薔薇の園の誘惑3




先に停泊した女海賊船の横に並ぶ形でメリー号を留める。
と、同時に改めてメドウスィートが麦わら海賊団の面々に向き直った。

「ようこそ、我が島、ローズ島へ。歓迎するわ。」

声が同屈内に響くと、それに呼応してザッと足音がルフィ達の耳に届いた。

気が付けば、湾を囲んだ高台になっている場所には大勢の人間が立ち並んでいた。
松明があちこちに設置されており、それなりの明るさは確保されているが、それでも場所が場所だ。洞窟特有の暗さはある。
が、その薄暗さの中にも並んでいるのが、誰も彼もが女性だと一目でわかった。全員海賊の一味とわかる服装をしている。その数も大規模な海賊団と判断されるだろう人数だ。

とたんにサンジの目がハートに染まるが、そんなサンジの爪先をゾロが横から踏みつけた。

「っってぇ!!!何しやがる、クソマリモ!!」
「敵の本拠地だ!鼻の下伸ばしてんじゃねぇ。」

ぶすっとした顔つきで前を見つめるゾロに足を摩っていたサンジがクスリと笑う。
そっと近づいて、誰にとも聞こえない小声で話しかける。

「なになに?妬いちゃってのかな?」
「・・・・・んなわけねぇだろうが!!状況を考えろ!」

慌てて返すが、怯んだ顔をしたのも一瞬で、すぐにいつもの剣士の顔になった。

「あぁ・・・そう。」

徐に煙草を懐から出し、火を着ける。シュッとマッチの火がぼんやりと暗い洞窟内で目立つがそれもすぐに消えた。



まぁ、そうだろうな・・・。


声ともなしに心の中で呟く。

サンジとゾロは体の関係がある。
先の長い旅で長い時間を過しているのは小さな船だ。
狭い船という空間の中、若い男としてはある種の欲はすぐに溜まる。かといって、性の対象となる数少ない女性は、彼女らは仲間として船に乗っている。
恋愛感情が昂ってのことなら納得もできるが、ただ単なる欲のはけ口に彼女らを利用出来るわけがない。
そんな中、偶然にもある時、酔いの中で、欲求不満の男二人で盛り上がってお互いの欲の吐き出し方を見つけたのだ。
最初は、ただ単なるカキ合いであっただけだった。
しかし、それもいつの間にやら、回数をこなす内に気が付けばセックスへとなだれ込んでいて。

気が付いたら、受ける側になっていたことにサンジはかなり衝撃を受けていたが、快楽がサンジの不満を消化していた。
実は過去、そういったことがなかったわけではない。元々、男ばかりの環境にいたのだ。もちろん、合意の上でのことだったのだが。



兎も角、船から降りろとメドゥスィートが先で手招きをしている。
敵の本拠地で逃げる場所もなく囲まれて一度は緊張感でピリピリしたナミに、誰も武器を所持してないことを証明してメドゥスィートは前に進んだ。
敵意を感じないのは確かだったので、仕方なしにルフィを先頭に全員、彼女の後ろに着いて行った。船はきちんと管理するという。
騙されて船を乗っ取られやしないかと心配しているナミを余所にルフィは笑って言う。

「そんなのもし奪われたら奪い返せばいいじゃねぇか。」

変わらず呑気な船長だと誰もが苦笑した。
が、誰もがルフィの言葉に頷く。
彼女達も女ばかりといえども、その実力はこの荒くれたグランドラインを走る船がその実力を物語っているだろう。とはいえ、、自分達も少数でこの荒波をずっと乗り越えてきたのだ。負ける気はしない。

「貴方方を招待したことはアジトには伝々虫で伝えておいたの。もう、歓迎の準備は出来ているわ。」

ルフィの手を取り、メドゥスィートは億足なく進む。
暗く細くなった道を壁に掛けられた松明の火がぼんやりと怪しげな演出をしているが、異常も何かの仕掛けも感じられなかった。

暫くメドゥスィートに付いて歩を進めていくと、薄暗かった通路の先が急に明るくなった。

「お!」

ルフィの鼻がクンクンと美味いものをを嗅ぎつけたようにヒクヒク動いた。
誰もが直ぐにわかるほどの料理の匂い。

「ここよ・・・。」

メドゥスィートが振り返るその先に大きな広間となっている空間に出た。
ここもまた洞窟内とわかる壁面ではあったが、照明が多く焚かれているから暗い洞窟を覚えさせないほどの明るさ。そして、ルフィが真っ先に飛びつかんばかりの料理の数々が豪華さを演出して円形のテーブルに所狭しと並べられている。

「貴方はこっちよ、船長さん。」

メドゥスィートがルフィの席を指し示し、その横をさも当然とばかりに自分も隣に座る。
誘われるままのルフィにナミがむっとするが、料理に目を奪われたルフィはそれに気が付かない。

「まぁまぁ、ナミさん・・・。」

サンジがナミを宥めようとしているところに、副船長のワイルドストロベリーが自然ゾロをエスコートし、やはり自分が隣に座る。
後はご自由にとばかりに、美しい笑みでもって、席を促した。
後は、歩いてきた順に席に着く。
ローズ海賊団と称する彼女らは、船長のメドゥスィート、副船長のワイルドストロベリー、そして幹部だろう女性らが数人いたが、船長と副船長がルフィとゾロの隣に座った意外は、それぞれ仲間同士で固まって座った。
こちらとしても、あまりバラバラにならない方が賢明なので、ルフィ達以外が固まっているのに問題はない。
しかし何故か、どの女性の視線も自分らを通り過ぎ、ルフィとゾロに注がれている。しかもどの女性も瞳は何故だか艶を含んでいるように見えた。
サンジはふと、彼女らの瞳の艶に思い当たる。


時々、降り立つ島でゾロと二人、酒場で似たような視線に捕まる時がある。が、大概は、ゾロだけでなく、自分にも熱い女性からのアプローチを含んだ瞳で見られる。もちろん昼間のふざけたような態度は見せない。夜は夜で大人の立ち居振る舞いをするのが常識だ。
そして、服装はおいておいて、ゾロは顔立ちがそれなりに整っている。自分が抱かれる側だからというわけではないが、筋肉質の体もその厚い胸に抱かれればほうっとしてしまうほどに色気を持っているのもサンジは知っている。
だが、だからといって嫉妬するほどに自分もモテないわけではない。勝負をしているわけではないが、お互い様と思えるほどにそれなりに自分達はお互い女性から声を掛けられることが多々あるのだ。
大概は、すでにお互いに関係を持ってしまったからか、双方別れて過すほどに女性を求めることもないのだが。


しかし、今回は何故だか、艶のある瞳で見られるのは、自分ではなく、ルフィとゾロのみだ。
たったの一人も自分に向かれることはない。
しかも、見た目とは違って、ウソップもまたその愛嬌のある態度で時々だが、女性から好かれることもあるのだ。
だが、今回は調子のいい節をいくら出しても肩透かしを食らってばかり。ただ一人受けるのはチョッパーのみだった。
ナミなどはそんなウソップを可哀想な瞳で見つめている。
サンジはどれもこれもすっきりしない気分で嫉妬めいたものを内心感じていた。

が、まだ彼女らの意図がわからないため、仕方が無いと思考を変えた。

「こりゃあ、なかなか豪勢だな。」

ナミの隣に座ったサンジは目の前に並ぶ豪華な料理にヒュゥと口笛を吹くことで平常心を保つ。
何か意図があるのだろうか、と伺いながら。
ロビンもナミも彼女らの動向にサンジと同様のことを感じたらしく、慎重に料理を眺める。
何か毒でも盛っていればそのすぐれた嗅覚ですぐにわかるだろう、とチョッパーに視線を送るが肝心のチョッパーは何も気づかずにウソップと豪華な料理に喜んでいる。
仕方ない、とサンジはため息を吐いて、ナミにそっと耳打ちした。


「ナミさん、俺が料理に口をつけるまで何も口にしないでね。毒を盛るなんてこと、彼女らがしているとは思えないけど・・・・念のため。」
「サンジくんは・・・・大丈夫なの?」

心配そうに見上げるナミにサンジはウィンクした。

「まかせて、これでも一流のコックだぜ、俺。異物が入っていたらすぐわかるし、すぐに吐き出すから。」
「うん・・・・・。わかったわ・・・。」

ロビンにも、とサンジが反対側の席に目を向けると、伝えたいことがわかったのか、ロビンはニコリと微笑んだ。

「私もそれなりに耐性があるから、大丈夫よ。私も毒見させてもらうわ。」
「ロビンちゃん・・・。」
「それより、問題はあちらね・・・。」

視線をルフィ達へと送る。

当のルフィは先ほどと変わらない勢いで涎を垂らしている。
ゾロの方は、彼なりにサンジ達と同様のことを考えているようだが、メドゥスィートとワイルドストロベリーに囲まれる形になっているので、動きが上手く取れないといった感じだった。
とりあえず目で合図を送ると、こちらの意図がわかったのか、さりげなく頷いた。

「なぁに?何かあるの?」

ゾロの様子に気づいたワイルドストロベリーがしな垂れかかり、彼の腕に自分の腕を絡めた。
ゾロは咋に嫌そうな顔をするが、そこは気にしていないのか、わかってて合えてそうするのか、彼女はさらにゾロにくっついた。
本来なら自分がゾロの役を買って出たいのだが、そうはいかない。不服だが彼女はゾロのことを気に入ったようだし、ナミ達を放っておくわけにはいかない。
まだどんな罠が潜んでいるのかわからないのだ。
ルフィとゾロは兎も角、この状況だと、ナミ達を守る役は自分が果たさなければならないだろう。


何やってんだよ・・・・。アホ剣士。


女性に対してどう対処していいのかわからないのか、顔を歪めることしかできない剣豪にため息を吐いた。

胡散臭そうにしているナミ、ロビン。そして、なんだかすっきりしないサンジをそのままに女海賊団の船長は、テーブルに置かれたグラスに酒を注ぐように後で控えていた者達に合図を送る。

「ルフィ。」

いつの間にか馴れ馴れしくも名前を呼ぶ。
ナミの眉がピクリと動いたのをサンジは見逃さなかった。
ルフィは呼ばれて、メドゥスィートの顔を見る。

「グランドラインを勇敢にも進み、そして名を馳せた麦わら海賊団の、そして私達の出会いに乾杯!」

高々とグラスを掲げて一気に酒を飲み干す。
何も気づかない船長とウソップ、そしてチョッパー以外は、サンジの動向に注意した。
サンジは、ローズ海賊団の面々に仲間の様子を気づかれない速さで真っ先にグラスに口をつける。


何も含まれちゃいねぇ・・・。


一流コックを自負するこの舌は何も怪しいモノが入っていないことを素早く判断した。
グルリとこちらを注視している仲間にさり気なく頷いて合図を送る。
それに安心したみんなはサンジに続いてそれぞれにグラスに口をつけた。

「何も心配しなくて、大丈夫よ。毒なんて入っていないわ。」

ただ一人、その様子に気づいて笑ったメドゥスィートは色気を含んではいたものの、裏があるようには見えなかった。

「でも、まだ私達は貴女方を信用できないわ。やっぱり、私達を持て成す理由がみつからないもの・・・。」

ナミがキッと向き直る。
すでに料理に手を伸ばしているルフィは一瞬キョトンとした顔を見せたあと、ニコリと笑った。

「大丈夫だって、ナミ!」
「ルフィ!どうしてそんな事が言えるの?」
「見りゃわかるって!!俺達を殺そうとしてるなら一目でわかる!」

どんな自信か、それともいつもの勘というやつか。どちらにしても、ルフィにはルフィなりの核心があるのだろう。
キツク睨み付けるナミにメドゥスィートは、ルフィにしな垂れかかっていた体を伸ばした。

「そんなに心配なら、全て毒見してもらって結構よ。」
「えぇ、もちろんそうさせてもらうわ。」

もうコソコソとする必要はない、と間髪答えるナミはサンジに向き直った。

「わかってるよ、ナミさん。」

サンジは苛立つナミを宥めようといつにない笑顔を向けると手前にある料理に手を伸ばした。
レストランではないので、調度品に凝っているような品ではないが、綺麗に盛り付けされた前菜を最初に口に入れた。
そして、その隣にこれもまた宴となるにはいいだろう、良く焼かれた肉。焼き具合も申し分ない。
相手を信じきって既に料理に手をつける船長はさておき、料理の全てに手を伸ばして毒を確認する。
どれもこれも、毒どころか、なかなかの味付けだった。

「大丈夫だよ、ナミさん。」

カチャリとフォークを皿に置いてナミに報告する。
もちろん、仲間全員に伝えてはいるつもりだ。

「彼が毒見係りなの?」
「サンジは一流のコックだ!」

ルフィがメドゥスィートに向かってニコリと笑う。

「そう?コックが毒見をするの?なかなか素敵ね。これで、賞金がつくくらい屈強だったら申し分ないのだけれど・・・。」
「懸賞金なんてつかなくてもあの緑マンなんかよりもよっぽど強いよ、俺!」

話題に中心になった嬉しさに思わずクネクネして自分をアピールするサンジに、ゾロの隣にいるワイルドストロベリーがほぅとため息を漏らす。

「そうなの?でも・・・やっぱり懸賞金の額がその男の強さを表す目印であることに変わりはないわ。」

突き落とすセリフにガクリと肩を落とすサンジを回りの女性がクスクスと笑っている。
頬杖をついて微笑むメドゥスィートに、ゾロに腕を絡めたままのワイルドストロベリーも一緒になって微笑む。
項垂れるサンジを余所に、この室内にいるどの女性もが色を含んだ目で船長と剣士を見つめた。何故二人ばかりに女性の目がいくのかは、なんとなくわかった。
仕方なしに料理に気を向ける。

兎も角と、料理を口にする麦わらの面々だったが、気が付けば、何だか異様な空気が少しずつだが湧き上がってくる。
が、誰もがそれが何だか上手く言葉にできなかった。ルフィは笑ったまま料理を次から次へと口に運んでいた。



異様な空気を漂わせたまま、宴は進んでいった。



08.01.17.




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