愛ではなく?1
「ったく・・・。どこだよ、ここはっっ!」 ガサガサと腰の高さまである草叢をかきわけて突き進む。が、進める足元はどう見ても道とは思えない。いや、獣道とでもいえばいいのか。 草を分けて進むは坂だが、その方が近道だとゾロは考えて只管突き進む。 一人で歩いているから誰の突っ込みもフォローもない。誰かに出会い一緒になれば『彼が迷子になる』と船の有る場所まで引き戻してくれるはずだが、今はたった一人だから進めば進むほど船から離れているのに本人は気付かない。 それどころか、気づけば草叢だったところがいつの間にか鬱蒼とした木々に囲まれていることに気付いたのは、日も暮れ辺りが真っ暗になった頃だった。 ただ自分のいる場所に日が届かないのだろうと思っていたが、そうではないらしい。顔を上げると高々とそびえ立つ木々の間から僅かだが、暗い空にチラチラと星が見え隠れしているのは夜が訪れたことを告げている。 「まいったな・・・。野宿するには、場所も悪いし・・・。」 今朝着いたばかりのこの島のログは1週間ほどだと、先行隊で島を降りたロビンの話だったから慌てて帰らなければいけないというわけではない。まぁ、せいぜい、「また迷子かよ!」と仲間に笑われるのがオチだ。 半ばバカにしたような表情をして笑う仲間のコックの顔を思いだし、ゾロは苦虫を噛み潰す。 船に降りる際、またケンカをしてしまった。 理由は他愛無いことだと思う。思うというのは、すでに理由を忘れたからだ。いつもの売り言葉に買い言葉だった・・・だろう、たぶん。 しかし、それもナミからすれば”じゃれている"範疇で、仲間達は呆れながらも二人を放置していた。 結局、島で買い物をするというナミに慌てて付いて行ったサンジに、ケンカが中途半端に終わったことは記憶には残っている。 仲間にも"ケンカ=じゃれあい"という認識同様、実はゾロもまたサンジとのケンカは楽しい"じゃれあい"レベルに感じているのだ。 それどころか、その"じゃれあい"程度ではすまないぐらいにもっと関わりを持ちたいと思っている。 できれば、己の欲をその体に刻みつけたいほどに。 仲間になってすでに結構な月日を過ごしてはいるが、二人の仲は"じゃれあい"はするものの、それ以上でもそれ以下でもない、『仲間』だ。ゾロがどう思おうとも。 いつの頃からだろうか。 島で抱く女の中にサンジの影を見つけようとしだしたのは。 アラバスタの宴のあと、ひっそりと寄って来たメイドらしい金髪の女がサンジに見えたのは覚えている。実際には豊満な胸などあの男にはないのだが、腕の中にいる女がサンジであればいいような、そんな思いが胸の内に湧き上がったのだ。いや、それ以前にもっと・・・・。 そう、切欠はきっとナミを助けて、改めて仲間にしたアーロンとの闘いの時ではないだろうか。 魚人との闘いで己の不利を顧みず、ルフィを助けに海中に飛び込んで行った後姿に思わず目お見開いた。そして、最終的に陸の上での闘いになったとはいえ、腕力では人間を超越しているという魚人をあっという間に倒してしまった強さ。 ルフィの仲間になるのに強さはそもそも関係ないのだが、それでも海賊をやっていくにはそれなりの強さは必然的に求められる。その強さは、蹴りの威力はゾロと並んでルフィの仲間としてやっていくのに申し分なかった。 それに加え、コックという職業に対する意識の強さ。小さな頃、食に関して相当な経験を積んだらしく、食べ物に対しての姿勢にはものすごく厳しい。今まで奔放と生きてきたゾロとルフィは最初の頃、ことごとくサンジの怒りを買ったが、彼の食事に対する意識を知ったら素直に従うようになった。 あんなコックは今まで見たことなかったし、他にはいないとゾロは思う。 何にしても、サンジの強さもコックと言う職業に対する姿勢も、何もかもがゾロのツボに嵌ったと言っていいだろう。 生き様からして自分は、他の連中のように彼女を作って結婚して・・・という平凡な生き方はできない。それでも、己の横に一生添い遂げられる人間がいればそれで有難いとは思う。感情だけでなく、条件すらそれに合致したのが、サンジであるだけだ。 暇と言うわけではないがただ闇雲に歩くだけなので、いつの間にか頭がサンジの事で埋め尽くされていた。 「ま・・・・なるようにしかならねぇよな・・・。」 ガリガリと頭を掻きながら呟く。慌てた所で仕方が無い、とゾロは思っている。 確かにサンジはこれ上ないほどに女に対して気が多く、すぐにナミやロビンに纏わりつき、島に降りればナンパだと騒ぐ。 が、海賊家業であることと彼の夢を優先させる今の船旅は、すぐに彼に一生の伴侶を作るつもりはないことを告げていた。もちろん、もし幻の海が見つかればその状況は一変するだろうが。それは見つかってからの話になるだろうし、ナミやロビンに対しては、まるで奴隷のように彼女らにひれ伏すも本気で彼女として付き合おうと思っていないことは傍から見てわかった。そもそもナミの思い人はルフィだと誰もが知っているし、ロビンもまた別に思い人がいるのはわかっているからだ。島での恋も、サンジは一夜の夢物語として考えていることもゾロは知っている。 あと憂いべきことは、家業が家業なだけに死と隣り合わせという状況ではあるが、それもゾロの中には存在しない。強さだけの問題ではないだろうが、不思議なほど己もサンジも今すぐに死を迎えるような気がしないのだ。それはただ単に勘に過ぎなのだが何故か確信的にそう思うっている。 とはいえ、いつかはサンジと結ばれたいと思っているのは間違いではない。 と、やはり気づけばと言う状況で回りを見渡せば、暗い中にも僅かに届く月明かりがその場所をゾロに教えた。 今頃になって、月が満月であることを認識する。僅かだが届く灯りはその場所を明るく照らしていた。 「あぁ・・・ここなら野宿できそうだな・・・。」 木々の間のほんの僅かだが開けた場所に辿りつく。ここがどこかはやはりわからないが、山頂付近であることは回りの木々の影から想像できた。 適当に落ちている使えそうな木々を拾い集める。生木は適さないが、人が入らないだろうその場所には焚火に使えそうな木々がいくつか落ちていた。 慣れたもので、うまく組み木を済ませれば、懐からライターを取りだした。 これは、サンジが以前、ゾロに迷子になったら何かしら使えるからと持たせたものだ。 別にライターなんかなくても野宿に慣れたゾロは容易に火を起すことができるが、それでも労力の無駄を抑えられると渡された。 内心ライターの元の持ち主に感謝すると、乾燥した草束の端に火を近づける。思ったよりも簡単に火が付き、さらにそれはすぐに大きな焚火へと変化していった。 パチパチと木の爆ぜる音が聞こえる。 思ったより乾ききっていない木が混じっていたかと苦笑するが気にしない。 少し冷えた夜が温かいものに変わっていった。 あとは・・・・腹が減ったが、周りに食事になるような動物の気配は感じられなかった。近くに川もない。喉ですら乾いていたがどうしようもない。 せめて焚火を利用して水分を集めようか、とした時、空気が動いた。 キチリ 咄嗟に腰にある刀に手を掛けた。 なんだ・・・これは!? 思わず眉間に皺が寄る。 何かしら生き物の気配はあるが、こんな気配は初めてだ。ゾロが知っている動物の気配ではない。もっと、鋭いような・・・・殺気すら含んでいるような気配に背中の毛がビリビリと震えた。 相当な強い気配だ。 だが、今の自分で倒せないほどではない、と届いてくる気がその主の強さを語っていた。 が、油断は禁物だ。どういった相手だかはわからない。わかるのはその気の持ち主が単に動物でも、そして人でもないことだけはわかった。 強くはないとしても、妖気を纏うような生き物だったらやっかいだ。その証拠とばかりに、手にしている刀、秋水の横で鬼徹が震えている。 すらり、とゾロは秋水ではなく、鬼徹を鞘から抜き出した。 「だれだっっ!!そこにいるのはわかってんだ!出てこいっ!!」 大声で怒鳴った。 と、同時にヒュウッッと風音が起き、焚火の火が舞い上がった。 そこにいたのは、四足歩行の胴体に上半身は人間。顔は人間だが、その頭頂部に山羊のような耳と角が生えていた。と言う事は下半身も山羊なのだろうか。 フランキーが以前変形したケンタウロスに似ていたが、細かい部分がそれとも違った。 馬というよりも、やはり山羊のような呻き声を上げ前足を大きく振り上げたその影に、ゾロは顔をそむけたくなるような気色悪さを感じた。恐さというよりおぞましいという言葉が正しいだろうその姿。その生き物の下半身、後ろ足の間に垂れ下っていたのは大きな性器だったのだ。 「なんだ・・・・てめぇは・・・。」 大きく眉間に皺を寄せ、ゾロは呟くことしかできなかった。 「貴様こそ、どこからここに紛れこんできた・・・。」 太く、そして低い声は目の前の半獣とも言えるものから届いてきた。 言葉がしゃべれるのか・・・・。 ゾロはチャリと刀を構え直す。敵かはたまたそうでないか。 判断がまだできないが、向こうから届いてくるのは明らかな敵意。しかし、その敵意の中にも攻撃を仕掛けるようなそぶりはない。 お互いにお互いを観察し、判断しているというところだろうか。 が、突然、向かい合う半獣が「ほぉ」と顔つきを変えた。 「なんだ?」とゾロがいぶかしむのも気にせず、突然にやにやと笑い出したのだ。 ゾロの眉間の皺がこくなる。刀を持つ手にも力が入る。戦闘能力とは別の気持ち悪さを感じる。なんだか気味が悪い。 一歩、目の前の半獣がゾロに近づいた。 ゾロは一歩も引かず、目の前の刀をついと突きだす。 「そういきり立つな。お前・・・・・見かけに寄らず、結構な奴だな・・・。」 最初よりは多少声音が軽くなった感じだが、それでも半獣の声は低く響く。先ほどとは違う厭らしさを今度は感じた。 一体何なんだ! 「・・・・・。」 睨みつけるゾロに半獣は近づきながら両手を前に振った。 伝わる敵意は消えるわけではなかったが、一気に弱まる。同時に気色悪さが増した。 「お前、ここに迷い込んだんらしいな。そうならそうと言えばいい。不要な戦闘は俺は好かん。それどころか・・・。」 ペロリと半獣の舌が口の周りを舐めまわした。舌は長くその動きは卑猥で、思わずゾロが後ずさる。 こいつはやっかいな奴に遭遇したと、本能で感じた。 「お前・・・・好きな奴がいるが、手を出しかねているようだな・・・。俺が協力してやろうか?」 「な・・・!?」 突然の話の飛躍にゾロは目を丸くした。思わず突きつけていた刀を取り落としそうになる。 「そう驚くな。俺は、この森の奥に住む精霊の仲間だ。」 「そのナリでか?」 どう見たって精霊という可愛いものではない。ゾロには、神とか妖精などは信じない性質だが、信じる信じないは別として、どう見ても目の前の半獣が精霊の仲間とは到底思えなかった。 が、そんなことは承知だと、半獣は苦笑する。 最初の威嚇はどこへいったのか。しかし、その苦笑の中にも嫌な厭らしさが消えない。一体何を考えているのか。 「見た目で判断するな・・・。精霊にもいろいろいる。俺はサテュロスと言われる精霊の仲間だ。この森の奥に住んでいる。ここを荒らしに来たのならお前を倒さないといけないと思ったのだが、どうやら相当の手練れのようだな。それに、ここに迷い込んだと言うのがお前の思考からわかった。そして。お前の中を占めている欲についてもな・・・。」 「・・・欲・・・?」 話はどうやら違う方向に進んでいる事に、ゾロは今は戦闘にはならないと判断し、とりあえず今は突き出していた刀を下ろした。鬼徹が反応したのは、目の前の半獣が人間ではないからだろう。ただ敵になるかどうかは、今後の話により変わって来るだろう。鞘に納めずにまだ手にしておく。 「お前、とある男を自分の手中にしたいようだな。なるほど、見た目は確かに悪くない。」 「な!?」 サテュロスと名乗った半獣は、相手の思考を読み取る能力があるのだろうか。しかも、ゾロのサンジへの想いをあらぬ方向で読み取っている。 思わず舌打ちしたくなるのをゾロは耐えた。やはり、話によっては敵と見なすべきだろう。 じっと目を細めて相手の動向を探る。 と、更に半獣が一歩、前に進んだと思ったら、ゾロに目を合わせた。 なんだかやばいと思った時にはすでに遅かった。刀を握りしめる手が震える。 「・・・うっ・・・。」 「サンジというのか、お前の欲する男は・・・。」 「・・・一体・・・、どうやって・・・。」 「お前の頭の中は、その男のことでいっぱいだ!」 「・・・んなことは・・・。」 ゾロにだって夢がある。大剣豪になるという夢が。その夢を考えたら、そんな色欲のことで頭がいっぱいなはずがない。仲間からすれば、どちらかと言えばゾロはストイックな男に分類されているのだ。 それが、目の前の精霊と名乗る半獣に想い人で頭がいっぱいと指摘されてしまうのは、さっきまでサンジのことを考えていたからなのだろうか。 「お前の欲を満たさせてやる。喜べ!そのサンジを好きにしろ!」 そう叫んだ途端、ゾロは頭が割れるような頭痛に襲われる。あまりの突然の痛さに、手にしていた刀を落とした。両手で頭を抱える様に抑えるが痛みが広がるばかりだ。 ズキンズキン 蹲ることしかできないゾロに、サテュロスが傍によって厭らしい笑みを溢した。 ゾロの肩に手を掛け、囁く。 「面白い。ぜひ、お前の動向を拝見させてもらう。久しぶりに楽しい夜になりそうだ・・・。」 |
12.05.09