過去と今と未来と1




空は青く澄み渡り、海は穏やかな波で気持ちのいい日だった。

ここ、春気候のとある島には午後に到着した。もちろん海賊船であるので、港には着けず、人里離れた、停泊するには不向きの岩だらけの海岸線に船を止める。普通の船ならばそんな所には停泊できないのだが、この船の航海士は一流の腕を持っている。朝飯前とばかりに見事な指示を出し、入り組んだ岩場なのにもかかわらず下船するのに支障の無い場所を見つけて停泊した。
人から見つかりにくく、また下船しやすい場所に留まった可愛らしい羊頭がついた海賊船、ゴーイングメリー号。

この船の乗組員、麦わら海賊団の面々は、今回は大丈夫だろうと、いつもは当番制にしている船の留守番をなしに全員で船を下りた。
普通の人間ならよたよたしそうな岩場をものともせず、ひょいひょいと軽い足取りで先へ進むのは、ただ単に島に到着した嬉しさだけからくるものでは無いだろう。みんながみんな(ごく一部を除き)、並外れた運動神経と体力を持ちあわせているからだ。
しばらく岩場を歩くと、徐々に歩きやすい、しかし別の意味で歩きにくい砂浜に変わった。
いつもなら真っ先に飛び出して行くこの船の船長、ルフィも珍しくいつもに比べておとなしく歩いている。
下船する際に真っ先にこの岩場に見事に船をつけた、敏腕航海士、ナミに鉄拳という形で釘をさされたからなのは、微笑ましい光景を超え、もはや怯えたくなるような空気を作り出していた。

シュンと項垂れるルフィの横には一見不貞腐れているようにも伺える強面の剣士、ゾロも並んで歩いている。「別にルフィが先に出かけて行ったって問題ないだろう」の声ももちろん、ナミの鶴の一声で却下された。
ナミ曰く、「いつもは船番で誰かが残っているから、たまには全員で陸で夕食を食べるのもいいだろう」ということらしい。
成長過程の途中で家族団欒の夕食が出来なくなってしまった寂しさがそうさせているかもしれないが、ナミはわりと皆できちんと夕食をとる事を好む。
別の意味で船の一流コックもそれに同意している。まぁ、調理、かたづけだけでなくおいしい料理をと、考えれば頷ける事なのだが。


砂浜を過ぎ、道らしい道を見つけ暫く歩くと、漸く街の明かりが見えだした。まだ日も明るいうちに着岸したはずだが、気が付けば、日はすでに傾いていた。
夕食を食べたら街を散策する時間はないだろう、ログを確認しらたすみやかに船へ戻ることが声に出さずとも決定することは誰にも想像できた。船長の食欲を満たす食糧調達を考えると宿に泊まる余裕など微塵もないことは誰もがわかっていることだ。
だからこそせめて食事だけでもと、いつも島に着いた最初は島の店で食事をとることが多かった。


ルフィだけでなくチョッパーやウソップまでもが「腹が減った。」の声を上げるようになる頃には町外れに着いた。そのまま食事のできそうな店を探す。
ここはプロの勘とでもいうべきなのか、皆で食事をとるときは、たいていサンジが安くておいしい店を見つけてくれる。
今日もサンジがぐるりと回りを見回すと、もうちょっと先へ行こうとまた歩き出した。

「もう、ダメ〜。早くぅ〜〜サンジ〜〜〜。」

半ば涙声で訴えるルフィに大袈裟だなとため息が隣の剣士から漏れた。もちろんナミやサンジも呆れ顔。ロビンはまったくしょうがないわねと苦笑を溢している。
それからさほど歩かずにサンジがぴたりと止まった。
ふむ、と薄い顎鬚に手をあててちょっと考えるような仕草をすれば、よし。と声を出した。

「ここにしよう、ナミさん。」

明るい口調で振り返る。
その先にはあまり上品さはないが、それでも小奇麗さを感じさせる程度の明るさを持った小さな宿を兼用している店があった。看板には、食事と宿とある。
まぁ自分達はバカンスに来ているわけではない。ましてや海賊だ。普通に考えても、もっと小汚い所で食事をしても当たりまえの自分達には上出来な店だった。
あまり大きくない、いくつかついている窓からは隙間から微かにいい匂いが流れてくる。建てつけはそれなりのものだからか、はたまた中にいる人間が大多数なのか、賑やかさが伺えるほどの声も漏れ聞こえてきた。
外観の様子からだけでなく、中から聞こえてくる声や、空腹を思いださせる匂いから判断しても大概外れることはない。たぶん酒も美味しい物が置いていあるだろう。サンジが皆に以前簡単に説明した素人でもわかるおいしい店の見分け方の基本はもちろん、それ以上にコックとしての何かがこの店をサンジに選ばせたのだろう。
そうと決まれば早い!
とルフィを先頭にウソップ、チョッパーもダッシュせんばかり店に向かった。

「おいおい、そんなに慌てなくても店は逃げないぜ?」

まったくうちの船長ったら。誰もがそう苦笑いを浮かべながら船長に続いて店に入っていった。



バタンと多少大きな音を立ててドアを開けるがそんなことは誰も気にしない風に予想通りの大勢の客が飲み食いをしていた。
まったくこういった店はどこもかしこもパワーがあるものだと感心する。
レストランというには高級感もなく、かといって純粋に飲むだけで疾しい雰囲気もない。明るい音楽が流れているがそれも客の喧騒でよく聞こえないが、でも嫌な雰囲気ではなかった。
宿を兼用しているのだから、船乗りなどの多少柄の悪い輩が多いのかと思ったがそうでもなかった。以外だった。
半分は地元民らしく、半分はそれでも船乗りだろう顔ぶれだった。しかし誰も彼もが陽気な声でおしゃべりをし、楽しく食事をしていて、争いごとなどは起こりそうにもない。中には他の海賊もいるのだろうが、それでも必要以上に暴れるような雰囲気はなかった。それどころか、和やかささえ感じられる。
きっとこの店のマスターの所為だろうと最後に店に入ったサンジは思った。
大概、店は、そのマスターの色を濃く出し、それにつられて客層もだいたい決まってくる。
バラティエがいい例だ。
そこは、確かに海賊上がりのオーナーに海賊に負けない暴れん坊のコックばかりだった。もちろん自分も例に漏れず柄がいいとは言えない。といっても、それは対男性に限定されるのだが。それでも料理に釣られて来る客は柄の悪いにも関わらず、誰も彼もが人懐っこかったり、見た目を裏切って優しかったり。もちろん海賊も時には来て暴れたりしたのも事実だが、それは客ではない。料理を堪能しようとやってきた客は、みんな心根はいいヤツばかりだった。


穏やかなオーナーには穏やかな空気を持った店。上品なオーナーにはもちろん高級感溢れる店。
オーナー=店なのだ。
自分が店を持ったらいったいどんな空気を作り上げるのだろうか、という想像は後にして、サンジは店内をぐるりと見回した。
外見から判断した以上に店内は以外と広さが感じられた。それはテーブルとテーブルとの間隔の広さから感じられることだろう、かなり余裕を持っていて配置されている。しかし、その代わり、以外にも席数はさほど多くはなかった。
これはオーナーが少ない人数でも心置きなく料理をゆっくりと楽しめるように配慮したものだろうか。
それにあわせてか店員は1人しかいなかった。それはサンジには以外だった。
家族経営か?普通なら店員を雇うのならせめてもう1人欲しいところだろう、この賑わいでは。
少ないせいか、席はほとんど埋まっている。自分達の座るテーブルがあったのが、偶然にしては出来すぎのように感じられるほど。
本当に自分達で最後のテーブルだった。もう満席だ。
そして、その中でずっと1人忙しく動き回る店員。
女性でないのはがっかりだが、でも女性ではとてもじゃないが無理だろうことはすぐにわかった。あちこちからひっきりなしに注文の声が掛かってくる。
しかし、このよく動き回る男性もよくよく見れば女性と間違えんばかりに綺麗な顔立ちをしていた。
多少クセがあるのか軽くパーマがかった髪は肩で切りそろえられていた。歩き回るたびにクリンクリンと跳ねるそれはサンジほど明るくはないがそれでも綺麗な金髪をしていて。目鼻立ちはくっきりとしていて、大きな瞳はやはりサンジほどではないが澄んだ青色をしている。背丈があまりないのは、まだ少年を抜けきれていないからだろうか。とはいえ、子ども特有の丸さはほとんど感じられず身体の線もスマートだった。だからこそ可愛いという言葉が似合うのかもしれない。
思わずサンジが店に入ってとっさに間違えてクネクネしてしまいそうになったほど可愛らしかった。

と、一瞬息を飲む様子が伝わった。
誰が?とサンジが振り返ればそれは普段ストイックに過している剣士だった。
いつもいつも硬派を気取っているが、それはポーズか?お前はそんな趣味だったのか?と思わず突っ込みたくなるほどの反応だったが以外にも他のメンバーは誰もこれに気が付いていない。だったら、せっかくこれから食事だというのにいきなり店内でケンカというわけにもいかない。
内心『ふ〜〜〜ん』と思っていると、「ほら、座るわよ。」のナミの声に他のメンバーに続いて最後のテーブルについた。
まぁ、他人の趣向にとやかくいうつもりもないし。
サンジがちらと現実から思考を離しているうちにいつの間にか、その店員がテーブルに来て注文を取ろうと声を掛けてきた。

「いらっしゃいませ。こちらは初めて・・・ですよね?食事ならこちらのメニューをご覧下さい。飲み物の方は壁は書かれているものもあります。お勧めはこの島の地酒ですが、飲まれますか?」

綺麗な顔に合ったトーン高さの声と、仕草に誰もが納得と見惚れるように店員を見つめる。
あぁ、接客も上手いな、と思いながら何をオーダーするか迷っていたら、何を頼むのかも関係なしに船長から声が掛かった。

「俺、肉な、肉!!あとはサンジに任せるから!」

他のメンバーも大概サンジが頼むものには文句はない。それどころかサンジが頼むものには間違いがないのは経験済みだから声を挟む事もなく任せている。
ルフィの予想通りの内容に脱力しながら、じゃあ・・・とメニューから顔を上げると、そこには驚きの表情でサンジを見つめる店員の顔があった。

「・・・?」

何かまずいことでも言ったのかと考えるがサンジにしてみれば、まだ何も頼んではいない。おかしな顔をされる覚えもないので改めてオーダーしようと声を掛ける。

「あぁ〜。まずはうちの船長が肉っつったから、この地鶏の盛り合わせ。女性陣にはスープとサラダを先にしたいから・・・・これにしようか。・・・それから・・・?」

サンジがいろいろとメニューを指しながら声を掛けるがそれを聞いているのかいないのか、今だ店員は呆然とサンジの顔を見つめたままだった。
「おい・・・。聞いているのか?」
睨みを利かし再度注文をしようとすると、はっ、として今度はしっかりと焦点のあった視線でサンジを見つめた。一体何だってんだ、とサンジは舌打ちするがそんなことには気が付かないのか、店員は綺麗と誰もが思う顔を歪めた。

「あなた・・・・サンジ・・・さん?」

「はぁ・・・・・?」

突然の質問とも取れぬ問いに訳のわからない答えを返す。テーブルを囲むGM号の他の顔ぶれも一体何が何やら、わけのわからない状態にキョトンとしている。唯一船長が早く肉が食いたいのか、「肉、肉。」と呟いている。

「・・・・まぁ、俺は確かにサンジっちゅうんだけどよ、あんたとは知り合いだった覚えがないんだが・・・。」

とりあえず、サンジは再度答えたが、その店員はやはり聞いているのかいないのかつかめないまま、サンジの顔を見つめたままだった。

「一体何だってんだよ、クソ!」

発火点はもともと低いのだ。気分を害してイライラしてきたサンジは、もうこんな店はやめたとばかりに席を立とうとする。
なにかしらわけありと見た、横にいたナミは「ちょっと落ち着いて」とサンジの肩に手を掛けた。

するとただならぬ雰囲気を察したのだろう、コックコートを着た人物が店の奥から出てきた。まだ料理も頼んでいないのにここでコックが出てくるのは筋違いだからたぶんオーナーも兼ねているのが想像できた。
親という様子は見られないから家族経営ではないのだろうが、でもコックも1人らしい。とたんに、まわりから「さっさと料理くれよ〜!」と怒りではないが声が掛かる。

「すみません、うちの店員が何か粗相でも・・・。」

手を拭きながら頭を下げながらやってきて。
やってきたコックを振り返り店員はどうしてよいのかわからないのか、突然挙動不審にソワソワしだした。
あまりの店員の様子のおかしさに一瞬「どうしたんだ?」と声を掛けながらテーブルに近づくと、オーナーらしきコックまで店員の様子の原因でもわかったのか店員同様の反応を示した。
やはり、オーナーらしきコックもサンジを見て驚愕の表情をしている。
「一体何なのよ!」とさすがに怒りたい気持ちでその原因となっているサンジを見たナミの顔が歪む。

サンジも相手同様に驚いていたからだ。ナミは恐る恐るサンジに声を掛けた。

「・・・・?どうしたの・・・?サンジくん。」


「・・・・ロイ・・・。」


ボツリとサンジが呟いた。






HOME    BACK    NEXT




まだ、ここでのふたりはできていません。期待外れっすね。(あわわ)

2005.09.16.