朝焼けを共に(後篇)
カンカンカン 「朝だぞ〜〜〜!メシだぁ!!」 ラウンジ入口でサンジは、フライ返しでフライパンを叩き、、皆に朝食を知らせた。 ロビンは、もうすでに部屋の中にいて、頬杖をついてコーヒーの香りを嗅いでいた。ナミは、階段を上がろうとしていたところだった。 男どもはまだ誰も姿を見せていない。 パタン 「ぉお・・・・。朝か・・・。」 ウソップがチョッパーを伴って、男部屋の扉から顔を覗かせた。 チョッパーは大きな口を開けて欠伸をしている。二人とも、まだ瞼が半分しか開いていない。 「おい、レディ達を待たせるんじゃねぇ。さっさと顔洗って来い!」 サンジは本気ではない睨みを効かせて、二人に声を掛けた。 「わかった・・・。ってそういえば・・・・、ルフィの姿が見えないが、先にそっちに行ってんのか?早いなぁ〜。」 ウソップが珍しそうに背伸びをしながらサンジに聞いた。いつもなら、合図と共に「メシ〜〜〜!!」と飛び起きて騒がしいのだが、その賑やかさが感じられない。かといって、ハンモックにいないのは確認済みで寝過したわけではないのもわかった。 席に着いて静かにみんなが揃うのを待っているのだろうか。珍しいこともあるもんだ。とウソップは顔をパンパンと叩いてから甲板を歩き出した。 「あ〜〜〜〜。いやぁ・・・・ルフィは、まだ起きちゃいねぇんじゃねぇか?」 サンジは階段を降りながら困ったように見張り台を見上げた。 「?男部屋にはいなかったぞ?」 チョッパーも目を擦りながら、ウソップの後を歩いている。 「あぁ・・・・。ルフィはあそこだよ。」 サンジは頭を掻いて顎で上を示した。それに気付いた二人は不思議な顔を見せた。 「あれ?夕べの見張りってゾロじゃなかったっけ?」 「ルフィと交代したのか?って言っても、ゾロも部屋にはいなかったし・・・。」 二人して顔を見合わせ首を捻ると、ドンと大きな振動が甲板に響いた。 びっくりしてみんなして音のする方に視線を動かすと、ルフィがそこに立っていた。 「あれ?ルフィ?」 チョッパーは漸く目が覚めたとばかりに目を見開いていた。 「サンジ!朝飯だろ?腹減った〜〜〜〜〜〜!!」 見張り台から元気よく飛び降りた割には、力なく腹を擦っている目の前の男にサンジは笑った。が、なんだか上手く笑えなかった。 ルフィの後ろには、いつの間に降りたのか、それとも一緒に飛び降りたのか、ゾロも立っていた。 「なんだ?夕べは二人だったのか。」 ウソップが何気なく呟いた。知らなかった、と笑っている。 やはり、二人で一晩一緒に過ごしたのだ。 そんなことは、一緒に旅をするようになって初めてではない。治安の悪い島に着いた時とか、襲撃に遇った夜など、二人で見張りをすることもある。 サンジだって、誰とはなくとも二人一組で過ごすこともあった。 当たり前のことなのだ。 だけど。 だけど、この胸の内のモヤモヤが消えない。 このモヤモヤの正体はわかっているのに。 しかし、だからと言って今更、サンジの気持ちをゾロに告げるわけにはいかない。サンジはゾロの気持ちに応えなかったのだ。 だからゾロは、サンジのことは忘れてルフィと新しい関係を作ったのだ。 夕べはきっと、この先ずっと一緒に生きていくことを決めたのだ。元々、固い絆があった二人だ。それに、海賊王と大剣豪、まさに、という感じじゃないか。 今更、二人の仲をとやかく言う資格はない。ましてや、昔のトラウマを克服したわけでもない。 その為に夕べは、一人ラウンジで涙を流したのだ。 「どうしたのぉ!折角のコーヒーが冷めちゃうわよぉ。」 部屋の中からナミの声が届いてきた。待ちきれないという風に声がちょっと荒い。 サンジはハッとして顔を上げた。 「おう、すぐ行く。」 いつの間にかウソップとチョッパーも既に顔を洗ったらしく、ラウンジに向かって声を掛けながら階段を上がっているところだった。 「今日の朝飯はなんだろうな。」「おれ、クロワッサンだといいなぁ〜。」と楽しそうだ。 目の前にいるのはルフィとゾロ。この二人は、まだ動いていなかった。まるでサンジの心の内を知っているかのように。 二人並んで、サンジを見つめている。 「どうした、サンジ。目が真っ赤だぞ?」 ルフィが屈託のない笑顔で聞いた。いつもなら、ウソップ達を抜かして真っ先にラウンジへと走るのに、目の前の船長はゾロと並んでサンジを見つめる。 「あ・・・・いや。夕べ、新しいレシピを考えてたら寝そびれちまって・・・・寝てねぇんだ。お前らも仮眠取るんだろ。邪魔にならない所で寝るからよ・・・、俺も朝食が済んだら寝させてもらうわ。」 自分で軽く返事ができたかどうか自信がなかったが、サンジは、そう言うと手をひらひら振って「ほら、ナミさんがお待ちかねだ。さっさとメシにしようぜ。」と踵を返した。 「サンジ・・・。本当にレシピ考えて寝れなかったのか?」 歩き出したサンジをルフィの言葉が引き止めた。ゾロは今だ何も言わない。黙ったままだ。 「・・・あぁ、そうだよ。だから、もういいだろ?さっさとメシにするぞ。」 振り返らずにサンジは階段を上がりだした。 「サンジ・・・。朝飯の時にみんなに話があるが、時間もらっていいか?」 「・・・・・。大事な話か?」 「あぁ。なぁ、ゾロ。」 ルフィがゾロに声を掛ける。今だサンジは振り返らなかったが、ゾロが頷いたのが気配でわかった。 「わかった・・・。あんま話長くなるとメシが冷めちまう。手短に頼む。」 「あぁ。」 会話が終わるとサンジはまた足を進めた。ルフィ達もそれに続いてラウンジに入った。 3人が静かにラウンジに入ってくるのに、ナミ達は多少驚いた顔を見せたが、ゾロが最後に席に座ると、ウソップが「いただきます!」と湯気の無くなりつつある目玉焼きに手を伸ばそうとした。だが、いつもならウソップより先に料理に手を出すはずのルフィがその前に顔を上げた。 「食べる前に話があるけど、いいか?」 下手をすればいつもならすでにおかわりをしている男が旨そうな料理を目の前にしても手を出さず、真剣な表情でみんなを見つめたことに、誰もが驚きを隠せない。 「食事を取る前に話だなんて、よっぽど大事なことなのね・・・・。何?ルフィ・・・。」 ナミがカップを手にしたまま、ルフィを見つめた。 ルフィは一通り皆の顔を見てから、真剣ながらも明るく手を上げて口を開いた。 「俺よぉ・・・・今度、ゾロとなんだっけ・・・・鯉・・・・そう、恋人って奴になるから!」 「「「はぁ?」」」 ウソップが手にしたフォークをガチャンと皿の上に落とした。 ナミは持っていたカップが傾き、コーヒーがダーーーーッッとテーブルに零れる。 チョッパーは、顎を外したまま固まってしまった。 冷静に見えるロビンでさえ口に手を当てて、彼女なりに驚いているようだ。 その中で、ゾロは腕組みをしたまま目を瞑っている。 サンジは、キッチンに凭れて火のついていない煙草を噛み潰した。なんとなくそれらしいことかとは思ったが、本当にルフィが”そのこと”を口にするとは思わなかった。 いや、ルフィだからこそあっけらかんとみんなに言えるのか。 何にしても・・・・。 「そ・・・・・そう・・・・。それは良かったわね?・・・・でも、お願いだから、・・・・・みんなの前でいちゃいちゃしない・・・・・でね!」 一番最初に我に返ったナミが、傍にあった布巾でテーブルをふきながら震える声で答えた。あまりの衝撃をそれでも動揺を見せないように努力しているのはわかった。 隣に座るウソップがやはり驚きに声も出せず、でもナミに同意だと、首を縦に大きくブンブン振る。 「いちゃいちゃ・・・?こういうことか?」 首を捻りながら、ルフィは隣りのゾロに抱きついた。 笑顔は皆の方を見ながらも、身体はギュッとゾロにひっつく。 サンジは零れたナミのコーヒーを再度渡そうと流しの方を向いたので目に入らなかったが、誰かが「ヒッ」と声にならない悲鳴を上げた。 見たくねぇ。・・・いや、すでに夕べ二人が仲良く過ごしている姿を目にしている。あの時は、ゾロにルフィが凭れて楽しく過ごしていた。 脳裏に過った夕べの光景に思わずガチャンと薬缶を落とす。 「アチッッ。」 沸騰したお湯が跳ねて、左手に掛かる。 「ほらぁ!サンジくんもビックリしてお湯溢しちゃったじゃない。そういうことは、誰もいないところでしてちょうだい!!」 「あぁ、大丈夫だよ、ナミさん。火傷するほど溢していないから。」 二人の行動に驚いてサンジがお湯を溢したと思ったナミが、ルフィに釘を刺した。 サンジは苦笑して、ナミへのコーヒーを持って向き直った。 「チェッ・・・。もっとみんな喜んでくれると思ったのによ・・・・。」 口を尖らせて拗ねる船長を、ゾロは何も言わずポンポンと頭と撫でる。 「なぁ、サンジ?サンジは喜んでくれるだろう?俺達のこと!」 「え!?」 突然、話を振られてサンジは再度ナミに渡そうと手にしていたコーヒーを持ったまま、固まってしまった。 「だってよ。サンジ、ゾロのことフッたんだろ?でも、落ち込んだゾロのことが気になって仕方ねぇんだろう?よくゾロの方見てる。」 「ルフィ!何言い出すんだっ!!」 ゾロもルフィの話の展開が予想外だったのだろう。ガタリと立ち上がり、ルフィの腕を取った。誰もが驚いて固まっている。サンジもまた、驚きの所為で、折角入れ直したコーヒーカップを今度は床に落としてしまった。 「サンジ・・・本当はゾロのこと、好きだろう?俺に取られたくないだろう?」 「ルフィ・・・何言いだす・・・・っっ。」 話が違う方向にズレ出した。 「誰だって言いたくないことや、知られたくないことがあるかもしんねぇけど、人を好きんなる感情は、これは仲間に隠さなきゃいけないことじゃねぇ。堂々とみんなの前で告白すりゃいいんだ!だってゾロだってサンジだってお互いのこと、好きだろう?何も恥ずかしいことでも、悪いことでもねぇ!」 「ルフィ・・・・。」 「なのに、サンジはそれに向き合おうとしねぇ。何が原因かわかんねえし、誰にも言えないことが理由なら聞かねぇ。でも、逃げんな!」 床にコーヒーが広がっていくのに、さっさと拭かないと床に染みができるのに、動くことさえできない。サンジは目を見開いて固まったままだ。 そして誰もが、ルフィとサンジ、ゾロを交互に見やるしかできなかった。 「サンジがそんなんだから、俺がゾロと付き合う。文句ねぇな!!」 最初は楽しげにみんなに笑顔を向けていた顔も、今は、真剣な瞳でサンジを見つめている。 サンジは唇を噛みしめることしかできなかった。 話の前後はまったくわからないが、誰もがこの3人に何かがあったことを察したらしく、口を挟まなかった。料理が冷めるのも構わず、サンジの口が開くのを待った。 「剣士さん。先に貴方から言いなさい。」 しかし、いつまで経ってもサンジの口が開かれることがなかったことに痺れを切らして、口を開いたのは、ロビンだった。 「話から想像するに事の発端は剣士さんの行動が切欠らしいから。コックさんが言いにくいのなら、まずは剣士さんから今、この場で自分の本心を言ったらどうかしら?今更、この仲間に隠せることじゃないわ。」 「・・・・っっ。」 みんなの視線が一斉にゾロに向かった。 ピキピキと音を立てそうなほど額に血管が浮き上がっているが、それは怒りからではないことは、彼の纏う空気でわかった。 「俺は・・・・。」 サンジもゾロを見つめた。 一旦、深呼吸するとゾロは口を開いた。 「俺は、コックに惚れている。さっきルフィと付き合うって話があったが・・・・確かにルフィは船長として尊敬もしているし、ずっとルフィについていくって決めている。だらかルフィと恋人ってことになっても構わねぇと思った。でも、やっぱ、コックが好きなのはどうしようもねぇ。ルフィもそれは承知だ。」 男らしくみんなの前での告白に覚悟を決めたのか。はっきりとみんなに聞こえるように、真っ直ぐサンジに向かって、改めて自分の気持ちを伝えた。 ルフィもそんなゾロに満足したのか、うんうんと頷きながら笑顔でゾロを見つめた。 「でも、ルフィはゾロが好きなんだろう?だから、恋人宣言を・・・・。」 どう答えていいのかわからず、サンジはキョロキョロと視線を彷徨わせて、ルフィに助けを求める。 「だから言ったろ?サンジ!サンジがゾロに応えないんなら俺がゾロと付き合う。俺、ゾロもサンジも好きだかんな!ゾロとサンジがくっつくってんなら俺はそれでいい。ゾロもサンジも幸せになるのが一番だ!」 「なんだ?そりゃ・・・。」 ピシャリと突っ込んだのはウソップか。 「コックさんはどうなの?本当は剣士さんのこと、どう思っているのかしら?」 年の功か、ロビンが冷静に話を進める。 ゾロからすれば一旦は断られた気持ちだ。同じことを二度も聞かされるのは辛い。だが、この前とはなんだか違うような気がした。 ルフィの言う通り、あの告白の後、やたらとサンジの視線を感じたのは確かなのだ。最初はその視線の原因は、ゾロの気持ちを受け入れられないことからくる罪悪感からかと思った。それがサンジの行動の原因ならば、やはりゾロには辛いものだが、先ほどルフィが言ったことが確かならゾロの気持ちを受け入れてくれるのではないか。 そんな気がした。 無論、ゾロとしてはサンジへの気持ちに蓋をし、ルフィと一緒にやっていく覚悟は決めていたので、それでも構わない。ルフィのことは、まだサンジへのような思いにはなっていないが、これから育んでいけると思っていた。 ここ数日だっていつも以上のスキンシップがあったのに、嫌悪感はなかった。だからこそ、ルフィの言葉に頷いたのだ。 みんなの視線がサンジに集まっている。 「・・・・っっ。」 サンジはギュッと胸元を握った。気分が悪いわけではないはずなのに脂汗が流れてくる。 「俺は・・・・・。」 みんなの視線が痛い。 仲間に、特にナミとロビンに、女好きで通っているサンジの過去のことが知られるのが怖い。だが、そんなことで軽蔑の眼差しを向ける仲間ではないことはわかっている。 一番問題なのは、やはりサンジの心の奥に燻っているあの出来事なのだ。 目を瞑ると、昔のあの男の言葉が脳裏に過る。頭を下げて詫びたゼフの姿が瞼の裏に浮かんだ。 だが。 だが、違うのだ。 あの男はただバラティエに寄っただけなのだ。表面だけの付き合いだったのだ。 この、今一緒にいる仲間とは比べ物にならない。そんな男とゾロを一緒にしてはいけない。 ただもしこの先、ゾロと恋人という関係になったとして、その先ゾロとの関係に亀裂が生じた場合、この仲間に涙を流させることにならないだろうか。ゼフのように悲しい顔をさせてしまうのではないのか。島で暮らしているのと訳が違うのだ。常に一緒にいる仲間達なのだ。だからこそ、二人の関係が壊れた時、この仲間達に辛い思いをさせないだろうか。 そう思うと怖くなった。 自分の気持ちを素直に口にすることができなかった。 どうせ。 どうせ、夕べ涙を流したのだ。今更だ。 「俺は・・・。」 ゆっくりと口を開こうとしたその時。 「サンジ、逃げるな!」 「っっ!」 「自分の気持ちから逃げるな!!」 顔を上げるとルフィが真っ直ぐにサンジを見つめていた。それは、逃げを許さない船長の眼。 「おめぇ、今逃げようとしているだろ!」 「サンジくん・・・。」 「ナミさん。」 ルフィの言葉にナミは立ち上がり、サンジの胸元を握っていた手を取り、そっと両手で包んだ。 「サンジくん。過去に何があったか知らないけど。信じて。私たち仲間でしょ?この先、どうなろうと。結果二人が別れることになろうと、二人のうちどちらかが亡くなろうと、私たち、仲間だから一緒に涙を流してあげる。それは、嫌なことじゃないわ。だから、今の自分の気持ちに素直になって。さっき、ルフィとゾロの恋人宣言の時は嫌な顔しちゃったけど、本心は違うわよ!仲間が二人。それが誰と誰だろうとお互い好き合っていての気持ちなら祝福するわ。」 「ナミさん・・・・。」 「自分の気持ちの正直になりなさい。後悔しないように・・・。」 ナミの後からロビンの声が届いた。彼女もまた優しく微笑んでいる。 「俺ぁ・・・べ・・別に構わねぇぞ!目の前でいちゃいちゃさえしなけりゃあ、・・・・・サンジが幸せなら・・・それが一番だ!」 ウソップが声を震わせ、汗をダラダラ流しながら上を向いて話しかけた。 「俺もだぞ!!サンジが幸せなのが一番だ!!」 チョッパーもサンジに向かって笑顔で叫んだ。 「無理しやがって・・・。」 ゾロが苦笑する。 その顔をまた真剣な表情に戻し、改めてサンジに向き直る。 「コック・・・・いや、サンジ。」 「てめぇの本心が知りてぇ。それがどんな答えでも俺は構わねぇ。てめぇの本当の気持ちを正直に言ってくれ。」 「ゾロ・・・・・。」 仲間達の気持ちが嬉しい。心が暖かくなる。 そうだよな。 一歩ずつでも進まなければ、こんなに優しくしてくれる仲間達に申し訳ない。 サンジは、キッと気持ちを引き締めると真剣な表情で口を開いた。 「俺はルフィの言う通りに。・・・・・昔・・・・・・、バラティエに来たある男に騙されて売られようとした。」 突然の話に誰もが驚きを見せるが、誰もサンジの言葉に口を挟まなかった。 ただ唯一、ゾロがゴクリと唾を飲み込む。 「まだ若かったからか・・・人を見る目がなかったからか・・・・そいつは、俺の事が好きだと言ってくれて・・・・俺もその男に好意を寄せて・・・・恋人って奴になったんだ。その男と一緒にいる時はとても楽しくて幸せだった・・・その時は。」 サンジの表情からほんの少しだが、温かい笑みが零れた。本当にその時は幸せだったのだろう。 だが、その顔がすぐに苦しげに変わる。 「だが、そいつは人身売買を生業にしているヤツだったんだ。たまたまバラティエに流れ着いたんだが、その時、まだ何も知らない子どもの俺に目をつけたらしく、俺を好きだと騙してバラティエから連れ出そうとした。たまたま、バラティエに食事に来た海軍将校が指名手配の彼を見つけて事なきを得たんだが・・・・。」 意外なサンジの過去の告白に誰もが、目を見開く。 赫足のゼフとの過去とは別に、未遂とはいえそんなことがあったとは考えたことがなかった。 確かに今でこそ、サンジの柄の悪さと女性への態度でもって気付かないことが多いが、見た目はいい部類に入る。少年時代はきっと、数多いくの変わった嗜好の連中の目に留まることは容易に想像できた。 その件が、未遂で終わったことは幸いだったといえよう。でなければ、サンジは今、ここにはいなかったのかもしれない。 「だから、か弱い女性ならともかく、力のある男が好意を寄せてくれることには特に嫌悪感を感じちまう。過去のことが頭に蘇るんだ。」 「俺はそんな…」 「わかってる!」 ゾロが言おうとした言葉をサンジは睨みつけて止めた。 「ゾロがそんな奴とは関係ないことはわかってる。それが過去のことだってこともわかってる。でも、どうしても思い出しちまうんだ・・・。」 言い終わるとサンジはギュッと胸元を握りしめた。 「サンジ。」 「ゾロ・・・。」 ゾロがいつになく、サンジの名前を呼ぶ。思わずサンジはゾロを見つめた。 「俺のことは好きか嫌いか?それだけでいい、答えてくれ。」 「・・・・。」 「お前が抱える暗い過去があるのはわかった。だが、お前が俺のことを好いてくれるなら一緒に乗り越えてぇ。それじゃダメか?」 「ゾロ・・・。」 「もし、お前の本心が俺を嫌いだと言っても仲間としてはやっていきてぇとは思っている。俺もこの気持ちは封印する。だがもし、ほんの少しでも俺への気持ちがあるのなら、お前の過去のその苦い思いを分かち合って一緒に昇華してぇ。」 グッとゾロは一歩サンジに近づいた。ビクリとサンジの身体が震えるのがわかったからか、それから先はサンジには近づかない。 と。ルフィが横から口を挟んだ。 「過去のことは過去のこととして、今の気持ちを正直に言え!サンジ!!」 「ルフィ・・・。」 一旦ルフィの方に視線を寄こして、サンジは改めて目の前に立つ男を見た。 「てめぇのことが好きじゃなけりゃあ、気になってみたりしねぇよ。俺は・・・・夕べ、ルフィと一緒に夜を過ごすてめぇを見て、悔しくて泣けちまったんだよ!!」 恥ずかしいのか、サンジは最後は顔を真っ赤にしてそっぽを向きながら叫んだ。 途端、ゾロの顔がいつになく凶暴な笑みを見せた。これでも本人は、喜んでいるんだろう気持ちをあからさまに回りに見せないように頑張った結果の表情だろう、と後ろで見ていたナミは思った。 「だったら問題ねぇ!!じゃあ、今日からゾロとサンジは恋人同士だ!!」 ルフィが今朝一番の明るい声を出した。 「めでてぇ!!今夜は宴だぁぁぁ!!」 「おいおい・・・・。」 ルフィの宴会宣言にウソップが肩を落としている。 が、兎も角これで全てが丸く収まりそうだ。 「お互いの気持ちもわかったし!それじゃあ、遅い朝食にしましょうか!!」 ナミも明るく笑い、席に着いた。 「サンジくん!コーヒー、新しいの頂戴!!」 「は・・・・はいっっ!!」 ぼうっとしていたサンジは、ナミの声で漸く我に返った。 恥ずかしさで顔が真っ赤だが、もうみんなは通常に戻ったようだ。必死に平静を装って改めてコンロに向かった。 ゾロもまた、嬉しさを隠しきれない表情を無理に隠そうとして顔が引きつっているのが、遠目にわかった。 これで・・・・良かったんだよな、きっと。 少しずつだがなんだか心の底が温かくなってきた気がしながら、サンジはコーヒーを入れ直した。 結局その日は宴になるのをなんとか阻止して、穏やかな一日になった。 サンジは星が満天に輝く空を見つめながら見張り台で煙草を吹かす。 本来なら誰にも話したことのない過去の話まで口にするのは、かなり勇気がいった。 しかし、この仲間だからこそ、話すことが出来たんだと思う。ゾロへの気持ちも伝えることができたんだと思う。 ゾロとの新しい関係もだが、こうしてその新しい絆を回りから祝福してくれる仲間がいるからこそ、出来た関係でもある、とサンジは思った。 そんな仲間がいることがなによりも幸せだろう。 ルフィには、申し訳ないと思ったが、それがルフィには伝わったのだろ。 ニシシと笑いながら、「二人が幸せなのが一番だ!」と告白劇の時と同じことを口にしてくれた。それは彼の本心なのだろう。 「やっぱ、ナミさんの言う通り、今日は冷え込みがキツイなぁ〜。」 冬島の気候ではないが、夜はかなり冷えるとのナミの助言により、厚手の毛布を用意して良かったとサンジは、軽く笑った。 身体の芯から温まるように、度数の高い酒も手にしている。 自分の時は、夜食まで用意することはないが、これで身体が温まるだろう。 ポンと封を切ると、酒瓶を傾ける。と、それが途中で消えた。 「ん?」 アルコールが喉に届く前に、手にしていた酒瓶の姿が無くなった。「あれ?」と首を傾げると暗闇の中に緑の頭が目に入った。真っ暗の中だから緑には見えなかったが。 その緑頭は、横から掻っ攫った酒をゴクリと飲んでいた。 「ゾロ?」 サンジが多少の不満を持って名前を呼ぶ。 「お!こんな酒あったのか?美味いな、これ。」 唇に零れた酒をペロリと舐め。ゾロもまた、知らない酒があったことに多少の不満を表情に見せた。だが、本当に怒っているわけではないようだ。 「とっておきのだからな・・・。まだあと2〜3本はある。別にやらないつもりはねぇよ。てめぇの分としても残してある。」 「ならいい。」 軽く笑って、「よいしょ。」と手摺を乗り越えてサンジの横に座った。 「どうした、てめぇの見張りは昨日だったじゃねぇか。今日はゆっくりと休め。いざ、という時、困るぞ。」 サンジは多少の恥ずかしさを隠すようにそっぽを向きながら声を掛けた。 今日の今日で、まさか、ここに来るとは思っていなかった。 「昨日は、ルフィとここで過ごしたが、本当はてめぇとゆっくりと過ごしたかった。」 真顔でゾロはサンジを見つめる。 今朝の続きか!とサンジは思わず俯いてしまった。 「今朝、話をしたあと、昼間はゆっくりと向き合う余裕がなかったからな・・・。」 「別に敵襲もなかったし、時間はあったはずだが・・・・。」 「それを言やぁ、てめぇもじゃねぇか。てめぇだって、今日一日、俺の傍に来なかったじゃないか。」 結局、今朝の告白劇の後は、普段と変わらぬ日常を過ごしたのだ。まるで、今朝の出来ごとが嘘のように。 それは、サンジを安堵もさせ、不安にもさせた。 サンジとしては、朝の続きできちんとゾロと話をしたかったのだが、みんながいる手前、なんとなく恥ずかしかったのだ。みんなが知っているからこその照れもあったのだと思う。 それがゾロに伝わったのか、それともゾロもサンジと同様、照れや不安があったのかはわからない。 だが、こうして今、サンジの傍に来てくれた。 「来てくれて・・・サンキュ・・・。でも、マジ、昨日今日連続になっちまう。寝ろよ。」 「なに、二日ぐれぇ、問題ねぇ。」 ゾロは足元にあった毛布を手繰り寄せた。 二人して、一つの毛布に包まった。 「寒いか?」 サンジがなんとなく聞いたら、やはり「それはてめぇだろ。」と笑われた。 「俺はてめぇとゆっくりと話をしてぇ。今までのこと、そしてこれからのこと。」 ゾロの言葉に、サンジの脳裏に昨日のルフィとゾロが二人して過ごした光景が蘇った。 サンジの表情に、ゾロが「ん?」と顔を向ける。 「なんだ?昨日のこと、焼きもちでも妬いてくれんのか?」 ニヤリと笑う顔に思わずサンジは脛を蹴った。 テッ!! 「ば〜〜か!・・・・って言いたいところだが、その通りだよっ!俺は、夕べのルフィとてめぇがすごく羨ましかった。一緒に朝を迎える二人が憎らしかった。俺の入れない世界だと思った。」 「コック・・・。」 サンジは星空しかない前を向いてゾロに告げる。 ゾロはコツンとサンジの頭を叩いた。だが、それは痛みがまったく伴わない。それどころか、愛情たっぷりと言わんばかりの拳だった。 「俺もよ、今朝、朝焼け見ながら思ったんだ。これが、隣にいるのがてめぇだったらどんなにいいだろうか・・・てな。」 「ゾロ・・・・。」 「ルフィは俺の気持ちを知ってて俺と付き合おうって言ってくれた。その気持ちが嬉しくてルフィとこれからやっていこうって思ったんだ。夕べは、ルフィともそういう話をしていたんだ。そして今朝のようにみんなに伝えたいっていうから、承諾もした。こういう結果になるとは思わなかったが・・・。」 「・・・・・。」 「ルフィには感謝している。もう一度言う。これからずっと一緒に生きていきてぇ。俺はてめぇに惚れてるんだ。今朝話していた、てめぇの過去の話。もう一度、きちんと話してくれないか?言いにくいかもしれないが、てめぇの過去に俺も向きあいてぇ。そして、一緒に乗り越えてぇ。」 「ゾロ、いいのか?気分のいい話じゃねぇぞ。」 「構わん。そして、朝焼けを迎える頃には、お前も俺ももっと深い絆で結ばれると信じてる。」 「・・・・。」 「一緒に朝焼け、見よう。」 「・・・・あぁ。」 サンジはゾロの肩に頭を凭せ掛けて、改めて口を開いた。 きっと話が終わる頃には、綺麗な朝日が水平線に現れる頃だろう。 「あら?ルフィ。寝ないの?」 いつもは船首に座っているルフィが今夜は、ラウンジから降りる階段に座り込んでいた。 「あぁ。もう寝る。でも、ちょっとだけ夜風に当りたくてな・・。」 「ふ〜ん。らしくないわね。」 「そうかぁ?」 ニシシと笑う男の横にナミも座り込んだ。 そして見張り台を見上げた。 「そっか、サンジくんが今日の見張りだったわね。コーヒーを貰おうと思ったけど、もう無理っぽいわね。」 「そりゃあ、そうだろ。今、サンジは一人じゃねぇし。」 二人して見上げた空から、言葉まではわからないが細々と話し声が風に乗って降ってきた。 「早速、二人の時間を満喫しているようね。」 「いいことじゃねぇか?」 「ね・・・ルフィ。」 「ん?」 ナミは見上げていた視線を下げて、ルフィを見つめた。ギュっと膝を抱え込む。 「本当に良かったの?ゾロとのこと。」 「あぁ、俺、わかってたもんよ、ゾロの気持ちもサンジも気持ちも。二人を見りゃわかったけど・・・・でも、二人ともきちんと気持ちを上手く伝えられてなかったからな。ハッパを掛けてやっただけだ。もちろん、ゾロのこともサンジのことも好きだ。だから、二人が幸せなのが一番なんだ。」 一見、恋愛感情がわかってないんじゃないか、とナミは船長を見つめたが、どうやらそういうことじゃないらしい。恋愛感情もわかってこその行動なのだろう。どこからどこまでが彼の恋愛感情なのかまではわからないが。 と、ナミは突如、ルフィの腕に自分の腕を絡めた。 「ね?ルフィ。じゃあ私と恋人にならない?」 ナミが茶目っ気たっぷりにルフィを見上げた。 「お!いいぞ。俺、ナミのことも好きだ!」 あっけらかんと答える船長にナミは苦笑した。 やっぱ、本当にわかってんのかしら・・・? それでもいいか。とナミは内心笑う。 ナミにとってはこれがルフィとの新しい関係の第一歩としよう。 ゾロとサンジの不器用な第一歩みたいに。 どちらがより恋人らしい恋人になるか。競争してもいいかも、ナミは思った。 END |
10.04.12
何故か、最後はルナミで・・・・。