過去と今と未来と2



「なになになに・・・?」

きょろきょろとナミが見詰め合っている店のコックとサンジを見比べる。
間に入ったような位置に立っている店員もうろうろとするばかりだった・・・。




「・・・・・・ひさしぶり・・・・だな、ロイ・・・・。」

先に声を掛けたのはサンジの方だった。いくぶん動揺した声音をしていたが、あえてお互いそこは無視する。
それを受けてサンジより幾つか年齢のいっていると思われるロイと言われた店の白衣を着た人物が答えた。

「・・・・あぁ・・・サンジも・・・元気そうだな・・・。ここにいるってことはバラティエを出た・・・のか?」

ロイの方もかなり声が震えていたが、やはりそこは気にしないふりをした。

「あぁ・・・。今はここにいる仲間と旅をしている・・・・。今日、この島に着いたばかりだ。食事もらえるか?うちの船長が腹を空かしている。オーダーは任せるから・・・。」

少しずつ平静を取り戻すと、言葉を繋げるサンジはロイを見つめながら、食事を注文した。

「あぁ・・・。待ってろ。今、用意する・・・。」

簡単に答えるとロイはゆっくりと踵を返し、今までいた店の奥へと引っ込んでいった。ずっとどうしようもなく佇んでいた店員はその後を追いかけるように同様に店の奥に入っていく。
今だ、他のテーブルからは何も気にしない様子で話し声が響き渡っていた。




店の喧騒が余所のようにこのテーブルだけが妙な静けさを纏っていた。

「サンジ・・・くん。大丈夫?顔、真っ青よ・・・。」

ナミが心配そうに覗きこんでくるのに、サンジはいつものラブコックぶりも発揮できずにいた。

「あ・・・・あぁ。大丈夫、ナミさん・・・。ちょっと外の空気吸ってくるから、料理がきたら先に食べてて・・・。」

静かに席を立つサンジにまわりは声をどうかけたものかわからないままその背中を見送った。多少フラフラしている感もあるが足取りはしっかりしていたので、ウソップあたりはホッとしているようだが、それでも心配そうに見つめていた。

「大丈夫かな・・・サンジ。なんかこの店のコックが出てきてから様子が変だったぞ。」

チョッパーも心配そうにしている。
ウソップがやはり様子を見てこようかと腰を上げかける。

「いいよ、ウソップ。1人にしておいてやれ。」

立ち上がりかけたウソップの肩に手を置き、座れとルフィが示す。

「でもよぉ、いいのか?」
「サンジが1人にしておいてくれっていってんだから、いいさ。暫く様子をみよう。」

多少心配げに、しかしそれでも大丈夫だと言い張る船長にウソップも椅子に座りなおした。

「いつサンジがそんなこと言ったんだ?」
「さぁ・・・?」

ウソップとチョッパーは隣り合わせに顔を見合わせた。いつものごとく船長には他の乗組員には聞こえない何かが聞こえたのだろう。外に出たのは一人になりたい、ということだとルフィは判断したのだ。
ナミとロビンもどうする事も出来ずにただ肩を竦めるだけだった。剣士にいたっては、何事もなかったかのようにずっと腕組みをしたまま目を瞑っているだけだった。







ふぅ〜〜〜。
長い息を吐くと、ゆらゆらとタバコの煙が風に煽られて消えていった。

店を出てすぐ目の前の通りから海を眺めた。
ちょうど通りを挟んだ店の反対側は手すりを隔てて海が眺める高台になっていた。少し歩けば坂を下る道を辿って港に繋がっているのだろう、真っ直ぐに伸びている道が見受けれられた。
しっかりとはわからないが、この島はあちこちに海を眺めることのできる高台の町並みが多く作られているようだ。島に着くときに多くの町が島の上部に確認されている。この島の人間が海を好きなことは、地形だけが町を作る理由になっていない様子から容易に想像できた。
まだ店に入ってからたいして時間が経っていないはずなのに空はすっかり暗くなっていた。先ほどはまだポツポツとだった街頭もすでに全部灯されていて、それぞれの家からは夕食どきだからだろう、いい匂いがあちこちから流れてくる。
島について1日も経っていないのにここがいい島だと容易にわかる。
確かに海賊らしき輩もチラホラ見受けられるが、特に乱暴を働くこともなく平和に酒を飲んでいるらしい。まぁ、もっともそれらしい裏町へ行けばそこそこの賑わいやいざこざはあるのだろうが。

「まさかこんな所で会うとはなぁ〜〜〜。」

ポツリと口から零れた呟きは煙にのって風に消えていった。
すでにタバコは短くなり、言葉と一緒に灰も流れていく。
凭れていた桟で火を消し、くるりと向きを変え、改めて店をしげしげと眺めた。



たぶん余所からの客は少ないだろうと思われる地味な作りの景観。視線も気にせずに食事に集中できる窓の大きさ、数。無理に客数を増やして経営に走ることの無い数の席数を保つ広さと間取り。本当に食事を楽しみたい人間の為の食事ができるような作りの店だった。
それと余所から来た人間も排除することなくゆっくりと食事ができるように配慮したのか、宿も兼ねているらしい。

目線を上げるとさほど古くも無い看板が目に入る。多少潮風によって痛んではきてるが、小奇麗な看板。風に揺れられているそこには、言葉そのままのイメージで塗られた文字でマリンブルーとあった。

「海の青・・・ね。」

バラティエとは、もはや縁もゆかりも無い店。でも・・・なにかしら意図を感じる店名だった。いや、そう思ったのはサンジだからだろう。
店に入るときには、店名とは別になんとなく勘でここがおいしいだろうとは思ったけど・・・。
まさかなぁ〜、とため息が漏れた。こんなことになろうとは思いも付かなかった。

どうしよう。
どうしようかと、サンジは眉間に皺を寄せた。
しばらくぼぅっとするが。
普通に過せばいい。
普通に食糧を調達して、この島で過して、ログが溜まったら普通に、いつもと同じようにこの島を出ればいい。
これはただの街にあるただのごく普通の店のごく普通のコックだ。何も関係ない。過去のことに拘る必要など何もないのだ。
そう、サンジは思うことにした。

もう一本タバコを取り出すと、シュッとマッチを擦る。
もう一本吸ったら店に戻ろう。


しかし、まわりはそうはさせてくれなった。





タバコを吸い終わると、地面に張り付いてしまったように微動だにしていなかった足を動かした。
軽くトントンとクセになっている仕草をし、歩き出す。

店の前に立つと、軽く深呼吸をして先ほど出てきたドアを開け、もう一度中に入った。
今だ賑やかく暖かい雰囲気の中に、しかしほんのちょっぴり違う空気を感じたが無視をすることにした。

皆のところに戻ると、最初に注文した品はすでにルフィの胃袋に入ったのか、テーブルの上には空になった皿がいくつかと、新たに頼んだのだろうまだたいして手のつけられていない品がいくつかあった。

「大丈夫・・・・サンジくん?」
「うん、もう大丈夫だよ。心配を掛けてごめんね。」

ナミが心配そうに声を掛けるがいつものラブコックぶりはどこへやら、サンジは静かにナミに笑みを返す程度だった。
と、椅子に座ったサンジの前にはまだ湯気が立ち上っているスープが置かれていた。本当にサンジが戻るのを見越したタイミングで出されたとした思えない温かさを感じる湯気だった。

「あ・・・れ?こんなスープ俺、頼んだっけ?」
「ここのコックさんから貴方にですって・・・。飲んで欲しいみたい。本当に今出されたものだからタイミングもまるで計ったようだわ。」

ニコリと頬杖をついて説明をするロビンの横では意味もなく緊張しているウソップが、その横からルフィに手を出されてあわてて自分の皿を死守している。チョッパーにいたっては、それこそ食べるのに必死だった。
ナミは軽くため息を吐き、手の上に顎を乗せながらサンジを覗き見た。

「ここのお店の人とは知り合いみたいだけど、なにかまずいかしら・・・。だったら、食べたら早々にここを出るけど・・・。でも、さっきスープを持ってきてくれた時、できればログが溜まるまでここに泊まって欲しいようなことを言っていたわ。ログは1ヶ月もあるっていう話だけれど・・・どうする?」
「どうするっていわれても・・・。船の方は・・・。」
「あぁ、船だったら、ゾロに留守番をお願いすれば・・・。」

自分の名前が出たことにジョッキを傾けながら眉をピクリと動かすが、何も言わないところを見ると異論はないらしい。
が。

「私が船に戻るわ。この島には興味を引かれるものもないし・・・。ログは長いからなんだったら途中で交替するわ。」
「え〜〜〜っ。ロビンちゃんが船番なのぉ〜〜〜。」

クルリとまわった眉がへにゃんと下がる。ゾロもロビンの言葉が以外だったらしく、多少なりとも驚いていた。

「いいの?ロビン・・・。」

ナミもロビンの申し出は予想外だったらしい。

「えぇ、なんとなくだけれどその方がいいような気がするわ。それに・・・居づらいようだったら航海士さんも船に戻るか他の宿にした方がいいかも・・・。あまりいい雰囲気にはなれないだろうし・・・。」

ロビンの言いたいことがよくわからないらしく、ナミやゾロはロビンを見つめた。あいかわらず食事に集中しているルフィたちもテーブルを挟んだ反対側の様子に食事の手を止める。
唯一人ロビンの言いたいことがわかってサンジは引き攣った顔をしていた。やっぱ、ロビンちゃんは大人だけあって色々とわかってしまうんだなぁと感心もしてしまうが、自分にとっては笑っていられる内容ではない。
一瞬、ここに泊まるかどうしようか迷うが、先ほど店外で決めたのだ。普通に過そうと。
向うがどういう理由でここに泊まる事をすすめるのかは考えないようにして、じゃあ普通に考えれば断る理由も特にないのだからここで断れば反って意識していると相手も思わせてしまうかもしれない。
そう思い、サンジはこのまま皆でここに泊まる事に同意した。


なにもかもよくわからない、と溢しているナミには、適当に誤魔化しておこう。いや、ナミだけでなく船長以下、船の仲間には言う必要はないと思った。
もちろん自己紹介程度のことは言わなくてはいけないのだろうが。
ナミは多少疑問を持ちながらも、店からの申し出で安く宿に泊まれることには喜んでいる。他の連中も久しぶりの陸でうれしそうにしている。
自分とこの店のオーナー、ロイとの関係なんてとうの昔に終わったこと。今はただの店のオーナーと客だ。
ただそれだけだ。
あの最初にテーブルに来た金髪の刺すような視線もやり過ごすことにした。
なかなかゆっくりすることのない陸の生活を皆が楽しんでくれればそれでいいとサンジは思った。
そう思って、目の前に出されたスープも何も考えないようにして飲んだ。





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全然進んでいません。ごめんなさい。

2005.09.20.