楽しい夏休み
「じゃあ、そういうことで明日!」 若林邸の門の前、ニッコリ笑って去っていく岬を若林は笑顔で見送った。とても他人には見せられない程ニヤケ崩れた笑顔で。 明日岬と海に行く約束をして、とても機嫌が良かったのだ。 今は夏休み。といえば学生のようだが、丁度ブンデスリーグも終わり次期のリーグ戦に向けての休養と自主トレを兼ね、若林は日本に帰って来ていた。そこへ岬もファーストステージが終わり、ほんの少しだが休みを取る事ができた。 そこで、わずかしかない休暇を一緒に海で過そうということになったのだ。 しかも行き先は若林家が所有するかなり立派な別荘が建つプライベート地なので、一般人が入ってくる心配がない。ファンやマスコミの心配も何もなく、安心して岬とゆっくり二人の時間を過ごすことができるというものだ。 なんともなしに鼻の下が伸びてしまう。 「う〜〜ん。水着は何にしよっかな〜〜〜〜んvv今流行りの白かな〜。(それ女物の流行だろう。しかも過去の流行だぞ!)やっぱ、ここは男らしく(?)ビキニタイプで決めようかな〜vv。うふふふ〜〜〜〜んvv」 (そして、海でいっぱい岬と遊んで泳いで。疲れたといってビーチで並んで横になって〜、それからついで(?)に岩陰まで行って、あ〜〜〜んな事やこ〜〜んな事して楽しんじゃおうっvvたまにはいいよな〜、外でもっっvv) うきうきと、というよりはもはやでれでれだらだら、とした顔つきで家に入る若林だった。 その横で老犬となったジョンが妙に震えていたのは歳のせいだけではないだろう。 「で。なんで、翼がいるんだ????」 次の日の朝、若林邸の前でこの家主の三男の眉間に皺には寄っていた。 「おはようvv若林くん!今日、海に行くんだってねv俺も岬くんを誘って行こうと思ってたとこだったんだ。丁度良かったv」 (丁度良かっただとぉぉ〜〜〜〜〜!!怒) 明らかに怒り心頭の若林の目の前。引き攣った笑いをする岬の横でしてやったりの翼が言った。 「だ〜〜か〜〜ら〜〜〜、何で翼がここにいるんだ!!奥さんはどうした!!奥さんは!!って、お前いつの間に日本に帰って来たんだ!!」 「いやだなぁ〜〜、若林くん。昨日帰ってきたとこじゃないか?知らなかったの??(知るか!そんなの!!←若林)それに早苗ちゃんは今日はゆかりちゃんと会うって出かけてったよ。だから今日は俺、独身なんだ〜vv」 「はぁ〜〜〜〜????」 ぷるぷる震える拳を振り上げるのを必死に抑えながら若林はどうしてこうなったのか首を傾げる。 「ごめん・・・・。若林くん・・・。」 小さな声で申し訳なさそうに手を合わせる岬に目をやる。 「昨日、若林くんと別れた後、翼くんに会ってね。スペインから帰ってきたって話から若林くんはどうしたって話になって・・・。で、いつの間にこうなってて・・・。」 翼の巧みな誘導尋問に引っ掛かったんだろう。岬は正直者だからきっとウソはつけなかっただろう。と若林は推測した。 はぁ〜〜〜とため息を漏らしながら若林は岬に向き直る。 「あぁ、岬が悪いんじゃないさ。」 (翼が狡賢いんだよ!!このチクショめ!!)と若林の心の声。 と岬に優しく手を掛けようとしたその時。 「あぁ、そういえば、もうすぐ石崎くんも来るはずだよ!」 と若林の行動を抑制するかのような翼のセリフ。そのまま若林の手が止まった。目の前の岬もそこまでは知らなかったようで一緒になって固まっている。 と、タイミングを図ったかのようにはるか彼方からよく見知った声が聞こえてきた。 「お〜〜〜〜〜いぃ。待たせたなぁ〜〜〜〜!!」 「「はい〜〜〜〜〜ぃぃ????」」 「だから、皆で楽しく海で遊ぶんだろう??」 何も悪びれる事もなく石崎は明るく笑った。 「もうすぐ井沢達も来るからな!」 「「・・・・・・・」」 さらに強固に固まってしまった若林に見えないように、翼は悪魔の笑みを浮かべていた。 あれからどうやって来たのかわからないほど若林運転のワンボックス車はぎゅうぎゅう詰めの状態で(よく警察につかまらなかったものだと若林は感心してしまったが)目的地についた。 さすが南葛市でも有数の資産家だけあってかなりの広さのプライベートビーチであった。 まずは荷物を別荘の方へ降ろそうとしたところ、何故かこの辺りには人がいないはずなのに、何やらいい匂いが浜辺の方からしてきた。 (??ここは俺んち個人所有の土地だ!どこのどいつだ!勝手に入ってきてるヤツは!!) ただでさえ邪魔者が多くて嫌になるというものなのに、さらに不機嫌が悪化しそうな気配。 岬も不思議そうな顔で若林を見つめていた。 そこへかなり大きいクーラーボックスを担いで車から降りた井沢が(若林は何でそんなでかいクーラーボックスがいるんだ。飲み物だけならそんなでかさはいらんだろう。と、ずっと疑問に思っていたのだが)これまた悪びれる事もなく言った。 「お、もう日向たち、先に来てるようだな。おい、急ごうぜ、来生。」 「あぁ、肉がなきゃ、やっぱバーベキューじゃないからな!!」 これまた幼馴染みの一人が答えた。 (日向ぁぁ??バーベキューぅぅ???) もはや怒りはどこへやら。???マークを顔に浮かべるしかない若林を余所に楽しそうにもう一人の幼馴染み、滝が言った。 「あ、若林さんも早く、早く!!皆、待ってますよ!」 すでに浜辺に向かって歩き出していた。 (????皆ぁぁ???待ってるぅぅ??) 次々にビーチへと繋がっている階段に向かって歩いたり走り出したりしているメンバーに階段下から大きな声が聞こえてきた。 「遅かったな、お前ら。もう準備はすんでるぞ。あとは肉を焼くだけだ!」 「わりぃわりぃ。滝が寝坊してな〜〜〜。」 呑気にやり取りをしている。 階段のその下を恐る恐る覗く若林に翼があっけらかんと「あ!」と思い出したように手を叩いた。 「言うの忘れてたけどサ、皆にも声を掛けたんだ。でバーベキュー大会になっったんだよvv」 もはや何をどう答えていいかわからない若林に(もう開き直った方がいいんじゃない?)の表情で岬が翼に答えた。 「そっか、・・・楽しいよね・・・。バーベキューvv」 先に下りてるね。の声を残してウキウキと楽しそうな翼と一緒に岬も階段を下りて行った。 若林が恐々ともう一度階段の下を除くとまるでサッカーの試合でもできるような数の人間が目に入った。全日本メンバー全員に声を掛けたのだろう。監督らしき人物もいた。 はぁ〜〜〜〜。とため息をついて若林は泣く泣く階段を下りていった。 楽しい楽しい夏休みの始まりだ。 END |