薔薇の園の誘惑12
「もうっ!サンジくんのバカ!!」 「ごめん、ナミさん・・・。」 睨み上げるナミにサンジは頭を上げられない。 これで何度目の謝罪か。 「約束したのに!隣の部屋で二人の様子を見ておくって!」 「・・・・・ごめんなさい。」 朝になってメリー号に朝食を運んできたサンジに「大丈夫だった?」とナミが聞けば、申し訳そうに「部屋にはいなかった」という。 話によれば、サンジは一晩中この島の女性と一緒にいたというのだ。 戻ってきたサンジ達と一緒にこの船に乗り込んだ副船長のワイルドストロベリーとその部下は中傷するような笑みを見せたのがナミの勘に触って、更にサンジに八つ当たりをした。 が、彼女らはメリー号の面々が食事をし出したのを機に早々に引き返していった。 ここにいるメンバーは何も問題を起こさない、と判断したのだろう。 当たり前だ。ルフィもゾロも帰って来る気配はないし、向こうで暴れている様子も見受けられない。 食事中、謝りながら給仕をしていたサンジは食べ終わった食器を片付けながら再度謝った。 食事も終わり綺麗に片付けられたテーブルに頬杖を付いて、ぶぅと頬を膨らませるナミに隣に座っていたロビンが「そう彼を苛めちゃダメよ。」と宥める。 ナミだって本当はわかっているのだ。サンジこそ辛いのだと。 宴をしているという部屋の隣にいるのは、サンジこそ一番辛いのだ。 それでも八つ当たりだとわかっているからこそ、彼は甘んじてナミの八つ当たりを受けるのだろう。 「でもよぉ、ちゃんと俺様が部屋にいたし・・・何事もなかったんだから結果オーライでいいじゃねぇか・・・。」 「そう言ったって、あんた、グースカ寝てたっていうじゃない!!」 ゴチンとウソップの頭に瘤ができた。今度は、ウソップに怒りの矛先が向けられる。 「悪ぃ・・・。」 やはり、これもまた謝るしかない。ナミはメリー号最強なのだ。 「まぁ、でもお陰で美味しい朝食が食べられたんだからいいじゃない。」 ロビンが話を摩り替える。 「でも、この船に残っている限りは食べられるじゃない。食料が残り少ないって言ったって、朝食分の材料は残っていたんだから作れたんでしょう?だったら私達は何も心配することないじゃない!あいつらの分なんていらないわよ!!」 「そりゃあ、そうかもしれないけど・・・・でも、なんだか食べさせたかったんだ。それしか、今はあいつらに接触できないし・・・。」 ここにいない二人にもいつもの朝食を、という滲み出るサンジの優しさに思わずナミの顔も険しさが取れる。 「まったくもう、サンジくんって、本当に・・・・・バカなんだから・・・。」 目尻にたまった涙が零れそうになり、慌てて拭って、ナミはサンジを改めて見上げた。が、先ほどよりも目つきは柔らかくなっていた。 「ねぇ、サンジくん。あたし、コーヒー飲みたい。」 「私も頂けるかしら・・・。」 「畏まりました・・・。」 飲み物のリクエストが入ったことでなんとかナミの気分が落ち着いたのにほっとしながら、サンジは薬缶を火にかける。 「チョッパーはココアでいいか?」 「あぁ、俺はココアが飲みてぇ。」 「俺もコーヒーを!」 「わかってるよ。」 全員分の飲み物を用意すべくせっせと体を動かす。 「でも・・・・サンジくんも隅におけないわねぇ〜。この島のコックさん・・・だっけ?その子・・・。」 「え・・・・っと、コック見習いだって言ってた。」 振り返らずに答えるが、ナミの視線が痛いほど突き刺さってくるのがわかった。 かちゃかちゃといつになくカップを操る仕草がぎこちない。 「所詮、サンジくんもただの男か・・・。」 ニヤリと笑うナミはもう怒りはないようだが、今度は好奇心いっぱいという感じだ。 「ま、ゾロもだからお互い様よね?」 「・・・ナミさん〜〜〜〜〜〜。」 眉が下がって先ほどよりも更に困った顔をする。 「本トにそうじゃないって!!ただ、同じコック仲間として、料理の手ほどきをだねぇ・・・・。本当だって!!」 「あぁ、ハイハイ。わかったわかった。」 手をひらひらと振って受け流す。それでも、コーヒーを手に苦笑するサンジに、ナミは邪まなことがないのがその様子からわかった。 かちゃりと出されたコーヒーに「ありがとう」と素直に礼を言った。それを自然な笑みでサンジは受ける。 ナミの想像通りの行動が本当なら、もっとあたふたする。か、反って不自然なほどクールか。 解り易いか解りにくいか、どちらかなのだ。 「どちらにしてもいいわ、別に・・・。私達に不利益じゃなければ・・・。どうせ、この島からはまだ出られないんだから、その子に存分に料理を教えてあげなさいな。」 出されたコーヒーをコクンと飲み込むとナミは、ほぅと息をついた。 「おいしい・・・。」 お腹も膨れ、食後のコーヒーを飲みながら、そのまま今後について再度確認しようということになった。 ココアを飲みながらチョッパーが「あれ?」と声に出した。 「どうした?」 「ん〜〜〜。なんか匂いが変わったような気がする。ここにいるとほんの僅かしかわからないけど・・・。」 クンクンと鼻を鳴らしながらチョッパーが答えた。 「そういえば、船医さん。あの部屋にいて真っ先に媚薬の香りを嗅いでいるはずだけど、大丈夫だったの?匂いに酔ったようなことは言ってたけど、それだけみたいに見えたし、他のことが気になって、その時は特に気にもしなかったけど・・・。」 「あ〜。人間向けの媚薬だからかな?俺は、ただ単に匂いに酔っただけだった・・・。トナカイには媚薬効果ないのかな・・・。今も違う匂いがするけど、昨日よりは酔った感じはしないし・・・。でも、多分人間には効果あるヤツだぞ。」 「船医さんが問題ないなら、それはそれで良かったわ。」 ロビンがニッコリと微笑む。対してナミは苦笑した。 「まったく・・・・。いろいろとやるわね。あの女海賊団って・・・。」 「たぶん、この島の歴史が媚薬を発展させたのね・・・。」 この島の過去を考えれば仕方の無いことかもしれないが、なんとなく腹が立つ。 「ま、どんな薬かは知らないけど、話によれば麻薬みたいなものじゃないらしいし・・・。後に残らないならいいわ。今後の航海に支障をきたしたら困るもの。」 ナミは個人的な感情を出さないように言葉を選んでいるように話をした。それは誰が見てもすぐにわかるようなものだったが、あえてそれ以上、ナミを困らせるようなことは誰も言わなかった。それはサンジに対しても同様で。 「兎も角、私は残りもメリー号で過すわ。この島、気分が悪いもの・・・。」 「この島の歴史は変わっているけど、でも私の興味の対象外ね。私も航海士さんと同じく船にいるわ。」 何があろうとこの島は旅の女性には気持ちがいいものではないのだろう。彼女らにどんな理由があろうとも。 「じゃ、サンジくん。食料のこと、ヨロシク!見習いとはいえ、この島のコックと仲良くなったならちょうどいいわ。沢山食料を貰っておいて!この島の食料を全部貰ってもお釣りがくるぐらいよ!」 ナミの最後の言葉にはサンジは笑うしかなかった。 戦闘にならないだけマシというものだろう。 「それから、ルフィとゾロが船に帰ってきたらすぐに出航するから、いつでも出られるようにしておいて。」 今度はウソップに向かった。 「あぁ、わかった。」 「あの二人がどんな表情で帰って来るか、見ものだわ!!」 ピキリと額に青筋が立っているのは見間違いではないと思うが、誰も何もいえなかった。 「じゃ、俺、ちょっと島の様子見てくるよ。」 そう言ってウソップはそそくさとラウンジを出て行った。暗に二人の様子とは言わなかったが、ウソップの言いたいことはわかった。チョッパーは匂いの届かない所を探索すると一緒に出て行った。媚薬というわけではないが、何かこの島でしか手に入らない薬草があるかもしれない、と言った。 サンジも二人の後から「食料を・・・。」とラウンジを出ようとしたが、やはり気になって扉のノブを手にしたまま振り返った。 「寝てないの?ナミさん・・・。」 サンジの指摘にナミはうっとする。 隣で静かに同じくコーヒーを飲んでいたロビンがチラリと視線を寄越した。 「わかっちゃった?」 「うん・・・。」 ふっと笑うナミがなんだか悲しげに見えた。 が、サンジを見つめた瞳はもう悲しみからはかけ離れたようにも見えた。 二人の間の何かを察したのか、ロビンは「ご馳走様」と、ラウンジを出て行った。 それを待ってナミは言葉を続けた。 「一晩泣いたらすっきりしたわ!!」 「ナミさん・・・。」 「しっかりと顔を洗ったから、そう目、赤くないでしょう?大丈夫よ。・・・・それに・・・・。」 ニッコリと笑う。 「告白もしていない私には、今、悲しむ資格はないもの!だから決めたの。ルフィに私の気持ちを伝えようって・・・。それからよ、泣くも笑うも。」 「・・・・。」 「でも、その前に・・・・。仲間として一発殴らないと気がすまないわ!!!」 過ぎた悲しみは必要以上の怒りに変換したようだ。 でも、泣いて過すよりもこの方がナミらしいとサンジは思った。 「そうだね、そんなナミさんが一番素敵だよ。」 釣られて笑うサンジに今度はナミの方が心配な顔を向ける。 「あんたもよ、サンジくん。」 「え?」 「無意識だろうけど・・・いつもより煙草の量、多いわよ!」 「えっ!!」 真剣な眼差しにサンジの方がたじろぐ。慌てて今手にしていた煙草を流しに捨てた。 「今回のことでわかったでしょう?自分の気持ち。」 「・・・・・あの・・・その・・・・ナミさん?」 そわそわとするサンジにナミがビシッと指を指した。 「いい?今回の件、丁度いいきっかけになったと思うわ!サンジくん。ちゃんとケジメつけなさい、ゾロと!どんな形になっても、私はあんたの味方だから遠慮はいらないわ!」 「!・・・・・・ナミさん・・・・。ありがとう・・・。」 驚きを隠せない顔をしたがサンジはナミを見つめて微笑んだ。 真剣な眼差しからゆっくりと優しい微笑みに変わったナミはまさしくサンジにとって女神だった。 「あたしも大概バカだけど・・・。あんたも相当バカよ。」 「そうかも・・・。」 ふたりしてクスリと笑った。 |
08.09.04.