過去と今と未来と3−1




青い海面がキラキラと輝いている。
順風になびく風に帆がパンと張っていて船は結構なスピードで進んでいる。
ナミがラウンジ扉前の手摺りに凭れながら気持ち良さそうに髪を掻きあげた。

ガチャリ

ラウンジから出てきてそのまま隣に立ったサンジを覗く。

「航海は順調?」

ナミの様子に気が付いたサンジが微笑む。

「うん、順調そのものよ・・・。どう、サンジくん。多少は慣れた?」

慣れたという言葉は不似合いな気はしたが、仕方がない。今のサンジには航海が、そして船に乗ること自体、初めてなのだ。

「うん、大分慣れたよ、ありがとう。ナミさん。」

言葉からは問題なくは感じ取れたが、実際はそうそう言葉通りではないことはナミも知っている。

記憶がないとはいえ、ずっと海で育ったことを身体が覚えているのだろうか。船酔いはなかったし、航海に必要な技術や動きなども簡単に説明しただけで問題なくすぐに身につけることができた。
ただ、それ以外が問題なわけで・・・。

ナミはチラリと船首に目をやった。


船長はいつもと同じくメリーの頭に乗って水平線を眺めるべく、行く先を見つめている。
ルフィは問題ない。
昔と変わらず接してくれる一番だ。
見張台にいるウソップも以前と変わらないず接してくれる。それどころか、記憶のないサンジに気遣っている風にも見える。
チョッパーは医者として今だ本調子とは言えないサンジに、やはり気遣い、ロビンは大人として上手く接してくれている。彼女も、もちろん心遣いはある。

が。

その横で手摺りに凭れて寝こけている剣士とその横で寛いでいる今はコックとしてこの船にいる少年を見て、ため息を吐く。
サンジもそれに気が付いたのか、ナミの視線を辿って苦笑する。





本来ならこの船のコックだったサンジは今、昔の記憶がない。
以前、立ち寄った島でサンジのバラティエ時代の友人、いや、恋人というのがいいのだろう、ロイに会って。
再会を機に昔の関係を修復したいと言うロイを避けるうちにいつの間にかサンジはゾロと恋仲になった。
それはそれで驚きだが、ナミはそれを受け入れることはできると思った。が、そのことを知る前にサンジはロイと突然姿を消した。
突然の出来事に誰もが衝撃を受けた。その中でもゾロのショックはいかほどか、と思う。同時に、それ以上に、当時ロイの恋人だったJJは怒りと哀しみに暮れていた。
悲嘆に暮れるJJを見捨てる事も出来ず、成り行き上ではあるが、JJを新たなコックとして船に乗せ、消えた二人を探し回った。
半年ほどもかけて二人を捜したがなかなか見つからず、諦めかけたその時、漸くサンジを見つけることができたのだ。
その時、サンジは記憶を失った状態で。ロイは亡くなった後で。
しかも、サンジには新しい恋人がいて、彼女の父親と一緒に小さな店で料理をしていた。サンジは可愛らしい女性と一緒に新たな幸せを掴んでいた。
そんな彼だったが、料理は以前と変わらず美味しくて、みんな涙が出そうになった。
船長のルフィをはじめ、ほとんどの者がサンジとの再会を喜び、サンジと再び航海に誘った。
が、全ての者が素直にサンジとの再会に喜んだわけではない。
サンジが姿を消した理由がわからないまま、サンジに不信感を持ってしまったゾロは、お互いに慰め合っていたからだろうか。一人取り残されたJJといつの間にか関係を持つようになっていた。
そんな彼らが不憫だったせいか、仲間の誰もがゾロとJJの仲を認めてしまっていた。
その為、ゾロはサンジとの再会に手放しで喜べるはずもなく。
JJに至っては、サンジがロイを拐して二人で消えたと思って疑わない。何せ、二人が消えた理由が今だわからないままなのだ。
サンジの方も記憶がないままに、すでにその島の島民として恋人とその父親と穏やかに生活しているのを今更変えることはできなかった。
ルフィの誘いにもサンジは断り、そのまま別れるかと思ったが事態は変わる。
島を襲撃した海賊にサンジ達は襲われた。
店は破壊され、父親は殺され、恋人は心が崩壊したままひとりぼっちになってしまった。
そんな彼女を改めて支えようとしたサンジに、彼女の方が内心海に出たいと思っていたサンジを後押しする。心が壊れても尚、サンジの為に彼女は動いたのだった。
ひとりぼっちになってしまった彼女に後ろ髪を引かれながらも、彼女の気持ちを尊重し、サンジは改めてルフィ達の船に乗った。

改めてサンジは麦わら海賊団の一員になった。








そして、ぎこちないながらも徐々に船の生活に慣れてきたが、唯一困った問題が人間関係だ。

たった10人にも満たない小さな海賊船で。
意気揚々と海を渡り、豪快な人間が多いだろう海賊船で。




島で再会した時から感じてはいたが、ここまでJJの視線が痛いとは想像していなかった。いや、想像していなかったというよりは分かっていなかったという方が正解なのだろう。
それだけ、自分のしてきた事がどれだけ相手を苦しめたのか、漸くわかったということか。

以前、恋人だった女性から聞いた話と、ナミ達から聞いた話を総合して考えても、今の状況は当たり前というべきなのだろう。
船に乗せてもらえただけでも儲けものと思うほうがいいだろう自分がしでかした所業。

それでも、サンジには覚えがないのだからどうしようもない。

対してJJやゾロからすれば、全て事実。
怨んで当然の相手。








「サンジくん。」

ナミが柔らかく声を掛ける。

「なに?」

ナミが向ける笑顔は以前と変わらないだろうと思える。それがせめてもの救い。

「困ったことがあったら相談してね?」
「ぅん。」
「ゾロやJJが何か言っても気にしないで!私が言い返してあげるから!」

ナミの心遣いはサンジにはとても嬉しかった。
ゾロやJJに対してどうしても遠慮のあるサンジだが、ナミとは普通に接することができる。
しかも、一つ年下だという彼女だが、小耳に挟んだ話では、村の皆を裏切ることでしか村を助けることができなかった過去を持つという。想像を絶する過去をもっているのだろう。
今のサンジとは状況はかなり違うが、仲間に信じてもらえないサンジに何か感じるところがあるのだろう。
ナミはサンジのよき理解者でもあり、頼もしい存在でもあった。

「ありがとう・・・、ナミさん。」

「大丈夫だよ。」そう続けようとして、ふ、と何か思いついたような顔をする。

「どうしたの?」

ナミが顔を上げる。

「ん〜〜〜。そういえいば、昨日、俺の荷物だったっていうのを整理していたら、いっぱい出てきたんだけど・・・。これ・・・。」

サンジがジーンズのポケットから取り出したそれにナミが目を向ける。

それは、昔は当たり前のようにサンジの口に咥えられ、しかし、今はまったくサンジの傍から姿を消していた煙草だった。

「俺って、煙草吸ってたの?」

使いかけのまま、ずっと放られていたのだろう、くしゃくしゃっと形は崩れていたそれを手に取って見せた。

「あぁ・・・・・、煙草ね・・・。」

ナミは納得した風に笑った。

「サンジくん、すご〜〜〜くヘビースモーカーだったのよ。今、煙草を咥えていないのが不思議なくらいにね。」

ナミに言われてサンジは改めて煙草を目にする。

記憶がなくなってから一度も吸ったことのない煙草。
マリアの店では、客層からして煙草を吸う人間は多かったが、彼らが吸うのを見ても何とも思わなかった煙草。
今、手にしている煙草を見ても「吸いたい」という衝動は起きなかった。

「サンジくんね、小さい頃から煙草を吸っていてね、よく怒られていたみたい、オーナーに。舌が悪くなるって。でも、止められなくなっちゃったのね、きっと。まるで中毒患者並だったわよ。」
「・・・・。」
「でも、不思議ね。今は、吸いたいって思わないの?」
「ん〜〜〜〜。吸いたいって気は起きないな。店で客が吸っていても別に気にならなかったし。」

箱から一本出すと指で摘んで眺める。

「吸ってみる?」

ナミもその様子を隣で見ている。

「やっぱ、止めとくよ。」

なんとなくだが、吸う気にはなれなかった。

「そう・・・・・・。」

ちょっとがっかりした様子のナミにサンジが不思議そうな顔を向ける。

「・・・・なんとなく、煙草を吸っている時のサンジくんって好きだったから・・・。考え事をしている時も吸っていたけど、リラックスしたい時も吸っていたし・・・。きっとサンジくんなりのストレス発散にもなっていたのかな、って思って・・・。今のサンジくん、そういうリラックスできる切欠がないでしょう?だから、煙草を吸うだけでも違うかなって思ったけど・・・・・・、やっぱり、今は違うのね・・・・・。」

寂しそうにしているナミにちょっとだけ罪悪感が湧いた。

「また吸いたくなった時は吸うよ。手にしている分にはなんとなくだけど、落ち着くし・・・・・。」

ナミにもわかっているのだろう。今のサンジが心身共にゆっくりとできていないことに。






サンジもまた寂しそうに笑うしかなかった。






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今までの復習ってカンジで・・・・。

2007..4.17.