薔薇の園の誘惑5
案内の女性を先頭に、ナミ達は室内を出る。 立ち上がった途端、感じたむわっとする空気に誰もが顔を顰めた。 サンジはチラリとゾロの方に視線を投げる。多くの女性達に囲まれその表情は見えなかったが、醸している雰囲気は、どうやら先ほどの香が効いているらしく猥らに感じた。 男だからわかる。 これはもう、逃れられない。 確かに彼女らはその容姿一つとっても魅力的で、それだけで落ちない男性は少なくないだろう。況してや、媚薬的なものを使われたら・・・。 ゾロは、元々ノンケだ。 サンジと身体の関係を持ったのは、船の上という環境の所為だとサンジは理解している。でなければ、何故いつもケンカしている相手とセックスなどできるのか。ナミやロビンをその対象にしてはならないことは、当然とはいえ。 そういって関係を持って、かなり経つ。 そして、成り行きとはいえ、肌を合わせていくうちに情が湧くのは自然の成り行きで・・・・。 ケンカと言っても、それはスキンシップ的な意味合いや鍛錬の変わりとしても成り立っている。いざ、戦闘となれば隣で肩を並べて船長を補佐もしている。それは、何とも言えない高揚感が湧いてくるほどに息も合っている。 時々交わす視線も、お互いを見つめてのことだということも言葉にしなくともわかっている。 しかし、結局、言葉でお互いの気持ちを確認したわけではない。 状況がどうであれ、ここで己の欲を止める理由はない。 しかし・・・。 と、サンジは隣で俯くオレンジの髪の麗しき女性に視線を流した。 唇を噛み締めて、震える拳に力を入れて。 彼女もまた、船長への思いは何にも況して、特別で。 船長もまた航海士である彼女には、仲間以上の感情を持っているのは、誰でも知っている事で。 そんな彼でさえ、目の前の妖しい空気から逆らえないのだろう。 「ナミさん・・・。行こう。」 サンジはそっとナミの肩を抱き、無理なく部屋を出た。 すでに通路へと出ているウソップ達が二人を待っている。 「こちらに部屋を用意させていただきました。どうぞ・・・。」 案内すべく手を差し出す女性にナミはキッと顔を上げた。 「いいえ・・・・。私、船に戻るわ。船長達があんな状況だから、貴女達には何もしないわ。船に戻っても、問題ないでしょう?」 その顔を見つめれば瞳が揺らいでいるのがわかった。 「もちろん、それは構わないのですが・・・。お一人で大丈夫ですか?」 「私が着いていくわ。」 ロビンがすかさず口を挟んだ。 「わかりました。この通路をそのまままっすぐ進めば、貴方方の船に着きます。今はまだ他への部屋などには侵入いただかないようにお願いします。何かしら怪しい行動が見られた場合、即刻この島から退去願います。その場合は船長様と剣士様を置いて出て行かれるようにしてください。」 途端にカッと頬を赤らめてナミが怒鳴る。 「一体、何の権利があってそんなこと!!」 「ナミさん・・・・。」 詰め寄るナミをロビンが抑え、隣でサンジが言葉で諌める。 「俺は案内された部屋で二人を待つから・・・。大丈夫だよ、これ以上何もないよ。」 「サンジくんは、女性に甘いから!!信じられないわ。」 キッと睨みつけるナミにサンジは眉を下げる。 「女性は蹴らないけど、何かあったらルフィとゾロを連れて船に帰るから・・・。それだけは信じてくれないか?」 「お・・・・・俺も一緒にいるぞ・・・・・!」 すかさずウソップもフォローに回る。 みんなしてナミを落ち着かせようとしているのを感じ、ナミは息を吐いた。 「わかったわ・・・。頼んだわよ、ウソップ、サンジくん・・・。もし、二人に危害が加わるようなら、二人をすぐに連れ帰って。お願い・・・。」 「あぁ。」 頷く二人に、案内の女性も補足する。 「部屋が違えども、すぐ隣です。何か起こればすぐにわかります。それに私達は、本当に種以外のことは望んでいないので、ご心配ご無用です。」 そう言われて「はい、わかりました。お任せします。」といえるものではない。感情はついてこない。 「船医さんはどうするの?」 ロビンはどうしたものかとモジモジするチョッパーに声を掛けた。 「俺も船に戻る。なんだか匂いにやられそうだ・・・。」 そういえばトナカイである彼には、人間にはわからない程度のものでも感じ取ってしまうのだろう。彼もまた媚薬に酔ってしまったのかもしれない。そうなる前にここを離れた方がいいだろう。船に入ってしまえば、その香りは届かないだろう。 「じゃあ、チョッパー。レディ二人を頼むぞ。」 「わかった。」 うん、と頷くチョッパーにニコリと笑いかけると、サンジとウソップは案内の女性について隣室へと消えた。 それを見送ってナミはチョッパーを抱き上げ、ロビンと共に船に戻る通路を進んだ。 「大丈夫?航海士さん。」 「えぇ・・・・。大丈夫、ちょっと興奮しただけ。」 チョッパーを抱きしめる腕に力が篭る。 暗い通路は、気分までも暗くしてしまうのだろうか。ナミの顔が進むにつれ、歪んでいく。 いつ泣き出すかとハラハラしながら、チョッパーは何も言えなかった。それはロビンも同様で。暫く、黙ったまま三人は船への道を歩いた。 来た時と同じ時間を掛けて船に辿り着く。そこには、ライトに照らされたメリー号が静かに浮かんでいた。 彼女らの言葉通り、自分達には必要以上に手を出さない約束は守られているのだろう。 回りには何人かの船乗りらしき人間がウロウロしているものの、誰も船に上がった気配はなかった。 ゆっくりと梯子を上りラウンジへと入ると、同時にチョッパーはナミの腕から降りた。 「俺、男部屋に戻ってるよ。ちょっと眠っていいかな、なんだか疲れた。」 「えぇ、どうぞ。」 ナミの変わりにロビンが答える。早々にラウンジを出たチョッパーは、人間の女性の心理がわらかないまでも彼なりの女性への配慮をしたつもりなのだろう。 パタンと扉が閉まると同時にロビンがナミの前に立つ。 「ロビン・・・?」 「泣いていいわよ。ここには貴女と私しか居ないわ・・・。」 いつになく優しく微笑むロビンに、ナミの涙腺は一気に緩んだ。 「うっ・・・・・。ううっっ・・・。」 ぎゅっと抱きつくナミに、ロビンは母のように優しくナミの頭を撫でた。 貴女も・・・・・・コックさんも・・・・辛い一晩ね。 声に出さず呟く。こうして一晩過すのだろう、と仲間への情が湧きつつあるロビンは、静かに天井を見つめた。 「こちらでお過ごし下さい。休まれる時はそちらのベッドを使用してくださって構いません。」 女性が目で指す先には、シングルのベッドが5つほど並べられていた。自分達の数を考慮してきちんと用意したのだろう。 が、こちらこそ男性女性一緒の部屋にしているのには、配慮が足りない、とサンジは内心思った。 人数の分だけ広い部屋にしたつもりなのだろうが。 それは今はウソップとサンジ二人だ。必要以上に広くなった室内になんだか落ち着かない。 室内の案内をするべく彼女に、別の女性が突然やって来て何事か耳打ちする。何かあったのだろうか。 しかし、不審な目を向けるウソップとサンジには目もくれず、すぐにその場を離れた。 「おい、何かあったのか?隣からはイヤらしい声しか届いてないが・・。」 眉間に皺を寄せるサンジに案内の女性はニコリとする。 「いえ、何かが起こったわけではありません。ちょっと状況報告だけです。」 そんな事は聞きたくない、とサンジは顔を背ける。 「隣の儀式が終われば、船長様と剣士様は開放されますが、2〜3日は要することが予想されます。何分、お二人はこの島にとって久し振りの男性方なので、彼らの種が欲しい人間が多いのです。それまで船に戻っても構いませんし、警備の者が止めない限り、島のあちこちを散策していただいても結構です。料理は時間ごとにこちらの部屋にお運びします。船に戻られた方も分もこちらに用意しますので、ご自分達で好きなように食されてください。」 ペラペラと説明する彼女にウソップが「おいおい、ちょっと待てよ。」と言葉を挟む。 「2〜3日掛かるって・・・・そりゃあどういうことだよ!さっきはそんなこと言わなかっただろうが!」 「ですから今、状況報告がありまして・・・。先ほども言いましたように、お二人の種が欲しい人間が多いのです。ですから、予想以上に日数を費やすことになると思います。」 「・・・・・。」 何も言えなくなった二人に、もはや質問もないと判断したのか、案内の女性は、「では、何かありましたら通路にいる警備の者にでも声を掛けてください。」とさっさと出て行ってしまった。彼女もまた船長達の種を貰いたいとあの場所へ戻るのだろうか。 その光景が目に見えるような気がして、サンジは顔を顰めた。 レディともあろう者が・・・と口を挟める立場ではない。この島の慣習には他人は何も言えないのだ。 例え、今、自分達が関わっているとしても、サンジとしては、女性達に「そんなことはお止めなさい。」とは言えなかった。 「ははっ・・・。あいつら、きっとこの島出るころにゃ、干からびてるぜ?骨と皮だけになっちまってたらどうするよ?」 「その前に、スカスカで役にたたなくなっちまって、ほされるだろうぜ?」 二人でハハハと乾いた笑いをして、とたん、ハァ〜とため息を吐いた。 遠く耳に聞こえてくるのは、女性の嬌声ばかり。ごくごく普通の状況ならば、喜んで聞き耳を立ててしまうのだが、それが今回に限っては耳を塞ぎたくなる。 |
08.02.13.