 「説明しろっっ!!」 がばり、と勢い起きたゾロにチョッパーが慌て再度押さえ込む。 ダメだ、まだ安静だ、と叫んでいる。 確かに胸がキリキリと痛み出した。が、そんなことよりも、ルフィの言葉に噛み付く。 「あいつは!!どうなったんだ!!」 「いるんだ。ここに・・・。」 チョッパーが押さえるのも構わず、ルフィの襟首を捕まえたゾロに、ルフィはただただ落ち着いて、ゾロの胸をトントンと叩いた。 ゾロは眉を顰める。 「ここにいる・・・・って・・・・?ルフィ??」 「サンジはここにいる。ここで生きているんだ。・・・ほら、ゾロならわかるだろう?サンジが脈打っているのを感じるだろう?」 「・・・・??」 今だルフィの言葉を理解しかねるゾロにチョッパーが改めてゾロの腕に縋りついて説明をする。 「ゾロが今生きているのは、サンジの心臓のおかげなんだ!」 「コックの・・・心臓?」 「ゾロの心臓は、本来なら、鷹の目の攻撃で大きな損傷を受けてもう二度と使い物にならない状態だったんだ。本当だったらゾロは死んでたんだ。」 「でも、俺は生きているぞ・・・。」 ゾロは、チョッパーに先導されて、ゆっくりとベッドに腰掛ける。 「だから、サンジの心臓・・・なんだ。」 「・・・・・!!」 「ゾロが鷹の目に倒れてからサンジも急に容態が悪化して・・・。一度に2人とも助けるほど医者がこの病院にいなかったのもあるけど、でも、それよりも、もうサンジも限界だったんだ。ほとんどの内臓が機能していなくて・・・。でも、その中で心臓だけが、大丈夫だったんだ。」 「心臓が大丈夫なら、あいつが死ぬわけないだろうが!だったら、俺の心臓以外を全部あいつにやったらよかっただろうが!!」 怒りが湧きあがってきたのか。ゾロの声が大きくなってくる。 「でも、そんなこと出来ないよ。心臓以外の全ての内臓を移植するなんて。サンジの心臓を移植した方がどんなにか早いか・・・。」 「・・・・っっ!!」 「それに!」 「何だっ!」 「サンジの願いでもあったんだ。」 「・・・・・!」 「サンジが言ったんだ、最後に・・・。使えるのなら、サンジの心臓を使って欲しいって。ゾロと一緒に生きたいって!」 『一緒に生きよう』 コックの声が頭の中で、木霊する。 それは、そういう意味だったのか? 「手術も上手くいって、今のところ拒否反応も出ていなくてよっぽど大丈夫だと思うけど。でも、まだ無理しちゃダメなんだ。」 チョッパーの説明はゾロにとって、あまりに衝撃的で思わず頭を抱えた。 無理もない。 生きていると言われても、もはや姿形は何もないのだ。ゾロの身体の中にしか。 触れることも抱き合う事も叶わない。 会うことさえできないのだ。 確かに、サンジの病気を知った時には、ある程度の覚悟が必要とは聞いていた。 チョッパーによると、心臓がまったく損傷なく使えるということは、他の内臓の損傷とを併せて考えても普通ではあり得ない事だと言う。 だったら、これはサンジにとってもゾロにとっても”奇跡”といえることで、”幸せ”といえる結果ではないだろうか。 が、ゾロにはそうは思えなかった。 そんな結果なのだったら、一緒にあの場で天国にでも行ったほうがマシではないかとさえ思えてくる。いや、天国ではなくて地獄か、と自嘲が浮かぶ。 そして、ナミの先ほどの仕草の理由もわかった。 ナミはあれだけサンジに甘えて、サンジを慕っていたのだ。もちろんそれはゾロとは違う感情ではあったが、時々妬けるほど仲は良かったのだ。 あれは、サンジを撫でていたのだな、とゾロは思った。 俺は撫でてやることさえできない。 「ゾロ・・・。」 ルフィが再度、ゾロに声を掛けた。 ゆっくりと垂れた頭を持ち上げる。 「ゾロはずっとサンジと一緒だ。」 「気休めはよせ・・・。」 「でも、本当だ。・・・・・ゾロ、もうひとつの夢を叶えるのは、嫌か?」 「・・・え?」 マジマジとゾロはルフィを見つめた。 「オールブルー・・・。奇跡の海をサンジに見せるんだ。」 「でも、俺は料理はできねぇ。」 ルフィが笑う。 「そうじゃねぇよ、ゾロ。見せるんだ、サンジに・・・。ただそれだけでいい。サンジもきっとそう思っているはずだ。」 「・・・・。」 「わかるだろう?・・・ゾロは体の中にサンジを感じることができるはずだ。」 「ルフィ・・・。」 ルフィをはじめ、他の皆はすでに笑顔だ。あれだけ泣きそうな顔をしていたウソップもチョッパーも。 そうか、すでに皆は納得したんだろうな。とゾロは思う。 が、自分はまだ納得ができない。 「チョッパー、ゾロはあとどれくらいで治る?」 「まだ船旅は無理だ。でも、きっとゾロとサンジだ、1週間もすれば出港ができるかも。もちろん、ちゃんと診察をしてからだけど・・・。」 「ゾロ・・・。」 再度俯いてしまったゾロにルフィは何度も名前を呼ぶ。 「俺達は一旦船に帰る。・・・サンジとゆっくり話しをしてみろ?」 「はなし・・・。」 できるわけがない、と思う。 この心臓はコックのものだとしても、会話が出来るわけではないのだ。 俯いたまま舌打ちをした。 「ゾロ、サンジは話をしたがっているぞ。」 結局そのまま皆は部屋から出て行った。無論、チョッパーも後で又来るとだけ言って一緒に出て行ってしまった。 バタリとベッドに仰向けに倒れる。 頭の下に腕を組み、天井をそのまま見つめた。 そのまま眼を瞑る。 いつの間にか、夢の中なのだろうか。 気が付けばゾロは海の中にいた。呼吸が苦しくないから夢なのだろうとゾロは思う。 誰かがゾロの名前を呼んでいた。 「ゾロ・・・・。ゾロ・・・・・。」 と。 声のする方向に泳いでいくと、そこには、会いたかった人物が浮かんでいた。 「サンジ」 いつになく名前を呼ぶ。 どんな関係になろうとも名前を呼ぶ事はほとんどなかったゾロだったが、今はすんなりとその名前を呼ぶことができる。 「どこに行ってたんだ、お前は!!」 思わず胸倉を掴む。せっかく会ったってのにこの仕打ちは無いだろうと自分でも思うのだが、ゾロは自分が抑えられない。 「いるだろう?」 「だから、何処に!!」 「ここに・・・。」 そういってルフィがしたことと同じようにゾロの胸をトントンと叩く。 「俺は納得してねぇ!!」 勝手に俺の許可無く俺の身体の中に入るんじゃねぇ、と怒鳴ってしまった。 それに眉を顰めて哀しそうな顔をする。 「生きたかったんだ。一緒に・・・。」 「サンジ・・・。」 「ずっとずっとゾロと一緒に生きたかったんだ。」 「・・・・っっ!」 ゾロはそのままサンジを抱きしめた。 「でも、会えないじゃねぇか!」 「会っているだろう。ほら、こうやって・・・。」 「だが・・・!」 「ゾロ・・。」 優しく微笑みながら、サンジもゾロを抱きしめ返す。 「抱き合う事だってできる。こうやって、いつでも会って、いつでも抱き合える。だから、ゾロ・・・。泣くな・・・。」 サンジが笑って言う。 サンジに言われて、ゾロは自分が泣いているのに初めて気が付いた。 泣くなどと、何年ぶりだろうと、ゾロは思った。 「お前でも泣くんだな・・・。」 軽く笑うサンジをさらにギュッと抱きしめた。 「悪ぃか!」 ゾロの頭を撫でてサンジがゾロの涙を唇で拭った。 「いや、悪くねぇ。うれしいよ、俺の為に涙を流してくれるんなんて。俺、いなくなって正解か?」 「バカなこと言うんじゃねぇよ!」 ついつい怒鳴ってしまう。 「夢はどうするんだ?」 「夢?オールブルーのことか?」 「あぁ・・・。」 暫くサンジがゾロを見つめる。 「いいよ、夢は・・・。いつかきっと、どこかのコックが俺の変わりに叶えるだろう。俺の夢をお前の足枷にしたくてお前の心臓になったわけじゃないから。」 どこまでアホなんだ、とゾロは思う。 「バカ・・・。言えよ!」 「言えねぇよ・・・。」 「言えっ、サンジ!」 「・・・・っ!」 ぎゅっとゾロの腕にしがみ付く。 ゾロの肩に顔を埋めたままボソリと呟いた。その耳まで真っ赤だった。 「連れて行ってくれるか・・・。オールブルー・・・。」 「あぁ・・・。行こうな、一緒に。」 上げたサンジの顔は、それはもう満面の笑みだった。 「俺、幸せだよ。いつまででもゾロと一緒だ・・・。」 「・・・・・サンジ。」 「・・・・ありがとうな。ゾロ。」 一瞬、眩しい光が自分達を包んだと思ったら、そこは病室だった。やはり寝ていたのだろうか。 顔に手をやると涙の後があった。 夢なのか何なのかわからないが、それはただの自分の願望だけではないとゾロには理解することができた。 「行こうな、一緒に・・・・・。オールブルー・・・。」 ゆっくりとベッドから立ち、すぐ横の窓を開けた。窓からは海が見ることが出来た。 「それでもって、また会いに来い。サンジ・・・・。」 1週間後、ゴーイングメリー号は、剣士の島を出発した。 END |