黄泉返りの島19




「・・・・・『船を降りる』なんて脅して・・・・、卑怯だな、お前・・・・。」


サンジがゾロの腕の中で苦笑している。
あまりの嬉しさにゾロは思い切り、その体を抱きしめた。

「・・・・っててっ!痛ぇよ、クソ剣士!!」

まだ体が自分の意思通りにしっくり動かないのか、いつもなら簡単に蹴りを入れるのに、ただ身動ぎするだけだ。
それでも、ゾロには嬉しいとしかいいようがない。

今だ涙が溢れているゾロに、サンジは今度はしたり顔で笑った。

「でもまぁ、一生に一度の告白を聞いたから、良しとするか・・・・。」

それでサンジが自分の元に戻ってきてくれるのなら何度でも口にしてやろう、とゾロは思う。

「好きだ、愛してる。サンジ・・・。」

今まで名前すらめったに呼ばなかったのに、するすると簡単に口にしたゾロにサンジは顔を赤らめた。

「アホか!!そう簡単にんな言葉を安売りすんじゃねぇ!!」

恥かしさに思わず口を尖らせて顔を逸らしているが、今はどんな表情でもゾロには愛しいだけだった。
抱きしめる力が更に強くなる。

「ゾロ・・・・。」

サンジの声音が真剣味を帯びている。
改めてゾロはサンジを見つめた。彼の蒼い瞳の中から大事な何かが見え隠れしている。
ゾロはゆっくりとサンジから腕を離した。サンジはぎこちないながらも体を起こし、当然のようにゾロの真正面に向かい合うように座った。正座こそしていないが、かなり大事な話だとすぐにわかるように膝をついた。
だがその前に、ゾロの方こそ、サンジに大事な言葉を伝えねばならなかった。

お互いに見つめあい。そして、開きかけたサンジの口から言葉が発される前に、先にゾロは頭を下げた。

「すまねぇ・・・・・。」
「ゾロ・・・。」

ゾロは手を床につき、ゆっくりと頭を下げる。
まさしく土下座ともいえたその姿勢に、サンジは困惑を隠せない。
魂だけの存在になった時、何も知らないと言えば、それは嘘だ。全て知っていた。


くいなのゾロへの思い。
ゾロのくいなへの思い。
熱を交わした二人だけの夜。
出航し、別れの晩となるはずだった時間に二人で過した空間。

すべて見えているわけではなかったが、その思いが洞窟内にいるサンジにまで届いていた。





嘘は全て隠せない。

そうサンジの瞳が訴えている。
この男は、普段はアホばかりやっているわりに、肝心な所ではその鋭さも賢さも発揮している。
ゾロもまたこの島に来て、くいなと共に過した時間を誤魔化すつもりはなかった。

一度は心を通わせた仲だ。裏切りと取られても仕方がない。



だからこそ、素直に頭を下げた。






が、サンジからすれば、ゾロの思いを無理矢理に押さえ込むつもりはなかった。
ゾロがくいなとの道を選ぶのならば。彼がそれを幸せだと思うのならば。仕方がないと思っていたのだ。だからこそ、最初、夢の中でくいなと出会った時、彼女と約束を交わしたのだから。
己の中に嫉妬の炎が燃えないわけではなかったが、それでもゾロが幸せなら、その思いを閉じ込めてしまう覚悟はあったのだ。



だが。



ゾロが。
どちらを選ぶというのでないが。
結果的には、ゾロはくいなではなくサンジを選んだことになるが、ゾロにくいなへの思いが無くなったわけではない。それは承知の上だ。
ただゾロがサンジと共に歩みたいというのなら、素直にその言葉に甘えよう。
まさか、『船を降りる』と言う脅し文句まで出すとは思わなかったが。


それに。


始めて思いを交わした時のことを思い出す。
その時でさえ、『愛している』とまでは言わなかった。
ただ、『てめぇを抱きてぇ』とか、『好きだ』程度だ。『ずっとてめぇの飯を食わせろ』と傲慢なセリフまで吐いていたか。
それが、『愛している』とまで言った。一生聞けないと思っていた言葉を口にした。
この朴念仁が。


そして、今また。
己の行為を詫びている。素直に頭を下げている。このプライドの高い男が。
たぶん、くいなと結ばれたことは後悔はしていないだろうが、それでも、サンジに頭を下げている。

それでサンジには充分だった。



まぁ、元々は俺様の体だからな。惑わされても仕方ねぇ。




「怒っちゃいねぇよ・・・。」

穏やかにサンジは伝えた。
下げていたゾロの頭が上がる。
目を見張っている様子は、サンジの言葉が意外だったらしい。

「蹴らねぇのか?俺は、くいなと・・・・・。」
「蹴って欲しいのか?」

サンジの蹴りは半端じゃない。多少加減したところで、息が止まるほどの威力がある。普段鍛えているからこそ、耐えることができるシロモノだ。

「あ・・・・いや、そうじゃねぇが・・・・。蹴られても仕方ねぇかと・・・・・。」

恐妻に睨まれた情けない旦那のようだ。

「だったら、もうそれでいいじゃねぇか。お前は頭を今下げてくれた。それでいい。」

いつものサンジならありえない程の懐の広さだ。

「・・・・・悪ぃ。」
「見えていたわけじゃないが・・・わかってる。お前が本当に俺に愛想をつかしたわけじゃないことも、くいなちゃんの気持ちに応えてやりたいって思っていたことも、くいなちゃんと俺のとの間で苦しんでいた事も・・・。」

サンジは穏やかに笑う。

「・・・・くいなへの気持ちにも嘘はねぇ。あいつのことも好きだった。でも・・・・・、やはり俺は、・・・・・お前のことが諦められなかった。」
「わかってるよ。」

ずり、とサンジは膝でゾロの傍に近寄った。

「くいなちゃんもそれはわかってる。大丈夫だ。」

サンジはゾロをゆっくりと抱きしめた。ゾロはされるがまま、抱きしめるサンジに体を委ねる。
サンジはそのまま、上を見上げた。
ゾロも釣られて、洞窟の天井を見上げた。
そこはやはり黒い空間が広がるばかりだが、なんだか心が温かくなった気がした。

「ゾロ。」

サンジが天井を見上げたまま呼びかけた。

「くいなちゃん、天に昇ったみたいだぜ。笑って上がっていった。」

それはゾロには見えなかったが、サンジには見えたのだろうか。

「くいなちゃんからの伝言だ。」
「くいなから?」

ゾロは目を見開いて、サンジを凝視する。

「ありがとう。って言ってたぜ、彼女。もう少しで間違った道を進むところだった、って。ゾロがそれを正してくれた、って言ってる。」
「そうか。」
「俺も・・・。」
「サンジ?」

サンジは上げていた頭を下げて、今度は下に俯いた。ゾロの肩に顔を埋める。

「ありがとな・・・。」
「・・・・・。」
「俺をここに呼び戻してくれた。」

今度はサンジからゾロへの感謝だ。

「正直、戸惑ったんだ。このまま戻っていいのかどうか。俺は彼女に体を渡す約束をした。それをお前が取り戻してくれた。それに関しては正直、嬉しかったんだ。」
「・・・・。」
「でも・・・・。」

サンジは一旦言葉を切り、深呼吸をした。ゾロは静かにサンジの言葉を待った。

「・・・・・本当に戻っていいのか、悩んだ。彼女の夢を諦めさせて、俺ばかり幸せになって。その昔、彼女が亡くなったのは、事故だ。彼女は何も悪くない。それなのに、彼女は何もかもを失くして、生まれ変わることさえできなくて、こんなとこにずっと漂って。」
「俺は、ずっと他人の犠牲の上で生きている。この先もきっと、同じことを繰り返すかもしれない。そんな俺が彼女を差し置いて、夢を求めてこの先も進んでいいのか。」
「正直、この体に戻るのが怖かったんだ。」

「サンジ・・・・・。」

目を瞑って訴えるサンジは、まるで罪を背負った罪人のようだ。

だが、そうじゃない。

ゾロはそう思う。

誰もが、他人に迷惑を掛けながら生きている。たった一人で生きてはいけない。
そのいい証人がいるではないか。我らの船に。


が、口で言ったところできっと納得はできないだろう。この男は。
幼い頃のトラウマが今だに解消されないのは辛いことだが、それも含めて、この男を大きく包んでやりたい、とゾロは思った。

「俺はそれでも、お前の声に・・・俺を呼ぶお前の言葉に惹かれて、ここに戻ってきちまった。いいだろうか・・・。」
「もちろんだ。」

ゾロは、今度はゾロからサンジを抱きしめた。

「心配するな。俺がいる。お前が不安になったら、お前が迷ったら、俺がお前を呼んでやる。お前を導いてやる。だから、今度からお前も・・・俺が、迷ったり間違えたりしたら、俺を呼んで、俺を正せ。わかったな!!」
「いつも道間違えたら、教えてやってるじゃねぇか!」
「(怒)」

お互いに穏やかに笑いあうことができた。


ふ、と一緒に振り返った。
洞窟の一番奥にまでは届かないはずなのに、朝日が入ってきているのがわかった。
夜が明けたのだろう。


「船に戻ろう。」
「あぁ、・・・・。」

どちらからともなく軽く唇を重ねてから、手を繋いだまま二人して立ち上がった。


船に戻ろう。
きっとみんな、心配して寝ずに夜を過したかもしれない。
明るい笑顔をみんなに見せよう。
きっとナミからはゲンコツを喰らうだろうけど、それも喜びになるだろう。
ウソップやチョッパー、フランキーまでも泣くかもしれない。
ブルックは歌い始めるだろう。
ロビンは穏やかに笑うだろう。
船長は。
いつもの明るい顔でいきなり「肉!」と叫ぶかもしれない。
そして、みんなで「お帰り」と言ってくれるだろう。



洞窟内の中では、今だ魂がいつくも彷徨っていたが、いつかきっと、未練を断ち切って天に昇ってくれればいい。



ゾロとサンジは手を繋いで、ゆっくりと洞窟を後にした。




























それから長い年月が経ち、ゾロが大剣豪になってからもまた月日が流れた。


とある島で、若い剣士が大剣豪になったゾロと奇跡の海を見つけたサンジの前に立ちはだかったのは、まだずっと先の話。





END

09.02.03




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