恋してる?愛してる?3




夜も更け、誰もが寝静まったころ、キィと耳触りな音を立てて扉が開いた。

「おう、お疲れさん。」
「おう。」

誰もが寝静まってはいなかった。この船のコックはまだ明日の仕込みがあるようで、何やら白いものを粘土のように捏ねていた。
ゾロが入ってきたのはわかったらしく、目を向けずに声だけかけた。
ゾロもまた、勝手知ったる風に足を進めて棚にある酒を抜きとる。
が、手にする前に再度声が掛かった。

「一番上の段のにしといてくれ。」
「なんでだ?」

ゾロが酒を取りに来たのがわかったのだろう。やはり、目は向けずに話しかける。

「や、予想していたより医療道具が少ないのに先日気がついてよ。次の島で補給はするが、できれば度数の高い酒は消毒用に取っておきたいんだよ。ただでさえ医者がいなくて不便なんだ。悪ぃが我慢してくれ。」
「あぁ・・・。」

そういうことか、とゾロは一番上の棚にある酒瓶を手にした。念のため、度数も確認する。よく口にするものよりも度数は少ないものだった。多少なりとも物足りないが致し方ない。飲めないよりはマシだ。
サンジもチラリと目線を向けてゾロの選んだ酒に納得したのか、軽く頷いてまた作業を再開した。ゾロは歯でコルクをキュポンと抜くと、椅子に腰かけながら作業をしているサンジを見つめた。

「何作ってんだ?」
「あぁ、明日の朝食用のパンだ。焼くのは朝だが、それまで冷蔵庫でゆっくりねかせておけば、朝、すぐに食べられるだろう?」
「ふうん。」

料理の手順はわからないが何気なく見つめていると、作業が一旦区切りがついたのか、サンジは背筋を伸ばして大きく息を吐いた。

「あぁ〜。いてて。この台、微妙に高さが合わねぇから辛ぇな・・・。」

今度は腰をトントンと叩いている。なるほど、さっきまで屈んで作業をしていたから腰が痛いのだろう。

「終わったのか?」
「いや・・・。だが後少しだ。この生地を成形して冷蔵庫に入れてしまえば終わりだ。悪ぃな、つまみ作れなくて・・・。」
「あぁ、別に構わん。」

頬杖をついて、瓶を傾ける。
行儀が悪い飲み方だが、今は生地作りに集中している所為か、礼儀に煩い男は何も言わなかった。それをいいことにゾロは、ごくごくと瓶ごと酒を呷る。
サンジが乗り込んでから初めての夜、酒を手にした時はいきなり怒られた。食糧は決まった量しかないから勝手に飲むな。酒は貴重な飲料だ。口で栓を開けるな、行儀が悪い。グラスを使えなど。で、夜中に大ケンカになり、起きてきたナミにこっぴどく怒られた。
それ以来、お互いに声は掛けるようにしている。面倒くさいとは思うが、サンジの言葉にはもっともな部分もあり、ケンカにならないよう、言葉を選んだ。まだサンジが船に乗り込んでからさほど月日は経っていないが、おかげで夜中にケンカをするようなことはなくなった。
毎日ではない事もあるからか、「よほど食糧が切羽詰まらなければ。」と夜に酒を飲むのをサンジは黙認した。どころか、機嫌がいいとつまみも作ってくれるようになりつつある。
だからなのか、ゾロにとって、そこは結構居心地いい空間になった。
昼間はケンカが多いが、それでも良い関係が作れそうだと、ゾロは笑みを浮かべた。


あの告白以来も、そういった内容の会話はお互い避けているし、サンジもゾロもそのような空気を出さないからか、仲間としては上手くやっている。

それでもいいか、とゾロは思った。

ナミの告白により湧きあがった、サンジが好きだ、抱いてみたい、という気持ちは今だ心の奥底に燻ってはいるが、恋仲になってもいないのならば仲間には手を出さないと決めているのだ。
サンジがゾロの気持ちを受け入れないならば、それでもいい。とゾロは思う。
大の女好きというのは一目でわかったし、女への接し方でセックスというものが彼の中でどういった位置付けなのかも想像に容易い。
だから、無理強いはできない。
ただ。

せめてあの時の己の気持ちは否定しないで欲しいと思う。



「おい。」

ぼおっとしていたら声を掛けられた。
気づけばいつの間にか、簡単に作られたのだろう。チーズとハムで作られたつまみが手前に置かれていた。

「もう仕込みは終わったからな・・・。簡単だが、それだけでいいだろ?」
「あぁ・・・。気づかなかった。サンキュ・・・。」

軽く礼を言うと、ゾロは早速目の前のつまみに手を伸ばした。
チーズをハムで巻いただけの簡単なものだ。だが、それぞれの種類の選択がいいのだろう、酒との相性もバッチリだ。

「旨いな・・・。」

ゾロがポツリと溢した言葉にサンジがニヤリと笑う。

「てめぇ、食事の時、あんまり何も言わないから味覚音痴かと思ったが、そうでもねぇみたいだな。そのチーズはな、バラティエから持ってきた秘蔵品だ。残り少ないから飯には使わねぇがな。」
「いいのか?そんな貴重品を・・・。」

心配そうに見つめるゾロに、サンジは煙草に火をつけながらさっきとは違う笑みを見せた。

「大事に取っておく必要はねぇ。食べる為に持って来たんだ。それに、そのチーズもハムもどっちかといえばつまみ向きだからいいんだよ。」
「そうか・・・。」

もう一つ口にする。
やはり旨い。

「それ、ウソップも昨日食べたが気にいったみたいでよ。元々はイーストではある程度手に入る代物だから、グランドライン入る前にはまた手に入るだろうし。また見つけたら買って作ってやるよ。今度は、もうちょっと違う形にしてな・・・。」

サンジの説明に、ふと顔を上げる。

「昨日、ウソップも喰ったのか?」
「あぁ、あいつ夕べ不寝番だったからな。軽くつまみと眠気覚ましにコーヒー入れてやったんだ。それ、量のバランス変えるとコーヒーにも合うんだぜ。」

明後日を向きながら、コックの表情が緩む。本当に料理のことを話している時は幸せなのだろう。
だが。

ゾロは少し落胆した。自分だけが食べれたと思っていたつまみがウソップが先だった。たったそれだけのことだが、なんとなくがっかりだ。
いや、つまみは美味しいから全部頂くが。

「どうした?」

多少がっかりしているのが、表にも表れていたのだろう。サンジが、不思議そうに声を掛けた。

「いや・・・・。他のやつらにも、これ喰わせたのか?」
「あぁ、ナミさんも・・・みんな喰ったぜ?あ、いや、ルフィは喰うと絶対後が大変だからまだだけどな・・・。」

「あいつには、それよりも肉だよな〜。」と笑うサンジに、ゾロは同じように笑えなかった。
やはり、あの告白はなかったことになっているのではないか。そういう現実を目の当たりにした。

「コック。」

突然、ゾロがサンジを真っ直ぐに見詰めた。

「どうした?」

キョトンとした表情は、やはりゾロの心の内をわかっていないのを伝えている。
今日などは、ナミが気を利かせて二人だけの時間を作ってくれたのにも拘らず、何も進展もなかったしその気配すらなかった。
尤も、二人だけと言っても、昼間の甲板には少し離れた位置にルフィ達はいたし、ロープ結びを覚えるのに必死で甘い気持ちを持つ余裕すらなかった。それはサンジも同様だったようで、ゾロが覚わるように必死に説明をしてくれたし、何度も見本を見せたり短気な男にしては根気よく付き合ってくれたと思う。
もちろん、それには仲間として感謝すべきだろう。
だが、所詮仲間としてだ。

それ以上の感情は、一切ないのだろうか。
やはり聞いてみたい。

「以前、俺がお前に告白したのは覚えているか?」

途端、サンジの顔が歪んだ。
サンジがこの話題を避けたいのがありありとわかった。が、ゾロも中途半端なことは避けたい。好きになれないのならば、仲間として過ごせばいい。兎も角、いい加減はっきりしたいとは思っているのだ。

「俺はお前に惚れている。錯覚でもなんでもない。その気持ちは今も変わらない。」

顔を歪めながらもサンジは手にしていた煙草を口に運んだ。ふぅと煙が大きく吐き出される。

「お前の気持ちを聞かせて欲しい。俺のことは嫌いか?」

単刀直入に聞いた。
サンジは、部屋の空気が変わった瞬間からずっと丸窓から外を眺めた。暫くそのまま動かない。何もみえないのだから、意味がないように思う。が、彼なりにきっと頭の中でいろいろと考えていたのだろう。
その視線を一旦、ゾロに向け、再度、丸窓を見つめる。
そうしてから、漸く口を開いた。

「俺ぁよ・・・・ずっと・・・物心がついた時から、大人に囲まれて育った。クソじじいのところでも大人ばかりの環境だった。まだ何もできないガキが大人ばかりの所にいるってのはよ、態度や言葉がどうでもそれなりに大事に扱われてきたわけだ。いつも怒鳴られてても蹴られても、それぐらいはわかった。あぁ、クソこ憎たらしい連中だが、それでも俺、愛されてるんだなって・・・。」

そこで一旦、言葉を切って、煙草を吹かす。そうしてから、再度、今度はゾロを見つめてから言葉を続けた。

「だからよ、今度は俺がみんなを大切に。愛していこうと思ってるわけだ。例えそれがてめぇみたいな、可愛げのないマリモでもよ・・・。」
「可愛げがなくて悪かったな!」

つい軽口が入った所為で、突っ込みをしてしまった。そのおかげか、固かった空気が多少和む。
サンジがクククと笑う。

「でよ、もちろん、ナミさんが最優先だが、ルフィやウソップ、ゾロ、お前も俺には大切な仲間だ。誰か一人特定を特別扱いするつもりはない。」
「何言ってんだ。ナミ最優先って段階で、お前の言ってることは矛盾してるじゃねぇか!」
「レディは別なんだよ!!」

サンジの言葉にゾロはむすっとする。ゾロの唇を尖らせている表情は普段見られないからか、サンジは楽しそうに笑った。

「というわけでだ。俺は、お前のことは仲間として愛するが。恋をするつもりはねぇ。悪ぃな・・・。」
「仲間として愛する、か・・・・そうか。わかった。」

意外にもすんなりとサンジの言葉を受け取ったゾロは、それでもすっきりとした表情を見せた。何かがふっきれたのだろう。
サンジは少し驚いたが、内心ほっとして短くなった煙草を流しに擦りつけ火を消す。
そのためか、ついうっかり余計な事まで口走ってしまった。

「できれば、ナミさんとお前がいい仲になってくれるのが一番みんなが幸せになる方法だと思ったんだがな、仕方ねぇよな。気持ちは押しつけるもんじゃねぇ・・・。」
「そうだ。」

サンジもまた終わったことをほじくり返してしまうことを言ってしまって、思わず「あ。」と口に手を当てたが、当のゾロは気にせず朗らかな表情で返事をした。
なんだか、あまりにも潔くて気持ちが悪いくらいだが、元々、ゾロはこういう気質の男なのだろう。
これで話しは終わりだ、とサンジは手を上げてゾロから離れようとした。

「てめぇの言いたいことはわかった。」
「・・・・?」

まだゾロの方は話しが終わっていなかったのだろうか。脇をすり抜けようとしたサンジの腕を掴んで顔を覗きこんだ。
と、グイッと掴んだ腕を引き寄せる。

「な・・・・うわっ!!」

突然の事で、サンジはされるがままゾロの方へ倒れ込んだ。

「んっっ・・・!」

そのまま唇を塞がれる。
ガチリと歯が当たる勢いでの口付け。避ける間もなかった。
気づいたサンジが離れようと体を捩るが、ゾロのもう片方の腕がサンジの後頭部を押さえつけ逃げることができなくなった。
さらに深くなる口付け。


どんっっ!!


一瞬のスキを付いて、漸くゾロを突き飛ばすことができた。
はぁはぁと息を荒げて、サンジは腕で唇を擦りながらゾロを睨みつける。

「てめぇっ!!何考えてやがる。今、俺が話したこと、なんにもわかっちゃいねぇじゃねぇか!!」

ギロリと目を細めて睨みつけるサンジにゾロはあっけらかんと言い放った。

「宣戦布告だ。」
「・・・はぁ?」

意味不明だとサンジは怒りが飛んで行ったような顔でゾロを見つめる。

「お前言ったじゃないか。俺のこと愛してるって・・・・。」
「そりゃあ、仲間としてだ!!恋愛としての意味じゃねぇ!!」
「でも、それぁ嫌いってわけじゃないんだろ?」
「ぐっ・・・。」
「ということはだ、これからてめぇの気持ちが恋に発展する可能性もないわけじゃねぇってことだ。お前が俺にまったく関心がないんだったら諦めようと思ったんだが、そういうわけじゃねぇんだろ?だから、俺は待つことにした。」
「屁理屈だ・・・・・。」
「ナミも俺を応援してくれるって言ってくれたしな。」
「ナミさんが・・・・?」

「え〜〜!!ナミさん・・・。」とサンジが天井を見上げて呟いている。
構わずゾロは告白を続ける。

「それに今のキス。てめぇ、嫌じゃなかったろう?」
「はぁ?」

「顔に書いてあるぜ。」

ニヤリと笑うゾロに「どこにんなこと書いてあるんだよ!!」とサンジは声を荒げる。

「兎も角だ。てめぇが、俺のこと愛してるってわかったからな!これが恋してるに変わるまで俺は諦めないからな。覚悟しろよ!!」

ビシリと指を指して、ゾロはサンジに宣言すると、これで本当にすっきりしたとばかりに軽い足取りでラウンジを出て行った。

あまりの展開にサンジは茫然とゾロが部屋を出て行くのを見届けてしまった。

そして、バタンと扉が閉まってから、はっと気付いたように小さな声でぼそりと口にした。

「普通、恋から愛に変わるもんだろ・・・。意味も全然違うし、順序も逆じゃないか・・・・。」

サンジの呟きはゾロにはもちろん届かない。





実際それが恋に変わるまでは、さほど時間は要しなかった。



END


11.09.05




         




勘違いゾロ?挫折したのがまるわかりな話で終わりました。すみません。また、どこかでリベンジを!(←いつも同じこと言ってるような・・・。)ここまで読んでくださって、ありがとうございましたm(__)m