愛ではなく?3
「おいっっ!大丈夫か、ゾロっっ!!」 突然倒れたゾロに、サンジは思わず酔いが醒めた。 ゾロは床に倒れたまま蹲って唸っている。どこか体調が急変したとしたか思えない。 ただ、酒で倒れるなんてことはありえない。今更急性アルコール中毒になるような体ではないし、飲む量も考えればいつもと比べてもまだまだ少ない。酒が原因とは到底思えなかった。 そして、サンジの料理。体調を崩すような材料は使っていない。よく、女性陣には新鮮な材料を、男性陣にはそれなりにと言いながらも、コックとしてそこはきちんと考えている。 それこそルフィが拾い食いなどすれば話は別だが、サンジが作った料理で腹を壊したり体調を崩すようなことは、よほど誰かが姑息な手段を使って薬でも盛らない限りありえない。それほどの自信と誇りを持って料理に臨んでいる。 食事が原因とは到底思えなかった。 ならば、一体・・・。 いや、それよりも。 苦しそうに呻くゾロをこのまま放置するわけにはいかない。 兎も角、医療室に運ぼう。そして、なんとかしてチョッパーに連絡を取らなければ。チョッパーは子でんでん虫を持っていただろうか。 その前に、とサンジはゾロに手を掛けようとした。 その時。 「うぅっ・・・。」 ぶるぶる震えているゾロの手の皮膚の表面がザワザワと蠢いているように感じた。 ビリビリとした異様な緊張感がゾロを筒む空気から伝わってくる。 なんだ、これは!? サンジは驚きでただただゾロの手を見つめるしかなかった。 その表面は痙攣を起こしたかと思うと、今度は何やら表面がプツプツしだした。と、突然、そこから髪の毛よりも太い毛がざああっっと飛び出してきたのだ。 「うわあっっ!!」 驚きのあまり、思わず後ろへ飛びずさってしまった。が、それは仕方がないことだろう。それほどまでに、突飛ない状態が起こったのだ。 恐怖というよりも、戦闘能力とは別の・・・サンジの苦手とする部類での嫌悪感。 見る見るうちにゾロの身体じゅうから毛が生え出してきた。まるで毛が高速で成長しているようだ。 それは、もう手や腕だけでなく、背中や首、顔にまで。 髪の毛も長く伸び、体のあらゆるところから毛が生えてくる。 「一体・・・・・何なんだ。」 はぁはぁと息を荒くして苦しんでいるゾロを見守るしかできない。ちょっと体調を崩したという状態ではないのだ。 何かがゾロの体を蝕んでいる。体の調子云々ではない。外部からの影響であると考えるのが妥当。 ただ、それが何かはわからない。どう動いていいのかわからない。 暫く呆然と見詰めていたサンジは、しかし、はっとする。 ゾロがゴソと動いたのだ。 というとは、体の変化はこれで止まったのか? 気づけば、ゾロは身体中、毛で覆われてしまっていた。 眉間に皺を寄せ、そっと一歩を踏み出しゾロを伺うが、ともかくこの異変を仲間に知らせないといけない。 そういえば確か、ナミが子でんでん虫を持っていたはずだ。ナミに連絡が取れれば、ルフィを始め、医者のチョッパーに連絡が取れるはずだ。 なんとかチョッパーを捕まえて、ゾロの体の変化を見てもらうしかない。 可能性として真っ先に考えられるのは、この島で降りた際での影響。博識なロビンなら何かしらわかるかもしれない。 でんでん虫の位置を確認し、連絡を取ろうとして足が動かないのにサンジは気づいた。 「っっ!」 気がつけば、ゾロがサンジの右足首を掴まえていた。 すがるほどに苦しいのか。その表情は体毛に覆われて顔の中ですら見えないが、毛の奥から唸る声が耳に届く。 ゾロを介抱するのが先か? 「大丈夫か?」 足を掴まれたままゾロの傍に屈みこむ。 背中をさすれば少しは楽になるだろうか。 しかし、触れるのに多少戸惑った。 ゾロだとわかっているから近寄れるのだが、目の前にいる毛だらけの怪物と化したものがゾロだと知らなければ、すぐにでもこの場を離れたかった。 目の前の体からは鼻が曲がるような悪臭がし、体毛で覆われた体も体毛自体が何かしら粘液を出しているように妙な艶がある。毛同士で糸を引いているのも見える。 それは決して美しいものではなく、醜聞に値するものだ。 そもそもサンジはキモイ系の虫ですら苦手なのに。 いくら仲間とは言え、このドロッとした感触の体毛を持つゾロに触れるのにはかなりの勇気がいった。掴まれている足首だって、布の上からとはいえ妙な粘ついた感触が伝わってくるのだ。 「ちくしょう!!」 声を荒げ、鼻が曲がりそうな悪臭に顔を背けながらも、ゾロを抱える。 兎も角、医療室に運ぼう。 そう決めた。 と、体毛に覆われた震える手は、今度はサンジの腕を掴む。その力はいつになく強い。 見た目だけでなく、体力すら怪物になってしまったのかと思われるほどに。 「っっ!・・ゾロッッ!!」 ゾロの名を呼び、力を緩めてもらうように目を向けるが、瞳さえ毛で見えない。 と、掴んだ腕をひっぱられ、そのまま床に倒された。 「ってぇ〜〜!」 後頭部を打ちつけて、軽い脳震盪を起す。が、されるがままになるわけにはいかない。 ゾロがどうしたいのかわからないが理性はどこへやら、はぁはぁ息を荒げる目の前の怪物と化した剣士は本能に体を支配されているようだ。 両手を床に縫いつけて、はぁはぁ臭い息をサンジの顔に近づける。 あまりの悪臭にサンジは顔を背けるがそんなことは関係ないと、目の前の怪物はサンジの首筋に息を吐きかける。そのままベロリと首筋を舐められた。 ゾワワと身体中から鳥肌が立つ。 「止めろっつ!!ゾロッ・・・ゾロっっ!てめぇ、何しやがるんだっっ!!」 首を横に振り、なんとか臭い息と粘りのある唾液から逃れようとするが、押さえつけている力は相当なものだった。 だが、ゾロが押さえつけているのはサンジの上半身のみで。 もし、ゾロの意識が保たれていて故意にサンジを襲おうとしているのならば、上半身もだが、その強靭な蹴りを持つ脚を押さえつけるはずだ。 それがないということは、やはりゾロは意識がない。または、化け物の本能に支配されていると考えてよいだろう。 「ゾロ・・・悪ぃ・・・。」 そう呟くとぐっと力を込め、脇から右足を振り上げる。 「ぎゃあっっ」 ドカアァァン 大きな呻き声を上げて、怪物と化したゾロが壁に吹き飛ぶ。 普通の人間ならば即死してもおかしくない蹴りは、ゾロの強靭な体力があればこそ耐えうるだろうが、そんな蹴りなど予想だにしていないだろう怪物はなんの抵抗もせずにサンジの蹴りをモロに受けた。 中身は怪物であるかもしれないが、元々はゾロの体だ。まともにサンジの蹴りを受けても大きなケガはないだろうと踏んで、サンジは思い切り蹴りを放っている。もちろん体制の不利から完璧な蹴りではないが、それなりに効いたはずだ。 ゾロの体がめり込んだ壁からパラパラと破片が崩れ落ちる。 壁に埋もれた体は、ピクリとも動かなかった。 「・・・・・。」 だが、まだ油断はできない。 唾液で濡れた襟元に顔を顰めながら、ゆっくりと立ち上がり、そろそろと近寄る。 と。 ダン 咄嗟に襲いかかった化け物を上体を反らして紙一重で避ける。 「ちっ・・・。やっぱ体は丈夫だよなぁ・・・。」 半分は想定内の動きにサンジは舌打ちしながら、体制を整える。 ぐるぐると獣の唸り声を上げる怪物は、体毛の奥からサンジをじっと睨みつけていた。 毛の隙間から覗き見える瞳は、やはりゾロのものではなかった。肉食の動物を思わせる光を放っていた。 それは、目の前の生き物がやはり意識としてはゾロではないことをサンジに告げていた。 どう動く・・・? また先ほどのように襲ってくるのか。それとも・・・・? 先ほど、喉元を舐められた時に感じた感触。嫌悪感は拭えないその舌触りは、獣が肉を喰らうそれではなかった事にサンジは気がついた。 どちらかと言えば、生殖的な・・・。まるで自分が強姦される生娘のような錯覚を起こしたほど、性を匂わせていた。 そう、動物が発情期を迎えたような。 ゾロを睨みつけたまま、舐められた首筋をそっと左手でなぞる。 ねちゃっとした粘着質な音を立てて、唾液が首と掌の間に糸を作る。 顔を顰めたくなるが、ゾロが襲ってくる隙を作らないように相手を睨みつけたまま対峙する。 ぐるるるると唸るそれはもはや言葉をなしていない。 完全に獣、いや、化け物になっている。 が、元は仲間の剣士なのだ。 どうにか元に戻らないだろうか。 とりあえず。 「ゾロ・・・・・お前、どうしちまったんだよ・・・。」 目線は逸らさず、それでもゾロの心に届くように声音を穏やかなものに変えて、サンジはゾロの名を呼んだ。 途端、はっとした目を見せる。が、それも一瞬だけだったが。 が、例え一瞬でも、ゾロの中の何かが目覚めたのか、サンジを見つめる毛の奥から覗く瞳に揺らぎが見えた。 今だ! 一瞬の隙をつき、ゾロへの間合いを詰めようとした。が、元々のゾロとしての動きなのか、はたまた化け物としての俊敏さなのか。 サンジが懐に入って、新たに蹴りを入れようとしたところを狭い空間であるにも関わらず、飛び避けた。 「くっ。」 獣の瞬発力で今度は扉の前に移動するゾロ。 と、ぐるるると唸ると僅かに悲しみを含んだ瞳をサンジに向けて動きを止めるがそれもほんの一瞬のことで、すぐさまゾロは扉を壊さんばかりの勢いで外へと飛び出した。 「ゾロっっ!!」 大声で名を叫んでも、もうサンジの声は彼の心の奥底には届かないのか、振り返ることなく甲板に飛び降りてしまった。 タンタンと素早く船内を飛び掛ける。 一旦、船首で大きく雄たけびを上げると、獣の俊敏さで一気に船から姿を消してしまった。 そこまでに僅か、秒単位でしか時間は掛かっていない。 だが、それだけの僅かな時間の間にゾロは船からいなくなってしまった。 「・・・・・一体、どうしちまったんってんだよ・・・。」 ポツリと口から零れた言葉に、サンジは一人途方に暮れるしかなかった。 |
12.06.11