葉桜の季節にて・・・
桜の木々も落とす花びらがすっかりなくなり、朝の肌寒さも感じなくなった4月も後半。 岬は、緑色となってしまった桜並木を歩いていた。 「すっかり暖かくなっちゃったなあ。」 昨日の試合の疲れは残っていたのだが、それでも気分は良かった。 Jリーグもすでに始まっており、2週間後に行われる国際テストマッチの為の合宿も,明日から始まる。 疲れたとは言ってられないのだが、やはり体は正直なもので交通事故でケガをした左膝も痛みはないものの、少し重さを感じる。 早々に足を診てもらって家でゆっくりしよう、と岬は病院への道のりを急いだ。 と、そこへ携帯がなった。 (そういえば、石崎くんが合宿に入る時間がどうとか言ってたけど、その連絡かな?) 岬はカバンから携帯を取り出す。 「もしもし、岬です。」 「俺だ。」 (いきなり、俺と言われても・・・)と、一瞬思ったが、すぐにあの、心に響く低音の・・・、いとしいあの人の声だと気づく。 「・・・若林くん!?どうしたの?何か用?」 「何か用がなきゃ、電話しちゃいけないのか?」 「ううん、そんなことないけど・・・。」 久しぶりの若林の声に、岬は胸がドキンとした。でも、そんなことを表に出さないようにして話す。 「実はな、お前に見せたいものがあってな。」 「見せたいもの?でも、ここ日本だよ。たしか若林くん、今回の合宿来れないって言ってたじゃないか。宅配便で何か送ってくれたの?それとも、手紙?」 「いや、まっすぐ正面を見てくれないか。」 岬が???と思いながらも、言われた通り顔を上げ、まっすぐに前を見る。 岬は思わず携帯を落としそうになった。 「わ・・・若林くん!?あれ?どうして?」 岬から正面、かなり向こうなのだが、それでも一目で誰とわかる所に若林は立っていた。 優しい笑顔を浮かべて。 「若林くんっ!」 岬は電話を通しての会話だということを忘れて、本人の所へ駆け出す。 若林はその様子を心配そうに、それでも、やさしく見つめていた。 あっという間に若林の前に来ると、往来ということも忘れて、そのまま岬は抱きついた。若林の方も、そんな岬を受け止めると、腕に力をこめた。 しばらくそうしていたかったが、なんせ他の人も通る散歩道である。人目があるのを思い出し、すぐに岬は体を離した。しかしその顔は、あふれんばかりの笑顔。 若林もちょっと残念そうな表情になったが、でも又すぐに、岬に笑顔を返す。(これで桜でも満開だったら、絵になるのに)なんて思いながら。 「若林くん、よく日本に来れたね?」 と、岬は先ほどの疑問を若林に問う。 「ああ、チームのお偉方のOKがでたんで、全日本に参加することにしたんだ。リーグの方も、もう順位もかわりそうにないからな。先日、2軍から上がってきたキーパーを試したいらしいし。」 「そっか、でも大丈夫なの?その上がってきた人に・・・」 「正GKの座を奪われるって?俺がそんな簡単に奪われると思うか?」 「そうだね。」 ニヤッっとする若林に、岬はクスッと笑った。 「それに岬に見せたいものがあるっていったろ。今から出かけるのか?」 「あ、うん。病院へ行くところなんだ。」 「大丈夫か?又、調子悪いのか?」 あわてて岬の肩を両手でつかみ、左足を見ながら大声を出してしまった。 さっき駆け出した時も、なんとなく足取りが重そうな様子だったのを思い出す。 そんな若林を見つめると、岬はにっこり答えた。 「たしかにちょっとだるい感じはするけど、大丈夫。疲れただけだと思うよ。明日からの合宿にも参加するし、試合にも出るつもり。その為の検査だよ。」 ほっとする若林に、ありがとうと岬はつけたす。 「じゃあ、俺、先にお前んち、行って待ってるわ。」 「いいの?ちょっと時間かかるかもよ。」 「かまわないさ!俺には、久しぶりの岬との時間なんだ。後、数時間なんてドイツにいる時間を考えれば、たいした事ねえって!それに、その方が俺には都合いいし・・・」 久しぶりの再会にしては、やけにあっけらかんとして、その場を離れて行く若林に岬は 「???」 となるばかりだった。 (見せたいものって、若林くん、自分のことじゃなかったのかな?なんだろう。一体・・・?) 検査の結果も、ただやはり疲れが出ているだけで特に異常はなかった。合宿は他の選手と別メニューということで医者の了承を得る事が出来た。 良かった。とほっと安堵しながら岬は病院の玄関を出た。 気がつけばもう日も暮れていたが、岬は明るい気分で家路についた。 (そう云えば、家で若林くんが待ってるんだっけ。久しぶりだから、夕食、腕ふるっちゃおうかなあ。) 岬が今住んでいるマンションのエレベーターを降りると、やけにいい匂いがしてきた。しかも、ドアの前へ来ると、その匂いはますます強く感じた。 「ただいまぁ〜。・・・あれ?」 ドアを開けると、奥からエプロンをした若林が出てきた。 と、同時になにやらいい匂いが奥から漂ってきた。 「おかえり。ちょうどよかった。今、料理できたとこなんだ。」 と、料理の出来に満足しているのか、得意げな顔をする。 不思議に思いながらも若林に押されるように中にはいった岬の目には、ケーキにオードブルからシーフードサラダ、メインのステーキにエビグラタン、はてはデザートまでが乗っており、真っ赤な薔薇の飾ってあるテーブルが写った。 「どうしたの、それ?」 目をぱちくりさせている岬を横目に自慢げに話す。 「いやあ、なかなかの出来だろう?本当なら、5月5日のお前の誕生日にお祝いしたいんだが、合宿と試合でそれどころじゃないだろ。だから、こうして少し早いけど、2人で誕生日、祝おうと思ってな。ケーキはさすがに無理だけど、いつもお前が作ってくれたのを思い出して作ってみたんだ。」 それを聞いて、してやられた!と岬は思った。 こういう事だったのか、と岬は驚いたのと同時に、とてもうれしくなり、又、若林をよりいとおしく感じた。 「ありがとう。うれしいよ。・・・若林くんって、やっぱり・・・。」 「最高だろ!」 ウインクする若林に、岬はもうっ、て言いながらその首に自分の腕をからめた。 明日からの厳しい合宿を前にして、今夜だけは、と甘い時間を過ごす2人だった。 END |