君の幸せ 僕の幸せ
りーーん りーーん と昔ながらの音が鳴り響く。 周りから一斉に注目を浴びて、若林は慌ててスーツの内ポケットにしまっていた携帯を取り出した。 マナーモードにしておくのを忘れた、と内心舌打する。 今日は若林の為に集まった客ばかりだ。電話など手にしている場合ではなかった。 が、ディスプレイを見れば、それは岬太郎からだった。 「ちょっと失礼・・・。」 回りにいる客に一声掛けて、その場を離れた。 客が犇めき合う広間から誰もいないベランダへ出ると、ホッと息を吐いて携帯を繋げる。 「悪ぃ、待たせたな。」 「もしもし、若林くん?」 成人してもあまり低くならなかった声音が耳に届く。変わらない様子に笑みが零れる。 「おう、岬か?久し振りだな・・・。」 「うん、本当に久し振りだね。」 お互いに現役を引退して新たな道を模索してから数年が経つ。其々に進んだ道もお互い今年は順調に進み出し、多忙を極めつつあった。 当初、現役を引退してどういう道に進むのか悩んだものだったが・・・。 結局、岬は自然、スポーツからは離れられなくて、スポーツライターとして世界各地を飛び回ることになった。 子どもの頃から世界を回って身につけた語学を活かし、海外で活躍している日本人や海外遠征に出かける日本人を主に取材する事が多い。そのスポーツはサッカーをはじめ、テニスや野球、果てはカースポーツまでに及んでいる。その為、一年を通して日本にいることは少ない。 対して、若林も世界各地を飛び回ってはいる。が、岬とはまったく別分野で活躍していた。 若林家が元々資産家であるためか。若林は家の事業を手伝うことにはなったのだが、彼は直接家業に関わっているというよりも、三男であるという自由に動き回れる立場と長年生活したヨーロッパでの顔を生かして海外事業を担当している。 三杉家ほど多種に渡っての事業拡大はしていないが、それでも今は日本一箇所で仕事をこなす企業は中小企業においてすら減っている。仕事をするなら海外といった若者も当然になった昨今、海外事業は外せないらしい。大事な部門を任されていると自負している。 自信を持って仕事をこなす若林はやはりサッカー以外にもその有能さを発揮し、元々の顔の広さも手伝って、さほど経たずして世界でも所謂一流セレブの仲間入りを簡単に成し遂げた。 「ごめん・・・・。まだパーティの最中だった?だったら切るよ。」 「いや、外に出たから大丈夫だ。今は誰もいない。」 「でも・・・・今日は若林くんの誕生日パーティだろう?主賓が席を外したら拙いんじゃないの?」 「すぐに戻るから問題ない。今はお前との電話が最優先だ。」 「・・・・・・若林くん・・・ごめんね。」 「気にするな。パーティが予定より長引いてるから、そっちの方が悪いんだ。」 二人の間に気まずい空気を持ち込む気はない。若林は、一旦沈んだ声に話題を変えるべく話しかけた。 「元気か?忙しいそうだな。この間、お前の書いた記事を見たぞ。取材する側でも充分やってけるじゃないか。」 「もしかして、あれ?アメリカで今活躍している日本人選手の特集をしたやつ?」 「あぁ、テレビや雑誌じゃあ有名な選手や人気スポーツしか大概扱わないもんだが、ありとあらゆるスポーツを紹介していたし、まだまだマイナーだが上を目指して頑張っている選手がどれだけいるかまで掘り下げてたし。いい記事だったぜ。」 「なんだか恥かしいな・・・・。ありがとう。」 頬を赤らめているだろう表情が目に浮かんだ。 「若林くんこそ、今日の君の誕生日パーティには、それこそ経済、政治、あらゆる人が見えてるんだろう?すごいよ。・・・・もう、雲の上の人だね。」 「そんなことないさ・・・。まぁ、誕生日パーティとは名ばかりの、裏を返せばあらゆる業界のトップへの挨拶代わりのパーティだ。確かにそうそうたるメンバーだがな・・。」 ガラスの向こうで談笑している顔ぶれを見つめる。 広間のあちこちできらびやかなドレスを翻してダンスを楽しむ奥方はやはり身につけているものは、億単位だろう。隣に位置する主人連中も身のこなしが違う。 岬の言う通りまるで別世界にいるような煌びやかさだ。 その中に自分もいるのだ。奥方を連れて。 「奥さんは、元気?仕事ばかり優先して、放かっていないだろうね。」 痛いところをついてくる、と若林は見えないだろう歪めた顔で答える。 「あぁ、あいつは元気だ。それこそ、今もパーティを楽しんでるよ。」 「そう・・・。上手くいってるんだったら良かった。」 ホッとした様子が向こうから感じられた。 お互いに違う道に進むことはわかっていた。 お互いに違う世界になってしまったこともわかっていた。 だからこそ、岬は若林の結婚の話が出たときは一番に喜んだ。 その時は、岬の反応に怒りが湧き、瞬時に若林は岬を殴った。過去、一度も殴ったことなどなかったのに。 「お前はどうしてそんな!!!俺の結婚が決まって嬉しいのか?!!」 目を瞑ると今でもすぐに思い出せる光景。 現役時代もお互いに生活の拠点は違っていたが、頻繁に会っていた。 休暇の時は、ともに夜も過した。 が、お互いに現役を引退し、会う間隔は開きつつあるものの、それでも都合がつく限り二人で会っていた。 しかし、いつまでも若くないから、と親族から若林に見合いの話が出て。本人を余所にそのまま結婚へとトントン拍子に話が決まっていった。 そんな中、久し振りに会えて、夕食を共にした日。 「嬉しいよ?だって若林くんが幸せになるのに、どうして嬉しくないのさ。」 殴られた頬をそのままに岬は笑顔を向けたのだ。震える若林の拳をそっと握り締めて。 「君は家の事業を継ぐことを決断したんだろう?その瞬間から僕はもう覚悟を決めてたから・・・・。何も悲しいことなんかないよ。君が幸せなら、それでいい。」 「しかし・・・・俺はお前と・・・。」 「若林くん!」 今度は岬の方が声を荒げた。 真正面から見つめる瞳の真剣さに息を飲む。 「わかってたはずだ。いつかはこうなること!」 「それでも、お前と切れるつもりは俺はなかったんだ!」 「それじゃ、ダメだ。何も変わらない。僕達は離れなきゃいけないんだ!!」 「そんなの、俺は認めない。」 「それでもだ!!!」 「いやだ!別れないぞ!!」 「結婚する男が何言ってんだよ!」 「それは、俺の意思じゃない。形だけの結婚だ。」 「形だけだろうがそうじゃなかろうが結婚するんだよ。そうしたら、もう君は君一人だけの君じゃないんだ。奥さんとこれからできる子どもを男として守ってかなきゃいけないんだ。そんなこともわからないのか!」 若林の服を鷲掴み、いつになく厳しい声音で言葉を告げる岬は、彼の言葉通り、すでに覚悟を決めていたのだろう。 岬の剣幕に押される形に嫌な顔をしながら、若林は肩を落とした。 「みさき・・・・。お前は、いいのか?これで・・・。」 「さっきも言ったろ?君が幸せなら、僕はそれでいい。」 きっぱり言い切る岬に、別れるつもりは毛頭なかった若林も、岬同様に覚悟を決めるしかなかった。 それでも感情はついてこない。 若林はギュッと岬を抱きしめた。 「お前と別れて、俺が幸せになれると思うのか・・・。」 思わず声が震えてしまう。 「なれるよ。若林くん、言ってたじゃないか・・・・。親に決められた相手だけど、綺麗で優しい女性だって。話も合うって言ってたし。君はそんな人を欺いて、これからも僕と会うつもりだったの?」 「・・・ぅ・・・。」 「・・・・・実はね、僕、その人と会ったことあるんだ。」 「え?」 若林は、岬の肩に埋めていた顔をパッと上げた。 「僕、君とその彼女のことが気になって。お見合いのすぐ後の・・・・所謂、最初のデートの頃かな。君たちの後を尾けたことあるんだ。で、君が飲み物でも買いに行った時だったと思う。彼女に見つかっちゃって。笑ってたよ、心配性な友達だね、って。ちょっと話をしたけど、君の言う通りいい人だったよ。彼女、僕のこと仲のいい親友だと信じてる。話をして僕は思ったんだ。君にお似合いだって。だから、その彼女を裏切りたくないし、今はその関係でいいと思ってる。」 「岬。」 「だから、僕は安心してるんだ。君がいい女性に恵まれたって。これからは、仲のいい親友でいよう。」 「・・・・。」 昔と変わらない笑顔を若林に向ける。その屈託の無い笑顔に若林も釣られて笑う。 「それでも、俺は、お前のことをこれからもずっと」 その先の言葉を岬は言わせなかった。 「その先の言葉は、今度から彼女に言うんだよ、若林くん!」 「!」 「でも・・・。」 困った顔の若林にふっと笑って、岬は時々する、おねだりをする時のような顔を若林に向けた。 「何だ?」 「でも、これだけは・・許してくれる?」 「?」 「毎年、誕生日に電話を掛けていい?」 「電話?」 「君におめでとうをいいたいんだ。たったそれだけで、僕はいい。」 「岬・・・・。」 「僕はそれだけで幸せだから・・・。」 「あぁ・・・・あぁ・・・・岬。じゃあ・・・・・じゃあ、俺も・・・お前に。」 「君はダメだよ。」 「何でだ?」 「君からはダメだよ。」 「どうしてダメなんだ。」 「これから、君の幸せは奥さんになる人と築くんだから。だから、これは僕の我侭で、僕だけの幸せv」 「そうじゃないだろうが、俺達の関係は!」 「それでいいんだよ・・・。」 「岬。」 「僕も幸せだよ。」 「殴って悪かった。」 「大丈夫だよ。思い出だね、これも・・・。」 クスリと笑って、岬から改めてギュッと若林に抱きつく。 若林も負けじと絡める腕に力を込め、岬の顔を覗いた。 そっと触れた唇は、とても温かかった。 久し振りに聞く岬の声に若林は酔いしれる。 が、遠くから誰かが若林の名前を呼んでいるのに気が付いてしまった。 「・・・あ。」 「何?」 「あぁ、お呼びが掛かっちまった。」 「あ、ちょっと待って。」 「何だ?」 「若林くん。誕生日、おめでとう。」 「・・・・ありがとうな。岬。」 岬がクスリと笑うのがわかった。 「また来年・・・。」 そう言いすんなりと電話は切れた。 「また来年。・・・・今度はお前の声をもっとゆっくりと聞かせてくれ。」 すでに切れてしまった携帯に向かって、若林は呟いた。 「・・・・・た。・・・・・・貴方。・・・・源三ぉ。」 必死に捜しているのだろう、回りを気にしながらも大きく声を上げている妻に若林は顔を上げた。 大きな窓ガラスの向こうにいる彼女を見つける。 「悪ぃ。夜風に当たってた。」 ガラス戸を開けて中にいた妻に声を掛ける。 「捜したわ。時間も過ぎてるし、パーティの最後の挨拶をお願い。」 「わかった。行こう。」 若林は、今連れ添っている妻の手を取って、温かい広間の中央へと足を運んだ。 END |
2007.12.19
最近、お笑い系が書けなくて・・・30歳前後という設定でお願いします。こんな話ですみません。でも、二人とも幸せということで・・・。