過去と今と未来と3




店の奥にある階段を上がると長い廊下の両脇にドアがいくつか連なっていた。

「えっと、女性の方はこちらの部屋を使って下さい。シングル部屋になっています。後は男性陣はツインでいいですか?シングルの部屋が全員分ないんです。あ・・・でも、そうすると1人あまってしまいますね。」


元々部屋数が多いわけではないのだろう。先ほどオーナーであるロイに紹介された唯一の店員、JJは腕組みをしてちょっと首を傾げるとルフィが言った。

「別に3人で一部屋でもいいぞ。」

それにつられてウソップもうんうんと頷く。

「そうだな、いつもはベッドですら寝てねぇし〜。ベッドがあるだけでも天国だ!」

どんなところで寝ているのか想像もつかないのだろう、JJは不思議な顔をしていたが、まぁ本人達がいいと言っているのだから大丈夫だろう。お客といっても普段の客とは違うし・・・と考える。

「じゃあ、メンバーは・・・と。」

と、ウソップが仕切りそうになったそこへ意外な人物から声が掛かった。

「俺はクソコックとでいい・・・。」

でいい。ってなんだ!でいい。っていうのは、と突っ込みたいところだが、驚いたことはそこではなかった。
普段はあまり誰と部屋が一緒とか、一緒でないとか、そんなことは言わない人物。
何故か今回はゾロから相部屋のメンバーのご指定があったのだ。しかも、相手はケンカばかりということで相部屋になることがまずないはずのサンジ。
一体どういう風の吹きまわしか・・・。
普段の彼らを知っているGW号のメンバーは固まってしまった。もちろん言われたサンジはタバコを手に落としてあやうく火傷を負い損ねる。

ゾロとて本意ではないのだ、実は・・・。
いつもなら半ば子守り役を兼ねてかルフィと一緒のことが多い。というより、船番として船に残ることが断然に多い。
しかし、嫌というわけではない。
確かにケンカは多いが、サンジのことをまったく嫌いというわけではなかった。
普段は口は悪くなにかと突っかかれたり、突っかかったりするが、それも嫌ではないし、ケンカも時には実践的なトレーニング代わりにもなる。相手がそれなりに実力があるからできることなのだが。
もちろんケンカが対等にできるだけあって、戦闘においては二人してルフィについて戦い、時には背中を預けても大丈夫だと思うことさえある。
そして、料理はいうまでもない。
今日のここの店の料理ももちろん、他の島で食べる料理もおいしいのだが、なにせ普段がこの一流コックが作るものを食べているから巷で評判になっている店の料理で多くの人がおいしいを連発しても、そうか?と思うことさえある。どうやら口が肥えてしまったと自覚するぐらいだ。
それぐらいこの仲間であるコックの料理は認めている。
しかし、それと相部屋になることがどういった関係があるのか・・・。


先ほど船に帰る前にロビンが言ったことが気になるからだ。
彼女でこそ、まだ仲間として信用していいのかわからない部分が多いのだが、それでも人を見る目、ものごとを冷静に判断する目は信じるに値する。
その彼女がコックに注意しておけというのだから、仕方が無い。
コックを見張るのはルフィやウソップでもかまわないとも思うのだが、何かあったときに自分が対処するのが一番適任だとロビンが思ったのだろう。ルフィたちには聞こえないようにさり気なく伝えてきた。もちろん当事者になろうコックにさえも聞こえないように。
いつもそういった役目が多いのも自負している。
しかし、冷静に判断ということに置いては自分だけでなく、女性人もなかなかに鋭いところがある。
が、そう判断して、ふ、と思ったことはロビンが先に追記して囁いた。
「航海士さんは、ダメよ。女性じゃ、たぶん不向き。」

何故、女性だとダメなのか。
その辺りもよくわからないのだが、別に嫌じゃないし、どうせ男女一緒の部屋にするわけではないからいいか、とゾロは承知した。
たとえ一緒の部屋になっても、あのナミとコックじゃあ何もないのは考えるまでもないのだが。
普段はやたらとナミに好き好きと言ってはいるが、それも変な意味ではなく、本当に大事にしているだろうことは傍目に見てもわかる。
恋愛という意味での好きとはまた違う。女神扱いもあながち間違いではないとわかるほど大切にしている。
それは一体何故かはわからないが、それでもナミをそこらの通りすがりの女性扱いはせず、手を出す事は絶対にないだろう。まぁ、ナミから迫られればわからないが。

なんにしても、普段「クソコック」と名前を呼ぶことさえないサンジと同室というのもたまには悪くないかと、頭をボリボリ掻きながらゾロは手を差し出し鍵を受け取った。
いまだ不思議な顔をしている、サンジに「ほら、いくぞ。」と声を掛けるのも忘れない。
まぁ、サンジも不満があるわけではないから、ゾロの後ろに素直に着いていった。もちろん「ナミさん、おやすみ〜。いい夢をねぇ。」の声掛けもわすれずに。


ナミやルフィ達もJJから鍵を受け取って、それぞれの部屋に入っていった。








部屋に入ってからは、双方思い思いの時間を過ごしていた。
ゾロは部屋に入ったとたん、また手にしていた酒を飲みだし。
サンジは早々にシャワーを浴びに、部屋についているバスルームへと入っていった。
シャワー室へと消えたサンジを横目に見て、ゾロはもう一度ロビンが言ったことを思い出していた。



「たぶん貴方の苦手分野だろうとは思うけど。それでも他の子よりはいいと思うの。貴方は大人だからこの店のオーナーとコックさんが昔どんな関係だったとしてもそれを騒ぎ立てる事も動揺することもないでしょうし。」
「さっきスープを持ってきたオーナーと店員さんの目を見てると、何事もなくこの島を出られるとは思えない。それは小さなことかもしれないし、大きなことかもわからないけど。でもコックさんにとっては大変なことになるような気がするわ。」

そういわれれば思いつくことは一つしかなかった。本人は、「女の勘よ」と、多少苦笑まじりに呟いたが。
自分にはまったく縁のない感情。しかも、それが男同士ならなおさらだ。
男ばかりの海賊船ではよくあることだとは聞いている。そう言われれば、サンジのいた、あのレストランも男しかいなかった。しかも海賊ばりの猛者でとうていコックとは思えない輩ばかり。



と、そこで思考が閉ざされた。
サンジがバスルームから出てきた。いつの間にか結構な時間が経っていたのだろう。
ゆっくりと湯にでも浸かっていたのか、肌に赤みが差している。髪もまだ雫が垂れていた。
そこでゾロは気が付いた。
普段上陸しても、一緒の部屋に泊まる事はないし、船ではいつもナミ達女性陣がいるから目にすることがほとんど無い裸体。いつもは、そんな格好でうろつくことがないサンジはめずらしく腰にタオルを巻いただけの上半身裸で出てきた。
ゾロは鍛錬の時などはわりと上半身裸で船内をうろつくし、ルフィやウソップなどは服の着方からして半分以上肌をさらしているようなものだ。
しかし何かと船から落ちた船長を助けたり、ふざけて洗濯をして服を濡らしたからと、服を脱ぐこともままある。
初めて見たわけではないが、それでも改まってゆっくりと目の前でサンジを肌を見ることはなかった。

へぇ、と声に出さずに目を見張る。
いつも着ているあのスーツからはただただ細いだけの身体という印象しかなかったが、今、目の前に曝されている身体は意外にもしっかりと肉のついた男の身体だった。
もちろんゾロからすれば細いと言われても仕方がないのだろうが、もともと世界最強を目指して鍛錬を欠かない人物と比較する方がいけないのかもしれない。ウソップ辺りと比較すれば充分に骨のあるがっしりとした身体だ。
それでも。
それでもやはり、サンジは好色の目で見られるのだろうことは想像に難くなかった。
がっしりとした中にも色の白さは隠せず、ラインは綺麗にスラリとしている。筋肉がついているとはいえ、余分な脂肪はまったくない。
他人に言わせればゾロも筋肉がしっかりとついており、綺麗な体と言われるのだろうが、綺麗の意味合いが違う、とゾロは思った。
妙に色気を感じるいうのが本音だ。
どうしてそんな空気を持っているのだろうか?天然か?隠しもっていた生まれつきの才能か?夜の王を目指すわけではないのだから、そんな才能ならいらない気もするのだが。

ゾロの視線を感じてサンジが睨みつけてきた。無論、視線の意味合いがわかったのだろう。

「お前はそうった輩じゃ、ないだろうが!」

半分怒りが入っているのか。刺がある。

「あぁ、悪ぃ。そんなつもりで見てたわけじゃないが、なんだか解るかもって。」

悪びれもせず答えるゾロに、サンジはため息を吐いた。

「ってことは、同室になったのもその辺りが原因か?わかったのか?ロイとのこと・・・。」

苦虫を噛み潰したような顔をしてサンジは自分の割り当てのベッドにドカッと腰を下ろした。

「気が付いたのは、ロビンだ。あの女がお前を心配していたぞ。だが、女が下手に出しゃばらない方がいいと思ったんだろうな。」
「そっか、ロビンちゃんが・・・。気ぃ使わせて悪いことしたな・・・。」

ポツリと溢した声には元気がなかった。

「痛ぇよ。ロイの視線が・・・。それにあのスープ・・・。」

はぁとため息が顔を覆った指から漏れた。

「あのスープが何だ?」
「てめぇにゃ関係ねぇよ!」

キッと睨むがそんなことはゾロには効かない。

「あぁ、お前とここのオーナーの関係なんて・・・、男同士の恋愛になんて俺には興味はないが、おめぇの状態がこの先の航海に支障が出てくるようだと関係ないとかは言ってられないだろうが。」
「大丈夫だよ。終わったことだ・・・・。」
「向うはそう思っていないんじゃないか、その様子だと。それに、あの店員、なんっつったっけ?」
「JJ・・・か?」
「そう、そいつもなんか言いたそうだったじゃねぇか。」
「あぁ・・・そうだな。」

ジッとサンジがゾロを見つめた。

「どうした?」
「いや、別に・・・。もっと笑うか軽蔑するかと思った。」

ゾロは手にしていた酒をぐびっと煽った。

「あぁ?男同士の色恋沙汰どうのこうのってヤツにか?まぁ、別にいいんじゃねぇの?俺には興味はないが、そんなヤツが世の中いるってのは知っているし、一人で旅してた時はそういったヤツに声を掛けられこともないわけじゃないからな。」

サンジは一瞬キョトンとして固まったかと思うとぶうっっと噴出した。
ゾロの眉が跳ね上げる。

「あぁ??お前がぁ??」
「何だよ!!」

悪ぃ悪ぃと手を振りながらサンジは謝った。

「あぁ〜〜〜。そうだなぁ〜、お前、モテそうだもんな。レディだけでなくヤローにも・・。そういえばあのJJ。あいつ、お前を見る目が他のヤローとは違ったもんな。」
「てめぇが言うな、てめぇが!!そう言ったてめぇもあの魚の形の船のレストランにいた時なんて、ヤローにモテまくってたんじゃないか?」

自慢になるのかならないのかわからない話題で言い合うのもなんだかなぁ、と思いながらもついつい突っかかってしまう。
そこでサンジは困ったことを思い出したように眉が下がった。

「まぁよぉ。バラティエにいた頃は確かにいろいろあったけどよ・・・。今はちゃんと普通にレディと恋しているぜ?」

立ち上がり、椅子に掛けてあったスーツに手を伸ばしてタバコを出した。
サンジのその様子を見ながら、内心あれが恋かと島につくたびのサンジの様子を思い出す。あれは恋じゃなく、ただのナンパだろうが。

火をつけ一息吸うとふぅと息を吐き出し、今度は灰皿を持って再度ベッドに座った。
それを待っていたかのように、ゾロは声を掛けた。

「で、どうするよ・・・、あのロイってやつと、JJ。ロビンの観察によりゃあ、ロイはお前が気になっているようだし、JJはたぶんロイの恋人だろう?嫉妬の炎がめらめら燃えてたぜ?」

こんな話題をするとはなぁ。しかも、このコックとする日が来るとは・・・、と思いながらもこの仲間が嫌いではないので、ついつい相談に乗るような口ぶりで話を戻してしまった。
まっく、と自分に内心舌打ちする。らしくない、と。

「あ〜。どうするってよぉ。別に特に何か言われたわけでもないし・・・。知らん顔するさ・・・。」
「それですみゃいいけどな・・・。」

サンジがそう言うのなら、あえて自分から深みに入っていくことは無い。本当にこれ以上巻き込まれるのは怖かった。
嫌という感情ではなく、怖いというのは自分でもわからなかったが、それでも怖いとゾロは思った。
何にしてもこの話題ももうやめようと暗に話の終了を告げたとき、ドアからノックの音が響いた。



ノック音を聞いた瞬間、下手な女より怖ぇとゾロは思った。





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またまた全然進んでいません。ほんと、ごめんなさい。

2005.10.10.