過去と今と未来と3−2




「この皮、剥いておいてくれる?」

JJの一見優しそうな表情の中にチラリと覗く冷たい視線を感じながら、サンジはJJが手にしていたザルを受け取った。
その中にはじゃが芋が大量に入っていた。

「ゾロの好物の肉じゃがを今日のメニューにしたんだ。そういえば、肉じゃがの作り方ってわかってる?」

覚えている、ではなくて、わかる?ときた。
記憶がないのをイコール料理ができないと考えているのだろう。カチンとくる言い方だったが、JJは島にいた時にサンジの料理を食べに店に来ていないので、記憶がない時のサンジの料理の腕前をわかっていないのだから仕方がない。
とはいえ、確かにきちんと料理ができるかといえば、あながちそうとも言えない。ただただ身体が覚えるままに料理をするのであって、レシピを言えと言われてもすっと言葉にすることができないのだ。
それでも料理が作れるのを、ルフィ達からも聞いているのだろうから、わかってもらってもいいことのように思えたが、JJはあえてそれを知ろうとはしなかった。
どちらにしても、今のサンジには下拵えしかさせてもらえない。
これも仕方がないことだろう。今、この船のコック長はJJなのだから。

サンジは黙ってザルを受け取ると、同時に「はい。」と渡された包丁に目を細める。
敢えてサンジに切っ先を向けて包丁を渡すJJに悪意とは言わないまでも、内に篭る怒りを感じてしまう。
それも致し方ないことか。
JJとロイが幸せに暮らしていた時に、突然、過去の恋人であるサンジが目の前に現れて、二人の仲を掻き回して、ロイと一緒に突然消えたのだ、みんなの前から。
そして、消えた二人を散々捜し回った挙句、ロイはすでにこの世にいない人となっており・・・。当のサンジは何も覚えていない。
踏んだり蹴ったりなんてものじゃない。

JJがサンジに怒りを向けても当然。
サンジに記憶がないとはいえ、それだけのことを仕出かしたのだ。

只、今は黙っているしかない。

サンジは言い返したいのを堪えて、包丁をも受け取った。

そのままラウンジを出て、階段を降りてその横に陣取る。日陰になり、丁度気持ちのいい時間帯にもになっていた。
胡坐をかいて座り、ザルを膝の中に置く。
通りかけにウソップやチョッパーが声を掛けてくれるが、上から突き刺さるJJの視線にサンジはあえて彼らの話しかけを流す。
その様子を見張り台から眺めていたナミが眉間に皺を寄せて、JJが入って行ったラウンジへと向かった。

「JJ、いいかげんにして!サンジくんに当たらないでよ!!」

ナミはどちらかといえば、サンジに肩を持つ。
サンジが居ない時はJJとも仲良くやっていたが、サンジが帰ってきてからのJJの態度にはさすがにナミも怒った。
JJの方も最初は「ナミさん、ナミさん」とサンジの再来とまではいかないがナミにも懐いていた。
しかし、今はすっかりと態度が豹変していた。

「別にサンジには当たってないよ、ナミさんの気のせいじゃない?」

目を細めて吐く言葉はごく自然と紡がれたように思えたが、声音には刺が感じられた。

「でも、サンジくんには料理、任せてないじゃない!ちゃんとサンジくんにも料理させてあげてもいいんじゃない?記憶がなくたってきちんと料理できるわよ、彼!」
「今はJJがこの船のコック長で、過去にこの船にいたとしても一度は降りた身だ。半年差とはいえ、あいつの方が新入りだ。当然のことじゃないか?」

ナミの指摘に、JJの返事を待たずに横からナミに口答えする声があった。
ナミがキッと顔を向ける。

「ゾロっ!」
「新入りの方が下拵えをして、コック長が料理を作る。当然のことじゃないか?」

壁に凭れたまま、グビリを酒を瓶ごと呷る。
あまりの静けさにゾロがいるのにナミは声を聞いてから気が付いた。

「あんたも・・・・・まだ、サンジくんを受け入れないの?」

島で再会した最初は、憎しみさえ持っていたようにも思えたが、それがゾロの本心ではなく。
やはり、ゾロもサンジのことが心配で、サンジのことを今だに想っていたように見えた。実際に窮地に陥っていたサンジに手を貸し、二人して島を襲った海賊と戦ったではないか。
そして、サンジが世話になった店の主人を殺し、恋人を廃人同様にした海賊をたった一人で壊滅させたのも、表立ってはいないがゾロの仕業だとナミは知っている。
それだけサンジのことを大事に思っていたのではないのか。


それが、サンジがこの船に戻ってきたとたん、まるでJJと同様に憎しみさえ覚えているかのように振舞う。

ナミにはゾロの気持ちがわからなかった。

「受け入れるとか受け入れないとかは、船長が決めることだろう?あいつはこの船に乗ったんだ。俺はルフィに従うだけだ・・・。」

あぐらを掻き、酒を手にしてのんびりとしているわりには、まるで正反対の表情と言葉のゾロに、ナミは唇を噛む。

「そういうことじゃないわ。アンタの気持ちの問題よ!サンジくんのこと、どう思ってるの!!」

拳を握るナミをチラリと見上げて、ふん、と鼻を鳴らす。

「別にどうも思っちゃねぇよ。」
「ゾロっ!」

ナミが声を荒げるとそれに今度はJJが反応した。

「ナミさん。ナミさんこそ、俺達のこと、認めてくれないの?僕が船に乗ることを歓迎してくれたじゃない。それに、ゾロはサンジじゃなくて僕を選んだんだ。それがいけないの?それとも、僕がここにいちゃいけないの?・・・・サンジが来る前はあんなによくしてくれたのに・・・。」
「・・・そ・・・・そんなわけでは・・・・・。」

JJはナミを責めると共に、悲しげに見つめた。
ゾロと恋仲になったJJ。サンジがいない時は、それも致し方ないと認めてはいたが。ゾロの心の内を考えると、今は手放しでは喜べない。
かといって、今更、「はい。もうサンジが戻ったから貴方は用無し。」というわけにはいかない。JJにだって、この船に乗る権利もゾロと一緒にいる権利もあるのだ。
当のゾロも、サンジではなくJJとの仲を選んだ。
どちらが料理をするか、の問題だけではなかった。
思わず、ナミの声が詰まる。
項垂れるJJにナミも何も言えなくなる。
ゾロは徐に立ち上がると、そっとJJの肩を抱き、ポンポンと優しく叩く。
JJはゾロの胸に顔を埋めたまま何も言わなくなり、そっと、そのまま二人してラウンジから出て行ってしまった。
ナミをそれを黙って見届けることしかできなかった。

コンロには夕食用に準備がされていた鍋がぐつぐつと湯気を出したままだった。
二人が出て行ってから漸く火が点けっぱなしなことに気が付き、カチリとコンロの火を止めた。

「火をつけたままここを出るなんて・・・・コック失格よ・・・。」

ナミはそう呟くことしかできず、俯く。

別にJJとゾロが本当にお互いのことが好きであるならそれにとやかく言うつもりはない。
だがナミには、JJとゾロが本当にお互いのことを好きでずっと一緒にいるとは思えなかったし、彼らの為になるとは到底思えないのだ。

亡くなった恋人のことを忘れることができないJJ。
裏切られたと思いながらもその真実が見えず、そして、怨みきれず、想いを断ち切ることが出来ずにいるゾロ。

ただただお互いの哀しみをごまかし紛らわす為だけに繋がっているようにしかナミには見えなかった。
とはいえ、二人ともそれを認めることもできず、お互いに想いを寄せていると断言して真実を見ようとしない。

そして。

記憶を失う前も失ってからも、大事な人を手放すことしかできない、今は下働同然のサンジ。






誰一人幸せでないこの状況にナミはどうすることもできなかった。


「ルフィ・・・・・・・。どうしたらいいの・・・・。」



窓から見えた船長が、羊のフィギュアヘッドからこちらを見つめているのがわかった。


が。

ナミがポロリと溢した涙にも、船長のルフィは黙ったままだった。






HOME    BACK   NEXT  




ドロドロっすか?痛いっすか?・・・・いや、そんなはずは・・・。(汗)あくまで私はサンジファン!

2007..4.20.