いつかきっと・・・
パチンとTVのスイッチを切った。 手に持っていたリモコンを机に置き、軽ため息を吐く。 さっきの翼のプレイが、瞼の裏に焼きついていて離れなかった。 ぐるぐると目が回るような感覚に落ちながら体もそれにあわせて椅子代わりに座っていたベッドに倒れこんだ。 さっき終わった翼のブラジルでの最後の試合。これを最後に翼はヨーロッパ、スペインへ旅立つことになっている。 これからまた、翼には想像以上の試練が待っているだろう。それでも、翼はその試練を楽しむようにしてサッカーをするのだろうが。 岬には新たに旅立とうとする翼に何も言えず、何もしてあげることも出来ず、ただこうやって一人静かにTVで見守る事しかできなかった。 「はぁ・・・。」 両手で顔を覆うと、またため息が漏れた。 どうして自分はここにいるのか、とついつい暗い思考に嵌って抜け出せなくなってしまう。 判っているのだけれど・・・。 頭では判っているのだけれど心がそれに付いてこない。 また今日も、そんな事を考えながら夜を明かさなければならないだろうか。 また今日も、寝れない時間を過ごすことになるのだろうか。 辛いので瞼を閉じ、サッカー以外の翼の表情を頭の中に浮かべてみた。 そういえば、短い間だったけれど、小学校も中学校も一緒に通ったことを思い出した。 小学校では、皆で楽しくボールを蹴りながら学校までの道のりを競争したり。 中学校では、それこそボールを蹴りながら通学ということはしなかったが、それでも話題はいつもサッカーのことばかりだった。 どうやら翼=サッカーの方程式が完全に出来上がっているようだ。 サッカー以外の翼を思い描こうとして、結局失敗する。 が、翼の意外な一面を見たこともあるのも覚えている。 あれは冬休みに入る前日だったろうか。 その年にしては大雪が降って、道路にはかなりの雪が積もっていて。 朝には止んでいた雪は、それでも学校の帰りもまだ溶けていなかった。 皆は寒い、冷たいといいながらさっさと帰ってしまって。 翼はやはり雪だろうが、なんだろうが関係なしにサッカーをしようと言い出して。そんな翼に呆れながらもついついその表情から逆らうことができなくて、岬も付き合うことにしたのだ。 雪に埋もれそうになるボールを追って、お互い頭から足の先まで白くなってしまった。足先はもはや冷たいなんて感触もなく、ただじ〜んとしてるだけ。よくボールを蹴ることができるものだと、自分でも感心してしまった。 そして、やはり一緒にサッカーをするのは楽しくて時間が経つのを忘れていた。 結局、どこまでいっても、どんな状況でも、サッカーは切り離せない。 そう思い、岬はクスリと笑った。 いつまででもボールを追い、気が付けば辺りはすっかり暗く外套が点く時間になっていて、空だけでなく足元も暗い色に染められていた。 この時期は日が早く落ちてしまうので時間としてはさほど遅くはないのだが、でも岬は受験生で。 翼も受験はないにしても、本来ならすでに家に着いていて残り少ない母親との時間を大事にすごしている頃だった。 もう、ブラジル行きが決まってからというもの、サッカーボールを触らない日はさすがになかったが、それでも一人残す母親を思って、翼は夜はなるべく早めに帰ることにしていた。 「帰ろっか・・・。」 ポツリと翼が呟いた。 「う・・ん?」 岬はなんとなく翼の表情が曇っている事に気が付いた。 先に歩き出した翼に岬は慌てて雪まみれになっていた鞄を手に取り、後ろから声を掛ける。 「どうしたのさ・・・・。」 「何が?」 岬が、慌てながらも心配そうに顔を覗いてくるのに、翼は特に何もない風に返事をした。 でも、明るく振るまっているその瞳の奥から言いたい事あることに、岬はわかってしまった。 つ、と岬は立ち止まる。 それに翼が首を傾げる。 「どうしたのさ、岬くん。」 岬の様子に、翼は一瞬心の中に隠しているものを悟られてしまったと感じたが、あえてそれは口にしなかった。 が。 「翼くん・・・・。言いたい事あるんじゃない?」 「・・・岬くん・・・?」 「はっきり言ってよ。」 「何もないよ。岬くんの勘違いじゃない?」 ははは、と笑う翼の顔はそれでも引き攣っていた。 「ここじゃ、言えない?」 「・・・・・。」 「翼くん!」 「・・・・・岬くんには、参ったな・・・・。話せない訳じゃないけど・・。」 「歩きながらだと何だから、どこか、話ができる所、行こっか。」 「う・・・・ん。」 岬は向きを変え、今度は翼より先に歩き出した。そのままさっさと向きを変え、先ほど通り過ぎた公園に戻った。そして、そのまま公園の中に入り、そのまた奥の散歩道になっている公園の反対側の方へ進んで行った。 ザッザッと雪を踏みしめる音が静かな公園に響く。 さすがにこの時間だ。誰も、公園で時間を過ごす人物はいなかった。 昼は日が良く当たったのか、途中、雪もかなり溶けて水溜りになっている所もあり、靴に少しドロが付いた。 でも岬はそんなことお構いなしに先に進んでいく。 翼はいつものような軽快な足取りではなかった。 ある程度歩くと、散歩道とはいえ、普段からあまり人が利用する事もなさそうなベンチに辿り着いた。ベンチの上にはまだまだ雪がかなり残っていたのだが、でも傍の木の上の方では日中、太陽の日が差し込んだのか雪は溶けており、雫が雨のようにポタポタと音を響かせながら落ちていた。 座ることもできないベンチの前で立ち止まると、くるりと踵を返して岬は優しく切り出した。 「ねぇ、話してくれる?」 コクリと翼は頷いた。 「言って・・。」 ゴクリと自分の唾を飲み込む音が聞こえた気が翼はした。岬にも聞こえただろうか。 一体全体何を隠しているのか。岬はただひたすら翼の口が開くのを待った。 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。いや、実際はきっとそんなに時間が経ってないだろう。 暫くすると翼が重い口を開いた。 「不安・・・・なんだ。」 多少俯き加減で話す翼のその表情は岬には、見えなかった。 「ブラジルに渡って、本当にやれるのか、不安で仕方がないんだ・・・。」 「翼・・・・・くん?」 キッと上げた翼のその表情には、紛れもなく歪んだ唇が震えていた。 こんな顔の翼を見たのは、岬には初めてだった。 いつも笑顔を絶やすことない翼。 どんな困難にも立ち向かう燐とした瞳をする翼。 試合ではどんな強い相手を目の前にして怯むことなく、いや、反ってその相手と戦えるのが楽しくて仕方が無いと、瞳を輝かせる。 そして、ブラジルに渡ることを夢見て頑張ってきた。 一度はロベルトに置いていかれ、落胆を隠せない程に。 ブラジルへ渡るためにサッカーをしているのかと、思われたほど。 ブラジルへ渡ることのみが目的かと思われるほどに、頑張っていた。 そんな翼が不安で仕方がない、と言う。 なんとなく岬には予想できたのだが、しかし、予想外でもあった言葉に驚きを隠せない。 「翼くん・・・・。何が不安なの?サッカーの実力なら、協会の人からも太鼓判を押されているし、ましてや向うにロベルトがいるんだろう?・・・・だったら、何が不安?」 「・・・・ケガ・・・が。」 「ケガ?」 「岬くんは、知らないだろうけど、俺、夏の大会の時に、試合でケガをしちゃって、サッカーそのものを止められていたんだ。」 「ケガのことはみんなから聞いたけど・・・、そんなに酷いかったの?・・・・でも、もう、普通にサッカーしているし、体育だってしてるじゃない?もう大丈夫なんだろう?」 自分の知らない時間のことに、岬はどう答えていいのかわからないが、今は一緒に普通にサッカーをしている。先ほどだって、雪にまみれながらも、その動きに問題があったとは思えなかった。 ただの慰めにしかならないのを承知で、岬は大丈夫だよ、と答える。 「再発したら・・・って。今更こんなことを心配するなんて、情けないけど・・・。でも、それでも頭から離れないんだ・・・。」 「・・・・・・・。」 「夢を見るんだ・・・・。ケガが・・・・ケガが再発して、せっかくブラジルへ渡っても、サッカーボールを蹴ることなく、すぐに日本へ帰らなくちゃいけない、そんな夢を・・・・。」 「夢・・・・。」 「そう、夢・・・。そして、ロベルトに言われるんだ。何しにここへ来たんだって・・・?・・・・・俺はサッカーをしにブラジルに来た、って言いたいんだけど、しゃべることができなくて・・・。ただただ、ロベルトに向かって出ない声を張り上げて・・・。」 「翼くん・・・。」 一度は上げた顔を再度下げてしまう。 そんな翼は見たくないと岬は思う。 いつもの翼らしくない。 こんな表情は、サッカーをしている時も、いや、サッカーをしていない時ですら、見せたことはない。 こんな翼は初めて見る、と岬は感じた。 と、同時に。 岬は何故か嬉しく思った。 翼が弱音を吐いているのは、もしかしたら、自分の前だけじゃないだろうか? 普段の教室の中や、休日に家で一緒にいるときには、見せた事の無い顔ではないだろうか? ふ、と岬の心配な感情の中に喜びが同居し始めた。 その気持ちを止める事ができない。 グッと、握しりめていた翼の拳を持ち上げて両手で包む。 突然の岬の行動に翼は一瞬キョトンとした顔を覗かせた。 「頼ってよ・・・。」 「・・・え?」 「僕を頼ってくれないか、翼くん・・・。」 「頼れって・・・、岬くん?」 翼の顔の前に見せる岬の笑顔は、決して不安になっている翼を不快にするものではなく、何故かその不安を取り除いてくれる。そんな暖かい笑みだった。 さらに岬は力を入れて、翼の手を抱きこむ。 「正確に言うと、頼るって、違うかもしれないけど・・・。でも、君がブラジルに渡って、ケガのことで躓いて、向うでサッカーが思うように出来なくなっても、僕がついている。」 「え?どういう・・・ことだよ。」 「日本で普通の高校生をする僕には、確かにブラジルに渡る君にはついていけないから、本当には何の力になれないかもしれない。でも、今度は、きちんと連絡を取るから。毎日、手紙を書くよ。何だったら、毎日電話する。そして、毎日、言うよ。『大丈夫、君はやれるよ!』『ケガは治るよ。』って何度でも言ってあげる。君が自分で大丈夫だって思えるまで、何度でも何度でも、耳にタコができても言うよ。『大丈夫』って。」 「岬くん。」 「僕だけじゃないよ。みんな、いつも君の事、応援しているから。信じているから。みんなみんな。」 一瞬の間を置いて、岬は翼の瞳を覗き込むように改めて微笑んだ。 「みんな君を思っている。・・・でも、その中でも僕が一番だと、思って欲しいな。僕が一番、君を思っているって感じて欲しい。その為には、毎日の手紙も電話も苦にならない。」 岬の言葉を聞いて、漸く翼の顔にも明るい様が見て取れた。 翼の変化を感じ取り、岬は先ほどとは違う、純粋に喜びを表情に表した。 「だから・・・、いつでも、僕には、今日のように本音を言って欲しい。確かに、いつも傍にいる事はできないけど、それでも君を思っているから。だれよりも思っているから。」 握っていた手を離すと岬は今度は、身体ごと翼を抱きしめた。 ギュッと、それでも軽く抱きしめると、岬はケガをしたという肩をゆっくりと摩りだした。 「大丈夫、大丈夫。治っているよ。」 大丈夫を呟きながら、岬は只管、翼の肩を摩っていた。マッサージとは違い、ただ単に摩っているだけなのに、翼にはそこが暖かく感じられた。 よくテレビや雑誌でかなり怪しい、神霊的なことをしているのを見るが、岬が翼に施しているそれは、怪しさを全く感じられないほど、単純に行っている事は翼にもわかった。それでも、岬の手は暖かく気持ちがいい。 ずっとずっと岬くんにこうやっていて欲しいとまで、思ってしまう。 それでも時間が過ぎていく現実は変えられないもので。 気が付けば、ただでさえ暗かった回りは、もう外套なしではあるけないほどに暗闇になっていた。 最後にもう一度、ゆっくりと抱きしめてから岬は離れた。 「ありがとう・・・、岬くん。」 翼はもう、二度と俯くことなく、純粋な笑みを溢して岬を見つめることができた。 「本当にありがとう。もう、大丈夫だよ。岬くんが、俺の肩を治してくれた。・・・・どんな名医でもできないよ。」 翼の言葉を受けて、岬は頬をほんの少しだけ染めた。 最終的には、毎日手紙や電話をしなくてもいい、という翼の言葉により、時折連絡を取るのみになったのだが、翼はケガを再発させることもなく、見事ブラジルで花を咲かせ、今度はヨーロッパにその舞台を移すことになった。 顔を上げるとスイッチの切られたテレビの画面には、暗い中にある自分の顔が写っていた。 その表情は、先ほど思い出した雪の中で見た翼の表情に似ている、と岬は思った。 あの時の翼と今の自分がダブって見える。 弱気になっているな、というのは、自覚済みだ。 ケガの大きさも、再起不能を承知の上で、ワールドユースに参加したのもわかっている。 承知の上で、あの時は決勝戦で戦い、今は又ケガとの闘いに日々を送っている。 頑張っている自分も知っている。 後悔はないはずだ。 それでも。 今更なのだが、不安が拭えない。 寝るたびに見る、足のない自分。 何かを叫んでいるのだが、誰も気が付かず、そのままユニフォームを着て、ピッチに立つ仲間達。 どんなにどんなに否定しようとしても否定しきれない、みんなに置いていかれ、1人寂しく佇む夢の中の現実。 まるで悪夢でも見るように魘されることが多い毎日。 良くはなっている。 確かに、日々リハビリを行い、その成果は喜びを表すほど変化は大きくないが、それでも昨日は1cmしか動かなかった足が、今日は2cmは動くようになっているのだ。 少しずつ、少しずつだが、それでもリハビリの効果はあるのだ。 だから、焦ることはない。不安になることはない。 そう思っている。思っているはずなのだが、それでも消えない不安。 あの溶けた雪の中に揺れる瞳でただ立つくすしかなかった翼と一緒だと岬は思う。 あの瞬間、2人で共有した時間が再度、岬の中に蘇る。 しかし、ここには、翼はいない。 誰か・・・。 誰か・・・。 声にならない叫びを上げ、岬は顔を再度、両手で覆う。 あの時は、翼には自分がついている、と言ったけれど。 だったら、自分には誰がついてくれると言うのだろうか・・・・。 助けを求めたい誰かは、ここにはいなかった。しかも、その誰かすら、岬には、わからない。 いや、本当は翼に助けを求めたいのだろうか。 一滴の雫が岬の頬を滑り落ちた。 わかっていたことではないか。 覚悟の上でユースの決勝戦を闘ったはずでは、ないか。後悔はしていない。 妹を助けて事故にあったことも、ケガの完治を待たずにユースのピッチに立ったことも、痛む足を引きずりながらボールを蹴ったことも。 なにもかも、自分で考えて行動したことじゃないか。 何を今更。 そう思う。 何度もそう思うが、それでも自然に溢れてくる涙を止めることはできなかった。 ただ、今、岬ができることは、誰にもわからないように嗚咽を飲み込むことだけだった。 どのくらい、そうしていたのだろう。 気が付けば、窓から差し込む光量が変わっていた。 先ほどまでは、電気をつけずとも、部屋の様子がわかるほとだったのに、気が付けば、窓の外だけでなく、目の前の様子にも人工の光を当てないと、様子がわからないまでになっていた。 岬が、あぁ・・・と思い、電気をつけようと立ち上がろうとした。 その瞬間、カタンと音が聞こえた。 それは、微かな音量で、ややもすれば聞き逃してしまう音だった。 「・・・・・?」 一瞬、聞き違いかと思ったが、それは確かに聞こえたと確証が持てたのは、何やら気配を伴っていたからだろう。それも、誰かが廊下を通ったようなものではなく、明らかにこの部屋を意識してのように感じられた。 岬は、育った環境のせいか、もともと他人の気配に敏感であったのだが、幸か不幸か、本人には、その自覚がない。おかげで大人からは聞き分けの良い、扱い易い子としての認識を受けていた。 今は、その評価を貰うわけではないが、それでも、岬はこの性格をそれなりに気に入っている。 「・・・誰か、来たのかな?」 純粋にそう思い、ベッドの上に投げ出された足を床に下ろした。 ペタペタと裸足のまま、ドアに向かう。 リハビリを受けている、この施設には、さほど大きさはないが、幾人かは、岬同様の人達が一緒の建物で、同じように頑張っている。もちろん、そのほとんどは、やはり岬同様にケガを克服して、日常生活に戻ろうと、そして、さらに今まで栄光を築いてきたスポーツでの復帰を目指している。 そういった同じ境遇の中では、通常、学校やクラブで培われる仲間意識よりも深い繋がりができても不思議ではなかった。 もちろん、岬も例外ではなく、多いとは言い難いが、心を許しあえる仲間は、ここで作ることができた。 そんな仲間が、部屋に来て、それでも中の様子に戸惑っているのだろうか。 外に漏れ聞こえるほどには、泣き叫んではいないはずなのに・・・。 ドアの向うの人物に、どういう顔をして会えばいいのか、多少戸惑いながら、頬にできた赤くなった涙の道筋を擦り取った。 「誰・・・?」 施設での、特に仲の良い有人の名前を口にしようとしたその時。 ふ・・・。 と懐かしい空気を感じた。 どうやら、いつも一緒に寝食を共にしている仲間ではないようだ。 首を傾げながら、岬はゆっくりとドアを開けた。 ギィと軋む音を伴い、ドアはゆっくりと外と中の空間を繋げた。 瞬間、ガサとまた音がした。 今度は、先ほどよりも鈍い音に感じられたが、その音の発信元が何であるかは、ドアを開けてすぐにわかった。 開けられたドアにより、多少包装が歪められたが、ドアの向うの床に静かに、しかしその存在を大きく主張する花束が置かれていた。 誰かが、来たのだろう。普段、この施設にいない誰かが。 それが誰かかは、すでに持ってきただろう人物の影も形もない、というよくあるシチュエーションによりわからない。 岬は暫く固まったまま動くことが出来ずに、ただずっとドアノブを握り締めたまま廊下に静かに置かれている花束を見つめる事しか出来なかった。 この花束が持ってきた人物がどうような人物か想像しにくいほど、白色を基調とした、ありとあらゆる花がちりばめられていた綺麗の言葉そのままの花束だった。どちらかと言えば、岬が貰うというよりも、岬から親しい女性に送るに相応しい気がする。もちろん、そんな女性は今は身内しかいないのだが・・・。 花束を見つめたままの岬をどう思ったのか、たまたまそこを通りかかった、この施設の職員の1人が声を掛けてきた。 「お・・・。岬くん、どうしたんだ?その花束・・・。綺麗だね。誰か面会に来た・・・という感じではないのかな?ドア前に置いてあるなんて・・・。」 でも、良かったね。 そう軽く声を掛けて、職員は別に用があるのか、足早に去っていった。 改まって部屋を訪れる事もなく、ただ花束を黙って置いていった人物が誰かは、もちろん受付で調べればわかることなのだが、岬はあえて、花束の贈り主を捜すことは止めておこう、と思った。 きっと、その贈り主も、岬同様、まわりの空気の敏感で、とっさに部屋の中の岬の様子に気が付いたのだろう。 そして、そのまま花束だけを残して、帰っていったのだろう。 もちろん、ただ単に、見舞いにきただけとはいえない様をその花束から感じ取る事が岬には、できた。 だって。 最初は見えないところに、花の渦の中に小さな紙が埋もれていて。カードとは、いえないそのメモ紙を切り取っただけの、紙切れには、やはりわかりにくかったが、小さく番号が書かれていた。 それは、電話番号で・・・。 岬はその番号に見覚えがあった。 岬の持つ、携帯に登録しているので、改めて番号を打ち込む必要はないのに、ゴロが良くて覚え易いと笑った番号だった。 (辛かったら、電話しろ。) 小さな紙切れは、花束の贈り主がそう言っているようにしか岬には感じられなかった。 もちろん、その人物からきちんと聞いたわけではなく、取りようによっては、ただ単純に岬の願望と結論付けることはできるのだが、それでも、岬にはそんな気がしてならなかった。 1人じゃない。 そう思えることができる。この花束を見ていると。 部屋を訪れずに、わざわざ電話番号を書いたメモを花束に差し込むことで、岬の意思を尊重したとも言える。 自分で、耐えられるなら、耐えて、それでも辛かったら、いつでも電話をしてこい。と、そう言っていると思えて仕方がなかった。 そして、やはり、岬には、自分がついている、と言いたかったのだろう。 昔、岬が翼に言った言葉同様に・・・。 岬は、今だ痛む足を庇いながら、ゆっくりと屈むとその花束を手に取った。 瞬間、顔を埋め尽くすほどの色と匂い。それは、決して不快なものではなく。心を落ち着かせるものであった。 「ありがとう。」 結局、すぐに電話を掛けることはしなかったが、岬は先ほどまでの暗い澱んだ心を澄んだ暖かい心に切り替えることができるようになった。 花束の贈り主に心から感謝する。 「いつかきっと、みんなのところに戻るからね・・・。」 |
06.05.17
コメント:毎度、おなじみネタですみません。岬くんの誕生日話の予定が、すみません。
5月もすっかり半分過ぎてしまって、すみません。
ただ、ひたすら・・・すみません。
(細かい突っ込みはナシでお願いします。)