回復キス
練習のない休日。 体を休ようということで朝からゆっくりと二人で過した。のんびりと本を読んだり、ずっと見ることができなかったビデオを見たり、一日が楽しくあっという間に過ぎた。 夕食もいつもは帰宅時間が遅い為あまり時間もかけず割りと簡単なメニューが多いけれど、この日はちょっと手のこんだ料理を出して・・・、自分が言うのもなんだけどおいしかったな。 そして、一緒に夕食の片付けをしていたその時。 がんっ! ガチャン!! ふと振り返ると、僕が洗った皿を片付けていた若林くんが床に座り込んだ形でおでこを摩っていた。その前にはただの陶器の破片と化した元皿が辺り一面に散らばっていた。 「大丈夫?若林くん・・・。」 皿の破片を踏まないようにしながら彼の前に屈んだ僕にちょっと恥かしそうに笑う若林くん。 「あぁ、ごめん。割っちゃったな・・・、皿。」 あわてて細かくなった皿を拾う若林くん。 「いいよ。それよりケガしなかった?」 そんなあわてたら手でも切るのではないかとちょっと心配したが、でも片付けながら摩っていたおでこに目がいった。なんか少し赤くなっているけど、皿を落として破片を拾いながら・・・・、なんでおでこ?? 不思議そうに見ている僕に若林くんはバツが悪そうに、それでもそのまま破片を片付けながら言った。 「ちょっとな、前見ないで歩いていたもんだから、開いていた食器棚の扉に気が付かなくてぶつかったんだ・・・。」 「は??」 食器棚の言葉に頭の上を見上げると、若林くんの言うとおり食器棚の扉が開いたままになっていた。 あぁ、これのことね。 『ドジだな〜』、とクスクスと笑ってしまった。それでも悪いと思ったので一応はばれないように声を抑えて笑ったつもりだったが、やっぱり若林くんはそれに気が付いて口を尖らせて横を向いた。 僕も一緒になって皿の破片を片付けたのだが、それが終わってもまだ少し拗ねているようだ。ささいなことで、別にそんな拗ねることじゃないとは思うけど。きっと自分でも格好悪いとでも思ったのだろう。まぁ、格好いいことでないのは確かだけどね。 一通り片付けて床も綺麗にし、暫く経った頃。 「お前、ドジだと思ったろ。」 若林くんは、ポロッとそう呟いた。 あ、まださっき笑ったことに拗ねてるんだ。ちょっとかわいい・・・かな。 さっきからずっと開けっ放しになっていた扉をしめながら若林くんを見るとぶつけた所が瘤になっていた。 瘤なんだから、絆創膏・・・ってわけにはいかないよな。 ふ。と指を顎に当てながら考えると、若林くんの機嫌も一緒に治る方法を見つけた。 ふふっ 「若林くん、ちょっと・・・。」 もう夕食の後片付けがすっかり終わってソファに座り込んでいた彼に近づく。 なんだ? と声に出さないけど、そんな表情で僕を見つめている。 「あのね・・・。」 そのまま、ゆっくりと彼の前で屈んで・・・。 チュッ 赤く瘤になっているおでこのその部分にキスをした。 何が起こったかわからなかったのか、僕が横に座るまで若林くんはぼうっとしていた。 「治った?」 僕の言葉に漸く反応した。 「え・・・・?え〜〜〜っと・・・。」 「おでこのケガ、これで治ったよね。」 実際にはキスなんかで瘤が戻るわけも痛みも引くわけでもないのだけど、でも、機嫌は直っただろう。 「岬、これって・・・。」 「ケガの治るキス。いいでしょ?これでケガが治っちゃうんだから。」 優しく微笑むと、漸く若林くんの顔が笑顔が戻った。 今日は練習もなくて一日ずっと二人で楽しく時間を過ごしたんだから、本気で怒ってないにしても、やっぱり最後まで笑顔で過したいよね。 「サンキュ、岬。すっかり治ったぜ。ここ。」 若林くんはおでこを撫でながら僕の目を見つめて。一緒に笑った。 暖かい時間。二人だけの。 と、何か思い出したように、若林くんは履いていたコットンのパンツの裾を捲りだした。 一体何を始めようとするのか?風呂掃除でもしてくれるのかな? キョトンとする僕に、ここ、ここ、と指で膝を指す。 「????」 何が言いたいのかわからない僕に若林くんは今までとは違う笑顔を向けてきた。 「ここもvv」 「はい〜?」 「ここにもキスしてくれ。昨日、練習中に擦り剥いたんだv」 ・・・・・・・・。 あ〜〜〜〜〜。 そういうこと・・・。 まったくもう!見た目にはよく年齢以上に見られるけど、実際の中味はまるで子どもだ。 あまりのガキっぽい発想に思わずため息を漏らしてしまう。 「あのね・・・。そこはもう昨日手当てしただろう?だからキスはナシ!」 「え〜〜〜〜!!」 ぶ〜〜〜っ、と頬を膨らます。ほんと子どもだよなぁ。考えてみたら、さっき拗ねたのもこれも子どもみたいだよな。 「じゃぁ、いいさ。」 そう言って立ち上がった若林くんはリビングの中を走り出した。 そして・・・。 わざとらしく転ぶ。いかにもってぐらい。でもこれじゃあ、吉○の舞台にも上がれないよ! で、どうやら下手な転び方のせいか、ほっぺを擦り剥いたらしい。 今度はおでこに負けないぐらい赤くなった頬を、ここ、ここ、って脚以上に指差しながら僕の前にやってきた。 ハァハァ言って、まるでごほうびを待つ犬だよ。 面を向かってため息を吐くとこれまた機嫌を損ねると思って、心の中でため息を吐き、僕は呟いた。 「して欲しいの?」 「あぁ、欲しいのvv」 もはやニコニコではなく、ニタニタと形容した方が適切な顔つきで僕の前に跪く。 しょうがないなぁ、と思いながら。 チュッ 軽く赤い頬にキスをすると、お腹を曝し仰け反る犬と化した若林くん。しっぽが見えるようだよ。 もうこれでこの『キスして攻撃』も終わるだろうと僕は踏んでソファから立とうとした。 そしたら、若林くんはすでに犬から熊・・・・じゃなくて人間に戻ったらしく、『待て』と手の平でストップを掛けた。 今度は僕の方が犬なのか?『待て』って・・・?? って、今度は何を思いついたのか?それともまだ続きを強請るのか? もう好きにしてくれ状態の僕に若林くんはさらに厭らしさを纏った笑みを浮かべて、今度はドアに向かってダッシュした。 どんっ!! 今度はどこを打ったんだ!! なんか、変なポーズでぶつかっていったぞ? そして、これまたこれまた妙な姿勢のまま僕の前に戻ってきた。 顔面を強打したのだろう、鼻血が出ている。 あぁ、鼻にキス・・・ね。 そう思って、彼の顔に僕の顔を近づけようとしたら、大きな声で。 「違う!!鼻じゃない!!」 と言われた。 え?鼻じゃないの?って、もしかして口にチュッってして欲しいの??それなら普通にキスすればいいんじゃないのさ。 あぁ、違うか。ケガの回復を強請るキスだから、いつもと気持ち的に違うのか。 そう自分で納得してもう一度、今度は口にキスをしようとしたら、やっぱり『違う!!』って言われた。 一体どこをケガしたんだよ!!!(怒) ついつい若林くんを睨みつけようとして、彼の指の指し示す方向に気が付いた。 ちょんちょんちょんちょん・・・・・・。 目で見えない点線を辿っていくと・・・。 必死に痛みを抑えているのか、はたまた違う意味で抑えているのか。彼がもう片方の手で押さえているキスをして欲しい場所が分かった。 「んなトコにできるかぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 どかっ!! 僕は大きな蹴りを彼に喰らわしてさっさと先に寝室へ向かった。 僕の蹴りも綺麗にヒットしたとみえて若林くんはその背後でさらに痛みを訴えていたが、ケガの回復の為のキスはもう二度とされることはなかった。 END |