愛ではなく?4




「うん・・・・そう、きっとそれゾロだと思う。」
『でも、原因はわからないのね?』
「あぁ・・・・、メシ喰ってたんだけど、突然・・・。食材が原因とは思えねぇ。俺も同じのを口にしていたがなんともないし・・・そもそも材料もまだ船にあったのを口にしていたし、酒だって以前に買ったものを飲んだから今更・・・。・・・ゾロ、一度島に降りてるはずだから、その時に何かしらあったんじゃねぇかって思うんだが、何があったのかさっぱり・・・。」
『兎も角、人間にこれ以上危害を加えないようにルフィとフランキー、ブルック、ウソップは街に残るから。なんとかして島の人間よりもその化け物と化したゾロを捕まえなきゃヤバイわ。私とチョッパー、ロビンは一旦船に戻るから、サンジくんは待っててくれる?原因になりそうなものを捜しましょう。』
「わかった、ナミさん。気を付けて。」

そう言ってサンジはでんでん虫を切った。
扉を開けて甲板に出る。
懐から煙草を出し、火を付ける。
大きく煙を吸い込んで深呼吸のようにして吐いた。
でんでん虫を持っていた時まで止まらなかった手の震えが、煙草のおかげか多少収まる。我ながら情けない。声の震えはなんとかごまかせたとは思う。ナミは特に何も言っていなかった。それだけが救いだ。

確かに見た目の醜悪さからくる嫌悪感はあった。サンジはキモイ系の虫だってダメだ。
だが、それだけではなかった。
男なのに。
まるで女のように襲われることへの恐怖。
容姿により、まだ幼い頃、女と同等の扱いを受けたことも多々ある。幸いにも荒くればかりだが愛情深いコック達の優しさでもって大事にはいたらなかったが、未遂とはいえ、トラウマになってしまうほどの出来事もなかったわけではない。もちろん、それは口外はしていないが。
煙を吐いて、街からもうもうと上がる煙を見つめた。
船から遠くに見える街明かりはただ単に綺麗に輝いている街灯だけでなく、恐らくゾロと思われる怪物が暴れている時に上がった火の手だ。離れていてもザワザワと不穏な空気を伴って街の喧騒がサンジの元まで届く。
でんでん虫から聞いたナミの情報によると突然、化け物が街に現れて暴れ回っているらしい。
そこそこで若い娘を襲っては暴れ、をあちこちで繰り返しているらしい。

「ゾロのやつ、若いお嬢さんを襲うだなんて、男としてサイテーだ!!」

ゾロを非難する声を上げてフェミニストとしての自分を装い、「そもそも最初にあいつが襲ったのは俺じゃねぇか!!(怒)」という言葉を胸に奥に押し込む。
ナミの話によれば死者が出ていないのは幸いだが、それでも若く美しい娘達が化け物になったゾロに襲われているのは、もちろん同じ船の仲間として許せなかった。
それでなくとも島によっては海賊だからと居心地の悪い思いをすることが多い。
もちろん、そもそも海賊とは乱暴者のイメージがあるのでそれが嫌とはいわないが、必要以上にゴタゴタを起せば海軍が来て、ログも溜まらないうちにアタフタと出港しないといけないのは面倒極まりない。
それに海賊と言っても、自分達はあちこちの島を襲い、暴力の限りを尽くす野蛮な連中ではないのだ。夢を追い求め、海で自由を謳歌している、どちらかといえば冒険者に近い集まりだろう。イメージ云々の前に、理由もなく人々を襲うのは自分達の主義に反する。

「チッ。あいつの所為でこの島で買出ししにくくなったじゃねぇか!」

最初に島に着いた時、ナミの買い物に付いて行ったのだが、夜は留守番になってしまったサンジはまだまともに買出しをしていない。
ログのこともあるし、ゾロが怪物のままだからこのまま出港ということはないだろう。怪物と化したゾロとサンジ達が同じ仲間だとはまだ島の連中にはばれていないが、それでも街の喧騒を考えると買出しがしにくくなったことは否めない。っていうか、やっぱり若い女性を襲う事自体許せない。
ルフィ達が怪物になったゾロを抑えてくれるのを願うばかりだ。

「ルフィ達だけでなく・・・俺も・・・・。」

そう呟いてぐっと拳を握る。
真っ先にここを飛び出して、ゾロを捕まえたい衝動を抑える。
原因を突き止めなければ、捕まえたところで対応のしようがない。もちろん、ルフィ達でゾロを捕まえることができないとは思っていない。むしろ、そこに不安はないのだ。
だったら、自分がすべきこと。
体の奥底から湧きあがる怒りをなんとか抑える。改めて、サンジは街から上がる煙を見つめていた。


どれぐらいそうしていただろうか。
煙草も何本吸いなおしたか分からない中、気付けば、ナミ達が甲板に上がる所だった。
ナミ達が船に近づいたことさえ気づかないほどに、ゾロのことに頭がいっぱいだった自分に内心舌打ちした。

「ナミさん・・・・。」

ナミだけでなく、ロビンもチョッパーも一緒だ。

「あの怪物・・・・島の連中は知っている様よ。」

最後に上がってきたロビンが甲板に足を下ろしながらサンジに告げた。

「どういうことだ?ロビンちゃん・・・。」

何かしら手がかりを見つけたらしいロビンにサンジは素直に首を向けた。

「逃げ惑う、いえ、中には闘おうとした所謂、自警団に当たる連中が騒いでいるところをそっと話を聞いたの。」

ナミもチョッパーもすでにロビンの話そうとしている内容を理解しているのだろう。先ほどでんでん虫で話した時は何もわからないと言っていたが、すでに二人ともわかった風に頷いた。
船に戻ってくる間にゾロが怪物になってしまった原因を見つけたのだろう。

「ゾロが怪物になった原因はどうやらこの島の最奥にある森に入ったかららしいの。」

話しながらロビンは今一度、まだ煙が上がっている街の方に視線を送る。サンジもそれに倣って街の方に視線を送る。

「あ・・・・漸く街、落ち着いたみたいよ。」

ロビンが悪魔の実の力を使って街の様子を探ったようだ。多少、眉間に皺が寄っている。

「でも・・・・・そうね。ゾロ、掴まらなかったようだわ。島の連中もあちこち走り回っているけど、ゾロの姿はないわ。ルフィ達も・・・・見失ったようね。島の連中とは別にゾロを探しているようだけど・・・ゾロは一緒にはいないわ。」
「そう・・・。」

ナミががっかりしたように階段を上がり出した。とりあえずダイニングの方で話をするつもりらしい。

「サンジくん・・・。とにかく落ち着いて話をしましょう。お茶、淹れてくれる?」
「あぁ・・・わかった。ちょっと待ってくれるか?」

サンジもロビン達もナミに後をついてダイニングに向かった。








カチャとカップが音を立てる。
ザワザワする心を落ち着かせるために、ハーブティーをサンジは入れた。
温かい湯気に多少は落ち着いたのか、ナミが「おいしい」と穏やかな笑みを見せる。もちろんそれは心からの安堵の笑みではないのだが。

ナミがカップを置いたのを合図にロビンが改めて口を開いた。
目線をカウンターに凭れているサンジに向けられている。

「どうやらゾロ、森の奥深くに生息しているという噂の精霊に出会ったみたいなの。」
「精霊!?何だ、そりゃ!?お伽話か?いくらなんでも話が突飛過ぎないか?」

肩を竦めてサンジは苦笑する。がロビンの表情は変わらず真剣そのものだ。ナミとチョッパーはどうしたもんかと、サンジとはまた別の意味で苦笑している。

「まぁ、精霊っていうのは島の人たちの信仰心から来てるものだとしても、そう思われる何かしら不思議な力を持った生き物が生息しているのは間違いないらしいわ。ゾロが初めてではないようなの。この島に怪物が出没するのは・・・。」
「ってことは・・・。」

まったくの空絵事ではない展開になりそうな予感に、サンジはロビンに釣られる様に真剣な表情を見せた。
元々は空想だろうが妄想だろうが、結果、ゾロが怪物になってしまったことには間違いないのだ。なんせ、サンジは現象自体を目の当たりにしている。

「ま、精霊は別にしても、ゾロが怪物になったのはその森の奥にいる化け物の仲間かなんかが原因なんだな。」
「えぇ、そう思っていいわ。やはり過去、同様の事件がたびたび起こるらしく、最初、島の人たちは怪物の出現に驚きはしたものの、対応が素早かった。海軍とは違って、自警団なるものも存在するのは、その怪物が実際に街を襲った時に対応できるようになっているかららしいの。」
「じゃあ、ゾロがなったっていう怪物はそもそも島にいるってことだな。いや、人間が怪物になる現象自体が起こりうる事が前提ってことだな。」

顎に手をあててサンジは思い出すような仕草をする。
しかし、あの悪臭と醜悪な容姿は思い出したくない部類のものだ。今はシャワーを浴びた後だから自分からは悪臭はもうしないが、なんとなくまだ部屋に匂いが残っているような気がするのは気のせいではないだろう。最初、部屋に入った時にナミに顔を顰められたのだ。鼻の効くチョッパーなどは部屋に入れないと騒いだほどだ。慌てて換気して多少はマシになったらしく、チョッパーは鼻栓をして漸く部屋には入って来れるようにはなった。

「ロビンが拾った情報を元に、店じまいをしようとするバーでなんとか聞きだした情報なんだけどね。」

ナミがもう一度カップに口をつけながら話を引き継ぐ。

「島の人たちはわかっているから森に入らないんだけど、時たまいるらしの。島の外から来た人間が知らずに森に入ってしまって、怪物になって街を襲う事件が。」
「もちろん、最初から段取りよく街に降りた連中には島に入らないように釘をさすようだけど・・・。」
「だから火は上がったものの、もちろん、襲われた若い娘はいるけど、それでもまだ被害は少ないほうよ、あれで・・・。」

二人で順番にサンジに説明してくれる。
結局、サンジにわかったことは。
ゾロが怪物になった原因は森に入って人々がいう精霊、サキュロスという化け物の仲間と接触したこと。サキュロスは人間を化け物にする不思議な力を持っていること。
化け物になった人間は、元に戻らないため、捕まえて殺すしかないこと。

「そんな!?元に戻らないのか!?」

凭れていたカウンターからガタリと体を浮かせる。とたん、ナミもロビンもチョッパーもが表情を曇らせる。

「いや、必ず元に戻る方法があるはずだ。俺、なんとかして元に戻る薬を作ってみせるから!!」

チョッパーが意を決した顔でサンジに告げる。頼もしい医者の顔だ。
だが、怪物になった時にどういう形でなったのか。
その方法によっては薬は意味はないのではないか、とサンジは思う。
森で何か食べてはいけないものを口にした。または、サキュロスと同じ姿ならば、接触したことによる感染が原因。それとも何か魔法のようなモノで怪物になった?
医学的な対応ができるものが原因であればチョッパーに期待するところだ。だがありえないが、まだまだわからない世界。もし魔法的な方法でゾロが怪物になっていた場合、元に戻る方法が・・・あるのだろうか。
ゾロが怪物になった瞬間を思い出して、思わずサンジは身震いした。

「サンジくん・・・。」

何か震えを抑えるサンジにナミは不思議そうに首を傾げた。
「いや。」とサンジは笑みでもって答える。

原因が島の奥の森にあるのならば、森に入ってそのサキュロスという化け物に聞いた方がいいのではないか?言葉が通じるかはわからないが。
そこに、ロビンがサンジの考えを読んだかのように、口を改めて開いた。

「原因が森の中にあるのならば、森に入ってそのサキュロスと接触する方が早いかもしれない。」
「ロビン・・・。」

賛同しかねるナミの表情とは別に、サンジは頷く。

「でも、ロビン。もし、森に行ったとしてもゾロと同じようになっちゃったら・・・!」
「そうね。島の人たちの話によれば、誰一人として元の姿で戻って来た人はいない・・・。危険なカケだとおもうわ。」

ゴクリとチョッパーが唾を飲み込んだ。恐さで毛が逆立っている。

「それでも、ゾロをそのままにしておくわけには行かねぇ・・・。俺が行ってくるよ。」
「サンジくん!!危険すぎるわ!!」

慌ててサンジを止めようとするナミにサンジの表情はナミを押しとどめた。

「ルフィでもそうすると思う。でも、あいつ、今、ゾロを捕まえるのに島動きまわってるだろ?だったら、変わりに俺が行く。それに、もし、俺まで化け物になっちまっても、きっとルフィが止めてくれる。そうだろ、ナミさん。」
「サンジくん・・・。」

安心させるようにナミに微笑みを向ける。

「私も行くわ・・・・。」
「ロビンちゃん。」

みんなしてロビンに視線を移す。

「一人より二人の方が何かと対応ができるわ。最悪、どちらかが助かれば連絡も取れるし・・。」

大丈夫よ、とナミとチョッパーにサンジと同じようにして微笑むロビンにナミは提案した。

「じゃあ・・・・こうしましょう。もちろん出発は朝になってから。それから、もし手がかりが見つからなかったとしても日没までには一旦戻ってくること。どうせ、夜の森では動きが取れないし。無理はしないでよ!ゾロが元に戻るヒントが得られなければすみやかに戻ってきて。」
「あぁ。」
「わかったわ。」

これ以上、仲間を犠牲にするわけにはいかない。そうナミは訴えた。
もちろんナミに心配を掛けるわけにはいかない。

ともかく、ルフィ達とでんでん虫でこれからのことを確認すると、次の日の森での探索に向けてサンジ達は準備を開始した。



12.09.10




               




     
     進展しているようでしていないですね。すみません・・・・。でも、折り返し地点というところでしょうか。