薔薇の園の誘惑10
コックもこの島の女とよろしくやってたのかよ。 メドゥスィートの言葉に内心自嘲する。 そりゃあ、あいつも男だ。況してや女と見ると見境内ほどだ。昨日、この海賊の招待を受けた時も一番乗り気だったじゃねぇか。 それに・・・。 ゾロとサンジは、身体の関係はあったとしてもれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただのセフレと言っていい関係だ。 お互いの気持ちを口にしたことも、確認したことも一度も無い。それが、たとえ、自分の気持ちに気が付いていたとしても。 そうだ。俺の気持ちとは裏腹に・・・。 己の身体を改めて確認した。 今は食事ということで簡易なものではあるが渡された衣を纏ってはいるが、その下に隠されている体には無数の女との情交の痕が残っている。 紅くつけられたキスの痕。乾いて白くこびりついた愛液。まだ糸を引いて粘ついている砲身。 話によれば多数の女性とセックスを交わしたという。 媚薬効果のある香により身体には欲が溢れ、寄ってくる女性を順番に抱き潰した。次々にやってくる女性の方も精子を貰うという目的があるとはいえ、快感を得られるのに何のためらいがあるというのか。自ずから足を限界まで開き、ゾロが突き上げるのを喜び狂っていた。 ゾロの方も欲が溢れてかなり激しく動き、中には失神した女性もいるというぐらいだからかなりのものだ。 それが自分にその記憶がないとしても、回りに者には事実以外のなにものでもない。 人のことを攻められたもんじゃねぇな・・・。 呆然と佇むゾロの前に料理が差し出された。作り立てなのだろう、湯気が出ている。 ゾロはただ促されるまま目の前の料理に目をやる。 「さぁ、お腹すいたでしょう?食べて。貴方の船のコックさんよりもうんと美味しいわよ。」 「・・・・・・・。」 隣にいたワイルドストロベリーが椀を手にゾロに声を掛けた。彼女の言葉に眉間に皺が寄ったが、今はその自分のコックにも腹が立つ。だからなのか、素直に彼女の言葉に頷いた。 そういえば、ワイルドストロベリーは、女船長とのやりとりの間も変わらずゾロの隣の位置を維持していた。 この女はよほど自分のことが気に入ったと見える。女船長がルフィを気に入ったように。 出された料理に目をやると、どうやってゾロの好みを知ったのか、白米が出されていた。 促されるままゾロは座り、惰性のまま料理に手をつけた。ぼうっとしながら箸を持ち、ごはんに手をつける。ほかほかと柔らかく温かい米粒が目にしみるほど白く感じられた。そのまま箸を口に運び、ごはんを噛み締める。 「・・・・・。」 知っている味。知っている食感。 思わず目を見開く。 これは・・・・。 「これは・・・・・・ここで炊いたのか?」 つい聞いてしまった。まさか、とは思うが。 「えぇ・・・・。そうよ。朝にお米の食事なんてめずらしいけど・・・・・・ここの厨房で作られたものよ。夕べの宴の食事もこれも私達自慢のコックの料理よ。どう、おいしいでしょう?」 隣でワイルドストロベリーが満足気に微笑む。 その言葉に改めて出された食事に目を落とす。 白いごはん。豆腐の入った味噌汁。のりはぱりっと新鮮な状態で置かれ、出汁巻卵はほんわりとした感触が見ただけでわかる。干物の魚までついていてかなり豪華だ。まるで何処かのホテルにでも泊まったかのようにりっぱな朝食だと思われた。 『いつも朝飯はきちんと取れ!朝飯を取らねぇと身体と頭が動かねぇぞ!!』 毎朝のように叫ばれる言葉が頭を過ぎった。一瞬、朝食を作った者がサンジではないかということが頭の隅を掠めたが、しかしワイルドストロベリーのセリフにそれはあっけなく消え去った。 ・・・・・そんなわけねぇよな。 さっき言ってもんな、ヤツも女と宜しくヤってたって・・・。 軽く笑ってしまったが、食事にはきちんと手をつけようと思った。 出された食事には感謝をこめて。元々、子どもの頃から言われていたことだが、サンジが船の食事を管理するようになって、さらにそれを叩き込まれたのを思い出す。 と、これだけきちんと出された朝食にゾロはなんとなくだが、薄布一枚の格好で食べているのが躊躇われた。が、今は仕方がないだろう。改めて服を用意されていない今回は、目を瞑ることにした。 「豪勢だな・・・。」 「貴方達には沢山の女性の相手をしてもらわないといけないもの。元々体力自慢でしょうが、それなりに栄養を取ってもらわないとね?」 「・・・・・・・・・。お前は食べないのか?」 まるで恋人気取りで隣を陣取っているのは気に喰わないが、単純に気になり、聞いた。 ワイルドストロベりーは心配してくれるゾロに嬉しそうに微笑む。 「えぇ。後でいただくわ。今は貴方が食べて?そういえば・・・・・船長さんの方もひと段落着いたみたいよ。」 顎で杓った方角を見れば、ガタンと音が響いた。 彼もまた自分の目の前の状況に驚いているのだろう。そして、話を聞いたのだろう。 が、彼の場合はどうするのだろう?ゾロのように一度は湧いた怒りを抑えることができるのだろうか。いや、今は抑えるしかないのだ。 大事な仲間を人質同然として迫られたら。況してや、自分達に強要されていることは、自分達を殺そうとも傷つけようともしているわけではない。自分達に対しては、快楽を提供しているだけなのだ。この島を出てから後に起こる出来事は除いて。 「ちくしょう!!」 ドカンと破壊音が聞こえた。 壁か床かを殴ったのだろう。 ゾロは箸を手に持ったまま暫くルフィのいるという場所を眺めた。一度、破壊音が聞こえた後は、とても静かだ。彼なりにいろいろ考えているのだろうか。 ルフィもまた言葉にはしていないが、ナミに対して男としての淡い想いがある。彼の言動を見れば、それはまだ自覚のないものだと誰もが知っているが。 自覚があれば彼らの恋愛にちょっぴり手を貸すこともあるのだろうが、まだ気づいていない気持ちをはっきりと教えてやるのは違うだろう、と誰もがルフィには彼の思いを教えてやらない。彼が自分で気づくのをみんなで静かに待っている。想い想われているナミ自身もまだやはりそこまでわかっていないだろうが、彼らを見守っている誰もが決めている無言の決め事だ。 しかし。 これを切欠に、きっとルフィも己の気持ちを気づいたかもしれない。 ともかく、今は同じ部屋にいるとはいえ、別扱いになっているゾロにはルフィの表情を垣間見る事はできなかったし、わざわざ彼の所まで出向いて行くつもりも無かった。どうせ、嫌でも顔を合わせる時はあるだろう。なんせ同じ空間にいるのだ。 静かになった空間に、ゾロはとりあえず目の前の料理を食べてしまおうと、また食事の箸を再開した。 もぐもぐとただ只管口を動かした。 先ほどワイルドストロベリーがここで作られた食事と言っていたが、やはり食事を続けるにつれて、ゾロはこの味を知っている気がした。 白いごはんが少し堅めに炊かれているのは、まさにゾロの好みの硬さだ。おこげも混ざっているのは、やはり普段でもゾロだけで。出汁巻卵は島に降り立った時にだけゆるされる卵を4つも使って作られている大きさ。のりは先日、「この店のしか今は手に入らないから我慢しろ。」と言われた島の産地のものと同じ味がした。干物も同様に、先日メリー号で口にしたものと同じものだ。 本当にここで作られたものとは思えねぇな。 が、夕べきっと自分と同じように女性といただろう彼にこのような朝食が作れるはずがない。 女性にはとことん甘い彼は、きっとこのように縋りつく女性を放したりはできないだろう。 きっと今だずっと寝所を共にしているに違いない。 思い出したら腹の奥にフツフツとまた怒りが湧いてきた。理不尽な怒りだと自分でもわかっているが止められない。 どちらかといえば、自分の方が怒りをぶつけられても仕方が無い方なのに。 美味しいはずの朝食を黙々と食べ終えて「ごちそうさま」と手を合わせると、ゾロは立ち上がった。 「どうしたの?」 「気晴らしに散歩にでも行って来る。」 そう呟いて踵を変えようとしたら、ワイルドストロベリーに腕を掴まれた。 「出て行ってはダメよ!」 「何でだ?ちょっとぐれぇいいだろうが!!俺は逃げねぇ。」 思い切り手を振りきろうとして、できなかった。彼女もまた海賊で、ゾロの行動がわかったのだろう。更に強く握り締める。 「儀式が全て終了するまで、このアジトからは出られないわ。部屋の外にいる仲間との接触も禁止。貴方にはまだ相手をしてもらわないといけない女性がいっぱいいるの。彼女らの相手を全て終えるまではここからは出られないわ。」 「何だと?」 「彼女らの相手を全て終えてからなら島を自由に散策していいわ。それまではここにいて・・・。この部屋と隣の数部屋は自由に使っていい事になってるから、貴方が行動できるのはそこまで。隣にシャワールームもあるし、汗を流したかったらそこで出来るわ・・・。ゆっくり休みたかったら、まだゆっくりと身体を休めていいし、他に必要な物があれば用意する。とにかくこの空間からは出てはダメ!!」 「・・・・・・・!!」 歯をギリッと噛み締め、ルフィにいるだろう場所に目をやる。 「ルフィ・・・!」 届くはずの無い声量でゾロはルフィの名を呼んだ。 別に彼に縋るつもりはないが、同じ立場の人間として彼の同行を知りたかった。 が、特に変化はない。床でも殴ったのだろう破壊音が一度聞こえたきり、ルフィのいる側からは変わった様子は見られなかった。彼もまた今のゾロと同様に歯軋りをしながらこの状況を耐えているのだろうか・・・。 畳み掛けるようにワイルドストロベリーは言葉を続けた。 「何を・・・・今更じゃないの?もう、貴方達は夕べから私達と共に過しているのよ。今更アタフタしても意味がないわ。それにさっき説明した時に納得したから、こうして今静かに食事をしたんじゃないの?」 「・・・・ちっ!」 確かに彼女の言う通りだが、それでも昨日と今日では意味が違う。 昨日は香に予ってわけもわからず、半ば強姦的に女性と繋がったのだ。 しかし今は意識もあり、意味も状況もわかっていてセックスをするということは、同意したということになる。昨日とはまるで意味が違う。 一度は食事を取ることで落ち着いた感情が、監禁されているという状況に今また再燃する。 本当にこのままここにいてもいいのか? いくら仲間が人質として扱われようとも、俺とルフィがいればこの窮地を脱する事なんて簡単じゃねぇか。 海賊だろうと、所詮相手は女だ。力で負けることはねぇ。すんなり、ここから逃げおおせることが出来るんじゃねぇか。 脱出への算段がぐるぐると頭の中を駆け巡った。所詮、頭脳プレーは無理だから、やはり力づくでここから出るのが一番だろう。 ゾロはすっと立ち上がると驚くワイルドストロベリーを横目に素早くルフィの方へと向かった。 「ルフィ!!」 ゾロの声が届いたのか、「おう。」という返事がすぐに返ってきた。 そのまままだ複数いる女性陣を掻き分けてルフィの元へと辿り着く。 立ち止まったゾロの目の前には、やはりゾロ同様、薄布を被るのみのルフィが座り、朝食を食べていた。 が、それはいつものがっつく勢いはなく、穏やかにひと口ひと口噛み締めるように食べている。 ゾロは呑気なルフィの様子に、徐々に怒りが湧きあがってきた。 「ここから出よう、ルフィ。そしてすぐにこの島から離れるんだ!俺達がこいつらに精子を提供する義理はねぇ。こんな監禁状態はごめんだ!」 「ゾロ・・・。」 ゾロの言葉に後からゾロを追いかけてきたワイルドストロベリーも、ルフィの横に陣取っていたメドゥスィートも、また彼らを囲んでいた女海賊の面々誰もが、一瞬にして緊張の顔を見せた。 「何を、一体!貴方達には何一つ不利益はないはず。それに、ここからまだ出られないわ!!」 叫ぶ部下の一人だろう、女性をギロリと睨みつけ、ゾロは再度ルフィを誘った。 「呑気にメシを喰ってる場合じゃねぇ。さっさと行くぞ、ルフィ。」 自分こそ呑気に食事をしたという事を忘れて、ぐい、とルフィの腕を取ったゾロをルフィはもう片方の手でポンと叩いた。 「ゾロ・・・。おめぇ、メシ喰ったか?」 「あ・・・・・ぁ、喰った。てめぇ、まだ喰い終わってないからここから出ねぇって言いたいのか?」 「そうじゃねぇ。」 不審がるゾロにルフィは穏やかな顔を向けた。 「わからねぇか?このメシ、誰が作ったか・・・。」 「・・・・あぁ?」 「おめぇ・・・・・女を抱いて、サンジのメシ、もう忘れちまったのか?」 「な・・・!?」 ゾロは目を見開いてルフィを見つめた。 ルフィは戸惑いもなく、この朝食を作ったのがサンジだと言った。女船長から何か聞いたのだろうか。 しかしゾロは、ワイルドストロベリーからこの島の者が作った食事だと聞かされたのに。 「喰ったらわかるだろうが、お前なら。もう忘れちまうなんて薄情だな、ゾロは・・・。」 苦笑されてゾロは顔が赤くなった。 「そりゃあ、違うだろ!さっき聞いたら、この島のコックが作ったと言った。だから、俺は・・・。」 ゾロも最初にひと口食べて思ったのだ。朝食を作ったのはサンジではないか、と。 心当たりがあるからか、徐々にゾロの声量が小さくなっていく。 「でも食べたらわかるだろ?これがサンジの作ったメシだって・・。」 「・・・・ぅ。」 こうまではっきり言われるとぐぅの根も出ない。 お互いに確認しあったわけではないが、想いあっているだろう相手の作った料理を違う人間がわかっただなんて、例え女に嘘を言われたからといってそれを鵜呑みにしてしまった自分が情けなかった。 いや、ルフィだからこそわかったのだ、とどこかで自分を諌めたい。 ゾロは後ろについてきたワイルドストロベリーを睨みつける事で、サンジの料理を信じなかった自分を誤魔化した。ワイルドストロベリーは睨みつけるゾロに対して何食わぬ顔をしている。彼女はそこまで知らなかったのかもしれないが、やはり平然としている表情には怒りが湧いてくる。 しかし、ここで彼女を責めたところで、話が進むわけではない。ゾロはルフィの続く言葉に耳を傾けた。 ゾロがルフィの傍に来た勢いに思わず身構えたメドゥスィート達だったが、穏やかに話すルフィと、興奮しながらもなんとか落ち着かせようと努力しているゾロを見て、静観を決め込んだようだ。口を挟まない。 「俺さ、確かにこいつらのやり方には腹が立つが、もう済んじまったことは仕方がねぇ。それにたくさんご馳走喰っちまったもんな、それには礼をしなきゃいけないし・・・。ナミとくっつく前にこんなことして、ナミに怒られるかもしんねぇけど・・・・。おかげで俺のナミへの気持ちもわかった。」 「ルフィ・・・・。」 あまりに意外な言葉にゾロは座り込んでしまった。 「ナミ達にも話はしたらしい。最初は怒ったらしいけど、俺達を静かに待ってるようだ。俺達を騙したことに関しては、こいつらにもう謝ってもらった。だから、許す。」 「そんなんでいいのかよ!!」 自分達の受けた仕打ちをこうも簡単に許してしまうことに、ゾロは再び怒りが湧いた。 「わかってるのか?確かに俺達に不利益はねぇかもしれんが、そんなことで済ましていいのか?騙されたんだぞ、俺達は!!」 「だから、それは謝ってもらったって。」 穏やかな顔を向けるルフィのゾロはイライラが募る。 「それによ、さっきお前も食べたって言ったろ。サンジのメシ。」 「それがどうした?」 一度、目の前にある食事に目を落として、再度ゾロを見つめた。 「サンジがよ。言ってんだ。この島を無事に出たら、またみんなで美味い朝食を食べようって・・・。今は、直接持ってこれねぇけど、こうやってサンジが美味い食事を作って俺達に訴えてるじゃねぇか。だから、ナミ達も大丈夫だ。サンジが大丈夫だって言ってる。それを俺は信じてる。」 「ルフィ・・・・・。」 朝食を食べただけで、これだけのことを感じ取れるルフィはやはり船長なのだ、自分達の。 ゾロはさっき食べたごはんを思い出した。 ご飯は、ほかほかと炊きたての湯気がたち。米の硬さも好みのままに。島に降りた時に使われる卵の量の出汁巻で。そして海苔も干物も・・・・・。 ゾロは自分を落ち着かせるために深呼吸をして回りを見回す。 まわりでは船長のメドゥスィートを筆頭に自分達の動向を見つめている。一度、睨みつけた時に平然としていたワイルドストロベリーは今は心配気な顔をゾロに向けていた。 最後にルフィにもう一度、目をやり、改めて問うた。 「本当にいいのか、これで?セックスを強制されてるんだぞ。」 ルフィはニカリと笑った。 「俺、いいよ、別に。こいつらも困って考えて、行き着いた先がこの行動だから。まぁ、本当にこのままでいいとは思えねぇけどな。この先のことは自分達で考えるだろ?ナミにはきちんと謝る。」 ルフィはいろんな意味で懐が大きいとゾロは思った。 そして、全てを知ってなお温かい朝食を作るコックにも。 |
08.05.30.