愛ではなく?9




パタンと医務室の扉を開ける。と、チョッパーが振り返った。今は、テーブルに向かってカルテに何か記入しているようだ。
ロビンがサンジの治療を手伝うとは言ってたが、すでに姿はなかった。治療は終わったということだろう。

「ゾロ・・・。」

チョッパーが困ったような表情でゾロを見つめた。
お互いにどう言葉を繋いでいいのかわからずに、一瞬、沈黙が部屋を包む。

「・・・・どうだ?容態は・・・・。」

チラリとサンジを見やって、サンジが寝ていることを確認するタイミングでチョッパーに話しかけた。黙ったままでは何もわからないし、正直、サンジの状態が気にはなっていた。しかし、簡単な言葉しか出なかった。チョッパーも要件のみ、と顔に表しながらも口を開いた。

「うん。見た目はいつもの戦闘のほどの大きな傷はほとんどなくて擦り傷が多いけど、でも、何か所かは縫ったよ。それから、肋骨も何本かはヒビが入ってる。」
「あぁ。」
「あ・・・。でもそれっていつもとあまり変わらないね・・・。ゾロとサンジ、本気で闘ったの?」

チョッパーが上目遣いにゾロを見つめた。攻めてるわけではないとその瞳は伝えているが、困惑は隠せない。
ゾロは会話を続けながら、サンジが横たわるベッドの脇の簡易椅子に座った。
サンジが寝入っていることをいいことに、とりあえず、チョッパーの方へ体を向ける。サンジには背を向けた。現実から目を逸らしたい気持ちもないではないが、今、サンジに目を向けると抱きしめたくなってしまうだろうことが自分で分かった。

「そうだな・・・。俺は、化け物としての本能でしか動くことができなかった・・・・。剣を持っての戦闘ではなかったのが、これだけのケガですんだのかもな・・。」

ゾロの剣は3振とも船に残っていた。先ほど、大事にダイニングの壁に立てかけてあるのを確認してあるし、人間に戻った際、すぐにサンジはゾロに剣の行方を教えてくれていた。ただ、船に戻って3振の剣をすぐに手に取ることは出来なかった。
意味合いは違うだろうが精神を乗っ取られたに近い状態に、まだまだ精神修行が足りないのではと思って、自分が情けなくてすぐに剣を手に出来なかった。

「そっか・・・。」

息を吐いたチョッパーは、だからか、と1人納得したようだ。だが、戦闘によるケガだけがサンジを傷つけたわけではないことは、この賢い船医にはお見通しだろう。

「あと・・・。」

やはり、お互い避けられない話題だろう。

「内臓も損傷している。しばらくは安静にしていた方がいいと思う。」
「そ・・・うか・・・。」

ゾロはどう答えたものか躊躇した。ただ、そうかとしか言えない。
しかし、この船医はきっと医者の秘守義務と称して、誰にも言わないだろう。だが、この船の仲間にはなんらかの説明が必要なのは明らかだ。それをどこまで言うかはまだ決めていなかったが、ともかく、サンジの心を傷つける事だけは避けたかった。
ただ、チョッパーにはもはや何も隠し通せないことはわかっている。素直に言うしかない。

「何があったのかは・・・。」
「だいたい想像つくよ。ロビンもわかってたみたいだし・・。」
「ロビンも?」

ゾロの声が上擦る。
そういえば、チョッパーの治療を手伝っていたのを思い出す。すでにここにいないのを承知で辺りをきょろきょろと見回した。

「ロビンはちょっと風に当たるって出て行ったよ。」
「・・・。」

ゾロは、口を引き結ぶ。

「大丈夫だよ。ロビンは何もかも分かってたみたいだけど、あえてロビンからはいろいろとは言わなかったし・・・。ただ、もくもくと俺の指示に従って治療を手伝ってくれただけだから・・・。」
「だが・・・・、あいつもわかってるって・・・・?」
「うん。最初からわかってたみたい。」
「最初から?」
「そう・・・。」

コクリとチョッパーは頷いた。

「だって俺がサンジの治療を始める前に真っ先にロビンが・・・その・・・・・色々とは言わなかったけど、あっちの方の治療を始めるように助言したんだ。なんかサンジの様子がおかしいとは思ったけど、ロビンに言われなければ、俺、はっきりとはわからなかったかもしれない。ロビンは賢いから、もしかしたら、1人で先に船に戻って来た時からわかってたんだと思う。」
「あぁ・・・・そうか。」

ふと。
山でサンジに会った時を思い出す。化け物になった時の記憶なのでおぼろげだが、確かにあの時、サンジはロビンと一緒にいた。サンジによって、先に船に戻されたようだが。
きっとゾロが怪物になって女性を襲ったことと、山での様子から察したのだろう。侮れないと同時に頼りにもなる仲間だと、ゾロは思った。
ルフィとロビン、そしてチョッパーにもわかってしまった。
そして、自分の気持ちも確固たる確信を持って自覚している。
ならば、いっそのこと全てを話した方がいいのではないか、とゾロは覚悟を決めた。
ただ、船の仲間に対して今後どうするか、サンジには確認していない。ともかく、チョッパーには隠す必要はないと思った。
ゾロが口を開こうとした時、思い出したようにチョッパーが「あ。」と声を上げた。

「そうだよ!ゾロだって、体見なきゃ!!」

思い出したようにゾロに駆け寄った。
優先順位としては確かにサンジが先なのだが、ゾロだって怪物になっていたのだ。表面的には目立った傷はないが、体の変調がまだ終息していないとも言い切れない。元に戻ったからと言って、安心はできないのだ。

「大丈夫だ・・。」
「そんなの俺が判断することだろ!!ほら、ちゃんと服捲って!!」

突如厳しい船医に早変わりしたチョッパーにゾロは逆らえなかっった。
しかし手は動こうが、チョッパーはサンジに向けられた先ほどの感情をまだ手離したわけではない。
テキパキと聴診器をあてながらも、チョッパーはゾロを見上げる。その表情にゾロもまたチョッパーの言いたいことがわかった。
お互い、話を切ることはしなかった。

「森に生息しているという自称精霊って奴の悪戯というか、思惑に俺が嵌っちまって・・・・あいつを傷つけてしまったのは確かだ。」

いきなりの言葉にチョッパーは耳に聴診器を当てながらゴクリと喉を鳴らした。

「この島には昔からいるらしいが・・・・その精霊とやらは、森に入ってきた者の心の中が読めるというか・・・・なんか不満っていうか、欲望を増大させる力があるらしく・・・俺は、まんまと奴の術に嵌って怪物になっちまった。この島の連中や・・・・過去、この島に来た者にそういう連中が大勢いたらしい。だがあいにく、上手く人間に戻ることができた奴はまずいなかったようだな。」
「だから、街でゾロが怪物になって出てきた時に住人の対応が早かったんだな。きっとよくその怪物が街を襲ったんだね。」

チョッパーの言葉に、ゾロは怪物になっていた時に街で暴れた時のことを思い出す。
本能に支配されてあちこちで女性を襲った。しかし、逃げ惑う女性に己の想いが満たされることなく、ただ只管、抵抗する街の人間に追い払われたことは、なんとなくだが覚えていた。
チョッパーの言い様では、過去、己が犯した事件と同様の事が多々あったのだろうことが察せられた。それは、またあのサキュロスの言葉が事実であることを実感した。

「その森にいる奴の言うことだと、怪物になって己の欲望を増大させてしまうらしい。そもそも愛情に飢えた者がその術に嵌るとの話だが。」
「ゾロはその・・・愛情に飢えていたのか?」

直球で聞いてくるチョッパーにゾロは内心眩暈を感じたが、あながち間違ったことではない。

「あ〜、なんだな・・・。俺は・・・・。」

チラリとベッドで静かに目を瞑っている男を見やる。

「愛情に飢えていたっていうよりも・・・その・・・あいつが・・・・コックのことが好きらしい・・・。」
「らしい・・・・って・・・。」

チョッパーの眉が歪んだ。言い方が悪かったか。しかし、ゾロは口にすることがない単語は発音しずらかった。さっきルフィとの時で話したので精いっぱいだ。同じことを何度も口にするのは憚れる。

「あ・・・・その・・・そういうことだ。ただ、その感情が怪物になるほどのもんだとは自分でも思わなかったんだよ!」

恥ずかしいのを隠す為に必死になると思わず声がでかくなった。
チョッパーは、一瞬目を丸くしたが、なにか納得したらしく、ニコリと笑った。

「そっか・・・ゾロはサンジの事が好きなんだね。」

キラキラした瞳を向けないでほしい。

「だから、サンジを襲って・・・・。でも、強姦だよ、それ!」
「う・・・。」

チョッパーの素直な心が痛い。わかってる。

「それは・・・・違うぞ・・・。」

チョッパーの言葉にゾロではない声で否定の言葉が入った。
どうやら二人の会話に目が覚めたらしい。

「サンジ・・・!まだ、起きちゃダメだ!!」

上体を起こそうと身動ぎしたサンジにチョッパーは慌てて椅子から飛び降りてサンジの元へと駆け寄る。
「大丈夫だ」と手を上げてチョッパーを制するが、チョッパーは医者である自分を全面に押し出す。

「今日一日は動くな!明日になったら起きてもいい。ただベッドから出るのはまだその後の判断で決める。ベッドから出ていい判断をするのは俺だ。・・・ちゃんと言う事聞いてくれよ・・・。」

段々尻すぼみになり、最後には泣きそうな声音になるチョッパーに、子どもや小動物に弱い男は、眉を下げて「わかった・・・。」ともう一度、体を倒した。
でも、口はそのまま言葉を紡ぐ。

「ゾロは悪くねぇ・・・・。それにゾロが元に戻るには必要なことだったし・・・・、俺は、ゾロが元に戻るために必要なことだったら何でもしてやる覚悟があったから・・・。合意の上での行為だ。」

サンジの言葉にチョッパーは目をパチクリした。と、何か納得したかのように顎に一旦は手を当てて、今度はサンジに向かってニコリと笑った。

「そっか・・・・・。」
「何だ、チョッパー?」

二人を交互に見ながら、チョッパーは明るく言った。

「サンジもゾロのことが好きなんだ。そっか!お互いが好きなんだね。番になってもいいぐらい。」
「つ・・・・。」
「つがい・・・。」

二人して絶句する。
まぁ、チョッパーの思考ならば、「つがい」は間違いではないだろう。

「でも、いつからなの?二人が番になったのって?俺、全然知らなかったよ。」

ニコニコと邪気のない顔で聞かれて、二人ともどう答えていいのか、目をキョロキョロさせる。
実際、いつからと聞かれてもいつとは答えられない、というか、まだ番・・・・そういう関係になったとは言えない。しいて言えば・・・さっき?
二人して口をパクパクすることしかできない。サンジは顔を真っ赤にしている。ゾロはダラダラと汗を掻いている。
二人から何の返事ももらえなくても、「もうわかったよ」と声に出さずにニコニコするチョッパーは、「はい。終わり。」と医療道具を片付け始めた。

「ゾロの方は特に問題なさそうだ。呼吸も脈も異常ないし、皮膚も詳しい検査をしないと分からないけど、今見た限りでは元の人間と同じだ。ちゃんと元に戻ったって言っていいと思うよ。ただ、後で血液検査と・・・うん。暫くは要観察だけどね。」
「あぁ。サンキュウな。」
「それと・・・。」

思い出したようにテーブルに隅に置いてあった紙袋を差し出される。

「薬・・・。ゾロを怪物から戻す薬を作ってたけど、完成しなくて・・・。とりあえずこれは興奮を抑えるためのものだけど・・・。暫く、これ持ってて、ちょっとでも様子がおかしくなったらこれ飲んでくれ。それから俺も呼んでくれよ!」

キリッとした医者の顔で言われて。そして、そのゾロの為の薬を作っていたことを考えると、拒否はできなかった。

「ありがとな・・。」

そう礼を言って、薬袋を腹巻にしまった。
それとは別に、注射と聞いて血を取るなら後じゃなくてさっさとしてくれ、と実は注射が嫌いなゾロは思ったが、チョッパーの気持ちは、すでに先ほどから匂う食事に奪われている。鼻がクンクン動いている。やはり、注射は後になるだろう。
だったら。

「メシに行っていいぞ。俺はこいつと話があるから・・・。」

くいと親指でサンジを指してゾロはチョッパーを促した。

「うん。じゃあ、先にご飯もらうよ。あ、でもあまり長い時間はダメだよ!サンジは今日一日はしっかりと寝て、傷を治すこと!いい!!」
「わかった。」

誰ともなく返事が返ると、チョッパーはそそくさと椅子を降りて部屋を出て行った。ルフィにご飯を全て食べられるのではないか、と心配しているのだろう。いつの間にかルフィも食事に来たのか、扉の向こうが賑やかだ。
軽く苦笑しながら出て行くチョッパーを見送ると、室内はしん、と静まり返った。
お互いにどう切り出したいいのか・・・・わからない。
しかし、このままというわけにはいかないことはゾロもサンジもわかっていた。

ゾロが人間に戻ってサキュロスが姿を消してからは、お互いに体を清めて船に帰ることで頭がいっぱいだったというか、それ以外、考えないようにしていた。
もちろん、ずっと避けるわけにはいなかいが、ともかく心配して待っている仲間を安心させることが最優先だった。
「船に戻ろう」とサンジは辛い体を動かした。それを見かねてゾロが手を貸すのに軽く舌打ちはしたが、それでも素直にゾロの手を借りて船まで戻って来たのだ。

今、治療を終えて、ベッドに横になり。
改めて、二人で話し合う時間はあるわけで。今後のこともあるので、避けるわけにはいかない。
いや、流れの中での言葉ではあるが、サンジはゾロに想いを告げている。ゾロもまた直接サンジには伝えていないが、サンジへの気持ちを認めて口にした。ルフィにも話した。チョッパーにもばれた。 ただ、改めてお互い、相手にキチンと伝わるようには口にしていない。
今、口にしなければ誤解を招きかねない。そうしなければ、この後ずっと後悔することになるのはわかっていた。

改めて、ゾロは椅子に座りながらもサンジに真正面を向いた。
サンジもまた、上体を起こしただけだが、ベッドに凭れながらもゾロに向き合っている。

「・・・・・。」
「・・・・・。」

改まると気恥ずかしさが湧きあがって来る。
一旦は目を合わせたが、つい同じタイミングで俯いてしまった。
ゾロなどは堂々とルフィに報告さえしたのに。
しかし、このままでは何も進まない。

ゾロはぐっと拳に力を込めて、顔を上げた。

「コック・・・・いや、サンジ。」

まず普段呼ばれない名前を呼ばれて、サンジはピクリとした。

「いろいろ言いたいことはあるが・・・まずは、礼を言う。俺が人間に戻れたのは、お前のお陰だ。ありがとう。」

いつになく素直に感謝の言葉を口にするゾロにサンジは目を丸くした。
いや、普段は口が悪く無礼極まりない態度が多いが、実際は礼儀正しく仁義を貫くような男だと知っている。

そうだよな。とサンジは口端を上げた。

そして、ゾロはガバリと頭を下げた。

「お前を傷つけたこと・・・・悪ぃと思ってる。謝ってすむことじゃないことも・・・。街での騒動も全て俺が不甲斐ないばかりに起こった出来事だ。」

サンジは黙ったままゾロの言葉の先を促した。

「街で起した騒動については、どう詫びるかは後で考える。今は頭を下げることと・・・・それに・・・。」

そこで思わず口ごもった。
クククとサンジはゾロの様子を見て笑った。

「らしくねぇよな。ゾロ・・・。」
「コック・・・。」

そっとサンジはゾロの頬に手を伸ばす。その指先に温かい滴が触れる。

「大の男が泣くんじゃねぇ!らしくねぇぞ。」
「・・・・・。」
「別に俺はお前に謝って欲しくて体を差し出したんじゃねぇ。ああすることでお前が元に戻れたならそれだけでいい。俺がそうしたかったんだ。お前は何も気にすることはねぇ。」
「だが・・・。」

ゾロの涙なんてこれ以上貴重なものが見られることは、めったにないだろうと内心笑った。
ゾロの涙を拭ってサンジは改めて口を開いた。

「それに・・・・・あの精霊とかっていう・・・あっちの方がよほど化け物だけどよ。あいつが言ってただろ?」
「愛情に飢えている人間が化け物になっちまうって・・・。確かに、俺はお前の事好きだし、お前も少なからず俺に好意を持ってくれてるのかなってのは思ってた。お前の眼を見てたらそう思った。怪物になってもお前の眼は変わらなかった。」
「だが確信がなかったから、どこかでお前の気持ちは実は俺の独りよがりかと思ってた。だけど、そうじゃなかった。俺を求めるお前を見てそう思った。」
「俺はお前が好きだから、俺もお前を求めた。お前と抱きあいたかったからこそ、化け物になってもお前に手を伸ばした。それは、本当だ。」

やはりどこか気恥ずかしいのか、切れ切れに、それでもサンジは言葉を続けた。ゾロは黙って聞くのみだ。

「涙を流して詫びる必要はねぇよ。」
「・・・。」
「でも・・・言えよ。ゾロ・・・。」
「・・・・。」

言いたいことはいった。と今度はサンジがゾロの言葉を引き出す。が、ゾロはモゴモゴと口を動かすのみだ。
決心がつかないというわけではないだろうが、真正面からだとやはり恥ずかしいのは慣れない言葉を口にしようとしているからだろう。

「今だけでもいい。俺に確信をくれないか?」
「コック・・・・・サンジ・・・。」
「ゾロ・・・・。」

一度、ぐっと唇を噛みしめてから再度、唇を開いた。

「愛してる・・・・サンジ。」

ようやっと己の気持ちを真正面から口にして、初めてゾロはサンジに手を伸ばした。化け物の時のような欲を吐き出すためではなく、愛する者を抱き締める為に。
すでに流れていた涙は止まっていた。それどころか、愛する者を手にいれた嬉しさからか、らしくなく頬がほんのり紅潮している。

「俺もだ、ゾロ。愛してる。」

サンジもまた、ゆっくりと手を伸ばし、ゾロの背に腕を回した。
順序は逆になってしまったが、それでも構わない。それこそ、口べたな自分達らしい、とお互いに笑った。
ぎゅっと抱きしめて、お互いの顔を覗く。
絆創膏やら瘡蓋やら傷だらけの顔でナミ達に言わせれば台無しな顔をしているだろう。それでも構わなかった。
もちろんお互いの顔の作りが嫌いなわけではないが、顔だけで惚れたわけではない。意見があわずケンカも多いが、お互いの心、生き様に惚れたのだ。
ふっと笑って、さらに顔を近づける。
怪物の時のような欲ではなく、純粋に愛する者との触れあいを求める。
そっと触れた唇は、かさついていて艶やかではなかったが、それでも柔らかく温かかった。

ちゅっ

一度離れて、もう一度触れる。
今度は表面だけでなく、しっかりと重ねる。手を重ねて、まるで離れるのが惜しいほどに深く深く口付けた。
それ以上時間を費やすと、夕べあれだけ欲を発散させたのに、思わずそれ以上のことを続けたくなり、ゾロは耐える仕草で離れた。
下手をしたらチョッパーからこっぴどく怒られることになりかねない。
ただし、繋いだ手はそのままに。


「お前の傷が癒えたら、改めて触れたい。人として抱きたい。いいか・・・。」
「その遠慮したモノ言い・・・。らしくねぇな。俺は丈夫だからな。遠慮はいらないぜ?ってか、俺もゾロに触れたい。」
「それと・・・。」

サンジが「ん?」と首を傾げる。

「チョッパーだけじゃなく、ロビンも気づいてるぞ。」
「あぁ。それは、そうだろうな・・・。」

レディに気を使わせる形になるのが恥ずかしいとサンジは頬を染めて肩を竦めた。

「それに・・・。」

一旦言葉を止めて、ゾロはサンジをじっと見つめた。なんだか嫌な予感がする。

「ルフィも・・・・・わかったみたいだ・・・。」
「いっ!」

予想外の人物の名にサンジが言葉でない言葉を発した。

「な・・・・んな・・・・・!」

ワナワナと震えだしたサンジに、ゾロは諦めろと繋いでいた手を離して、ポンと肩を叩いた。

「そういえば、ルフィに口止めはしてないから・・・・たぶん、もう他の連中にもばれてるかもな・・・。」

ゾロとしては隠すつもりは毛頭なかったから、というかルフィにばれた時点で覚悟を決めたから別に構わないのだが。サンジはそうではなかったらしい。
ゾロの肩に両手を置いて、震えながら俯いてしまった。

「ルフィにってことは・・・ナミさんにも・・・・うぅ・・・・。フランキーやブルックにもバレたってことはきっと、いろいろと・・・・。」
「どうせ、宣言するつもりだったんだから、いいだろ?」

さっきはサンジの心情も考慮して、みんなに報告するのかどうか悩んだが、よくよく考えればそういう展開だってあるのだ。
これはもう開き直るしかあるまい。
あっという間に恋人の位置が定着してしまったな、ゾロはケロリと言った。
途端。
ガン
とゾロの顎が仰け反った。

「うぅ・・・・・。」
「そりゃそうかもしれねぇが!!まだ俺の中ではみんなに言うっていう、覚悟はできてねぇんだよ!!このアホマリモ!!!!」

手で殴っちまったと右手を左手で擦りながら、サンジは不貞腐れてシーツにもぐってしまった。
こりゃ、チョッパーが心配しなくても当分安静にするだろな、とわかるぐらいサンジは丸くなってしまった。

ま、いいか。とゾロはシーツの上からポンポンとサンジの肩を叩く。何も反応は返ってこなかったが、本気で嫌というのではなく照れているのはわかったのでそのまま医務室を出た。









結局、ゾロはルフィと、そしてルフィだけではきっと話にならないとナミとロビンとも共に街に向かい、島の連中に訳を話して頭を下げた。
普通ならば、敢えてわざわざ頭を下げにいくことはないのだが、島では未だ知られていない、人間に戻る方法がわかったのだからそれを伝えたかったのもある。
それに、実際に犯されることはなかったにしても、怪物に襲われたのだ。島の娘達の恐怖はいかほどか、とサンジが気にしていたのだ。
が、幸いにも実害はほとんどなく、街の連中も街を襲われた怒りよりもゾロが人間に戻ったことの驚きの方が勝った。誰もが我さきにと元に戻る方法を問いただした。
相手が誰かということは敢えて口にしなかったが、お互いに好きあっている船の仲間と結ばれたお陰であると正直に話した。
その話を聞いて、幾人かが森の方を見つめた。
恋人や伴侶が怪物になったまま姿を消してしまった連中だろう。彼女らが、愛する者を人間に戻す為に森に向かうのかはわからない。それは彼女らの判断だ。
兎も角方法は伝えたし、それによって街で起こした騒ぎも不問になり、却って喜ばれたくらいだった。
ルフィ達はログが溜まるまで、無事に島で過ごすことが許された。
島を出るまではありがたいことに島で通報されることもなかったため、海軍の追撃もなく、ゆったりと過ごす事が出来た。

しいて困ったことと言えば、サンジが動けるようになって街に買出しに出た際、島民から生温かい目で見られたことだろう。
街でゾロが人間に戻った説明をした際に、ナミもロビンもゾロの恋人を否定したために何処から漏れたのか、早々に船のコックが相手だということが街中に知れ渡ってしまた。
それが辛いとサンジが溢していたが、船の仲間誰からも同情を引き出すことはできなかった。







島民に見送られながら、サニー号は出港した。
幾人かは涙を流しながら感謝の言葉を伝えてきたので、無事、伴侶が人間に戻れた人達もいるのだろう。
愛する人の為ならどんなことでも耐えるという女性に、サンジはいたく感動していた。
そういう自分はどうなのかと突っ込みたいのを我慢して、ナミはそれぞれに指示を送る。
無事、外海に出て一息ついたところで、サンジからおやつと称してシュークリームが差し出された。
前甲板でチェアに座ってくつろいでいたナミとロビンは微笑んでサンジを見上げる。

「あ、おいしそう〜vv今日はシュークリームなの?」
「あぁ。新鮮でおいしい卵がたくさん手に入ったからいろいろ作ろうと思ってるけど、まずはこれ。卵の良し悪しで味に違いがでるからね。これは自信作だよ。」

傷も癒え、すっかり元気になったサンジ。ニコニコと紅茶もサーブしてくれる。後ろのベンチの方では山積みになっているシュークリームにルフィ達が取り合いを始めていた。いつものことなので、放置している。
ナミは湯気の出ているカップを前に頬杖をついてサンジを見上げた。

「なに?ナミさん・・・。」
「サンジくんって・・・。」

ナミの言葉にロビンも微笑んで同じようにして、きょとんとするサンジを見上げる。

「本当に・・・・サンジくんって・・・・。」

また同じ言葉で口を噤んでじっと改めて見つめる。

「あ〜あぁ。私もサンジくんのような恋人が欲しいなぁ〜。」
「なになに?ナミさん!俺に惚れちゃってんの!!いいよほぉ〜〜〜。ナミさんならいつでも俺は受け入れOKさっ!!さぁ、今すぐ俺の胸に・・・。」
「いらない!サンジくんにはゾロがいるでしょ!」
「え〜!!」

途端がっくり項垂れるサンジにロビンがクスクスと笑っている。なんだかんだ言ってゾロとの仲を否定はしなかった。

「ほらほら。それ、ゾロの分でしょ。待ってるわよ、ゾロ。行ってらっしゃい!」

どんなに踊っても回ってもカップの中身も溢さないで手にしているトレーをナミは指差した。

「あ〜・・・。うん。」

ナミにフラれてがっかりしているが、声音は穏やかだった。ゾロとの仲を船の仲間全員にバレた時、最初は、照れて照れて口をぱくぱくするしかなかったサンジだったが、今はもう慣れたのか、いや、慣れたというよりも照れることを諦めたのか。
すごすごとサンジは二人の前から引き下がった。その背中は悲しんでいるのか喜んでいるのか。どちらも含んでいる様にロビンには見えたようだ。クスクスと笑いが止まらない。
ロビンも最初は二人の仲について自分から口にするつもりはなかったが、あっさりとルフィが口にして、みんなに知れ渡ってしまった。ロビンは自分の苦労は一体何だったのだろうと内心苦笑した。が、結果、これで良かったのだ。
ナミはロビンの笑みを見て、ちょっと呆れた顔をする。

「いつまで笑ってるのよ。ロビン!!」
「だって、かわいいじゃない、サンジくん。」
「そりゃあ、なんだかんだいって私、サンジくんの事、好きよ。でもなんか・・・サンジくんにはそのつもりはなくてもゾロと比較されてるような気になって・・・・なんだか腹立たしい!」
「相手がどんな美人でも・・・ナミでもそこは勝てないわね。」
「まぁね〜。もうっ・・・。」

ゾロの分のシュークリームは一見してわからないが、ゾロ用に味を加味しているだろう。別に差別でも何でもないが、それでもゾロが特別なのがなんとなくわかった。
頬杖をついてナミもロビンと一緒にサンジの背中を見ながら二人して、改めておやつに手を伸ばした。




「ほれ。おやつ・・・。」
「おう・・・。悪ぃな。」

片手が塞がっているのにも関わらず難なく展望室にまで上がってきたサンジにゾロは素直に礼を言った。
ちょうど鍛錬の区切りがついたところだろう。肩に掛けていたタオルで汗を拭っていた。
「見張りはどうした」の突っ込みも「気配がないから大丈夫だろ。」と適当にかわし、ベンチに腰掛ける。確かに、望遠鏡で見張っているよりも気配を感じることで敵を察知することが多いゾロなので、サンジも敢えてそれ以上は突っ込まなかった。
ゾロが腰かけた横にトレーを置く。
ザルどころか枠レベルの酒量を誇るゾロだが意外にも甘いものも好きだ。サンジの作るお菓子類は、甘さも上手く控えていることも軽く手を伸ばしてしまう要素の一つではあるが。しかも、誰にも言ってはないが酒好きのゾロ仕様だ。
美味そうにシュークリームにぱくつくゾロをチラリと眺め、サンジは窓枠に頬杖をついて外を眺めた。
出港日和とはこのことか、雲一つない快晴だ。
外海に出てからは日差しがさらに強くなった気がする。

「なぁ・・・ゾロ。」
「ん?」

クリームを口いっぱいに詰め込んだまま、返事をする。

「あのよ・・・・今朝、出港する前によ・・・チョッパーの診察受けたんだわ、俺。」
「・・・・んん?」

てっきりおやつの感想でも聞かれるのかと思ったら、まったくの方向違いの話に、ゾロは顔を向けた。サンジは外を見つめたままだ。

「でよ・・・その・・・・。」

モゴモゴと口ごもるサンジ。じっとゾロが見つめていると、それだけでなく徐々に顔が赤くなっていっているような気もする。
なんだかサンジの言いたいことが予想できて、ゾロの方まで顔が赤くなってくる。気づけば、シュークリームを口に運んでいた手も止まっていた。
お互いに思春期のような初心な顔を見せてしまうのは、好きな相手に対してだからだろうか。

「本来ならよ・・・・その・・・・まだ普通なら傷も癒えてないだろうけど・・・・その・・・・なんというか・・・・・俺、結構、体丈夫でよ。」
「・・・ぉ・・・おぉ。」
「もう・・・・治ったみたいなんだよ・・・。」
「ぉう。」

チラリとゾロの方に視線を向けたサンジとゾロは目が合ってしまった。途端、お互いに顔の赤らみが増す。

「だからよ!!チョッパーからお許しが出たんだよ!!・・・・してもいいって!!」

何を、とまでは言わなかったが、それが何を指しているかゾロにはわかった。なんせ・・・。

「てめぇ!!チョッパーに聞いただろっっ!!っていうか、脅しただろ。いつやっていいか?って!!」
「あ〜・・・あぁ。」

自分の言動に記憶があるのか、明後日の方向を見てボリボリと頭を掻く。が、それで誤魔化されるサンジではない。
自分が言ったことで余計なことまで思い出したのか。あっという間にサンジは頂点に達した。思わずゾロの首を締めあげる。

「ぐえっ!!」
「くそっ!!チョッパーにあそこ診察された、しかも『サンジは本当に体丈夫なんだね。表の傷だけでなくて内面の方も治りが早くてびっくりしたよ!』なんて言われた日には・・・くぅ〜〜っっ!!」

最後は涙声になっていたのは、気の所為じゃないだろう。
どうフォローしてよいのか、首を締めながら未だカップとシュークリームを手にしていたゾロは傍から見れば間抜け以外の何物でもないだろう。この空間に他に人がいないのが幸いだ。
まぁ、あいつは医者だからいいじゃねぇか。という言葉はとりあえず飲みこんだ。いろいろな意味でしゃべれない。
正直に言えば、ゾロとしては恥ずかしい思いをしたサンジには申し訳ないが、解禁になったならば、嬉しいことには違いないのだ。


あの時のことを思い出すと、今でもサンジには申し訳ない気持ちが真っ先にくる。
だから今度、サンジに触れることが出来た時、口べたで上手く言えないかもしれないが、改めて己の気持ちをきちんと伝えて。そして、一からやりなおしたいと思ったのだ。
それは一日でも早い方がいい。日にちが経てば経つほどに、自分としては言いにくくなってしまうような気がしたのだ。
それに、実際サンジがベッドから出られるようになってから、船の仲間には二人の関係がばれてしまったが、実際には、島に降りる前とまったく行動は変わっていない。どころか、あの時も船に戻ってからも雰囲気で盛り上がって口から出た言葉はあるが、なんとなく流されてしまった感があるようで、改めてベッドから出た時、却ってよそよそしくなってしまった感じがする。それを隠すようにして普段と変わりなく接しているつもりはあるが。まわりはといえば、わかっていないのか、割とチャカされることの方が多い。
しかし、本音でいえばもちろんゾロからすれば、この先一生、隣にいるのはサンジしかいないと思っている。
お互いの夢を一緒に叶え、見届けたいと思っている。ルフィが海賊王になる時、二人して彼の傍で彼を支えていたいと思っている。
お互い死と隣り合わせの人生だから、もしどちらかが先に死を迎える時、後悔のないよう。できれば、その瞬間は傍にいたいと思う。いや、死してなおずっと・・・。などとらしくなく思っているのだ。
それを口にすることは、彼がチョッパーの前で恥ずかしい思いをしたことよりも恥ずかしいと(嫌とはではなく、単に照れからくる恥ずかしさのあのだが)ゾロは思っているが、それでも誓いの意味で彼に伝えたいとは思っている。
そして、言葉だけでなく、行動でも彼を愛したいと思っているのだ。

サンジはそんなことまでは想像していないのだろう。単に行為のことだけを思い浮かべているのだろう。もちろん、することはするのだが。
それでも、行為自体も人と人として触れあうのは初めてになるだろう。
いろんな意味で初めて・・・・ということになるのだろう。
そう思ったら、なんかゾロの方が照れてしまいそうになる。
何も知らず1人カッカしているサンジに、ゾロは内心溜息を吐いた。と、同時に彼に見えない笑みも浮かんでしまった。首を締めていた手はすでに外されている。

こうなったらとことん恥ずかしい思いをしてやる。

ゾロが愛の言葉を囁いたらきっともっともっと真っ赤な顔になるだろう。
せっかくだ。それは夜の楽しみに取っておきたいと開き直って、ゾロは思い至った。

そう思ったらいろいろとやらねばならないことを片付けよう。そして、二人過ごす時間までサンジの照れる顔を想像して笑っていよう。

「ん?どうした、ゾロ?」

ぼ〜っとしていたと思ったら、何を思ったのか、突然、ガツガツと残りのシュークリームを食べ、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み。
ゾロは、すくっと立ち上がった。

「いや、鍛錬の今日の分のノルマ。まだ残ってるからな。さっさとやっちまおうかと・・・。」
「・・・・あぁ。」

急変したゾロの様子にどう返していいのかわからない返事をして、サンジも「じゃあ俺も夕飯の仕込みでもしようかな。」と立ち上がった。さっきまで声を荒げていたのにゾロの反応がいまいちだったので、気が萎んでしまったのだろう。
空になったカップを受け取ると、さっさとトレーを持って梯子を降りようと背を向けた。
それに、ゾロは慌てて、でもそんなそぶりを見せないように声を掛けた。

「今夜、ここで待ってる。仕事が終わったら、ここに来い。」

ゾロの声に振り返ったものの、命令口調に眉をピクリと動かした。
が、サンジの導線はそこではなかったようだ。

「な・・・・なんだ!てめぇ。チョッパーのお許しが出たら・・・さ・・・さっそくか!?見た目は・・・ひ・・・人に戻っても獣か!?」

トレイを訳も分からず振り回してあわあわするサンジにゾロは苦笑する。

「まぁ・・・いいから来い。」

ニヤリと笑いながら再度通達するゾロにサンジは後ろ向きに落ちる勢いで梯子を降りて行った。
なんというか・・・・あの時と全然違って可愛い反応だ。
今夜が楽しみだ。

夜のサンジとの時間を思い浮かべて、くっくっと笑うと改めてゾロはダンベルを手にした。

あの時の出来ごとは、愛情がなかわったわけではないが。
それでも。
今夜、人として二人の仲を始めよう。愛を語ろう。


END



12.12.03




            




     
     長らくお付き合いくださり、ありがとうございました。<87778>の方に捧げます。ただ、予想外の方向に進んでしまいましたので、本当にごめんなさい。(土下座)本当にありがとうございました。