過去と今と未来と7




ゾロとサンジは市場は一通り回ったところで宿に帰ることにした。
まだ船に積む食糧を買うにはこの島のログは長すぎた。1ヶ月もある。
宿代は、ロイの好意で格安にしてもらっているおかげでかなり安くあがりそうだ。でなければ、普段と同じに島に上陸しても、皆船で夜を過すことになっていたはずだ。
1ヶ月も暖かい布団で寝れることはまずない、感謝しなければならない。


が、話が色恋沙汰となれば別だった。
もちろんそんな裏事情的な話は、ナミはもちろん、ゾロとサンジ以外の船員は知らない。
ロイが昔サンジのいた『バラティエ』にいたことは最初に説明したので皆にはわかっているが、だからといって恋人だったことまで言う必要はないので言っていない。
ゾロがサンジの恋人という設定も本人達だけの話で偽りでもある。もちろんロイとJJは嘘だとは思っていないが・・・。
それでも船の仲間にもそれらを言っていないので聞いたらかなり驚くだろう。それ以上に2人を見た仲間は普段はいがみ合っているばかりの2人が普通に仲良く会話していること自体が驚くべきことだ。もちろん普段の船の2人をロイとJJは知らないから、仲の良い2人の方が普通だと思っているに違いないが・・・。


夕食に間に合うように宿に帰ってきた2人にナミ達はやはり多少驚いたようであったが、特に何も言わなかった。買ったものはなかったが、買出しの時はよくゾロが荷物持ちをしていたのでその延長と考えたらしい。

一度部屋に帰って落ち着いてから食事にと1階へ降りる。
夕食はレストランになっている1階で、そのまま食事のみに来た客同様に食事を注文する形になっていた。
すでに他の仲間は揃っていて勝手に注文をして、勝手に食事を始めていた。船番をしていたロビンも誰かが呼びに行ったのかその場に居た。
並んで椅子に腰掛けると、ナミが今だ多少驚いた様子でいた。

「今日は1日一緒にいたの?珍しい〜。」
「ケンカして街を破壊していないだろうな?」

隣でウソップが笑っている。

「するか、アホ!」

とゾロは軽くあしらった。
まぁ、ケンカなしに過す事だって出来るんだなと自分でも感心しているのは、内緒だ。
最初はロイやJJの手前とあって意識してケンカしないように気をつけていたのだが、ロイ達と一緒に昼食を食べた後、何故か彼らの視線がなくても普通に自然と仲の良い友人のように過した。
ここでも改めてサンジのことを考えた。
市場で楽しそうに食材を見ている顔、女性に声を掛けてもそれは決して相手が嫌がるものではなく、しかもしつこくない、いや、反って女性が気を良くして終わるものばかりだった。
今まで一緒に旅をしていたが、改めて気が付く事ばかりだった。

と、後ろから声が掛かった。JJだった。

「何を食べますか?」

昼間のことがあってか、昨日よりは緊張が多少取れたのか言葉のトーンが柔らかく感じられた。サンジに対しての態度も幾分昨日よりは刺が無い。

「あ〜。皆と一緒でいいよ。ゾロは?」

多少JJの手前もあるのか、サンジは意識してゾロの名前を呼ぶ。
それを察してか、ゾロも「てめぇと一緒でいい。」と返した。


やはりいつもと違う??


と皆が注目するのを、ほんの少しばかり気まづい気はするがそれでもJJの様子に何故かゾロは安心した。
いや、JJに安心したというのは、ちょっと違うかと思う。・・・が、それが何であるかはゾロにはよくわからなかった。














楽しく夕食を食べて飲んで、気分はかなり良かった。
それは皆も一緒だったようで、結構遅い時間まで1階で過した。
が、やはりいつまででも宿に迷惑は掛けられない。大量の食事を取った後も、大量の皿の後片付けがあるのだ。

普段船で片付けに四苦八苦しているのか、サンジがそう言うと、お互いの部屋へと引き上げた。
手にはそれなりに料理やらお酒やらを持っていたが、それでもいつまででもレストランに居ついていては店の邪魔になるだろう。そうでなくても飲みに来る客でかなりの時間まで店は開いていなければならないのだ。


ゾロは部屋に戻ると手にしていた酒をベッドに座りながらグビリと煽った。

「まったく、偶には酒量減らしたらどうだ?」
「あぁ?いいだろう、別に。誰に迷惑を掛けているわけでもないし、ましてやここは船の上じゃねぇ。量の心配する必要はないじゃないか。」
「あぁ、そうだけどよ。」

クスリと笑ってサンジはソファに座る。

「そんだけ飲むときは、大概気分がすこぶるいいか、もの凄く気分が悪いときか、どっちかだよな。」

笑みを溢しながらサンジは別に持ってきた洋酒をコップに注いだ。
ゾロほどではないが、サンジもそれなりに飲んでいた。サンジも気分がいいのか、まだ飲むようだった。
サンジの飲む様子を見て、ゾロは自分の手の中にある酒のビンを見た。ゾロのはいくらでも飲んでいいように安いラム酒だったが、確かに今日はかなり飲んだと記憶する。もちろん、酒に飲まれるほど酔ってはいないのだが。
サンジの「すこぶる機嫌がいい。」という言葉に思い当たる節はないと思うが、それでも今日一日が楽しかったのだと思う。
1日が楽しかった理由はよくわからないが、楽しかったのは楽しかったのだ。それでいいとゾロは思った。

しばらく2人静かにそれぞれで飲んでいた。
さっきレストランで皆で騒ぎながら飲んでいたのも確かに旨い酒になっていたが、今静かに飲んでいるのもいいもんだと、ゾロは思った。
めったにこんな雰囲気を2人で持つことはなかった。
大概は皆で大騒ぎして飲んでいるか、でなければ船尾で1人で月を見ながら飲んでいることが多い。
夜遅くラウンジで飲むこともあるにはあるが、その時はサンジが大抵明日の仕込みをしていることがほとんどだった。
そんな時はサンジは料理のことで頭がいっぱいで、自分の世界に浸っている感じだ。
しかし、と別なことも思い出す。さりげなくつまみを貰えることも多い。と、ふと気がついた。
そうか、今日は宿なのだからサンジが料理をすることがない。だからつまみはないのだと気が付く。
それがわかると妙に寂しい気がした。こんな雰囲気もいいが、つまみがあればもっといいとゾロは思った。
でもそれは贅沢な話だ。

別につまみはなくてもいいか。つまみはなくても部屋にサンジがいる。

それだけで何故か良かった。
知らずゾロは、ジッとサンジを見てしまった。
コップにある酒をちびりちびりと飲んでいる。
酒に弱いわけではないが、それでもゾロに比べれば充分弱い部類に当たるサンジはかなり酔いが回ってきたのか赤い顔をしていた。



こいつはバラティエにいた時、ロイの恋人だった。
そう思い出したら、妙な想像をしてしまった。

まだ小さいサンジがロイの腕の中にいる。小さいがそれでも充分そそる色気を持っていたのだろうか。
恋人として充分満たしてくれていたのだろか・・・。

恋人・・・。

俺はあくまで恋人の振り・・・だからな、と頭をブンブン振る。
このまま考えているといい雰囲気が妖しいものになりそうだったので、そこで思考を止めた。


「あ・・・。ちっ。」


ゾロの思考を止めるように小さな舌打ちが聞こえた。



改めてサンジに顔を向けると、ゆっくりとソファから立った。

「煙草が切れちまった。確か下で煙草も売っていたはずだから下、行ってくる・・・。」

独り言ともとれるセリフを吐いて、ドアを開けた。
多少覚束無い足取りだったが外へ出るわけではないので大丈夫だろうと思い、サンジの出て行くままにした。
それでもいつもは出ないセリフに内心苦笑いをしてサンジを見送った。

「階段、気をつけろよ。」








あれからどれだけ経ったのだろうか。
サンジが帰って来ない。
おかしい、とゾロは思う。
煙草を1階で手に入れるだけだ。しかも時計を見ると店は閉店になっている時間帯で、他に客はいないはずだ。特に大きな音も響いてこないので、トラブルになっているとも考えられない。
まさか、階段で素転んだのだろうか、かなり足には来ていただろうから。
とはいえ、階段から落ちるような大きな音もしなかったはずだと記憶する。
1階に下りるだけで30分以上かかるものなのか?どこか外にまで出て行ったのか?

いつもはまったく気にする事はないはずなのに、気になる自分にまったく今日はどうかしていると思う。
ロイとJJが下にいるはずだから、覗きに言って聞いてみればいいだろうと思った。もちろん恋人という前提は忘れない。

まったく恋人の振りというのが、たった1日でここまで気になるようになるものかと、不思議ではあるが、とりあえず・・・。

と、ゾロは腰を上げた。



すでに深夜もかなり経っているので他の部屋の皆はすでに寝ているだろう。
起こさないように注意してドアを開ける。足取りも静かにして階段を降りた。
ゆっくりと降りると階段の向うからは灯りが見えた。
まだレストランになっている1階は誰かがいるようだ。もしかして、と思った。
ロイかJJがいて、そこでサンジは飲んでいるのだろうか。
そう思ったらちょっと気分を害した。
確かに何も話はしていないし、お互い自分の酒を飲んでいたので勝手気ままにしていたが、部屋で飲むのが嫌に思えるほど雰囲気は悪かったのだろうか。
いや、自分が感じた限りだとかなりいい雰囲気だったと思う。それが思い思いに飲んでいたとしても。
じゃあ、何で。
と思ったところでホッとした。

サンジは階段の一番下の段で座っていた。半分寝ているのかとゾロは思った。
が、以外にもしっかりと起きていた。

「おい。」

と声を掛ける前にサンジがゾロの気配で気が付いたのか、先に振り返り、しっ、と指に手を当てた。
何事か、とゾロが眉を顰めると肩を杓ってレストランの方を指した。
よくよくまわりに注意を払うと話し合いの声が聞こえた。話し合いというより半ばケンカに近いらしいやりとりだった。






「きっちりと別れたんじゃないの!」
「でも、また出逢った。」
「だって彼にはしっかりと恋人がいるんだろう?」
「あれは振りだよ、俺にはわかるよ。」
「そんなことないさ、昼間、仲良かったじゃないか!」
「あれぐらいの仲なら誰だって演技できるさ。船の仲間だし。」
「でも、だったら、振りをするぐらいだからロイとはもう付き合わないってことだろう?」
「それはJJ、君がいるからさ。遠慮しているんだよ、サンジは君に。」
「嘘だ!」
「嘘じゃないさ、俺にはわかるよ。・・・だから別れよう、JJ。」
「嫌だ!絶対別れない!!」
「JJ、聞き分けのないことを言わないでくれ。」


あちゃー、とゾロは額に手をやった。拙い場面のようだった。
サンジも肩を竦めて困っていた。今だ煙草を口にしていないところを見ると、どうやらずっと2人の争いが続いていて出るに出られないといったところか。
はぁ、とため息を吐いてサンジは横に立っているゾロを見上げた。顎に手をあて、考える仕草をする。

「恋人役、頼むぜ。ダーリン。」
「けっ、何がダーリンだ!」

突然、ニヤリ言うとすくっと立ち上がった。
一体どうするつもりだ?と聞こうとしたが、先にサンジが歩き出してしまった。付いて来いと言わんばかりに振り返られ、仕方なくゾロも続いた。

薄暗い照明だった階段と違い、陽気さは残っていないが明るさはそのままの照明の下、堂々とサンジは言い争う2人の前に出て行った。
さりげなく声を掛けながら。

「酒と煙草、貰えないか。」

まるで2人に今までのやり取りは知らないといった風だ。
もちろん、2人にはそんなサンジのセリフに言わなかった言葉を見つける。
先にロイがサンジに謝った。

「悪い、サンジ。醜いところを見せてしまった。」
「いや。」
「でも、聞いていたんだろう?今の話・・。俺は本気だ。本気でお前と寄りを戻したい。」
「JJがいるだろうが。」
「JJのことは気にしなくていい。別れる。」

「・・・っ!」

JJの悔しがる顔をゾロは横目に見た。いくらなんでもあれはないだろう。

「俺は貴方と寄りを戻すつもりはない。5年前きちんと別れたつもりだ。そして今はゾロがいる。こいつが俺の今の恋人だ。」

親指をクイッと上げてゾロを指した。恋人をこんな風に扱うものなんだかなぁ、と思いながらもサンジらしくて笑えた。

「嘘だろう?俺にはわかるよ。君達は偽りの恋人だ。」
「嘘じゃねぇよ。」

「だったら・・・・。」

一呼吸置いて、ロイは言った。

「だったら証拠を見せてくれないか?君達が恋人だという証拠を。」

サンジは目を細めてみせた。

「いいぜ。」

あっけらかんと答えるサンジに一体どうするかとゾロは思うが、どうしてよいかわからず、ただただ立っているだけだった。
それにサンジがゆっくりと近づく。サンジの顔がニヤリと笑った。

そっとゾロの頬に手を添える。

と、ゾロは固まったまま、されるままなってしまった。いや、固まるしかなかった。

顔を傾け、ゆっくりと近づき重ねられる口唇。
一度軽く離される。
意外な行動にただただされるがままになってしまったが、やはりそのままゾロは動く事ができなかった。
もう一度唇が寄り、ペロリと舌で舐められた。そして、また口付け。今度は先ほどよりも深いものになった。
ちゅっと音を立てて離れ、また角度を変えてのキス。無理矢理舌で唇を開かされ舌をそのまま捻じ込むように入れられた。深い深いキス。
本当の恋人同士でも人前でするようなキスではなかった。

あの妖艶にも見えた笑みの意味はこれだったかとゾロは思った。
だったら、サンジの意図に乗ってやろうではないかと思う。
ゾロは首に回ったサンジの腕に上から重ねるように腕を回し、サンジの腰を抱いた。

熱い熱い抱擁。
何度も角度を変えて続けられるキスと廻された腕に入る力。
お互いに離れまいとするほどにきつく抱き合う2人の身体。

見ている方が恥かしくなってしまうほどの激しさだった。



予想外だったのだろうか、ロイはあっけに取られて二人を見つめていた。こんな筈ではなかったと言いたいらしいが、実際に目の前の2人は濃厚な空間を作り出している。
サンジは兎も角、相手のゾロはロイの予想だとごくごく普通の、男に恋愛感情を持つような人物には見えなかったらし。それが恐ろしい魔獣といわれるほどの剣の使い手だとしても。

例え演技だったとしても、あそこまで出来るものだろうか?

そう判断させられるほどのシーンを目の前にして、ロイは降参するしかなかった。


「悪かった。疑ったりして・・・。君達は立派な恋人同士だよ。俺の入る隙間などない・・・。」

諦めきれないのは、その小さくなっていく語尾に感じられたが、あえてそれは無視をする。

「酒と煙草、貰えるか?」

ゆっくりと離れると、今までの会話はなんだったのだ?と言いたくなるようなサンジの言葉にロイは内心悔しさを感じたが、反論することは出来なかった。


「あぁ、これだ。部屋へ持っていってくれ。」

そう返すとロイはカウンターに2人の所望の品を置いた。軽くダン!と音がしたが、何事もなかったかのようにカウンターに近づいたゾロは酒瓶を手に取り、横にあった煙草をポイッとサンジに投げ渡した。
酒を取りながらゾロはふいとJJを見た。
JJは2人がレストランに入ってきてから、ずっと何も言わないままだった。このまま会話がなくても気にしない風に下を向いたままだった。
今更恥かしがることもないだろうに、やはりその辺りは純情を地でいくような少年なのだろうとゾロはまだ赤くなっているJJを見て思った。
単純にこのJJだけを見ているのなら、きっとそのかわいらしさに惹かれていたかもしれない、と何故かゾロは思った。変にぶってはいないので嫌味も感じられない。多分天然なのだろう、仕草が時々見受けられた。

それでも、と思う。
それでもこの子憎たらしいコックに比べればまだまだだと思った。どこがまだまだ何か聞かれてもきっと困るのだが、サンジにはそれ以上の魅力があるとゾロは思った。
ある意味、このJJ以上の天然なのかもしれない。
怒ると怖いくらいに凶暴になるかと思えば、大口を開けて笑った顔は一見間抜けだが、それもいいと思う。皆に料理を褒められると赤くなるところや、珍しい食材を見つけた時の嬉しい時などはまた格別の顔をする。とても19歳の青年がする顔ではないが、それでも惹きつけられる。かと思えば先ほど見せたキスをする前はまるで娼婦のような眼を魅せた。
どれもが自然と出てくる仕草であり、表情であることは見ていてわかる。
くるくると変わるいろいろな顔を見ていると、もっと他の顔を見てみたい気分にさせられる。
あのキスの続きをしたら、もっと艶のある顔をするのだろうか、とゾロはつい思ってしまった。



「行くぞ。」

つい、JJの顔から知らず知らずのうちに脳内ではいろいろなことを考えてしまっていたゾロはサンジの声で我に返った。

「あ・・・あぁ。」

咄嗟に返事を返し、先行くサンジの後ろに着いて行った。


階段を上がりながら気が付かないうちにゾロは前行くサンジの腰に眼が行ってしまっていた。
今まで思いもしなかった感情を生み出しながら。





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次回は・・・ムフフ?←え!?

2005.11.14.