ぼくを受け取って!




雪が降った町並みはとても静かだった。まるでもうすぐクリスマスという雰囲気ではないと若林は感じていたが、ふと気づいて笑う。

「そっか。ここ日本じゃなかったっけ・・・。」

どう見ても、概観そのものはドイツの町並みなのに、心の中では日本を恋焦がれているのか、日本にいるかのような錯覚を起こしていた。
隣をすれ違う人々は、確かにその国の人達で、瞳の色も髪の色も・・・、肌の色さえ違う。
なのに若林は、それをあたかも日本人かのように懐かしさを含んだ目で見てしまっていた。どうしたものか、と自分でも首を振ってみる。

「ただ単に人恋しいのかな・・・。」

再度呟いて、でも・・・、と心の中で否定する。
来週はシュナイダーに呼ばれてクリスマスパーティを行う計画をしているのだ。本来なら、パーティなどしないで純粋に教会にでも行くのだろうが、今年は「1人で過す」という若林を気遣ってのことだった。

「たまには賑やかに祝ってもいいだろう?せっかくだ、カルツや他のメンバーも呼んで楽しく過そうぜ?日本なんて目一杯騒ぐと聞いているぞ!」

そう笑うシュナイダーに笑って答える若林はとてもありがたかったが、それでもどこか寂しさを拭いきれないでいた。



本当なら。


本当なら、今年は日本から岬が来て、一緒に過ごす予定だったのだ。今日、若林の誕生日に・・・。
岬曰く、「若林の誕生日祝いとクリスマスパーティを一緒にやってしまおう」ということで、ちょっと豪華にホテルを取って二人で祝う約束をしていたのだ。


「若林くんの誕生日とクリスマスって、そんなに違わないだろう?だったら纏めて祝っちゃおうよ。そう何度も来れないし・・・。ダメかな〜?」

そう楽しそうに話す岬の声を思い出す。まだつい最近の電話でのことなのに、その後、3日もしないうちに、また岬から電話があった。
若林が細かい話かと期待して携帯を握るが、それはあっけなく力の抜ける言葉だった。



「ごめん・・・・。若林くん。行けなくなってしまったんだ・・・・。昨日の練習で、接触プレーでちょっと足やっちゃって・・・。大した事ないんだけど、昔ケガしたところだろう?念のためにも、2週間安静だって言われてしまったんだ。」

済まなさそうな声に若林は元気づけるしかなかった。正直、とても残念だったのだが、もちろん、その前に足のケガの具合の方が先に心配なのも本当のことだ。しかし、岬は、それは大丈夫だという。
「本当に大した事ないんだ。」と言い、具体的なことは何も言わなかった。
後で、改めて石崎に電話で聞いたら、「すまん。」と謝られた。

「俺がやっちまったんだよ・・・。スライディングしてきた岬を避け損ねて、あいつの足の上に乗っかっちゃったんだ・・・。それが変な具合に落ちたもんだから、岬の脚の上にもろスパイクで乗っかる形になっちゃって。ちょうど、昔、岬がやっちまってるところだろう?すぐ病院には行ったんだけど、やっぱ2週間の入院になっちまって・・・。」

バカヤロウが!!と石崎を怒鳴りつけたい衝動をなんとか押さえて、若林は苦笑するしかなかった。彼とて業とではないだろう。が、まだまだ未熟さから来るものだろう。もっと練習に励めと答えた。

「でも、本当は今度、そっちに行く予定だったんだろう?岬のやつ、休みを取って、そっちの方、いろいろ回るって言ってたからさ。」

自分達の仲のことは、石崎達には今だ仲の良い仲間で通っているので、一緒に誕生日を祝うとは言っていないのだろう。でも、こっちに来る事は言ってあったのかと、若林は喉で笑った。

「あぁ、別に俺は困らないからいいが・・・。岬に大事にしてくれと言っておいてくれ。」

そう答えるしかなかった。
本当ならお見舞いとして、若林から訪れることも考えなかったわけではないが、試合のスケジュールがそうはさせてくれなかった。













はぁ。

ため息をついて上を見上げると、いつの間にか、自分の住んでいる少し寂れたアパートに付いた。
「結構稼いでいるのだから、もっといいところに引っ越せばいい」と、時々チームメイトに言われるのだが、管理人のおばさんやその他の住人も含めて、とてもいい人達ばかりだった。若林が子どもだった頃、とても可愛がってくれて、プロになる前からお世話になっているところだ。今更引っ越せないと笑った。岬も好きなアパートだと言ってくれた。
そのアパートの階段の手摺りに手を掛け、ゆっくりと昇る。
コツコトと革靴の音が冷たい空気の中に響いて来て、何故かともて心地よい音に聞こえた。と、同時に手にしている紙袋のガサリとした音がちょっとした不協和音になって時々混じる。
3階の自分の部屋のある階について初めて、若林は自分の足元を見た。
品の良いコートの裾から見えるのは何故かジャージで、しかもその下はコートにも、もちろんジャージにもどう見ても合わない革靴・・・。今更ながらに、あまりの服のバランスの悪さに苦笑する。
外ではほとんどなかったが、やたらと買い物をしていたスーパーの中ですれ違う人々が若林を見て笑っていた理由が今、漸くわかった。
普段はあまりお洒落に凝る方ではないが、それでもプロのサッカー選手ということで周りから見られるている分、服装には気をつけている。
が、今日のこの格好はなんだ、と今更ながらに大きくため息を吐いた。
それだけ、頭が正常に働いていなかったらしい。
よほど、岬がいないのが、堪えているのか、と改めて思った。

「まぁ、毎年必ず会っていたわけじゃないし〜。」

と言葉を発した声には、それでも元気な様子は見受けられなかった。期待していただけに、その分、がっかりしてしまうのは仕方の無い事ではあるが。


コートのポケットから鍵を取り出そうを、片手を紙袋から離したすきに、うっかり荷物の一番上に乗っていたパンを落としてしまった。
堅めに焼かれたそれは、型がくずれることなく、コトリと床に落ちる。
しまった、と若林はそれを拾い上げようと屈みこもうとしたその時、ちょうど鍵と一緒にポケットに入っている携帯が鳴った。
誰だ?
と思う間もなく、条件反射で携帯を取る。
ピッと通話ボタンを押すと意外にも先ほどまで頭に描いていた人物からの電話だった。

「もしもし、若林くん?ごめんね、突然・・・。」

それは紛れもなく岬の声だった。
石崎から入院していると聞かされて、病院には掛けられないと若林からの電話は諦めていたのだ。そのため、「会えなくなった」という岬からの電話以来、聞きたくても聞く事の出来なかった心地よい声だった。

「今・・・いい?」
「あぁ・・・・、久しぶりだな、岬。怪我の具合、どうだ?前と同じ場所だろう?」
「うん・・・。順調だよ。もう明日には検査結果が出るから退院の日にちも決まると思う。」

ほっと若林は安堵する。だとしたら、石崎から聞いていた予定の2週間通りだろう。それだけ、岬の怪我の具合は酷くはなかったということだ。

「若林くんの方も、順調じゃない?昨日の試合も無失点だったんだろう?テレビで見たよ。がんばっているね!」

岬の明るい声につい若林も釣られてしまう。

「まぁな、本当なら俺の勇姿を生で見せたかったぜ?」
「ふふっ、そうだね。行きたかったよ、本当に・・・。ごめんね。」

すまなさそうに謝る岬に若林は慌てる。

「いや・・・、岬が悪いわけじゃないから・・・。全ては石崎に責任だ!!」
「だったら、今度若林くんが日本に来たときに石崎くんに、何か奢ってもらおうよ!」
「お、それいいな?だったら、岬が来れなったかわりに今度、俺がそっちに行くよ。」
「ん・・・。でね・・・・。」
「?」
「僕、やっぱり、若林くんに会いたかったから、そっちに行ったよ!」
「・・・・え?」

一瞬、若林には何のことだかわからなかった。
「行くね。」でも「行くよ。」でもない、「行ったよ。」
って、ことは岬はこっちにいるってことか?
ついつい若林は回りをキョロキョロする。
でも、この狭いアパートの階段には人が隠れるようなスペースはどこにもない。

「だから、僕を受け取ってねv」

ニコリとした顔が目に見えるほどの楽しそうな声は、やはり携帯からしか聞こえなかった。

「受け取ってね?ってお前・・・。」
「荷物・・・届いていると思うんだけれど。今、外、それとも家?」
「あ〜〜〜。買い物から帰ってきたところで、家のドアの前だ・・・。」
「何か届いていないかな・・・。」

若林は今度は人ではないものを、何だがわからず、言われるままに探した。と、そういえば、と先ほど落としたパンが目に留まった。
しかし、同時にその横に、ドアに凭れるように置かれている荷物に目が留まった。


これか・・・・?


「あ〜と、何か荷物が届いているようだが・・・。」
「あぁ、だったら多分それだよ。伝票が付いているだろう?僕からになっていると思うけど・・・。」

岬に言われるまま荷物に張り付いている白い紙を凝視する。多少暗い通路では細かいところまでははっきりとは読めないが、どうやら岬のいう通り、宅配便の伝票で、差出人は岬。そして宛名は若林になっていた。

「そうだ・・・。岬、何送ってくれたんだ?」

クスクスと笑い声が聞こえてきて、若林には一体何がなんだかわからなかった。一頻り笑うと岬はあっけらかんと言う。

「じゃ、僕を受け取ってね・・・。もちろん、僕のところには若林くんがいるから、心配しないで!じゃっ!!」

そう簡単に電話を切ってしまった。
僕を・・・って、岬がこんな小さな箱に入るわけないだろうが!と、わけのわからない怒りのままに、両手の上に乗せて充分に収まるサイズの小さな箱を買い物の荷物と一緒に部屋に持ち入った。

半ば、「何なんだよ、まったく。せっかく人が会えなくなって悲しんでいるのに、何が楽しくて笑っていたんだ!」と怒り混じりのセリフを吐いて、若林は乱暴にその箱を開封した。
小さいサイズとはいえ、ダンボールの箱を開けると、もう一段階小さな箱がそこには入っていた。可愛らしいラッピングまで施されたそれは、緑色のリボンまでついていた。



プレゼントか?


漸く、その宅配便の荷物の意味合いがわかってきた。
そういえば、今日がその若林の誕生日だと改めて思い出す。

会えなくても、電話ではおめでとう!って言ってくれなかったじゃないか。嬉しい中にもちょっぴり哀しさも感じた。
で、結局、何なんだ、と再度、ラッピングされた箱も開封する。

サラリとリボンを解き、ガサリとラッピング用紙を開け、箱になっている蓋を開けた。










中に入っていたプレゼントを取り出して絶句する。


「まぁ、確かに『僕を受け取って』ってことになるのか?」

中味を見て突然笑い出した若林は、なかなか笑いが止まらなかった。


そこに入っていたのは、作ったのだろう、岬を摸した人形だった。しかも、よくわかるようにユニフォームまで着せてあり、ご丁寧に背中にナンバーまで入れてあった。
若林はその小さな岬を手に取り、岬の膝に置かれていた手紙を読んだ。


『若林くん。誕生日おめでとう。今日は行けなくなってごめんね。代わりにこのミニ岬が行きます。ぜひ可愛がってね。僕が作ったんだよ。そして僕の所にはちゃんと君がいるからv』


手紙と一緒にあった写真には、背景は病室のようだが、若林を模した人形を手に笑っている岬が写っていた。
そうえいば、小さい頃から父親と2人だけで過していた為に、岬は料理だけでなく裁縫も得意だったことを思い出した。

手にしたミニ岬の髪を撫でて若林は再度笑った。

「サンキュ、岬。これで誕生日は1人きりの寂しいものではなくなったよ。」

そう呟いて、ミニ岬の頬にキスをした。





どうやって可愛がってやろうかな・・・。





END




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05.12.28




コメント:オチがこんなのでは納得できませんか・・・?すみません。(土下座)
でも、源三、お誕生日おめでとう〜vv(今更/汗)