幸せの味



(注意:この話の若林と岬はバカでアホで貧乏くさいです)



その『いさかい』の原因はほんの些細な事であった。

ふたりでゆったりと食事中の俺と岬。

少し高めの美味しい赤ワインなどを嗜みながら、特に他愛もない会話を交わしていた。

しかし岬のある一言によって、その穏やかな時間は脆くも壊されたのだ。

「うん、そうだね。ピエール」

俺の話に相槌を打ちながら、岬が無意識にこう発してしまったからだ。

「・・・え!?」

「あ・・・」

俺たちの隙間に気まずさを帯びた灰色の空気が流れる。

「岬、お前・・・今、ピエールって言った?」

「・・・言ってないよ」

「ウソつけぇ!!」

「・・・気のせいだよ」

「はっきりピエールって聞こえたぞ!!」

「ごめん。ちょっと間違えただけだよ・・・」

岬は、吐き捨てるようにそう呟き、

まるでその場を取り繕うかのように、ズズズッと不愉快な音をたてながら味噌汁を啜っていた。

いまいちあやふやな岬の反応。あやしい?おかしい?じぇらしい。

俺は食べかけの豚足にブスリとフォークを付き刺したまま、思わず問い詰めてしまった。

「岬・・・まさかお前はピエールと浮気を!?」

「な、何言ってるの!?」

右手に割り箸を握り締めたままの岬は、鋭く突き刺さるような視線で俺をキッと睨み付けた。

「わ、若林くんだって怪しいじゃないのさ!最近、帰りも遅いよねェ?」

「なにィ?岬、貴様、自分の浮気を棚に上げて俺に浮気疑惑をかけるのかよ!?」

「ボクは浮気なんてしないよ。ボクは若林くんみたいに年中は盛ってないからねぇ」

ポキン。

岬の華奢な手の中で割り箸の裂ける音がした。

まるで俺たちの未来を暗示しているかのようだった。

ワイングラスの中で赤い液体がユラユラと揺れている。

まるで不安定な俺たちの心模様を映し出しているかのようにも見えた。

そして頬を紅潮させた岬は、不埒な笑みを浮かべたまま俺にこう言い放ってきたのだ。

「若林くんだっていつもカルツに可愛がってもらってるんじゃないのォ?」

「カ、カルツ!?」

予想外の人名の登場に、俺の心臓は微妙に反応していた。

澄ました表情のまま、ピータンを一切れ口に運ぶ岬。

そうか、岬め、カルツと来たか。

お前の脳内では『カルツ×源三』もアリだったのか!?

しかも俺が『受け』かよ!?

不覚にも俺は、まったりと絡み合う自分とカルツの裸体を思い描いていた。

お世辞にも爽やかとは言い難い情景になんとなく心がムズムズした。

って言うか吹き出しそうだし。

そうか!わかったぞ!これはある意味『笑い攻め』か?笑ったら俺の敗北が決まってしまう。

これは雄VS雄の命をかけた魂を揺さ振る熱い熱い闘いなのだ!

神に誓って俺とカルツに肉体関係はない。

何があってもカルツに抱かれることはない。抱かれるくらいなら抱いてやるぅ〜!!

って言うか、こんな取るに足り無い内容の喧嘩は全くもって時間の無駄ではないのか?

「岬、機嫌なおせヨ。これでも食べろよ〜」

わざとらしい笑顔の俺はキムチの皿を薦めたけれど、岬はあからさまにそれを拒否していた。

「フン!!いらないね!どうせソレ、カルツの好物なんでしょ!
キムチも臭いけど、若林くんの体からはカルツの匂いがプンプンするよッ!」

「カ、カルツの匂い!?」

俺はついつい線香やサロンパスの匂いを連想してしまった。

そう言えばカルツの匂いとは一体どんなモノなのであろうか・・・?

これまでに好んで彼の体臭を嗅ぐ機会は無かったのだが、

カピバラのような野性的な香りに近いのだろうか?

俺は『動物園で四つんばいになりながら草を食むカルツ』の様子を想像し、

少しだけ笑いそうになってしまい、慌てて豚足の油がこびりついた下唇をキュッと噛んでいた。

カルツとは違う整った顔立ちをした岬の口攻撃は続く。

「若林くんはエッチできるなら誰でもいいんでしょう?この節操無し!!」

「なにィ?」

「ずっと前から思ってたんだけどね。若林くんは食事に関してもこだわりが無さ過ぎなんだよ!だいたい今日のメニューは何!?どんな取り合わせだよ!?マジ食べにくいっつーの!!」

そう言いながら岬は野茂英雄のようなフォームで焼き銀杏を1粒俺の額に投げつけて来た。

見事命中。

「い、痛ッ!」

ズキン。おでこも心も痛いトコを突かれた。

コトン、コトン・・・銀杏が虚しい音を響かせながら床の上を転がっていた。

俺は少しヒビの入った銀杏を見つめていた。

この割れた銀杏はまるで今の俺たちみたいだな・・・

確かに俺の用意する食事のメニューには統一性がない。ちなみに本日の献立は

ワイン。お味噌汁。豚足。ピータン。キムチ。焼き銀杏。子持ちししゃも・・・

すまない、岬。全部俺の好物なんだよ(汗)

「若林くんはそうやって何でも食べられれば良いの?ボク以外の男も食べてるの?」

ポトリ、ポトリ・・・

もうすっかり冷めて硬くなってしまったノルウェー産子持ちししゃもに、

岬の美しい真珠のような涙の滴が落ちた。

すまない、岬。俺のこの天然無節操主義がお前のやわなハートをこんなにも傷つけていたとは。

俺はがむしゃらに子持ちししゃもにかぶりついて飲み込んだ。仄かな塩味がした。

こんな切ない味の子持ちししゃもを食べたのは生まれて初めてのような気がした。

「岬・・・すまなかった。仲直りしよう」

「若林くぅん」

岬は子猫のように俺の側に寄り添ってきた。

そして「ゴメンね」と哀しそうに囁きながら、少し赤くなった俺のおでこを優しく摩っている。

俺は天使のような微笑の岬にうっとりと心奪われながらも呟いていた。

「岬、デザートを食べよう」

「デザートは何?また『フルーチェ』?」

「ち、違うよ。あっはっは!デザートはお前だよ・・・」

俺はもう既に岬をお姫さま抱っこしていたのだ。

「若林くん、残さないでね・・・」

「ああ、残したらおてんと様の罰が当たるからな。いただきマンモス!」

俺の下半身もマンモスと化していた。パォーン。





それから・・・俺はベッドの中で、ずっと頭の片隅で気にかかっていた質問を岬に投げかけた。

「・・・どうしてさっきピエールって言ったんだ?」

「ワイン、あのワイン高いでしょ?」

「ああ、1本300万かな?先週ヤフオクでゲットした」

「昔、ピエールの家で酒盛りをしたの。その時に飲んだワインの味と似てたからピエールを思い出しちゃって」

「酒盛り?いつそんなのやったんだ?」

「15の時だよ」

「15?」

「ジュニアユースの準決勝の前夜にピエールとナポレオンとアモロと飲んだの。みんな二日酔いだったからフランスは負けたのさ♪ボクは結構飲んべえだから大丈夫だったけど」

「そ、そうだったのか!?」

「ボクはどうしても若林くんと一緒に決勝に出たかったから・・・」

「ありがとぉ、岬。例え地球が爆発してもカルツとは何もないから心配するなヨ★」

岬の柔らかい卵豆腐のような頬に俺はそっと口づけた。

俺は今更ながらに判ったのだ。

世界で一番美味しいモノは岬太郎。世界で一番幸せな味は岬太郎味。

もしもインタビューで「好きな食べ物は何ですか?」と聞かれたならば

俺は正々堂々とこう答えるだろう。

「岬太郎です。生でまるかじりするのが好きです!!」と。

これからも俺、若林源三は永遠に岬太郎を「おかわり」しちゃうのダ・・・・・・♪


〜終〜





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コメント:おさすがです。ブラボー!!←ブラボーおじさん登場。(誰もわからないって!)
もはや何もいうことはございましぇ〜〜〜〜〜ん。
ところで、味噌汁って赤だろうか、白だろうか・・・気になる今日この頃です。

モモさま、ありがとうございましたvv