ぎゅっとね
「岬、誕生日おめでとう。・・・おいで?」 「うん、ありがとう。」 ぎゅっ ほっと体の力を抜いて、若林君にそっともたれかかる。僕は今、彼の腕の中。 ぎゅーって抱きしめられているんだ。 「・・・あのな〜、岬?」 「・・・うん?」 「毎年思うんだが・・・誕生日プレゼント、『ぎゅっと抱きしめて』って・・・本当にそれだけでいいのか?」 「うん。」 ・・・・・・ 「よくないっ!」 若林くんは僕を引き剥がすと肩に手をかけたまま僕の顔を覗き込む。 「な?岬?俺はお前が望むならどんな難題だって叶えてやるつもりがあるんだ。だからっ・・・」 「まだ3分たってないよ。」 「〜〜・・・岬ぃ〜〜・・・」 僕はまた彼の腕の中にぎゅっと抱き込まれる。約束は『3分間そのままで』。 「な〜?岬?一体なんなんだ?これ?なにかの儀式か?」 「・・し〜〜っ・・静かにね。」 くすくすくす。忘れちゃったの?あれはまだ僕等が小学生だった頃。 若林くんは突然僕を訪ねてきて。 顔を見るなり突然僕をぎゅーって抱きしめて。 僕はすごくびっくりしたけど、あまりの腕の力の強さに何も言えなくて。 その後怒ったような、でも泣きそうな、口をへの字に曲げた顔で見つめられて。 とても何かを言いたそうだったのに、でも君は結局何も言わずにプイっと帰って行ったんだ。 それから少しして、君がドイツへ渡ったって後から知った。 あんまり強烈な印象を残したままいなくなったりしないでよ。気になっちゃったじゃない。 だから、多分それが僕の恋のはじまり。 あの時若林くんの顔が赤かったと記憶しているのは、それが夕方の出来事で夕日に照らされていたから、じゃ、ないよね? 「・・・3分たったぞ。だってな?こうしている間、岬は抱きしめ返してもくれないだろ?」 若林くんは僕の体を抱えたまま体を左右に捻じってイヤイヤをする。 「なんか淋しいぃ〜〜。想い返されてないって感じぃいぃ〜〜。」 くすくすくす。そりゃあそうだよ。だってまだその時は君に恋していないもの。 これは大事な初恋の再現の儀式。 僕は誕生日を迎えて僕にとっての新しい一年をこれから始める。 そして僕の君への恋も・・・ 「そんなことないよ。」 くすくす笑って、若林くんの広い背中に腕をまわして抱きしめ返す。 これから想いもいっぱい返してあげるんだから。・・・恥ずかしいから言わないけど。 「あっvうれしぃ〜〜vvv岬ぃ〜〜vv」 こらこら。僕の誕生日に君がうれしがってどうするんだ? だってね、何にも望まなくっても君はあれこれしてくれるでしょ?今だって高級ホテルの最上階フロアーの一室で。 ケーキもご馳走も、プレゼントだって貰った後だし。 でもね、こうして君の腕の中でぎゅっと抱きしめられているのが一番のプレゼントなんだって、どうしてわからないのかな? 誕生日をお祝いするのは一年間無事に過ごせてきたことを祝うためだって聞いたことがある。そうして、また一年間無事に過ごせますようにって、祈るんだって。 だから僕はそっと心の中でお祝いするんだ。君の腕の中、あの時の再現をして。 『誕生日おめでとう。僕の恋。』 END |