過去と今と未来と4




「ちょっといいですか?」

ノックとともに声が掛かった。

「あ・・・あぁ。」

予想外の声にホッと息をつくつもりが最初の一言でそれが緊張の為の呼吸に変わった。
と、一体誰が来ると思ったのだろうかと、サンジは心の中で苦笑した。横に視線を移すとそれはゾロも同様だったらしく目が合った。
丁寧で仕事めいた動作に店員としての用事で来たのだろうと、サンジは思った。
が、それはただの期待にしかならなかった。

「失礼します。・・・実は・・・!!」

と、ドアを開けたとたん店員であるJJは一瞬固まって不味そうに俯く。

「あぁ、何だ?部屋のことなら別に問題ないし、宿泊のことならあのナミ・・・。女のところへ行ってくれ。」

女というゾロの言い方は今に始まったことではないが、ついサンジをそれに反応してしまう。

「んな言い方ないだろうが!ナミさんに向かって!!」

今すぐにもでケンカをしそうな雰囲気を作り出す2人にJJは物いいたげな顔をしながらも驚いている。

「あ・・・あのお邪魔なら、また明日にでも・・・。」
「「ああん!!」」

揃って睨みを効かす2人にドアを閉めようとするJJにゾロが不機嫌に声を掛けた。

「なんか用だったんじゃねぇか?」
「あ・・・・でも・・・・その・・・・あの・・・・・・、お邪魔・・・・・じゃ・・・・。」

しどろもどろになくJJは、声さえも段々小さくなっていく。目線も床のあちこちを行ったり来たりで泳いでいる。
何を一体困っているのかと首を傾げるが、ぶるっと寒気を感じた同時にサンジにはJJの落ち着きのなさの原因に思い当たった。

「・・・あ!!」

突然の声に隣で腕組みをしている剣士の額に皺がよる。

「あぁ〜、ちょっと待て!今服着てくるから。勘違いすんなよ!ただ単に汗を流していただけだから!!」

サンジの説明にホッとした様子を見せるJJを見て、漸く彼が部屋を出ようとした理由がゾロにもわかった。
宿泊以外の内容でこの部屋に来たのだとしたら、勘違いにしろ部屋を出て行ってもらった方が良かったかもとは内心思わないでもないのだが。



あわてて先ほど出てきたバスルームへと引き返すサンジを見送ると、多少安心したのかJJはゆっくりと部屋に入ってきた。
ただ話の内容は別にして、ここの従業員ではあるのでソファに座ったりはせず、ドア前に立ったままだった。
瓶半分になった酒に再度口をつけるとゾロはJJに声を掛けた。

「一体どんな用事で来たのかはわからんが、とりあえずそこ座れ。そうドアの前に立ったままじゃあ、こっちも落ちつかねぇ。宿泊のことじゃなければ何だ?俺とあいつとどっちに話があるんだ?」

ドアから覗いた顔にノックの瞬間懸念していた内容とは違う用事で来たかと安心したのだが、やはりそう期待するようにはならないらしい。
そういえば、このJJは最初この店に現れたサンジをやたらと気にしていたことを思い出す。特にロイの知り合いとわかってからは。もう仕事も手に付かないんじゃないかと思えるほど。だったら用事があるのならそれは今あわてて着替えているサンジに話があるのだろう。場合によっては自分はこの部屋にいない方がいいのだろうか?それとも今までの様子から察するにある程度の修羅場になるのなら、止め役(この際どちらかはわからないが)に部屋に残っていた方がいいのだろうかと、ゾロはいつもは使わない脳を回転させる。


JJを見ればちらちらとJJの方もゾロの様子をも伺っているが、それは居て欲しくてなのか、それとも早々に退散して欲しくてなのかがわからなかった。たぶんJJの方もこちらの様子をただ伺っているだけなのだろう。

「あのコック・・・。サンジに用があるのなら、俺ぁ出て行くぜ?」

いろいろと考えるのは苦手とばかりに、直接JJに聞いてみる。が、判りやすく、と普段は呼ぶこともない名前を自分の口から出すのもなんだかくすぐったかった。
腰を上げかけるゾロに一度ソファに座ったJJの方が慌てて腰を上げる。

「あ・・・!いや、サンジさんにっていうか・・・・。えっと・・・。」

言いたいことがあってきたのではないのだろうか?それとも緊張して何も言えなくなってしまったのだろうか?
なんともまぁ大人しいというか、気の小さいというか。
ゾロはため息を吐いたが、一般人からすればたた単に顔を向けられただけでも震え上がってしまう目を持つことに自覚がないゾロの方が悪いのかもしれない。


さっさと早く出て来い、アホコックめ!
イライラしだしたことは元々の顔つきでわからないまでも、ゾロの機嫌が良くない事はJJにもわかったらしい。
先ほどよりも小さな声でポツリと溢した。

「あの・・・・・。ゾロ・・・さんでしたっけ・・・・。貴方は・・・・サンジさんの恋・・・・・人・・・・ですか?」
「はぁ??!」

どうしたらそういった発想になるのか?
予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。表情も今までの凶悪なものはどこへやら、ナミ辺りが見たら大笑いしそうなほどの驚きをしているだろう。

あまりの質問にどう返していいか口をパクパクしていたら、これまた後ろからもっと驚く答えが帰ってきた。

「そうだぜ?・・・・安心したか?」

あまりのセリフに振り返ってサンジを凝視してしまった。
今度こそ開いた口が塞がらない。もうナミどころか船中大笑いだろう。まぁ、笑わないのは今その顔を作り上げた原因を話した本人だけだろうが。
振り返ったそこには、さっきまで来ていたスーツではなくラフな格好でタバコに火を点けているアホコックがバスルームのドアに凭れていた。
何を言ってやがる、脳まで巻いたか、アホコックめ。
と、声に出そうとしたら視線で制された。なにやら意図があるらしい。
サンジの意図そのままにJJはあからさまにホッとした表情を表した。膝の上でぎゅっと握っていた手も汗を掻いていたのを漸く気が付いたのだろう、手を開いたり握ったり動かしている。

「だからなんの心配もないぜ。ロイに何を聞かされているのか知らんが、過去は過去だ。てめぇが今はロイの傍にいるんだろう?俺だって今はこのゾロと一緒にいる。それでいいじゃないか。どうせ俺達はログが溜りゃあこの島を出て行く。それでバイバイだ!」
「じゃあ・・・。」
「あぁ、てめぇが心配するようなことは何もねぇよ。」
「よかった・・・・。」

ホッと息を吐いた。やはり今までかなり緊張していたのだろう。そして心配していたのだろう。よくよく見ると泣きそうな顔をしていた。

「ありがとう・・・。仕事に戻ります。」
「礼を言われる覚えはないぜ?なんだ、そんな話か?だったら服着るんじゃなかったぜ!あぁ〜、戻れもどれ。俺達もこれから2人の時間を過ごすから、もう邪魔すんじゃねぇぞ!」

2人の時間って何なんだ!!
もうゾロには口を挟む元気も気力もなくなった。
なんて話題だ!JJ以上に脱力しそうだ。
何らかの意図があるらしいのでJJには見えないようにだが、しかしゾロはがっくりと肩を落とした。




パタンと小さなドアが締まる音がなくなると、ふぅ、とため息を吐いてサンジがベッドに戻って座り込んだ。ギシリとベッドが沈み込む。
と、同時に何故あんなことを言い出したのか文句の一つも言いたくなったゾロが口を開こうとしたら、また、先手とばかりにサンジが手を挙げた。

「そんなつもりは無かったんだが、話の流れでついつい・・。悪りぃな、やっぱてめぇを巻き込んじまったな・・・・。」

本気で悪いと思っているのか声に覇気がない。らしくないとゾロは思った。

「まったく・・・。恋人の振りならナミにしてもらえば良かったじゃないか?」

とりあえず違う方法もあったのではないかとゾロは思ってみる。

「あぁ、無理だよ。ヤロー同士っていう段階でナミさんを巻き込みたくない!それに向うだって信じねぇよ。そもそもあいつらにはレディに恋心を持つ思考回路持ってねぇもん。昔のことを考えれば、こっちがレディを好きだって言っても信じちゃくれねぇよ。」

昔の事って・・・と脱力しながらも、あぁ、ロビンが言った『女性は不向き』とはこういったことかと思った。だったら・・・。
ため息を吐きながらゾロも諦めた。結局なんだかんだと言っても嫌ではないらしい。多少ムカついてはいるが、それでも嫌だという言葉は出なかった。

「仕方がねぇ。ゴタゴタは勘弁だが、こうした方がゴタゴタが反って少ないのなら、まぁこの島にいる間だけ恋人になってやるよ。かわいくねぇ恋人だがな・・・。」

額にスジを立てながらも返す。どちらのことをかわいくないと言ったのか。お互い様だと2人して思う。
一気に疲れが出たのか、ドサリと今まで座っていたベッドに倒れ込み天井を見つめたゾロだったが、先ほどより大きなため息を何度かサンジから聞いた。
それなりに申し訳ないと思っているのかと思えば。

「どうしようかな・・・ナミさん達にはどう説明しようかなぁ〜。」

チラと目線を動かすとサンジが頭を抱えて心底困っていた。まったく何だよ!と多少腹が立った。

「あぁ?別にほかっときゃいいだろう?下手なこというと反ってバレちまんじゃないか?チョッパーあたりなんか口滑らしそうだし・・・。この島出てから説明しても遅くはないだろう。」

ゾロの以外な言葉にサンジががばっと頭を上げた。

「てめぇからそんな言葉を聞くとは・・・!まぁそうさせてしまったのは俺だが、でも意外だな。こんなことに巻き込んじまっても怒るどころか、手伝ってくれそうだし?」
「手伝うってわけじゃないが、言っちまったもんは、仕方ねぇだろう?終わったことをグダグダ言うな。」
「あぁ、マジ悪い。でも・・・。」

言いかけてサンジは口篭ってしまった。

「何だ?」

眉を顰めて先を促す。

「いや、ナミさん達のこともだが、JJとロイ・・・。あの2人の前では恋人同士なんだろう?自分で言っておいて今更だが、俺達・・・。上手くだませるかどうか心配になってきた・・・。お前演技下手そうだもん。」
「別に普通にしてればいいじゃねぇか。恋人ってったってケンカもするし、いつもベタベタするだけじゃないだろうが。皆の前だからってことで・・・。こういう恋人もありだろう?」
「おぉ〜、マリモにしちゃあ、上手い事いうじゃねぇか!」
「よけいなお世話だ!!」
「じゃあ、お礼とご褒美に〜vv」

今まで座り込んでいたサンジも漸く開き直ったのか、心が晴れたのか多少軽やかな顔をしてゾロのところまで近づいてきた。
ふいっとゾロの視界が暗くなったかと思ったら、キュッと抱きしめらた。
ポンポンと軽く頭を撫でるとスッと引いてそのまま自分のベッドに戻って言ってしまった。
何がしたかったのか?
よくわからないまでも、それでもサンジにしてみれば感謝のつもりだったのかもしれない。




島についていろいろと動いたし、この店に着いて、神経を使うことばかりだったからかなり疲れているはずなのに、ゾロは眠くならなかった。
それはサンジも同様だったらしくすぐベッドに入るかと思われたが、寝る様子は見られなかった。ゾロが視線を向けるとそれに気が付いたサンジもチラリをゾロを見るがそれ以上は何も言わなかった。ただぼんやりとタバコをふかすだけだった。
ゾロは空になった瓶を床に転がすとテーブルの上に置かれていた新たな酒を求めてベッドを立つ。そして、新しい酒の封を開けるとまたベッドでゆっくりと酒を煽った。
静かにお互いのベッド上でそれぞれの時間を過ごした。
外からは酔っ払いがうろうろとしているのか、賑やかしい。
対して部屋の中は静かなものだった。
しかし、いつもは気が合わないとケンカばかりしていた相手とこんな風に静かに過すのも悪くはないとゾロは思った。






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ちょっとは進展?

2005.10.14.