ブーケに埋もれて




切っ掛けは、翼と早苗の結婚式だったと岬は記憶する。
が、それでどうしてこうなったのかがわからない・・・。


「なんで〜〜〜〜〜!!!」


大声で叫びたい気持ちを抑える。
引き攣った笑顔しか出来ない。
目の前の光景に思わず現実逃避として気を失うことができたならどんなにか幸せだろう。
周りの皆も誰も突っ込みさえせず、それどころか自分とその横にいる人物に向かってニコニコと笑顔を向けている。
あまりの展開にガックリと肩を落とすことさえできずに、いっそ開き直ってしまおうかとも思った。
いや、思っただけではなく開き直ってしまったからこうなってしまったのだろう。


「「「「おめでとう、岬!!」」」」


大勢の祝福の声でハッと我に返った。
一瞬ではあるが、やはり気を失っていたのであろうか?それとも異次元にトリップしていたのであろうか?
あまりの皆の喜びの声に思わず俯いてしまう。
その瞬間、目に入ってしまった今回の『切っ掛け』となったものに、脳内は先日の翼と早苗の結婚式をリプレイしてしまった。












「おめでとう、早苗。おめでとう、翼くん!」

早苗と仲の良いゆかりが笑顔で2人にやたらとおめでとうを連発している。その横にはようやく恋人となったことをどさくさに紛れてこの場で皆に報告したため、みんなからグイグイと押し潰されていた石崎がいた。
翼も早苗もいつも以上に輝いている。もうはちきれんばかりの笑顔とはこのような顔をいうのだろうと、一歩下がった所に居た岬は思った。
日向や若島津でさえ、普段笑顔を向けることの無い日本のTOP選手に温かい言葉と囃し立てるような冷やかし半分のセリフを吐いていた。
本当は内輪だけでと言っていた早苗だったが、翼の「できればサッカーの仲間にも」という言葉に気が付けばいつ試合を開始しても不思議ではないメンバーでの結婚式となってしまった。

このまま足元にボールがあれば、服装も厭わずにボールを蹴りだしそうだ。

そのようなセリフを早苗が吐いて、皆で大声で笑った。




ホッと一息つくと、岬は傍にあったベンチに座った。それはまだ足が完治していない岬に対しての配慮で置かれたものだった。

「幸せそうだなぁ・・・・翼くん。」

そう人には聞こえない程の呟きに「そうだな」の相槌が入った。
一体誰かと思い岬が顔を上げると、そこには南葛時代からの友人でもあり、またサッカー仲間でもある若林源三が立っていた。

「疲れたか?」

と声を掛けてくれる。
主役は翼なのだから、自分になど気にせず翼のところへ行けばいいのに、と岬は申し訳ないような気がした。

「あ・・・うん。大丈夫だよ。ありがとう。・・・それより若林くんもあっちに行ってきたら?」

と翼達がいる方向へと指差す。
それを見て若林は軽く笑うと「いい」、と返した。
折角なのに、と思う岬に若林は言いたいことがあるんだと岬の座っているベンチに並んで座った。

「なに?」

今日はお祝いの席なので、できればケガのことはあまり話題に触れたくないと思っていた岬は、しかし、自分の予想していた言葉とまったく違う言葉を耳にして固まってしまった。

「あのさ・・・・。石崎がこの間の決勝戦でどさくさに紛れて南葛のマネージャーに告白したの、知ってるよな?」

つい先ほど、石崎が皆に囃し立てられていたのを思い出す。ただ今日は翼と早苗の結婚式なので、石崎達の話も盛り上がりはしたものの、割と早くに話題が切り替わったしまった。まぁ、本人にしてみれば、さらっと話を流してもらうのも考慮してここでの報告だったのかもしれないが。
しかし、何故ここでそんな話が出てきたのか、思わず苦笑してしまった。

「うん・・。ゆかりちゃんだろう?それが・・。」

「あれ聞いてて、あ、じゃあ俺も・・・・って思っちまったんだ。」

若林が何を言いたいのかわらない。岬は首を傾げて様子を伺う。
もしかして石崎のように報告することがあるのだろうか。この中に”彼女”といった女性が居たっけ?と、思わず参加者の中の女性連中の名前を頭に浮かべる。

「俺の場合、報告っていうより、告白なんだがよ・・・。その聞いてくれるか?」

「告白って、誰か好きな人がこの中にいたの?で、僕に相談?だったら、それよりも早くその素敵な女性のところに行った方がいいんじゃない?」

一体誰だろう?若林の好きな女性って・・・。と、参列者の方をみて、再度参加女性を思い出す。
この日本の守護神の名を欲しいままに活躍の一途をたどり、また、若林財閥の三男坊といういかにも『玉の輿』的な位置に置かれた女性は誰だろうと岬は興味心身だった。
まぁ、噂好きではないが、この若林源三は今までサッカー仲間の中では硬派で通っていた人物だけに、やはり気になった。

いや、そんなことよりもやはりさっさとその女性の所に行った方がいいのじゃないか?と岬は思った。
すでに”彼女の位置”に存在するのなら、何も心配はないが、この今日の雰囲気に乗じて若林と同様の事をしようとする輩が他にいないとは限らない。
それでなくても皆、翼と早苗を羨ましがり、また同時にすでに付き合いの長い三杉達や松山達をも羨望の目で見つめている者がやたらと多いのだ、今日は。
もしかしらた石崎もその心配もあったのかもしれない、と新たな石崎報告の理由も思いついた。

あわてなくてもいいが、やはり悠著している場合じゃないかもしれない。

「若林くん、ゆっくりしていると、誰か他の人が君を差し置いてその好きな人の所に告白してしまうかもしれないよ?」

嗜めるように若林に声を掛ける岬にそんな心配はないだろうと、若林は首を振った。
やはり、全てにおいて、自分に自信がある人は違うなぁ、と妙に岬が関心していたら、突然若林にギュッと手を握られた。

「・・・・?」

突然の若林の行動に疑問符が顔に出ていたのだろう。若林が心配そうに岬を覗きこんできた。

「意味、わからないか?」

「はいぃ??」

わかるわけないじゃないか!と怒鳴りたくなったのを押さえ、岬はわからない、とそのまま言葉を返した。

「告白の相手はお前だ、岬・・・。確かに今日、俺も他の誰かがどさくさに紛れてお前に告白されやしないかと内心ドキドキしていたが、今この場面で誰もお前の傍にいないから、大丈夫かなと思った。だから・・・。今から俺の告白を聞いてくれ。」

若林の言っている意味がわからなかったが、とりあえず、コクコクと頷いた。

「お前が好きだ、岬。できれば将来サッカーが出来ない歳になったとしてもお前と一緒に残りの人生を過したいと思っている。」

あまりの内容に岬は無機質な声音で返事を返してしまった。

「若林くん・・・。意味わかって言っているの?」

「わかっている。本気だ、俺は。本気でお前と一緒にいたいと思っている!これは友情とか仲間への愛情とかそんなものではない!!」

若林は何故か岬の手を離し、拳を握りしめいていた。かなり力が入っているようだ。

「・・・・・・。」

「受けてくれるか、俺の気持ち。」

「・・・・でも、男だよ、僕。」

「そんなことは承知済みだ。ずっと考えていたんだ、お前のこと。ずっと好きだったんだ。小学生の頃から・・。だからこれが単なる友だちや仲間への好意じゃないことぐらい自覚済みだ。だって俺、こんなことをお前にしたいと思っている。」

そういうと、これもまた突然岬の頭を抱えるように触ると若林は顔を近づけた。
チュッ
と音がした。あまりのことに岬はなすがままだった。いや、放心状態になってしまったのかもしれない。
再度、若林が唇を重ねると、今度は先の軽いものではなく恋人がするような濃厚なキスだった。

「・・・・っっ!」

思わずドンと若林の胸を叩いた岬に若林はすまなそうな顔をして岬を見つめた。
どれくらいそうしていたのだろうか。
長いような短いような。
誰かにこの瞬間を見られていたのではないかという心配も思いつかず、若林はただただ岬を見つめたままでいた。
つい反射的に若林を押してしまったが、今だ岬は頭が真っ白のままだ。なんとかして、脳の活動を再開せねば。

「悪い・・。でも、本気だ・・・。」

暫くして、若林は声を出した、しかし、それは先ほどの告白の時のような、堂々とした声はなく、まるで弱い丸くなった子犬のようであった。いつもの自信たっぷりの若林からは到底想像も出来ない顔と声だった。
また予想外の若林の様子に若林でも、こんな顔をするのかと、キスの事はさておき、岬は漸く動き出した脳で思った。そして、そのまま必至に頭を動かす。

「若林・・・・く・・ん・・・。」

どう答えたものか、と動かない脳をなんとか回転させようと岬はとりあえず相手の名前を呼んだ。おぅ、とまだ小さな弱い声で返事を返す。

どうしようかと岬は思った。
男同士だ。そして同じサッカーをする仲間。
でも。
でも、先ほどされたキスは驚いてつい押しのけてしまったが、それは嫌だったからではない。ただ本当に驚いてしまったからだ。
だが、若林は岬のその行動に自分は嫌われたのかと、シュンとしている。マルかバツか、どちらかの答えしか考えていなかったのだろうか。すっかり諦めムードになっている若林になんとかして、自分の今の気持ちを伝えた方がいいと岬は思った。
まだはっきりと若林と同じ好意は相手に抱いているのかわからないが、それでも若林から伝えられた『好き』の言葉に嫌悪はなかった、と。

「しょげなくていいよ・・、若林くん。僕は・・・。」

君のこと嫌いじゃないよ。
そう言おうとして、はた、と気が付いた。

なんか回りがざわざわしている。
あわてて回りを見渡せば、いつの間にか先ほど翼と早苗を囲んでいた面々が若林と岬を囲むように立っていた。半ばニヤニヤの形容が似合う顔をしながら。

「いや〜、まいった。新郎新婦より先に熱い『誓いのキッス』をされちまったぜ?」

誰が言ったかわからない言葉に内心突っ込みを入れる。

誰が『誓いのキッス』だ!!!!

その言葉にぱあっと若林の顔が明るくなった。岬が続けようとした言葉を勝手にそのように解釈してしまったらしい。
照れていやぁ、と頭をボリボリ掻いている。
その瞬間、ドッと周りから声援と拍手と、「おめでとう」の言葉が飛び交う。

違うだろう!!!

の岬の言葉は誰に聞かれることもなく、掻き消されてしまった。

つ、と早苗がベンチに座っている二人の前に出てきた。

「本当は、これ、弥生ちゃんか美子ちゃんに投げようかと思ったけど・・・、でも岬くんにあげる。がんばって。男同士だからって気にすること無いわ。ここにいる人はみんな、貴方達の見方だから。」

優しい微笑でもって、手にしていたブーケを手渡された。
それを返すこともできずにただ無言で岬は受け取った。















そして、あれから1ヶ月が経ち、岬の脚のケガもかなり回復した所で、仲間内でと、2人の結婚式の代わりのパーティを行った。
男同士ということで、やたらとまわりを気にする岬の配慮から決定した単なるパーティとなっていたが、その実はやはり2人の結婚式であるのは誰もが認めることだった。

あれから若林は自信を取り戻したのか、やたらと岬に寄ってくるわ、触れてくるわ、ベタベタしてくるわ。
翼達サッカー仲間も、やたらと2人を応援しているぞ、と声を掛けたり、初夜はケガが治ってからにしろよと、からかわれたり。

一切岬の心の訴えを受け入れることもなく事は進んでしまった。

どうしてこうなったんだろう?

何度考えてみても、岬にはわからなかった。

が・・・。

なんか違うなぁ、と思いながらも、岬はそれでもちょっぴり嬉しい気持ちになって手元の早苗から貰ったブーケを見つめた。



END




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コメント:パターンです。パターンなのは、わかっちゃいるけど〜、止められない。(違うだろう!)本当はもちっと捻ったものが書きたかったのだけれど、挫折・・。ごめんなさい。