過去と今と未来と6




「早朝だったらもっと賑わっていたんだろうな。」

そんなサンジの言葉に「ふーん」と相槌をうつまでもなく、一緒に歩いているゾロはただ只管夕べのことを思い出しては、はぁとため息を溢していた。

業者の多い朝市はとうに過ぎ、一般の客層ばかりが目立つ。それでもまだまだ人は多く。あちこちで店主の客引きの声が聞こえる。
船着場からそう遠くない位置にある市場はありとあらゆる客が存在するのだろう。店もさまざまな商品を売っていた。
ただの主婦向けの食材から、高級レストラン向けの高級品、食堂用の一波一絡げのものから船旅をする者用に大きく梱包されたもの。
ゾロにはただただ散歩代わりの道行きになってしまうが、何だかんだ言っても、先を歩いているサンジは宝の宝庫とばかりに目を輝かせている。
時々立ち止まってはめずらしい食材を手にし、店主にこれは何だと聞いている。この島の特産と聞けばどんな料理に向いているのか、どうやって調理するのか、とまた話を長引かせる。
それはサンジにとってはなにものにも変えがたい貴重な時間であり、空間である。
普段なら長話しをさっさと終わらせて荷物を纏めて船に戻るが、この島の滞在は長い。今買ったところで食材を腐らせるだけだ。今日は買うものはないだろうに、やたらと時間をかけるサンジに「買うものはないだろう!」と腹が立つはずが、ゾロはめずらしく呑気にサンジの様子を眺めていた。


お!


とゾロは目を見張った。
見たことも無い新しい食材を見つけたのか、驚いた顔をして、店主に聞いている。

あ、今度は笑った。

ゾロはいつもの買出しで荷物持ちとして借り出されていても決して見ることをしなかったサンジの顔をしげしげと眺めた。いつもなら、離れたところで壁に凭れ、欠伸を噛み殺して眠気を我慢することでいっぱいだったが、夕べのことから意外なサンジの一面を見ることが出来たせいか、いつもはしないサンジの観察をしていた。
それでゾロはへぇと思う。

あんな楽しそうにして、かわいいもんだな。
瞳をキラキラ輝かせてまるで少女漫画のようだな。って、似合わねぇが、実際にその言葉が当てはまるほど表情は生き生きとしていやがる。本当にコックになる為に生きているんだな。
お、こんどは料理法を聞いているのか?メモが出てきやがった。あいつのポケットは四次元ポケットか?

メモを片手に食材を眺めながら、サンジは真剣な顔で店主と話している。
そんな様子はいつもなら気が付きもせず半分うたた寝しながら待っているゾロだったが、今回はサンジの様子を眺めるのがとても楽しくて、うれしくてしょうがなかった。
そしてそんな自分に苦笑いする。
俺もバカだなぁ・・・と。
昨日のことでやはりサンジに対しての気持ちに微妙だが変化をもたらしたのだろうか?
どう変化したのかわからないが、なんとなくいつもと違うような気がゾロにはした。


普段からケンカばがりで一見気に入らないヤツですませてしまいそうだが、それでも、もともとゾロはサンジのことはそれなりに認めていた。
確かにゾロやルフィのように強さを持っての高みを目指しているわけではないし、職業柄で考えれば強さなど必要ないように思える。が、そこは海賊船だ。多少の強さは必要だろう。女性であるナミですら普通の男よりは強いだろう。(ある意味ルフィ海賊団の中では最強だが)
しかし、サンジの一見優男に見える体格とは反対に、コックとしては尋常ではない強さがある。いや、コックという職業抜きにしても、強い。そんじょそこらの海賊よりは何倍も強い。
しかも本職である料理はと言えば、これまた、とても美味い。そんじょそこらのレストランとは比べ物にならないほどおいしい。海賊船のコックにしておくには勿体無いぐらいだ。これが海軍だったら即上級将校専属にされてしまうのでは思うほどだ。
そして、見た目の軟派なイメージとは別に、芯はとても硬派だ。あらゆる女性にメロメロな態度を取りながら、女性の容姿は別にして女性の内面をきちんと見抜いている。ナミやロビンに対してもメロリンな態度をとりながら、それでもきちんと彼女達のことを見て、その場面場面に合わせた対応をしている。
ゾロとのケンカだってそれなりに考えてしているようだった。お互い同年ということもあってライバル意識が強いせいかケンカが多いのは事実だが、それでも後に残るようなことはしないし、逆にケンカそのものが楽しく感じられることさえある。一種のコミュニケーションだといっても過言ではないとゾロは思っている。


そんな、サンジに対しての好意も今までは普通の仲間として、同じ男として持っていたはずなのに。
夕べのことがあってから、何がスイッチだったのかわからないが、好意の種類がいつの間にか違うものに変わってきてしまっているような気がゾロにはした。
内心ヤバイとゾロは思う。
こんなわけのわからない感情は持ち合わせてはいけない、と心の違う部分が警告を発している。
なのに、サンジに目がいってしまう。
今だ楽しそうに違う果物を両手にしている様子を眺めると何故か、「かわいい」とさえ思ってしまう自分がいる。
どうしよう!
が、どうしてよいか、自分もわからなかった。この島にいる間は恋人の振りをする約束をした手前、離れて生活するわけにもいかない。
ただただ忍耐のひと時を過し、時間が気持ちを宥めてくれるのを待つしかないのか。

ゾロは大きな深呼吸をして、今まで固まったように地面についていた足を動かした。



「おい、コック。今日はそれは買えねぇだろうが。行くぞ・・・。」

そっけなく声を掛ける。
と、サンジが振り返って答えるが相変わらず笑顔のままだった。
なにか楽しいことでもあったのかと聞きたくなるほどの笑顔だった。もちろんその楽しいことは聞くまでもないのだが。


「あぁ、悪ぃ。それからこれだけ買っていく。レディ達へのおみやげだ。今試食させてもらったんだけどよ、今まで食べたことのない食感だったんだ。ナミさんやロビンちゃんにぜひ食べてもらいてぇ。で、よければ島を出るときに買おうかと思うんだ。もちろんお前らにも喰わせてやるよ。」

そう答えて、店主に5つくれと注文する。店主もサンジとゾロのやりとりを聞いていたせいか、すぐにその注文に答えてくれた。
愛想笑いをゾロにも向けると「あいよ」と話題の果物を手渡してくれる。
当然のように商品をゾロが受け取ると、「島を出るときには、また寄ってくれぇ!」の声に手を挙げて答え、2人は店を離れた。


「お・・・・・。そうだ、昼飯まだだよな?そろそろいい具合じゃねぇ?今日はきちんとした時間で宿の朝食を食べたから、そろそろ昼飯にしようか?」

そうキョロキョロとあたりを見回した先を歩くサンジのはるか後ろにあまり今は会いたくない人物が視界にはいるのをゾロは確認した。
向うが気が付かなければ、そのまま行き過ぎようとゾロは決めたが、現実はそんなゾロの思惑などよそに、早々に向うに歩いている2人組みはゾロとサンジに気が付いてしまった。


「やぁ、サンジじゃないか?どうした買い物か?」


何気なくゾロを無視したような言葉でゾロは少しむっとする。ロイにはサンジしか目に入っていないんだろうが、やはり面白くない。一応恋人ということになっているのだ。あまりにも失礼じゃないのか?
いや、逆に恋人だから業と無視をしたのか?そのロイの心中はわかないが、ロイの隣に立っているJJも深いため息を吐いた。

「あ・・・ぁ、ロイ・・。俺達は買い物だ。ロイ達はどうしたんだ?まさか、こんな時間からデートでもねぇだろうが。」

覗き込むようにおどけるサンジに手を伸ばそうとしたのを見て、思わずゾロはサンジの腕を引っ張った。

「おい、行くぞ。今度はこっちの店行くって言ってただろうが。」

ギロリとロイを睨みつけ、それでもJJには一応じゃあな、と声を掛ける。
と、以外な人物からストップが掛かった。

「待ってよ。僕達今からちょっと早いけどランチを食べに行くんだ。宿の方も昼食はないからね。少し時間があるんだ。よかったら、一緒にどう?」

え?とゾロもサンジも目を丸くした。
ロイの態度を見れば二人とは一緒にいない方がいいだろうに、一緒に食事などと。JJがどういうつもりかわからなかった、が、わざわざJJから声が掛かるのなら何か意味があるのかもしれない。
そう踏んだ二人は顔をチラッと見合わせて頷いた。

「いいぜ。」
「じゃあ、旨いところに連れて行ってくれよ。」

そう決めると早くも足が動き出した。
と、それに絡むようにロイがサンジを引っ張った。

「こっちだ。こっちに魚料理の旨い店があるんだ。行こう!」

ロイの態度にゾロは図々しさを感じ、ロイの反対側に回って業とらしく腕を引っ張った。それはあまりにも恋人らしい甘い様子ではなかったのだが、それでもゾロにしてみれば精一杯の抵抗だった。
それがわかったサンジは、ただただ苦笑いをしていた。
どうやらロイにゾロと一緒にいるサンジを見せて、ちゃんとサンジには恋人がいるのだからと言いたかったのだが、予想していたのと反対のロイの反応にJJの方は、やはりJJの思惑になど嵌らないらしいロイに苛立ちを感じていた。






ランチタイムにはまだ少し早いのか、店内には人が疎ら程度しかいなかった。
が、気がつけば徐々に人が入ってくる。それだけでもこの店の味の良し悪しがわかるようだ。もちろん、味だけでは人は来ないだろう。店内の雰囲気も悪くない。女性が喜びそうな装飾はないが、あわい青を基調としたシンプルで小奇麗な店だった。もっともいかにも食堂という賑やかさはあってあちこちから注文の声が飛んでいる。それに対して店員も丁寧というより元気が売り物の対応だ。
サンジはそんな店が嫌いではなかった。自分がいた「バラティエ」もどちらかといえば、品の良さを売り物にしたいたわけではない。
コックは荒くれ者ばかりだし、客も上流階級の者ももちろんいたが、コック対海賊の戦いを見物に来ている気性の荒い者もいた。時々襲ってくる海賊などは言うに及ばない。
それでも多くの客達が来てくれたのは、その店が上流階級向けでなくても元気があり雰囲気も良かったからだ。その前に料理の味の良さは外せないのだが・・・。

まわりを見渡せばその店は「バラティエ」に似ているとサンジは思った。もちろん店の様子ではなく雰囲気だが・・・。

それを察したのか、ロイが楽しそうに声を掛けてきた。
料理が出てくるまで、その口は止まらなかった。

「なんか、懐かしい感じがするだろう?サンジ。」
「あぁ・・・。似ているわけではないが、そうだな・・・。バラティエを思い出す。」
「料理も、上手い。もちろんバラティエほどではないけどね。」
「あぁ・・・・。あそこまでのレストランはそうないさ。」



2人の交わす会話は「料理」と「バラティエ」。
それにゾロは口を挟むことはできない。
味に関しては、味覚音痴とは思わないが、それでもやはりプロの交わす内容には付いていけない。彼らの言う細かな調味料については名前もわからないし、隠し味に何が入っていると言われてもわからない。自分は、「上手い」「不味い」しか言えないのだから。
もちろん、サンジの作った料理には「旨い」の一言でいい。とはいえ、普段それを思っていても口にしたことはなかった。それについて、サンジは何も言わないが、本当は何か自分にも料理の感想を言ってもらいたいと思っているかもしれない。なぜならルフィやナミ達がサンジの料理を「旨い」と言うたびに零れそうな笑顔を浮かべる。普段は雄雄しい戦闘時の顔や、喧嘩の時の怒り、または女性に対しての緩んだ表情が多いのだが、やはり料理を褒められた時の笑顔は格別にいい、とゾロも思っていた。
そして、「バラティエ」に関しては「料理」以上に話題に入ることができない。当たりまえだが、ゾロと出会う前の話しだし、出会いである店に来店して滞在したのもほんの数日。ましてや一緒に船に乗っても「バラティエ」に居た頃の話を聞いたことがなかった。サンジと喧嘩はしないときでも、そういった過去の話をすることが今までなかったのだから当たり前といえば、当たり前。悔しいが仕方がない。
ではやはり「料理」で会話に入るしかないとゾロは思った。それでもできる内容は限られているのだが。
偶にはサンジに「テメェの料理は旨い」と、一言言ってやるといいかもしれない。と、ゾロは思った。
核心はないが、きっと赤くなって照れて・・・、それでも溢れんばかりの笑顔を見せるのだろうと思う。
ちょっと言ってみようかと口を開きかけたとき。

「サンジの料理は旨いよ。あの頃ですらそう思っていた。まだまだとオーナーは言っていたけど、でもあの年であれだけの味が出せるのはサンジだけだ。あれから何年経ったんだろうね・・・・。」
「ロイ、俺はまだまだだ。くそジジィどころか、まだロイの足元にも及ばねぇ。・・・・でも嬉しいよ。そう言ってくれるだけで。」

もっと会話に入りにくくなってしまった。
ゾロは内心舌打ちする。
「サンジの作る料理は旨い。」
それは自分が言うセリフだ、と思う。ロイは今のサンジの料理を知らないだろうが!と怒りに似た感情が湧き上がる。それは2人の会話に入れない内容に対抗するわけではないが、それでも今のサンジのことをロイは知らないだろうが!と思った。
が、よくよく考えてはっとする。
まるで彼女の気を引こうと一生懸命考えている、彼女に尻を敷かれている男のようだ。なんでそんな男のような真似事をしなくてはいけない。ばからしい。
クソコックに頼まれたからであってこちらからいろいろと尽くすようなことをする必要はないのだ。
そう思ったら馬鹿らしくなった。

帰ろう。

と、席を立とうとしたら視線を感じた。
ロイとサンジはまだバラティエの話をしていた。気がないといえども昔は恋人だった2人だ。ましては話題はサンジの大切なバラティエだ。話題に乗らないわけがない。
その話題にはゾロも入れないのだが、もう1人、同様に話題に入れない人物がいた。
そいつはどうしてよいかわからず、ただただ俯くばかりだったが、どうにかして欲しいのか、下を向いた顔から目線だけをゾロに向けていた。
2人の会話を途切れさせようとするなら自分でやればいいのに、とゾロはため息を吐きたくなる。てめぇで言いたいことはてめぇで言え!と怒鳴りたくなった。
やはり。

がたっ

とゾロは席を立った。
と、同時に3人の注目を浴びる。何事かと思っているようで不思議な顔をしていた。まだ料理は出されていなかった。

「帰る。」

と一言だけ言って椅子から離れようとした。

が、そこで腕を掴まれた。
誰かと思えば先ほどまで楽しそうに会話をしていたサンジが眉間に皺をよせている。しかし、これは怒っているわけではないようだった。

「座れよ、もうすぐ料理が来る。」

顎で杓った方を見れば、こちらに向かって歩いてくるウェイターが見えた。手にしている料理はこのテーブルのものとすぐにわかった。
仕方なし、とゆっくりと座ると横から「悪ぃ」と小さな声が聞こえた。その横顔は腕を掴んだ時の表情とはまったく別に眉が下がって悪かったと心底思っているのだろう事が伺えた。
どうやら、サンジの方はロイと2人で話し込んでしまったことでゾロとJJが気分を害しているのを察したようだ。
女性ばかりに気がつくかと思えば、男性に対してもきちんと心配りができるやつだとゾロは改めて思った。

そうだよな。男供に対して口は悪いが、やっていることの根本は女性に対してのものとそう変わらないんだよな。

いつも船で船長に纏わりつかれて嫌そうにしていても、きっちりとその欲求に答えているのを思い出す。
さりげなくJJにも声を掛けている。

「よくこの店には2人でくるのか?」
「JJも料理を作るときは手伝うのか?」

など、話題を変えてJJにも話に参加しやすいようにしている。
JJの方はサンジの意図がわかったのか、先ほどの暗さは消えうせ、明るい顔を出すようになった。

「この店には時々来るんですよ。でもよくいろんな店を知りたいからって、同じ店に通う事は少ないですよ。」
「料理は簡単は下ごしらえは手伝うんですけど、でも肝心な味に関しては僕は手伝わないんです。というより、手伝わせてくれないんです。ロイの作る料理はおいしいから、僕が手を出して台無しにしたくないし・・。でもできれば一緒に料理したいな〜。」

上がり口調の返事が返ってくる。
ロイの方はそんなサンジの気配りにわかっているのか、わかっていないのか、ごくごく普通に返事をしていた。
まぁ、俺が気を配る必要はねぇもんな、と思いつつもサンジの気配りには何故か感謝していた。
改めて仲間として考えても、『いい仲間に巡り会えた。』と言ってもいい一人であった。



料理人ロイのお勧め通り、4人で食べた料理は確かに上手かったが、ロイのセリフではないがそれでもゾロにはサンジの料理の方が数段旨いと思った。



軽く酒も飲み、一通りのランチコースを食べるとお互いまた最初の2組に分かれた。





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また進まず・・・。

2005.11.01.