過去と今と未来と5




いつ閉めたか覚えがないが、窓に引かれたカーテンの隙間から入った光が頬に辺り、ゾロにしては珍しく自然の摂理にならって目が覚めた。
ただ目が覚めたといっても、今だ身体はぼうっとしたままで横になっていると、何かしらボソボソと声が聞こえた。それはなんとなくしか耳に入ってこなかったがどうやら歌らしいゆっくりとしたメロディを持ってゾロの耳に入ってきた。
ゾロはまだ覚醒しきらないまでも、ゆっくりと瞼を持ち上げるとぼんやりと黄色いものが目に留まった。

何だ?

それが何であるか暫く回らない頭で考えていたが、少し離れた黄色いものから聞こえてくるメロディの音が聞き覚えのあるトーンに漸く思い当たった。

「あぁ、コックの声か・・・。」

どうやらサンジが何かしら歌を口ずさんでいる事が伺えた。黄色かったのは後姿だったから、頭部がそのまま黄色く見えたからなのがくるりと振り返って始めてわかった。

「お?めずらしくマリモが朝日と共に活動を開始だな?へぇ〜、こんな時間から光合成始めるんだな?」

何言ってんだ、てめぇ!

と怒鳴ろうと思ったが、その笑顔につい口答えするのを忘れてしまった。
普段から憎たらしいことしか言わないにっくきコックが口にする内容は変わらないまでも、柔らかい笑顔をゾロに向けることはまずなかった。
あぁ、こんな風に笑うことができるんじゃないかと、思わずこちらまで顔が笑ってしまう。もちろん、いつも女性にはメロリン顔だけでなく優しい笑顔を向けていることは知っているが、それがゾロに向けられることがなかったからゾロとしては正面からその笑顔を見るのは初めてだった。
そして。
衣擦れの音は着替えていたからだったのか、まだボタンの留めていない新しいシャツからは日に焼けない白い肌が見えていた。
夕べも目にしたサンジの肌。
窓から入ってくる朝日がちょうどゾロの顔の横を通ってサンジの身体を照らし妙に光って見えた。


眩しい。


そう思うと、なんだか自分までもがサンジを好意の対象として見ることが容易に出来てしまっているような気がした。

俺はホモか?


今まで自分はそういった対象として同性を見たことがなかった。
過去、海賊狩りと呼ばれた頃は女性からだけでなく、男性からも声を掛けられたことも何度かあるが、商売女ばかりと言えど女性に困ることはなかったから、あえて男を相手にしようと思ったこともないし、ましてや実際に男相手にすることもなかった。
それどころか寄ってくる彼らを見て、何で男相手に勃つのかさえ不思議でならなかった。

と、突然、サンジにもやはり男相手に勃つのか、という疑問も沸いたが、それはやはり環境の違いだろうと自分を納得させる。バラティエと呼ばれるあの海上レストランには男ばかりだと言っていたから。
今でこそ女性敬愛のサンジだが、もしかしてやたらと女性に声を掛けるのは実はそういった輩から目を付けられないようにするためではないかとさえ思えてくる。
ということは、やはりサンジはその手の男性から声を掛けられる事が多かったのかもしれない。


お前って男からモテたのか?


そんなことを聞こうと口を開きそうになって、はっ、とする。
朝から聞く事ではないじゃないか。いきなり何を聞こうというのか。ましてやサンジがそんな事を聞かれて気分を害さないか?

朝から何考えてんだ、俺・・・。

ゾロは早朝から妙な方向から思考が動き出した自分の頭に気分が悪くなった。思わず首を振って邪まな思考を飛ばす。
そんなゾロの考えなど露知らず早起きなゾロにサンジは機嫌がいいらしい。
また先ほど歌っていた歌を口ずさみだした。

「おっす。本当に珍しいな、てめぇがそんな早起きなんて・・・。まだ朝食にも早いぜ?」
「あぁ?何時だ?」

窓の上に掛かっている壁掛け時計を見てサンジが声を上げて笑う。

「5時半・・・。」
「んぁ、まだそんな時間か?」
「もう一回寝るか?」
「って、てめぇは何で着替えてんだよ。今日の朝食は宿のだろうが?てめぇが作る必要なんてないんだから、てめぇこそもう少し寝てたらどうだ?いつもあんま寝ていないんだろうが。」

ジッとサンジがゾロを見つめた。
急に、ふっと笑う。

「まったく昨日から、お前かららしくない言葉ばかり耳にする・・・。まぁ、ありがたい言葉と受け取っておくけど・・・。起きちまったのは習慣だからな。今更寝ても下手に寝すぎてしまいそうだし、ちょっと散歩。」

そう言って、サンジは羽織ったシャツをそのままにネクタイもせずにドアの向うに消えていった。
パタンとドアの閉まる音を聞いて、そういえば・・・と夕べの事を思い出す。





そういえば、夕べはJJが部屋に来て、自分達のことを恋人だと勘違いしていった。
ロイがサンジの元に戻らないかと心配していたのを変に話を拗らせないようにするために。
サンジに言わせれば男の嫉妬も女のそれよりも醜いと言っていたが・・・。
ゾロ自身未知への遭遇とばかりにわからないことだらけだった。

まぁ、いいか・・。とりあえず、普通に過したって構わないだろう。島に上陸して食糧運びもたまに手伝うことだってあるのだ。会話自体は少ないとはいえ、そんなことを過していればそれなりにサンジとの接点がまったくないわけではない。普通に過してそれなりにサンジと時間を共有しておけば、恋人として見て貰えるだろう。

ゾロは簡単に思っていた。
が、実際はそう簡単にはいかなかった。









カチャカチャと食事を口に運ぶ音がフロアーに響いた。
緊張しているのが、自分でもわかる。下手をすれば戦闘よりも疲れることかもしれない。食事がこんなに神経を使うものとは知らなかった、と内心汗ダラダラでゾロは食事をしていた。
視線を感じる。めちゃくちゃ視線を感じる。
特になにをしているわけでもないのに、やたらと強い眼差しが突き刺さる。
これは試練か?だったとしらた過去、空でルフィ達が経験した神の試練の方がマシではないかと思える。殺意の方がよっぽどかいいとさえ感じる。
それほど緊張を強いられる空気を纏った視線を感じた。


たぶんJJが夕べロイに話したのだろう。サンジと自分が恋人だと。
だからとあからさまにわかるようなキツイ眼差しを向けることはないだろうが!そら見ろ!ロイを心配してJJまでがやたらとこちらをチラチラ見ているじゃないか、とゾロはイライラしてきた。
もちろん、理由も知らないが何か異様な雰囲気のこの空気を読み取って他のヤツラまでこちらを見るじゃないか。
そう、ゾロはものすごく居心地の悪さを感じていた。

殺意はないまでもあからさまな敵意を持ったロイの視線。それを気にして心配するJJの視線。何かわからないが、逆にその為に興味津々とした好奇心と不可思議な視線。
身体がムズムズする痒さを感じながらもゾロはなんとか宿の出してくれた朝食を口にした。なんとかもうすぐ食べ終わる。それまでの辛抱だ、と我慢する。
隣に座っているサンジだってそれをわかっているだろうに、何食わぬ顔でスープを啜っている。どうしてそう平気で居られるのかゾロにはわからなかった。
気にならないのか?と聞いてしまいたくなる。が、あえてここでそれを聞く訳にはいかないだろう。
グッと我慢の子であった。
ここで、これまた空気の悪さをわかっているだろうにそれでも知らない振り(振りなのか?)船長が話しを振ってきた。


「今日、サンジとゾロはどうする?俺は夕べおしゃれなおっさんに聞いた山の方を冒険するんだ!チョッパーとウソップも一緒だ。」

と、そこでサンジが突っ込みを入れる。

「なんだよ、おしゃれなおっさんって・・・?」

首をかしげているが、たぶんルフィの言っている”おしゃれなおっさん”の意味が解ったのだろう。キツイ眼でルフィを見つめた。

「おしゃれだろうが?ロイは・・・。だって髪の毛縛ってるんだもん。普通男はそんなことしないだろう?」

誰もがわかってはいたが、びっくりする。
ロイは少し長めの髪を邪魔にならないように後ろで一纏めに縛っていた。食事を扱う者としては衛生面で気をつけないといけないので、髪の毛を縛ることはおかしなことではないし、男性の中には確かにお洒落で髪の毛をいろいろと縛ったり編んだりするものもいる。ルフィがそのようなことを”おしゃれ”と表現したのが意外だった。
とはいえ、サンジが反応したのはたぶんルフィがロイのことを名前をきちんとわかっているのにおっさん呼ばわりしたところだろう。自分から突き放すように仕向けといて気にするなんてどういうつもりだとゾロは内心サンジを睨みつけた。

「まぁ、いいわ。ルフィの美的センスはそっちに置いといて、ほんと、どうする?ふたりとも。私とロビンは街で買い物をするつもりだけれど、一緒に来る?」

何を言いたかったのか、わからないフィを修正起動して、ナミは話を続けていく。
ん〜〜〜、とサンジは腕を組み考える振りをして、そっとまわりの様子を伺った。やはり知らない顔をしていても実際はロイやJJが気になったのだろう。瞬間ゾロと眼が合った。

「あぁ、俺、ゾロと市場まわるよ。まだ一ヶ月あるから何も買う必要はないけど、でもこの島の特産とか知りたいし・・・。ゾロと今日一緒に街を回る約束していたから・・。」

再度チラッとサンジがゾロに眼をやる。ゾロは敢えて何も言わずに頷いた。恋人らしいかは別にして、とりあえず一緒に行動するのがいいかとゾロの中でも思った。
また他のことがしたかったらほとぼりが冷めてからでもいいだろうと判断する。ログが溜まるまで1ヶ月もあるのだ。
最初にロイとJJにそれとない行動を見せておけばいいだろうとゾロは思った。サンジもきっとそう思っているだろう。
案の定、ロイは傍からはわからないががっくりとしているようだし、JJからはホッとした空気を伝えてきた。ロイもJJも己の気持ちをあからさまに表面に出しているのは、精神力の面で鍛えられていないからだろうか。ゾロにはそれがまた歯がゆかった。

JJは仕方ないにしてもロイは過去、あの魚の形をした口悪いコック達の集まりの中にいたのだろうからもう少し色々な意味で強くてもいいのに。
サンジだって自分ほどではないにしてもあらゆる面で負けじと強さを身につけているのに。
こんなことが1ヶ月も続くのか。それとも早々に終焉してもらえるのか・・・。

内心はぁ、とため息を吐いて、ゾロはサンジの口から以外な言葉を聞いて驚いている仲間の面々を眺めた。





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やっと次の日・・・。

2005.10.25.