薔薇の園の誘惑4
「ねぇ・・・・。何だか変じゃない?」 ナミがそっとサンジに耳打ちする。 綺麗どころを幼い船長と無愛想な剣士に取られてすっかり意気消沈したサンジは、それでもナミの言葉に「ん〜〜〜。」と顔を上げた。 宴は続けられている。料理も次々に運ばれているが、そのどれもがサンジとロビンがきちんと毒見をして問題ないのを確認している。 彼女らが敵ではないのなら、特に何も問題はないはずだ。いつも通り、盛り上がって楽しい宴になっているはずだ。 それなのに。 なんだかすっきりしない。 いや、盛り上がっているのは盛り上がっているのだ。 ただし、それはごく一部のみ。 船長と剣士の回りには最初から多かったが、ずっと途切れることなくローズ島の女性達が回りを囲んでいる。ともすれば、二人の影がナミ達から見えなくなるほどに。 対して、同性であるナミやロビン、そして懸賞金の掛かっていないサンジやウソップ、さらにトナカイであるチョッパーに至ってはすっかりその存在を忘れられているのでは、と思うほどに遠く離れた存在となっていた。 部屋が広くなったわけではない。自分達が席を移動したわけではない。 ただただその空気が違い過ぎるのだ。 「チクショウ!あんなにモテやがって!!」 半ば本気で怒りモードで拳を握るサンジをナミが冷静になれ、と耳を引っ張る。 「痛い・・・ナミさん・・・。」 「確かにあの二人の傍にやたらと女性がいるんだけど・・・・そうじゃなくて・・・。なんというか、・・・・あ〜でも・・・。」 チラリと船長と剣士の方に視線を向ける。 ナミも否定したかったのだが、否定しきれないのが表情で表れている。 「何だか、露骨すぎない?私達もいるのよ?」 ナミの言葉にサンジも眉間に皺を寄せて話題の二人を見つめる。 ナミの言う通りなのだ。咋に男を求める彼女達。 サンジも男だし、女性を知らないわけではないからナミの言う事がすぐにわかった。 今までも単純に街で女性に声を掛けられることがなかったわけではない。色を含んだ目で見られることがないわけではない。 だからわかるが。 過去、そういった意味で女性に声を掛けられたことを思い出しても、そのどれよりも咋で。 しかも、同じ船の仲間で女性のいる前で、こうも堂々と艶を含んだ空気を晒すことそのものが異様だった。 その対象が船長と剣士だけ。だから向こうの二人とこちらの自分達の空気に違いができているのか。 まぁ、同じ女性のナミとロビンを対象としてもらっても困るし、チョッパーはトナカイだから対象外なのは聞くまでもない。 が、ウソップやサンジがそういった対象にならないのは、先ほどのメドゥスィート達の言葉にあった懸賞首でないことが理由なのか。 肝心の二人はこちらの様子に気づかないのは、回りを囲まれている為に様子がわからないからか。やたらと女性達の歓声ばかりが耳に届いた。 そんな船長達に、こちらは黙々と食事をするしかない。 女性陣は、この異様な空間に眉間に皺を寄せてフォークを動かしていた。自分も同様に困惑するしかない。チョッパーはわからないままウソップに「美味いな〜。」と単純に料理に喜んでいる。ウソップに関しては、まだまだ純情の域を出ていないので、ただただ目のやり場に困って只管料理をかっ喰らうしかないようだが。 唸っているナミの言葉を証明するかのように、突然、一人の部下らしき女性が後ろから声を掛けてきた。 「これから宴は趣向が変わりますので、女性の方は別室にてお持て成しします。できればそちらに移動願いたい。もちろん、そちらの方々も同様にお願いします。」 「趣向が変わる?」 ナミが眉を跳ね上げる。 「やっぱり罠だったのね!私達を海軍に売りつけるのね!!」 立ち上がりかけたナミの肩を話しかけた女性が抑える。 「お静かに、興が冷めてしまいます。決して海軍に売りつけることはありません。」 「だったらどういうことよ!あの二人と私達を引き離すなんて!!」 声を荒げてナミは向こうで女海賊に囲まれている二人を指差す。 「ここに居られても構わないのですが・・・・・居られない方が賢明かと・・・。」 「だから説明して!」 喰ってかかるナミをロビンが後から宥めるごとく、口を挟んだ。 「種が欲しいのね・・・。」 「種?」 ナミはロビンを振り返った。 女性が一瞬困った顔をしたが、コクリと頷いた。 「ちゃんと説明してもらわないと、航海士さんは納得しないわ。下手に騒ぎになると貴女の立場の方が困るんじゃなくて?別にここに居てもいいというのなら、きちんと説明してくれても構わないんじゃないかしら。」 「・・・・・わかりました。」 女性は麦わらクルーを見渡すとそこに座った。半ば立ち上がりかけていたナミも釣られて座りなおす。 サンジとウソップはどう口を挟んだらいいかわからないまま、視線で説明を促すべく、彼女を見つめた。 「ロビンさん・・・の言う通り、あのお二人の種が欲しいんです。」 「だから・・・種って・・・?」 ウソップがわからないと首を捻る。それをサンジが横からポンと肩を叩いた。 「だから精子だよ。」 「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」 「うるさい!ウソップ!!」 不機嫌なナミの拳がウソップの頭に落ちた。 ナミのゲンコツで静かになったクルーに、女性は説明を続けた。 「私達の島は女性の島・・・。だから、男性の精子が欲しいんです。」 「確かに見た限りでは男の人はいないけど、一人もいないの?」 「ええ、そう言っていいと思います。この島では、何故か男の赤ちゃんは生まれないんです。だから、男性は余所の島から来た者だけ。でも、女性に支配されているこの島での暮らしは、男としてのプライドが許さないんでしょうね。大抵はこの島を出て行ってしまいます。」 元々無人島だったこの島を有人にしたのは、女海賊団だった。それが、このローズ海賊団の始祖。とはいえ、女性だけでは子どもは生まれない。その為には、男性が必要だ。 最初は男性をわざわざ余所の島から婿という形で向かえた。が、生まれる子どもは女ばかり。父である男性もわずか少数。それも圧倒的に女性優位のこの島では、奴隷に近い扱い。そんなところでは長く生活していられない。大抵は逃げ帰るようにこの島を離れる。 上手くこの島の女性と恋に落ちてこの島を離れられないと思ったとしても、やはり他の女性からの扱いに耐え兼ねてしまう。せめてもの救いは、恋に落ちた女性を置き去りにせず、一緒に連れて自分の島に帰るぐらいか。 そんな歴史が延々と続き。 この島では男性が生活することはなくなった。 しかし、女性だけでは種が途絶えてしまう。 だったら、やはり昔のように婿を迎えて、種を調達せねばならない。 が、すでに女海賊団の島として有名になっているこの島は、付近の島の男性は近づく事さえない。 だったら。 考え出したのが、一夜限りの契り。 種さえもらえれば、それでいいのだ。 ここは女海賊団の島。 子どもは女性が育てる。男性は種さえあればいい。しかも、その種が優秀な者ならば尚一層良い。 そんな優秀な種を手に入れるには。 男は本能に弱い。そこをついて種を貰おう。 そうして、近海を通り過ぎる海賊船の乗組員の懸賞金を調べ上げ。 その懸賞首達を歓待し、種を貰う。 そうしてこの島は命を繋いでいた。 「でも、それって本人の同意をもらってのことなの?」 ロビンが女性陣に囲まれている二人に視線をやる。 「いえ・・・・。事と場合によります。私達が欲しいのは、懸賞首の方々の種だけ。それ以外はいらないのです。だから、下手に話をしてその海賊団内で争いが起こって私達にも被害が及んでは困るし。今回のように女性が伴う場合も争いの元なので、なるべくごく自然にそういう雰囲気にして。」 「ある種、強姦ね。」 「・・・・。」 はっきりと告げるロビンに女性が何もいえなくなる。 「でも、彼らに父親になって欲しいわけではありません。今後、この島を出て航海に戻ってもらって構わないのです。」 「・・・・・・・。」 「それに、今回、貴方方を見て、話しても問題ないと判断がありました。ので、いつもとは違う趣向でお迎えしたのです。いつもなら、船を降りる段階で種の欲しい方とそうでない方は振り分けられます。」 「私達はきっと理解できるだろうから。だから、ここにいてもいい・・・と。あんまり気分のいいもんではないわね。」 ナミが咋に嫌悪感を示す。 「ナミさんとロビンさんは、船長様と剣士様の連れあいではないと伺ったので・・・。違いましたか?」 女性の言葉にナミはグッと喉を詰まらせる。 確かに女性の言葉通り、ナミはルフィともゾロともそういった関係にはない。が仄かに想いをルフィに寄せているのだ。いい気分なわけがない。 そして。 チラリとナミはサンジに目をやった。 誰にも知られずにいると考えているだろうが、ナミは知っている。 ゾロとサンジの関係を。が、これも心を通わせているところまでいっていないのは。そこも知っていた。 「どの道、もう香が効いてきています。今更、引き返せる状態ではありません。」 「香?」 「はい。お互いを高めあう為のお香を焚かせてもらっています。それはこちらにまでは届きません。大丈夫です。が、不快にお思いになるのなら別室への移動をお願い致します。」 誰もが嫌悪感いっぱいの顔をしたが、もはや何も言えなくなってしまった。 女性はニッコリと笑うと、「では、あなた方はこちらへ。」と立ち上がった。 |
08.01.23.