薔薇の園の誘惑7
「私、アーモンドと言います。18歳でこのローズ島でコック見習いをしてるんです。あの、貴方を知ってコックに成ろうって決めたんです。貴方は私の運命の人なんです!」 「はぁ?」 アーモンドと名乗った女性は、どうやらサンジのファンらしい。くるりとした愛らしい緑の瞳と茶色のショートカットはまだ少女の面影を残していて可愛らしい。 にやけそうになるのをコックの言葉で理性を保つ。 アーモンドの方も、どうやらサンジという人間というよりも『バラティエ』の副料理長に用があるといった様子だった。 サンジとしては複雑な目でアーモンドを見つめる。 「私・・・昔から料理をするのが好きだったんですけど、あくまで趣味の範囲を出ていなかったんです。で、母にはそんなことよりも海賊として剣の腕を磨きなさいってずっと言われてて・・・・。料理の才能もそんなにないように思ったし、好きだったけど、料理をするのを諦めてたんです。でも・・・。」 話始めた途端、悲しげに見せた顔は、すぐにまた最初の明るい顔に戻る。 「貴方が載っている雑誌を読んで・・・・・。それでやっぱり料理を・・・・コックを目指そうって決めたんです!!」 グイとサンジに寄ってくるその姿勢はファンそのものと言った感じだ。が、やはり料理人としてのサンジに対してだ。 「えっと・・・。そりゃ、嬉しいね。ありがとう・・・。」 アーモンドの気迫に押され、単純にお礼しか言えない。 「これです!ずっと肌身離さず持ってるんです。」 ずいとサンジの前に突き出されたのは、雑誌の切り抜きらしい紙切れ。きれいに手帳に挟んである所が女の子らしい。海賊だけれども。 そこには昔、サンジがまだ『バラティエ』の副料理長だった頃の写真が載っている。背景から厨房で撮られたものとすぐわかる。 そういえば、一度だけゼフから雑誌の取材が許されたのを思い出した。 あれは、店が軌道に乗り、客足も途絶える事がなくなり。そして、サンジの料理もまたゼフに認められ、客にサンジが作った料理を出す事を許されて間もない頃だった。 口コミで広がった海に浮かぶレストランにどの雑誌も取材を申し込んできたが、どの雑誌も料理に対する思いを汲んだ記事を書いてくれそうにもなかった。雑誌の記者から提案されたのは、ただただ料理の紹介のみのような内容。 そのためゼフは、なかなか取材の許可を降ろさなかったのだが、たった一つだけ、料理に対する思いを純粋に受けとり、記事にしたいという男が現れたのだ。 その男がサンジを見て若い副料理長に驚いていたのを覚えている。当然か、あの時はまだ17歳になったばかりだった。 だが同時に、口にしてもらった料理を絶賛してくれた。その取材をした男はあちこちでレストランの取材に回っているだけあって、もちろん厳しい批評をされた料理もあったが、作った本人のあまりの若さに『将来は有望』の太鼓判を押してくれた。 そして、料理に対する熱意と真摯な態度にゼフとも意見があったようだった。 もちろんゼフが元海賊のことは書かないように配慮してくれ、それでも『バラティエ』の面々の料理に対する想いを文章に記してくれた。 その雑誌は一般のみだけでなく料理界でもかなり有名だったのだが、『バラティエ』を載せたコーナーでは、いつも以上に読者にとても好評だった。おかげでいい客がその後から続々来るようになったと同様に、料理界でも一目置かれるレストランとなっていった。 そういえば、あの時、ゼフと取材に来ていた男は一晩酒を酌み交わして料理談義をしていたっけ、とサンジが懐かしげに目を瞑る。 そんな記事を読んで魅了されてた人間がここにもいたのか、ととても嬉しくなった。 ファンもかなりの域のレベルに当たるんだろうな。とつい苦笑してしまう。 「ここに書かれている貴方の料理に対する思いと姿勢。・・・・とても素敵です。この記事を読んで、私もいつか貴方のような料理人になりたいって・・・思ってたんです。料理の腕はまだまだだけど、料理に対する想いがあればいつか一流の料理人になれるって・・・・この記事を見て気づいたんです。そして、いつか貴方のいる『バラティエ』に行って、貴方に遇いたいと思っていた・・・・。」 「光栄だね・・・。」 「・・・・・でも、噂で貴方が『麦わら海賊団』の船に乗って『バラティエ』を出て行ってしまった、って聞いて・・・。ショックだったけど、逆にチャンスかもって思ったんです!」 サンジはたじろぐことしかできなかった。 彼女の言葉は止まらない。 「船長のルフィの手配書でグランドラインにいることがわかって・・・・。グランドラインにいるんだったら・・・いつか貴方に遇える日が来るかも・・・・って心の奥底で思っていました。でも、それがこうして現実になるなんて・・・・・私・・・・・私・・・・・。」 瞳がうるうるしているのは、感極まってのことなのか。 嬉しさのあまり震えている彼女を見ると、ずいずいと寄ってくる彼女に圧倒されてしまうところはあるが、悪い気はしない。なんと言っても、自分の料理に対する想いを記事で読んで、料理人になりたいと思ってくれているのだ。 ある意味、同志と言えるのではないだろうか。 「・・・・・それに、私もあると思うんです。オールブルー。」 彼女の口から出てきたオールブルーの言葉にサンジは目を見開いた。 「それを・・・・・どうして・・・。」 驚くサンジを前に彼女は平然と答える。 「だって、記事に書いてあったじゃないですか?オールブルーの本を読んだのが料理人になった切欠だって・・・。で、きっと貴方はオールブルーを目指してグランドラインに来たんだろうな・・・って。」 誰もが笑い飛ばす言葉をごく当たり前に口にする彼女にサンジは目眩を覚えた。 記事では確かにそういうようなことを書いてもらった覚えがある。 が、それを見つけるのが夢だとか、その海は、このグランドラインのどこかにあると信じている、とは文章にしてもらっていない。 今、目の前の彼女の持っている記事の切り抜きを見ても、ただ料理人になった切欠としてしか書かれていない。 それなのに、彼女はサンジの想いをそこまで読み取っていたのか。 それがむしょうにサンジを喜ばせた。 「ありがとう、アーモンドちゃん・・・。そこまで俺のことわかってくれて・・・嬉しいよ。」 ニコリと笑いかけるサンジにアーモンドの頬が赤く染まった。 サンジの穏やかな声に昂ったアーモンドの気持ち少しずつ落ち着いてきたようだ。 「あの・・・・・。」 「何?」 「・・・・・サンジさん・・・って呼んでもいいですか?」 「もちろんだよ。っていうより、俺達、そう年離れていないから、”さん”なんてつけなくていいよ。」 「・・・・・嬉しい。」 ほぅと顔を赤らめてため息を吐くアーモンドは実は大人しい可愛らしい女性なのかもしれない。先ほどのきゃあきゃあ喚いたのは、きっとあまりの興奮によるものなのだろう。 「えっと、サンジ・・・さん。・・・聞いていい?」 「もちろん、いいよ。何?」 名前を呼ぶのに慣れないらしく、シドロモドロしながら顔を上げる。いつの間にか二人は並んで海を見つめていた。 「メドゥスィート船長は、麦わら海賊団は暫くこの島に係留するって言ってたけど・・・・本当?」 「あ〜〜〜〜〜。そのことか・・・。」 サンジは髪を掻き揚げて困った顔をする。 食料補給は兎も角、ルフィとゾロが正気に戻ればすぐにでもこの島を出たいと思っているのだ。ただ、ローズ島側の事情でのみ島にいると言っていいだろう。 例えログが半年なので心配ないと言われても、あまり長くこの島にいるのは、麦わら海賊団にとっていいことではないような気がする。 「そりゃあわからないけど、・・・・でもそう長くはいないと思うよ。まぁ、君のところの船長の許可は頂いているから、食料補給はさせてもらうつもりだけど・・・・。」 「そう・・・・。」 アーモンドは残念そうに下を向く。彼女にしてみれば、憧れの人物に会えたのだ。できれば長くここに滞在してもらいたいと思っても当然だろう。 そのあまりないという時間に少しでも、という思いが強くなったのか、アーモンドはサンジに向かって懇願するように見つめた。 「あの・・・・ずうずうしかもしれないけど・・・・お願いがあるんです。」 「質問やらお願いやら・・・いろいろあるね。」 サンジが笑うとアーモンドは「ごめんなさい。」と俯いた。 「いいよ、別に。俺で出来る事かな・・・?」 「料理を見て欲しいんです。私・・・まだ見習いなので、正式には料理を作らせてもらえないんだけど、ずっと好きで料理はしていたから・・・ちょっとは自信があるんです。でも、先輩コック達はまだまだだって・・・。どこが悪いか教えてください!!」 真摯に見上げるアーモンドの中にコックの眼をサンジは見つけた。 じっと見つめるアーモンドは、確かにまだ一人前とは言えない様子だが、サンジがふと見つけた彼女の様相に眼を見張る。 暗闇で気が付かなかったが、彼女がつけているコックエプロンはかなり汚れていた。それが単に不衛生にしているというよりは、さっきまでずっと厨房で料理に取り組んでいたのを思わせる新しい汚れだった。 料理はまださせてもらえてないと言うからには、先ほど出てきた料理には彼女の手が入ったものはないだろう。とはいえ、エプロンの汚れ方から見れば、すぐさっきまで料理をしていたのはわかる。ということは、自分達に出された料理を作った後の厨房で、一人料理を作っていたことになる。 それを証拠にアーモンドが自ら告白した。 「実は、さっきまで料理を作っていたんです。貴方に会えるかわからなかったけど、もし、会えたら口にしてもらいたくて・・・。もう後は仕上げのみなんです。お願い。私の料理を口にしてみて、教えて欲しいんです。何が足りないのか・・・。」 サンジもバラティエでずっと下働き同然の仕事をしていた。料理の腕には自信があったのに、それを認めてもらえず、なかなか表に料理を出してもらえなかった。どの料理よりも不味いとは到底思えなかったのにだ。 実際、まだまだの部分があったのも事実だが、ゼフとしてはあまりに早い段階でサンジの料理を認めるのは、きっと有頂天になってしまうだろうから本人によくないとの判断がそこにはあった。様々な意味も含めて一流の料理人になって欲しいとの思いがあっての判断だったのだが、それは当人にはわからない。後でパティから聞いた話だ。 自信があるのに認めてもらえなかった苦悩を知っているサンジには、このアーモンドのもどかしい思いがわからなでもない。 自分の助言一つで、この一生懸命な女性に何か光明を与えることができれば、それは幸いなのだろう。 「いいよ・・・。はっきりと助言するかどうかはわからないけど、さっきの宴では、大してお腹が膨れていないから、せっかくだ。君の料理、食べさせてくれるかな・・・・。」 ニコリと笑うとパッとアーモンドの顔が輝いた。 「本当ですか!?嬉しいっっ!!・・・・厨房はこっちです。」 慌てなくてもいいのに、と内心笑ってしまうほど必死な様子でアーモンドはサンジの手を引っ張って厨房へと案内した。 昔の自分に通じるところがあることに、サンジは彼女に親近感を持った。 落ち着いてきたとはいえ完璧に消え去っていなかったモヤモヤとした気持ちは、いつの間にか吹っ飛んでいた。 |
08.04.12.