愛ではなく?2
「・・・い。・・・・おいっ・・・。」 「・・・・ぅ。」 ゆさゆさと体を揺すられる。 一体何が起こったのかわからない。 ゾロはゆっくりと瞼を押し上げた。 と、そこに見えるは船の仲間の一人、サンジだった。 「・・・あ?」 「どうしたってんだ、一体・・・?」 気がつけば、ゾロは甲板で寝ているようだった。 サンジはゾロの前で仁王立ちしている。ゾロは怪訝な表情でサンジを見上げた。 「ったく・・・・。姿が見えないと思ったら、いつの間にか消えていて・・・しかも、いつ帰ってきたか知らないが、気が付いたら甲板で寝てるし・・・。あれからずっとここで寝てたのか!?ちゃんとてめぇの晩メシも用意たんだ。おい、黙っていねぇでなんか一言あってもいいんじゃねぇか?」 「あぁ・・・・・悪ぃ・・・。」 状況がよくわからないが、とりあえず一言詫びを言う。 が、何が何だか分からない。 サンジの話しに依れば、自分はこの船に戻って来てすぐに寝てしまったようだ。黙ったまま。しかし、ゾロの存在に気付いた番をしていたサンジはわざわざゾロのために夕食まで用意したと言う。 しかし・・・。 確か、自分は森で道に迷って・・・・野宿する場所を探して・・・・そして・・・。 はっとする。 そうだ。 脳裏に見たことのないまるで化け物とでもいうような姿を思い浮かべる。姿が異形の者に出会ったのだ。確か、名前を名乗った記憶がある。 サキ・・・・。そうだ。サキュロスだ。 彼は自分のことを精霊の仲間だと言った。到底、そうは見えなかったが。 そして、ゾロに何かを仕掛けたのだ。戦闘にはならなかったが、何か・・・そう、目に見えない何かを。 ゾロは神も仏も信じていないが、ここはグランドライン。信じられないような摩訶不思議な出来事自体は起こりうることを経験で知っている。 だから、この日あった自称精霊もその類の一つだとゾロは踏んだ。 そして。 いや、顔を上げれば夜には違いないが、場所がいつの間にか船に戻っていた。それは先ほどサンジが言った通りだ。 それにしても、時間はさほど経っていないように思われるのに船に帰ってきたということはどういうことなのだろうか。道に迷っていたのだから、早々船に戻れるわけはないのに・・・。 もしかして、あのサキュロスという者が何か得体のしれない力を使ったのだろうか。しかし、その目的がわからない。 あの厭らしい低い声で「面白い夜になりそうだ。」と呟いていた言葉を思い出すが、何が「面白い夜」になるのだというのだろうか。 一見すれば、ゾロが知らない内に船に戻って来ただけで、後は何も変わらないように思える。 いや、船にいるのは・・・。 そう気づいて、改めて回りを見やる。 と、目の前に煙草を吸いながら呆れ顔でゾロを見つめるサンジがいた。 それ以外は、誰の気配も感じない。 「他の連中は・・・?」 「あ?」 もしかしたら、他の仲間に何かあったのではないか、と不安が過った。 「あぁ。ナミさんとロビンちゃんは島の宿で過ごすってよ。他の連中も皆、似たようなもんで誰も帰ってきやしねぇ。どうせ、どっかで喰うか飲んだくれてんじゃねぇの?結構街は賑やかみたいだからな。ま、俺も行きたかったが、今夜の当番は俺だから仕方ねぇ。ログなまだ溜まらないから明日もあるし、別に構やしねぇが・・・。」 「・・・そうか・・・。」 ちょっと残念そうに呟くサンジにゾロは簡単に頷く。サンジの思惑などどうでもいいという言葉にサンジはふんと鼻を鳴らした。 チロリとサンジを見やったが、兎も角、ここから遠目に見える範囲ではあるが島の街から特に異常な雰囲気が届いてきていないのなら、島に降りた連中は大丈夫だろうと、ゾロは踏んだ。 しかし、やっかいなのは、船に残っているのがサンジだということだ。 今朝、船を降りる前にケンカをし、・・・そして、サキュロスのあの様子。 ゾロの心の内を読み、サンジへの想いとサンジという人物を読み取った怪しげな精霊。 一番ヤバイのは、今、目の前にいるサンジなのかもしれない。まぁ、サンジ自身も相当の手練れなので、何者かに襲われようと返り討ちにするから問題ないだろうが。 ただ、あの精霊と名乗った化け物のような生き物は、普通ではない。 ただの戦闘ならば問題はないが、何か不思議な力を持っている。それはどういったことか分からないが、知らないうちにゾロが船に戻って来ていることを考えれば、用心に越したことはない。 カチリと腰にある刀に手を掛け、ゾロは立ち上がった。 キョロキョロと辺りを見回す。が、感じる気配が無い通り、特に異常は船の回りにはないようだ。 それはサンジにもわかるのか、ゾロの様子に眉を顰める。 「どうした?なんかいたか?・・・・俺には何も感じないが・・・。」 そりゃあ、そうだろう。ゾロにも何も感じない。 「いや・・・・。なんでもない。」 サキュロスの思惑がわからないし、どう仕掛けてくるのかもわからない。奴の目的が分からない今、ゾロにはサンジに説明しようがなかった。 どうせ説明したって「夢でも見たんだろう?」と笑われるのがオチだ。ならば、とりあえず自分が用心するしかないだろう。元より気配があれば、サンジにもわかることだ。 「喰うんだろ?メシ。」 吸い終わった煙草を海に投げ捨て、新たに次の煙草を懐から取り出しながらサンジは踵を返した。 「あぁ・・・貰う。」 サンジに着いてダイニングに向かうためにゾロもまた立ち上がり、踵を返した。 チラリともう一度、振り返って森のあっただろう方角を見つめるが、やはり何も感じず、ゾロはそのままサンジについてダイニングに向かった。 ダイニングに繋がる扉を開けると、暖かな湯気と料理のいい匂いがゾロの体に届いてきた。 寒いとまでは言わないが多少冷えた夜風に、料理はゾロに温もりを伝えた。 ゾロの好きな芋の煮物だ。それに加え、先日ウソップが釣ったという魚が焼いてある。和え物もゾロの好きな野菜を使ってあった。つまみとしても海獣の肉を使ったものや揚げ物のいくつか用意されていた。酒を飲むゾロを考慮してくれたメニューだった。 今朝ケンカをしたばかりなのに、こういった配慮をしてくれるあたり、コックとしての彼には頭が上がらない。 内心申し訳なく思い、それでもプライドが許さず詫びの言葉を口にすることはなかった。ケンカはお互い様だ。 それでも、料理に対しては素直に感謝の気持ちを表し、席につくと両手を合わした。 トン、と目の前に酒も置かれる。ゾロの好きな米の酒だ。 顔を上げるとそっぽを向いているサンジは僅かに頬を染めていた。 「今朝の仲直りの印だ。だが、俺は謝らねぇぞ。」 そこは譲れないのだろう。どうせ、お互いケンカの理由も忘れているのだ。ゾロは「あぁ。」と穏やかな笑みを浮かべ、ありがたく酒をいただくことにした。 サンジもゾロの”仲直りは賛成。だが、俺も謝らない。”ことを察したのか、ゾロの正面に座り、グラスを差し出した。自分も飲もうというのだろう。 熱燗ではないのでお互い大きめのグラスだ。それをコツンと軽く触れ合わせて、酒を飲む。 「結構いけるな、これ・・・。」 サンジは自分が買ったにも関わらず、味の良さに感心した。 「米の酒ってよ、飲み慣れねぇとダメかと思ったが、これは結構、飲めるかもしれない。」 サラサラと喉を通るのだろう。グラスの中身が一気に半分以下に減った。 ラベルを見れば納得だ。それなりに値が張っただろう品だった。 「おいおい。一気に飲むと回るぞ。」 ワインや洋酒に関しては感嘆するほどの知識を持っているサンジだが、米の酒に関してはまだまだ勉強不足もあり、飲み方が危うい。ゾロは、思わず声を掛けた。 「大丈夫だって〜〜。」 酒に弱いわけではないが、それでも慣れない酒にすぐに頬を赤くしたサンジにゾロは苦笑した。 確かに肉欲を感じる相手ではあるが、それよりもまずはこういった雰囲気もまたゾロには代えがたい空間だった。 背中を合わせて一緒に闘う高揚感。酒を酌み交わし、仲間としての温かい情。美味い料理を食べさせてくれるコックとしての誇り。自分を顧みずに仲間を助けようとする愛。 どれをとってもサンジという人間を形成するものにゾロは心奪われるばかりだ。 目の前の料理に箸をのばして、まだ湯気の出る芋を頬張った。予想通り、いや予想以上に美味い。 いつものケンカ腰ではなく、ぽつりぽつり他愛もない会話を交えるのも楽しい。 ついつい箸もグラスも手が止まらないほどに夕食を堪能する。 気がつけば、酒はビンの半分以下にまで減っていた。 「お・・・。もうこんなに飲んじまったか。俺はワインに切り替えるから、その酒、あとは全部お前が飲んでいいぞ。」 サンジがワインを取りに行こうと席を立った。 と、キッチンへ向かおうとして思いだしたように振り返る。 「お・・・っと。芋、まだあるが食べるか?」 気づけばテーブルの上の器は空になっていた。 「あるならもらう。美味い。」 素直に感想を述べるとサンジはこれ以上ないくらいの満面の笑みを見せた。 思わずドキンとする。 なんとか平静を装って空になった器をサンジへ差し出そうとおもむろに立ち上がった。 ドクン 心臓が波打った。 なんだ、これは・・・? 酒に酔った風ではない。酒には強い。これぐらいで酔うことはない。それに、例えもし酒で酔ったのだとしても、こんな苦しさはない。 ガタン 「ゾロっ!!」 ゾロは突然、床に倒れ伏した。 |
12.05.28