薔薇の園の誘惑1
いつ何時何が起こるかわからないグランドラインにしては落ち着いた日々が続いていた。 この日も陽射しは温かく、長閑な午後を過していた。 誰もが欠伸を噛み殺し、その様子にサンジが苦笑しながらコーヒーをサーブしていた。 「ありがとう、サンジくん。」 「いいえ〜。ナミさんの為にたっぷりの愛情を込めて煎れました〜〜〜。」 コーヒーを笑顔で受け取るナミに相変わらずサンジがメロリンする。横目でやはり笑いながらも、同じくコーヒーを受け取ったロビンが凭れていた椅子から僅かに体を浮かせた。 「どうしたの?ロビンちゃん・・・。」 おや、という顔をして前方を見つめる彼女に、ナミもサンジも釣られて顔を向ける。 「船が見えるわ・・・。」 「え?」 二人のいる前甲板からはまだ水平線しか確認できない。ロビンは能力を使って船を発見したのだろう。双眼鏡が必要かと思うが、その前に・・。 「ゾロ!!また寝てるの!!」 見張りを担当している人間が誰かを思い出し、ナミは思わず怒鳴り声を上げてしまう。 「ン"ぁ"?」 やはり寝ていたのだろうことを上擦った声が教えてくれる。 「ったくもう!!本当に極潰しね・・・・。」 「あのマリモは寝ることしかできねぇのか・・・。」 予想通りの状態に思わず脱力するが、それにしても、「はて?」と誰もが思った。 「それにしては、剣士さん・・・。いつもなら、寝ていても敵船を見つける前に気配で察するはずなのに。どうしたのかしら?」 「そういや、そうだ。」 「ってことは、敵意のない船ってことかしら。ロビン、ごく普通の商船か何か?」 ナミはロビンを見つめる。 サンジは念のため、ウソップ達に声を掛けようと、彼を捜す。ウソップは後方で釣りをしているようだ、騒いでいる声が風に乗って届いてきた。 急いで、ウソップやルフィのいるだろう後甲板へと足を踏み出したサンジに、ロビンは「ちょっと待って。」と声を掛けた。 そのままロビンは手を交差させ、能力を再稼動させた。 「海賊船のようだけど・・・・。」 その言葉に二人は慌てて、皆を集めるべく行動に移す。 先ほど怒鳴ったはずなのにゾロはまた寝てしまったようだし、後ろで釣りをしている連中もそのままだ。 が、やはりロビンが「待って。」と再度、二人を止めた。 「でも、様子がおかしいわ・・・。」 「「え?」」 眉間に皺を寄せる二人に、ロビンがおかしな表情で前方を見つめる。 「海賊船は海賊船なのだけれど・・・。」 「だったら急いで、皆を集めないと!急襲でもされたら・・・。」 「でも、そんな様子はないの・・・。白旗を揚げている・・・。」 どう説明したらいいのか・・・と首を捻るロビンにナミは考えこむが、そうこうしているうちに肉眼でも船影が確認できる距離に近づいた。 確かに白旗らしきものも見えた。 が、素直にそれを認めていいのだろうか。 「どういうつもりかわからないけど、海賊船なら相応の準備をしないと!!サンジくん、急いでルフィ達、呼んできて!!」 「わかった。」 ナミの指示により、後ろにいる連中の元へと急ぐ。 ナミも素早く見張台の上へと上った。 この緊急時に何を呑気に寝ているのか、いつもなら敵船を見るける前には刀に手を掛けるはずの剣士が呑気に大口をあけて鼾を掻いていた。 「腹が立つわね!!いつもの敵アンテナが利かないのかしら・・。」 役に立たないとばかりに、狭い見張台の中で大の字になっている男の上に乗っかって双眼鏡を手に敵船らしき影を捜す。 ドカッ!! 「がっ!!」 思い切り勢いをつけて乗ったのだから、よほどの鈍チンでなければ目も覚めるだろう。 「・・・・・・ででっ。何すんだ、ナミ!!」 無防備で寝ていたものだから、やはり鍛えていようが痛い。 それでも転ばない程度には遠慮して、ゾロはナミを腹の上から退かした。 「こんの極潰し!!ちゃんと見張りの意味わかってんの?」 「あ"ぁ"?」 双眼鏡を扱いながら怒っているナミに、一体何を怒っているのかわからないゾロは、寝起きはいい割りには機嫌の悪さを伝えるべく声音を落とす。腹に乗っかられたのだから当たり前といえば、当たり前なのだろうが。 しかし、ナミの方としては、ゾロが怒られて当然なのだ。 ゴンと拳を落とした。 「・・・ってぇなぁ!」 「敵船が近づいて来てるのよ!!ったくもう、きちんと見張してよ!!」 「はぁ?」 今だそれらしき気配を感じていないのだろう。ナミの言葉に怒りは収まりはしたが、不思議な顔で腕組みをした。 「そりゃあ、敵船じゃないんじゃないか?それらしい気配はしねぇぞ・・・。」 漸く立ち上がったゾロは、ナミの指摘に納得しかねつつも彼女と同じ方向に視線を流した。 「でも海賊船なのよ!油断はできないわ!!っていうか、アンタの敵発見アンテナ、壊れちゃったんじゃない!」 言われれば確かに指摘された船影は見えた。 ジロリと見上げる視線にウッとなるが、ゾロとしても、殺気どころか敵意も戦意もその船からは感じられないのだ。 どうしようもない。 とはいえ、やはり近づいて来る船が海賊船であることは、双眼鏡の中に浮かぶ船のシンボルマークから明らかに判断できた。 「どういうことだ・・・・こりゃ・・・。」 ゾロが敵の気配に気づかなかったことを証明するかのように。 どんどん近づいて来る船は、そのシンボルマークとは裏腹に、どこからでも容易に判断できるほどにしっかりと白旗を揚げていた。 海賊船でありながら、他の海賊船を見つけても戦闘も仕掛けず、白旗を揚げているということはどういういことだろう。 一旦はゾロに鉄拳を喰らわせたナミも不思議そうな顔をして前方を見つめている。 もしかして、こちらが今話題の麦わら海賊団とわかって戦闘を仕掛ける事を最初から諦めたのか。 大概の海賊船は麦わら海賊団の船長の手配書の顔にガキの戯れだと判断し、甘く見て、返り討ちに会う。そういった輩が多い中、最初から戦闘を仕掛けない敵はこれが始めてだった。 「何だ、何だ?」 声のする下方を見れば、サンジによって集められた船長をはじめ、乗組員全員そこに揃ってはいたが、誰もが敵らしき船の様子に首を傾げているようだった。 そうこうしているうちにも、白旗を揚げているその海賊船は砲弾の射程距離に入ってきた。 それでもそのまま、真っ直ぐにメリー号に近づいて来る。 誰もがその様子を呆然と見詰めていたが、それにはっと気が付いて、ナミが声を荒げた。 「と・・・・とにかく、いつでも迎え撃てるようにしておいて!罠かもしれない!!」 白旗を揚げているとはいえ、相手は海賊なのだ。 ゾロだけでなく、ルフィも相手から敵意を感じないのか、いつにも増して緊張感の欠けらもない顔をしているが、騙し打ちが得意としている卑怯な輩も数多くいる。 友好的に接していながらも、握手をした瞬間に表情を変える海賊がいるのもまた事実。 しかし、そういった連中でさえも、ほんの僅かでもそれなりの気配があるのだが。 腑に落ちないまま、それでもいつでも迎え撃てるようには準備をする。 誰もが相手の真意がわからない変な緊張に包まれて見つめていれば、その緊張を溶かすべく言葉が届いた。 「私たちはローズ海賊団。だが、貴船に敵意はない。その証拠に白旗を揚げている。私達の話を聞いて欲しい。」 届いた声はトーンの高い。 女性の声だった。 |
07.12.24.