愛ではなく?5
森に入る為の装備を用意してから軽く仮眠を取った。 あまり眠気は訪れなかったが、それでも多少疲れがとれたようで、夕べよりは体が軽い。 それはロビンも同じだったようで、軽やかに甲板に姿を現した。 時間がもったいなかったが、それでもきちんと食事は取らないと、と日の出と共に起きだしてから慌ただしく朝食を取った。 まだ早朝とも言える時間帯だが、すでに出発の準備は整った。 ナミとチョッパーが見送りと言って一緒に甲板に出てきてくれた。 ルフィ達は島に残ってまだゾロを捕獲しようと動きまわっている。もちろん、交代交代できちんと休みを取っているから大丈夫だと、やはり早朝に改めて連絡があった。 サンジ達は森へ。ルフィ達はゾロを探して島全体を。お互いの役割を確認した。 「いい、何度も言うようだけど、本当に無理だけはしないでね!」 「なになに、ナミさん。俺の事、心配?」 「もうっ、ふざけないでよ!!」 < ガンと足首を蹴られる。避けることはできたのだが、敢えてサンジはナミの蹴りを受けた。どんな理由にしろ、どんな種類の心配にしろ、サンジは嬉しかった。 「じゃあ、行ってくるよ。」 「えぇ、気を付けて・・・。」 軽く跳躍して島に飛び降りる。ロビンもまたサンジに続いて島の地に足を付けた。 「昨日、調べた内容によるとその森っていうのが、あっちの方。」 ロビンが指を指した方向は、船からすれば街とは反対方向になる。 確かに鬱蒼と木々が連なっているのが船からでもわかった。 「島の人間は、近づかないように完全に区域を分けるような街の作りをしているわ。だから、森に続く道なんかないらしいの。獣道を探して進むしかないわね。」 「あ〜。そりゃあ、確かにゾロが迷いそうなとこだな、こりゃ・・・。」 ガシガシと頭を掻き、口に咥えていた煙草から煙を吐いた。 「じゃ、ナミさん、ルフィ達の方、よろしく。」 「えぇ、わかったわ。」 今一度、甲板から見下ろしているナミとチョッパーを見上げて、サンジとロビンは軽く手を振った。 「行きましょう。」 「あぁ。」 ナミとチョッパーは連絡係と、試薬作りに専念するそうだ。 リュックを手に二人して歩き出した。 「出発の時はそうでもなかったが、結構暑いな・・・。」 上着は肩に掛け、サンジは額から流れる汗を腕まくりをした右腕でなぐった。 「そうね。」 ロビンも暑いらしく、いつもよりも息が僅かに荒い。一見華奢だが、それでも海賊稼業をやってきているだけあって、体力は同年齢の女性よりも、下手をしたら男性よりもある方だろう。それでも息が上がる。相当な森だとサンジは先を見つめた。 最初は野原とか草原とかの言葉が似合う場所を歩いていたのだが、気がつけばいつの間にか森に入っているのは二人ともわかっていた。 今、何時頃だろか。昼休憩を取ってからも大分時間が立っていることは時計を見なくてもわかるが。 夜までには一旦戻る約束をしていることを考えるとこれ以上真っ直ぐ先に進むわけにはいかないだろう。 少し方向転換して船に戻りつつ森を抜けるのが得策だろうが、初めて入る場所なので方角もわかりにくい。上空で輝いている太陽が目印にはなるが、なにぶん木々が太陽の位置を把握させにくくしている。注意が必要だ。 その前に、サキュロスと接触できて、何かしらのヒントが得られればいいのだが。できれば、空が明るいうちに。 今のところ、何も気配を感じないので、それも望み薄か・・・。 「ロビンちゃん、これ以上真っ直ぐ進むのはやばい。夜までに戻れなくなる。進路を変えよう。」 「そうね・・・。」 ロビンもサンジの云う事は元々わかっているのか、すぐに頷いた。 海で育ったサンジも長く一人で生きていたロビンもどちらも方向感覚は優れている。すぐに、進路は決まった。 完全に森の中には入っているのだが、最奥とはいえない場所からの引き返しになる。 今日は空振りになるのだろうか。なんとなく落胆の色が出始め、そのために疲れも必要以上に感じだした頃、異変を感じた。 「・・・っっ!!」 「・・・これは・・・。」 サンジが振り返ると同時に、ロビンも腕を交差して目を閉じる。力を使って回りの様子を伺っているようだ。 気配はしっかり感じるが、姿は見えない。ロビンの能力で相手がはっきりできればそれに越したことは無い。 「っっ!!なにこれ・・・・っっ。もしかして・・・!!」 ロビンが驚きを隠せない様子で叫んだ。 「どうしたんだ?ロビンちゃん!」 何かとんでもないものを見つけたのか、ロビンがガタガタと震えだす。その様子は、強い敵を前にした時からくる震えではないのがすぐにわかった。そもそも、ロビン自体も女性とはいえ強い。並大抵の相手ならば、そうそう弱気になることはない。 だったら、これは・・・。 と、サンジの背中にゾワリと何かを感じた。虫唾が走るという感触だ。 「ロビンちゃん・・・。」 再度、ロビンの名前を呼ぶ。 「これ・・・もしかして、これがゾロ!?昨日は目の当たりにしてなかったから、わからなかったけど・・・・うっ・・・。」 あまりの気色悪さにロビンが口を押さえた。嘔吐をなんとか耐えている。 戦闘の時に感じるビリビリした感触ではなく、まさしく嫌悪を浮かび上がらせるこの感触。昨日、感じたあの・・・。 サンジは届いてくる気配の先を振り返った。 その木々の奥からギラリと光る何かを見つける。しいて言えば、視線・・・だろう。 悪寒を感じる視線に、それでもなんとか耐えてサンジは光を見つめる。 獣としか思えない気配の中にわずかにゾロの気配が混じっているのがわかった。 「ロビンちゃん・・・下がって。」 左手を、ロビンを庇うように翳す。 「サンジくん・・・・・でも。」 ロビンが眉間に皺を寄せながらサンジに近づこうとする。が、視線に遅れて届きだした悪臭に思わず足が止まる。 「美しいレディには似合わねぇよ、この臭いと気配。それに・・・。」 ロビンも気づいたのだろう。木々の奥から届く視線は明らかにサンジのみを狙っている。 その理由がいかなるものかはわからないが、獣と化したゾロはサンジだけを捕えてロビンには目もくれない。昨日、あれだけ若い女性を襲っておきながら、今はどこの島でも美女で通ずるだろうロビンは眼中にないと、視線は伝えている。 「もしかして、昨日の朝、ケンカしたこと根に持っていやがったのか?夕べは和解したはずなのに!!」 どんなに些細なことでケンカしようとも、ケンカの数が多かろうとも、実際は背中を預けて闘えるほどに信頼を置いている仲間だ。 いや、それ以上の感情を・・・・とぐるぐるしそうになる思考を、サンジは頭を振って払った。 「サンジくん。気を付けて!この殺気・・・・本気よ。」 「わかってるよ。ロビンちゃんこそ。今のターゲットは俺だったとしても、昨日の街でのこともある。いつロビンちゃんを襲うかわかんねぇ。気を付けて。」 「えぇ。」 じりじりと近づいてくるのがわかった。それに伴って悪臭が段々と強くなる。 鼻を押さえたいが、臭いばかりに気を取られてはやられてしまう。 ぐりぐりとサンジは足場を整えた。ロビンもサンジの後方で、いつでも動ける様に体制を整える。 ダンッ 動体視力のいい二人でなければ見失うスピードで獣と化したゾロが跳躍した。 サンジは上体を右に避けながら左足を振り上げた。 「ぐぎゃぁっっ!!」 もはや人ではない叫びになっている。 サンジの蹴りは上手い具合にゾロの脇腹に入って、ゾロはそのまま右へ蹴り飛ばされた。 ざあぁっっと生い茂った低木群の中に落ちる。 が、ゾロの体から発する粘液で滑るのか、致命傷には至らない。もちろん、サンジは本気ではあるが、相手がゾロだからか、いつもほどの威力がないのも自分で理解していた。もちろん、それを見ていたロビンもわかったのだろう。 「サンジくんっっ!!」 「まだだっっ!」 ゆらり、とゾロが体を揺すりながらゆっくりと立ち上がる。 と、そこに両脇からロビンの手が大きく生えてきた。 「六輪咲!!」 「ぐおっっ!」 がしりとゾロの体を拘束しようとする。・・・が、ゾロの体から出ている体液でするりと腕が滑る。 「っっ!!」 上手く掴めない。 が、ゾロの気がロビンの腕に行くその瞬間、サンジは跳躍した。 「胸肉!」 正面から伸びてくるサンジの足にゾロの眼がギロリと光った。 ガシリ 蹴りを放った足首を掴まれる。 ロビンの腕はするりと抜けたのだが、ゾロの手はサンジの足を上手く掴んで逃がさない。滑るはずなのに、よほど力がいいのだろか。その証拠とばかりに掴まれた足首には物凄い圧迫感を感じた。下手をすれば潰されてしまいそうなほどだ。 そのままサンジの体を振り上げ地面に叩きつける。 ドカァァンッッ 「・・・がはっっ!!」 ずっと咥えていた煙草が口から血と共に飛び出る。 「サンジくんっっ!!」 地面に叩きつけられたサンジの上にそのまま重い獣の体が圧し掛かった。 「ぅ・・・ぁ・・・。」 ぬるぬるする体だ。 なんとかして脱出を試みようとするのだが、叩きつけられた衝撃に加え、どうにも上にある体が重くて思うように捻りだせない。 「っっくしょうっっ!!」 歯ぎしりして真上にあるゾロを睨みつける。 と、毛に覆われた奥から覗く光る目と目があった。 「・・・・・!!」 ゾロ・・・? 「サンジくんっっ!!」 ロビンが後で叫んで腕を交差している。 にょきにょきと地面から腕が何本も生えてきて、ゾロをサンジから離そうと押し戻している。 「滑って上手くいかない・・・・くっ。」 必死にゾロの腕を持ち上げ、胴体を持ち上げようとしているロビンの腕のその真ん中で、ずっとサンジを見つめてくる瞳。 「ゾロ・・・?」 その瞳から伝わってくるのは、獣としての本能からくるものではなく、・・・・奥底に閉じ込められているゾロの想い・・・? 「・・・・。」 「待って、サンジくん。すぐに・・・。」 「ロビンちゃん・・・・。」 ゾロに押さえられながらも、か細くサンジがロビンを呼ぶ。その声は力が無い。 サンジの様子にロビンがはっとする。 力ない声ではあるが、それはゾロに倒されて瀕死という声音ではなく、穏やかで優しさを含んだ声音だった。 サンジはもう一度、ゾロを見つめたままロビンに声を掛ける。 自由になる左手でそっと、怪物と化したゾロの、毛に覆われた頬を撫でながら。 「ロビンちゃん。このまま、この場は俺に任せてくれないかな・・・・。」 「え?」 サンジの声音につられたのか、ゾロからも戦闘の意思が消えたことが伝わって来た。が、同時に違うおぞましいほどの気配。 ロビンの体が震え出す。 女性ならば、誰もが嫌悪するだろう雄の気配。 二人の様子にロビンは慌てだす。 「でもこのままじゃ・・・・あなたが・・。」 「大丈夫だよ。俺はレディじゃねぇから・・・。」 「・・・・・。」 「悪いけど、先に船に戻っててもらえないかな・・。明日には必ずゾロ、連れて帰るから。」 「サンジくん!」 「心配ないから・・・。」 「・・・本気?」 「あぁ。」 ゾロから目を逸らさずにロビンと会話をするサンジ。 そのサンジとロビンの会話を待つかのように、サンジの上に乗ったままじっとして動かないゾロ。 ロビンはもはやどうすることもできなくて、「わかったわ。」と小さな声で返事をして踵を返した。 ロビンが背中を見せても、ゾロはもうロビンの方には目もくれなかった。 「みんな待っているから・・・二人で必ず戻ってらっしゃい。」 そのままロビンは、二人を置いて1人静かに船に向かって歩き出した。 どれくら歩いた頃だろう。すっかりと辺りは暗くなっていた。しかし、早く上った月の明かりと星のお陰で船までの道のりはわかった。 と、遠くなったさっきまでいた森の方から恐ろしいほどの獣の咆哮が空気を震わせた。 思わず振り返る。 が、ロビンは目を伏せると、やはりそのまま船に向かって歩を進めた。 |
12.09.24