薔薇の園の誘惑6
「なぁ。暇だな・・・。」 「あぁ・・・。」 どう時間を潰してよいのかわからないと、ウソップが顔を上げた。 順に並んでいるベッドにそれぞれ場所を決め、お互いに自分のものと化したベッドにただ静かに座るのみだ。 そして、細々とだが切れることなく耳に届く女性の声。声量は大きくはないが、洞窟を上手く利用して作られた場所ということがあってか、反響効果抜群の状態でウソップとサンジの元へと届いてくる。しかも、洞窟で響くからまた一層卑猥にも聞こえた。 結局、試みる会話も合間合間に女性の声で阻まれ、続かなかった。 居た堪れない、とサンジは立ち上がった。 「何処行くんだ?・・・・まさか!?」 ウソップが心配そうにサンジを見上げた。 改めて言葉にしなくとも誰もが暗黙の了解とばかりに知っている二人の仲を考えると、ウソップはどうサンジに声を掛けて良いのかわからない。 「あ"ぁ?大丈夫だよ。ちょっと外の空気を吸ってくるだけだ。あっちの香の影響はないとはいえ、やっぱ、こうも閉鎖された空間ってのは息苦しいしな・・・・。ここじゃ煙草も吸いにくい。」 軽く笑ってサンジはぴたりと閉まっている扉に手を掛けた。 「あっちの方は問題ねぇだろう?二人とも単純だからな。・・・・・・香にやられちゃ、ヤることヤらねぇときっと収まらねぇよ。殺されるわけじゃねぇんだ。問題ねぇ。」 「でも・・・・。ルフィとゾロに問題なくとも、お前は・・・。」 「ウソップ!!」 名前を呼ぶことでウソップの先の言葉を絶った。 会話をすれば、きっと優しい彼はサンジをなんとか慰めようと必死になるだろう。 彼がどんなセリフを口にするつもりかはわからないが、それ以上言葉を続けさせるのは辛かった。 「ナミさんには確かに辛い夜だが、俺に関しちゃ心配無用だ。あくまで俺達ぁ、セフレだよ。」 手をヒラヒラさせてなんともないことのように吐いた言葉にウソップの顔が歪んだ。 「どっちかっちゃあ、俺はそんなことよりも、賞金額で判断して俺を選んでくれなかったレディ達を残念に思うね。」 扉を手に振り向くと、いつものメロリン顔をウソップに見せる。 「俺の方が絶対いい男で精子も優秀でできているのに〜〜〜〜〜!!」 くそぅと拳を握って唸りながら部屋を出て行くサンジをウソップは何も言えないまま見届けるしかできなかった。 ギィと重い音を引き摺ってしまった扉を見つめてウソップはポツリと呟く。 「俺、知ってるよ。お前らがお互いにどんな思いを抱いてるか・・・・・・。はぁ〜、ロビンと違って、落ち込んでる友人を慰めることもできねぇなんて・・・・俺、情けねぇよな・・・。」 頭の後ろに手を組み、ドサリとベッドに倒れこんでウソップは目を瞑った。 今は遠く故郷に置いてきた彼女を思い出すのも憚れた。 こんな状況に遇って、今は単純に一人身であることが良かったように思える。身体は無意識にも隣の艶声に反応して高じてしまうが、だからといってそれに便乗して一人快楽の世界に浸るのもいい気分がしない。どころか反って気分が悪いだろう。 どちらにしても、なかなか寝付けそうにない。とウソップは目を固く瞑った。 重い扉を閉めて通路に出ると、例の部屋の入り口に立っている警備の者だろう女性がサンジを確認してチラリと視線を寄越す。 何か怪しい行動をしないかと緊張した面持ちでサンジを見つめる。 「ちょっと外の空気を吸ってくる。こっちでいいのか?」 女性のいる側と反対の方を指差し、ニコリと笑う。自分は何もするつもりはないと、大きくアピールしたのが伝わったのか、警備の女性は何も言わずコクリと頷いた。必要以上に会話をするつもりはないらしい。 「まぁ、いいか・・・。ここでは俺はただの厄介者らしいな・・・。」 残念と自嘲の笑いをし、足を外へと向けて進めた。 いつもならラブコックの独壇場なのになぁ〜。とか。 通常の島ならかわらいらしいレディとお茶でもできるんだろうけどなぁ〜。とか。 エッチ目的じゃなくてただ癒しの時間としてなら俺の方がきっと女性を喜ばせられるんだけどな〜。とか。 なんであんな猿船長や筋肉マリモの方がこんなとこでもてなきゃいけねぇんだ!あぁ、そりゃあ無駄に体力があるからか。とか。 どうせあいつらなんて女性の気持ちなんてみじんもわかんねぇんだから、こんなことにしか役にたたねぇよ。とか。 ナミさん、元気出してくれるといいな〜。とか。 ルフィのアホ!ゾロのバカ!!とか。 つらつらと考えながら歩いていき、気が付けばメリー号の係留してい場所とはまったく違う所に辿り着いてしまった。 どうやら波止場らしいが洞窟内ではないのは、回りの景色を見れば一目瞭然だった。 見上げれば空には満点の星がサンジの頭上を取り囲んでいる。雲一つない、いい夜空だった。 足元から先の海は暗く静かだが、恐ろしさは感じない。どころか暗い中に落ち着いた穏やかさがある。それが遠くまで続き夜空へと繋がっているようにも見えた。 回りには誰もいないようで、先ほどまでずっと感じていた張り詰めた空気はどこにもない。 大きく息を吸う。 ジャケットから煙草を出すとシュッとマッチを擦った。ジジと火の燻る音と同時に手にしている煙草から煙が昇りだす。 ふぅと吐いた煙は白く立ち昇り、暗い夜空へと消えていった。 やっぱ海はいいよな。 さっきまでのイライラした気持ちが薄らいでいくような気がした。 しらばく煙草を吹かして自分を落ち着かせる。 ナミを諭したように言ってはみたが、実際は自分だってずっと冷静でいられる自信はなかった。 セフレの関係と割り切ってはいるものの、感情はすでにそれ以上のものを持っているのも自分ではわかってる。 ゾロの気持ちを確認したわけではないし、自分の気持ちをゾロに伝えるつもりもなかったので、単純に仲間として、そしてセフレとしての立場しかない。 何も言えない立場なのはわかってる。だが、感情はそれについてこない。 今だ片思いの最中というナミと、気持ちは伝えなくとも身体の関係がある自分と。どちらが辛いのか競争するわけでないが、それでも自分でも喚きたい気持ちが湧き上がったのは事実だ。 だが、そこは男として、ナミの手前、押さえなければいけない、と理性が優先した。 燻っていた感情を吐き出すつもりで外に出たが、ここに来て良かったらしい。 ぐじゅぐじゅと渦巻いていたどす黒い思いが昇華されるような気がした。 煙草を一本吸い終わると、思い出したように時間が気になりだした。 ナミに約束していたのだ。何かあったらルフィ達を船に連れて帰る。と。 ここにいたら何かあってもわからない。もちろん何か騒動が起きるとは到底思われなかったが、それでも約束は約束だ。 部屋に戻らなければ。 そう思い出して、煙草を足元でもみ消しながら来た道を戻ろうと向きを帰ると、ほんの僅かだが離れた位置に人が立っているのに気づき目を細めた。この島の人間だろうことは、そのシルエットがすぐに見覚えのある自分の仲間のものではないことに気が付いて確認した。 その人影はただじっと立っているだけだった。 敵意が無いとはいえ、いつもなら人の気配に気づくはずが、こうして全く気づかなかったことに内心舌打する。 「あの・・・。」 サンジが振り返ったのをいいことに何か話しかけようとしている。 「何か?レディ・・・。」 心配そうに近寄ってくる女性にサンジは優しく微笑む。自分に用があるらしい。 「貴方は・・・・・あの麦わら海賊団の方ですよね?」 「えぇ。そうだけど・・・何か?」 「あの・・・・その船に乗ってるコックの方・・・・にお会いしたいんですが・・・・、その・・・・どこに見えるかわかりますか?」 突然のご指名にサンジは不思議そうな顔をする。 「俺がそのコックだけど・・・・?」 「え!!」 サンジがコックを名乗ると女性は驚いておずおずと俯いていた顔を上げる。 その容貌はまだ幼さを残している。くるりとした大きな緑の瞳は、ナミよりも若いように見えた。 「ホントですか!!あの!・・・・じゃあ、レストラン『バラティエ』って知ってますか?」 「あぁ・・・。まぁ、知ってるけど・・・。」 「だったら、『バラティエ』の副料理長だったって本当ですか?!」 「えっと・・・・。うん、本当だけど・・・。」 次々に質問攻めにあい、たじろぐサンジに少女と呼んでいいだろう女性に更に高い声が上がった。 「本当ですか!!きゃあ〜〜〜〜〜!!・・・・嬉しい!『バラティエ』の副料理長に会えるなんて!!」 今まで恐る恐るだったのがサンジがコックと知ると、そして『バラティエ』の副料理長だったとわかると、突然きゃあきゃあと少女のように騒ぎ立てた。 あまりの興奮している様子にサンジは一歩後退る。 「え・・・っと。あの・・・俺に何の用だった?」 テンションが高くなってしまった少女に思わず眉間に皺が寄りそうになるのを押さえて、努めて穏やかに用件を聞く。 この女性は一体何なのか。 「私、アーモンドと言います。18歳でこのローズ島でコック見習いをしてるんです。あの、貴方を知ってコックに成ろうって決めたんです。貴方は私の運命の人なんです!」 「はぁ?」 どうやらサンジのファンらしい。 |
08.04.06.