言葉にして 4




朝日がまぶしい。いい天気だ。
まだ他の者は寝ているようで、あたりは静かだ。
街の方を見ても多少の朝靄が認められるだけで特に変わったところはない。
夕べはナミの情報により、海軍が何かしら動きまわっている気配はあるのはわかっていたが、今のところ大きな動きはない。幸いにも、まだ麦わらの一味の細かい情報を掴んでいないのだろう。

まずは一安心か。

ゾロは、腕を大きく上げ、伸びをした。

まだサンジは戻ってこない。
本当に戻ってくるのか・・・。

心の奥に燻る不安をかき消すように、足元に置いてあった鉄アレイを手に取った。
夕べは不寝番ということで、見張り台で鍛錬をしていたが、日が昇り始めた頃、芝生甲板に降りて来たのだ。

一晩、ずっと落ち着かずただ只管にバーベルを動かしていた。もちろん、状況が状況なだけに周りへの注意も怠らなかったが、ゾロは仲間以外の気配には聡い。それこそ海軍や賞金首の気配があればすぐにわかる。
そんなゾロのことをわかっているからか、ナミも心配そうにしていが、どちらかといえば、彼女の心配は襲撃の心配というよりも、サンジが戻ってくるまでに船を出さなければいけない状況になることだった。

ガチャンガチャンと鉄アレイを上げ下げする。
ただ気持ちが集中していないから、動きは惰性でのみだ。

早く帰ってこい。早く・・・。

日が昇り切り、他のクルーもぼちぼち起きだしてきた。

「おはよう、ゾロ。」
「おう。」

ナミが洗った顔を拭きながら、近づいてきた。化粧はまだのようだが、この船のクルー、特にゾロに対してはおしゃれっ気を見せてもしょうがないと思っているのだろうか。髪も多少跳ねていて、いかにも寝起きという感じだ。
これが、サンジがこの場にいればまた別なのだろうが、サンジがいないこともナミは承知のようだ。やはり、ナミもしっかりと寝れなかったのか、多少隈ができているように思えた。

「サンジくん・・・・、まだ来ないの?」
「あぁ。」

二人して甲板から街を見下ろした。それらしい気配は感じられない。

「サンジくん。まさか・・・・あの店に・・・。」
「そりゃあねぇよ。」

ナミの不安気な声にゾロはすぐに打ち消した。しかし、その言葉は多少なりとも自分にも言い聞かすような声音だった。
サンジのことを信じてはいるが、不安がないわけではない。

「あいつの夢をこんなところで捨てるはずはねぇ・・・。」
「ゾロ・・・。でもあのツバキって娘。サンジくんに気があるのは私でもわかったわ。サンジくんも満更でもないような感じだったし。」
「それでもあいつは必ず来る。」

不安の影は見えるものの、ゾロはしっかりと街を見下ろしていた。
ナミは肩を竦める。

「自信満々なのね。」
「そうでもないさ。」

ナミは手摺に凭れながら街を見つめるゾロを横目にチラリと盗み見した。
せっかくだから、と改めて口を開く。

「ね。聞いていい?」
「何をだ?」

惚けるのはナシだと言わんばかりに、今度は真剣にゾロを見つめる。ゾロも、ナミの様子に逃げられないことを咄嗟に悟った。覚悟を決めたのか、ナミを真正面に迎える。

「サンジくんのこと・・・。」
「・・・・。」

ナミの瞳から逃げられない。

「あたし、知ってんのよ。あんた達の関係。」
「何が言いたい。」

それでも誤魔化せるものならと思ったが、そういうわけにはいかないらしい。じっと見つめる瞳がキツイ。

「いい加減、正直になりなさい。」
「何のことだ。」
「お互いに気持をちゃんと伝えなさいってことよ!」

ゾロの眉が跳ね上がる。
ナミはどこまでわかっているのか。

「コックがお前に何か言ったのか?」
「いいえ。でも見てればわかるわ。お互いにきちんと言葉で想いを伝えてないでしょう?」
「・・・ぅ。」
「あたしもこの一味の仲間になる前から海賊相手に生きてきたから、わかるの。男同士でもそういうことあるって。」

二人の深夜の関係のことを指しているのだろう。

「・・・・。」
「最初はあんたとサンジくんもただの体だけの関係かと思ったわ。私としては襲われる心配が減るし、お互いに割り切ってるんだったら、それに口を挟むつもりもなかった。でも・・・・。」
「何だ?」

ゾロの眼が細まる。
ナミは怯まない。

「気づいてないの?お互いを見つめる時の瞳・・・・。すごいわよ。」
「何がすごいんだ。わかった風な口をきくな。」
「あんたなんか、特に酷いじゃない。私とサンジくんが一緒にいる時。あたし、あんたに視線だけで殺されるかと思った。」
「・・・・っっ。」

手摺を持つゾロの手にギュッと力が加わる。ミシリと木が軋んだ音を立てた。船を壊さんばかりの勢いだ。
ナミはチラリとその手を見たが、気にせず言葉を続けた。

「サンジくんもそう・・・。ときおり、そっとあんたを伺い見ている。それはもう恋する乙女のようよ。最初気付いた時、私、笑っちゃったわ。」
「何だ、そりゃ・・・。」

軽く笑って、それでもナミはまた真剣な顔を見せた。

「でも、よくよく見ていたら、お互いの気持ちに気づいてないっていうか・・・。相思相愛なのは周りから見て一目瞭然なのに、当人達が一番わかっていない。」
「周りから・・・って、他のやつらも知ってんのか?」
「さぁ?ルフィとかウソップあたりは知らないと思うけど、ロビンは気づいてたわよ。よく、覗き見してたみたい・・・。」
「なんだとぉぉ!!」

かあっっとゾロの顔が赤くなった。ナミはゾロの反応にクスクスと笑う。
傍若無人のゾロだから、まわりに気づかれても平気なのかと思えば、それなりに羞恥心というものは備わっているらしい。確かに、ロビンに覗き見されていると言われれば焦るのは当たり前だが。
でも、覗き見と言っても二人のことを心配してのことで、時と場合、場所を考えて覗いているわけで、ゾロが思っているようなプライベートを侵害するようなものではない、とロビンが言っていたのを付け加えるとゾロはほっとした顔をする。
本当にらしくなくて、思わず笑い声がケラケラと大きくなった。

笑いが漸く収まると、ナミは改めてゾロに向き直った。

「ね。ゾロ・・・・。余計なお世話かもしれないけど・・・。」
「わかってる。」
「ゾロ・・・。」

先ほどではないが、多少まだ赤みを残して、それでもゾロも真剣にナミに向かい合った。
ナミが二人の事を心底心配しているのだ。いい加減な答えをするべきではないことぐらい、ゾロにもわかる。

「今回のことで、改めて己の気持ちを再認識した。コックが帰ってきたら、今までのような誤魔化しではなく、きちんとあいつと向き合うつもりだ。」

その瞳に濁りはなかった。
もっとも、ゾロは魔獣だなんだと言われるが、人としていい加減な人間ではないことをナミは知っている。

「そっか・・・。なら安心したわ。」

ナミは俯きながら眼を閉じて、踵をコツンともう片方のつま先にあてた。

「じゃ、あとはしっかりね!サンジくんっっv」
「なにっっ!?」

ナミの言葉に思わず後ろを振り返ると、そこにサンジが呆然と立っていた。

「コック・・・。」

立っていた船縁からトンと飛び降り、そのままコツコツとサンジはゾロに近づいた。
話に夢中になりすぎて、サンジが船に戻ってきたのに気付かなかった。思わず己の失態に小さく舌打ちする。
気づけば、ナミは早々に姿を消したようだ。あまりの早さに表情まで歪む。
起きたのだろう、遠くからルフィの「朝飯〜っっ!!」の声も耳に届いたが、すぐにその声も消えた。ナミが早々に対応してくれたのだろう。
全くなんという航海士だ。

サンジはゾロの真前に立つと、ゴソゴソと懐から煙草を出した。ゆっくりと口に咥え、シュッとマッチを擦る。流石手慣れたもので、すぐに煙草の先が赤くなった。
ゾロは静かにその一連の動作を見つめていた。いや、見とれていたと言ってもいいだろう。それだけこの男に惚れているのだろう、と自分でも思った。

「帰ってきたか・・・。」
「あぁ。もちろんだ。」

何気ない会話。だが、声がわずかに上擦っていて緊張しているのがお互いにわかった。サンジもどこからかはわからないが、ゾロとナミのやりとりを聞いて、何かしら思ったのだろう。

コツっとゾロのブーツが床で鳴った。

「で、何だ?向き合うって・・・・、何かお見合いみたいなことでもするのか?」

予想はできるだろうに、サンジは誤魔化そうとしている。この男は、自分達の関係をこのままにしておくつもりなのだろうか。
そんなことはさせない、とゾロはサンジを睨みつける。その意味がわかったのか、わからないのか、それともわからない振りをしているのか。

「朝食がまだのようだな。作ってくるわ・・・。」

ルフィの声はすでに途絶えたのに、その声を理由に場を離れようとするサンジをゾロの手が止めた。
咄嗟に捕まえたサンジの右腕がわずかに震えているような気がするのは、気のせいだろうか。それとも、掴んだ自分の手の方が震えているのだろうか。
わからないまま、それでも視線は強くサンジを睨みつける。

「なんだよ?何か話でもあんのか?」
「あぁ。大事な話だ。」

サンジは目を細めてゾロを見返した。

「大事な話だったら尚更今は聞けねぇ。船も出さないといけないだろうが・・・。」

ほらっと首を傾けて街の方を指し示すと、なにやら騒がしい様子が伺えてきた。気を向けると気配も感じた。
どうやら、海軍が動きだしたようだ。
と、悪びれることもなく、サンジが肩を竦めてみせた。

「悪ぃ・・・。戻ってくる途中で海軍に見つかっちまった。」

ヘラリと笑う顔に余裕があるのは、見つかったという海軍の連中も大したメンバーが揃っていないからのようだ。ならば、さっさとその場で片付けてくればいいものを・・・。ゾロは、「ケッ」とサンジの腕を離した。
雑魚レベルであろうと海軍ならば、この島を出港した方がいいだろうことはゾロでもわかった。

「だったら、よけい朝飯を作ってる場合じゃないだろうが!!」

そう怒鳴るとサンジよりも先にラウンジへと声を荒げた。

「ナミっっ!!出港だ!!クソコックが海軍を連れて帰ってきちまった!」

ゾロの声はよく通り、ルフィの相手をしていたナミにも届いたのだろう。バンと扉を開けると目が据わったナミが飛び出してきた。

「なんですってぇぇ!!」
「ごめんよぉ〜〜〜。ナミさんっっvv」

本当に悪く思っていないのがメロリンしている様子からわかる。

「全く。」

ナミは額に手をあててがっくりしている。

「ほらっ。さっさと出港準備するわよ!ルフィ、朝ごはんはこの島を出てからよ!」

ナミが扉の中に向かって叫ぶと中から、「え〜〜〜っっ。」と苦情めいた声が聞こえてきたが、誰もがそれを無視して、早々に持ち場に動きだした。
まだ寝ていた連中も、外の様子に気が付いて各々部屋から飛び出してくる。
バタバタと走り回る。

「ほらっ。ゾロもサンジくんもさっさと準備して!」
「は〜〜〜〜いっっ、ナミさんっっvv」

手を上げて勢いよく返事をするサンジにゾロは眉間に皺を寄せながら、自分の仕事に取り掛かった。











朝の天気をそのままに、夜もまた星が多く輝いた雲一つない空だった。
海軍の追手は、島から外海に出たらそうそうに諦めたようで、それ以上は追ってこなかった。島の管轄を外れるのを恐れる気弱な連中の集まりだったのだろう。
昼前には落ち着いた航海に戻ることができた。
夜も、サンジが今まで船を空けていた詫びとばかりに、ナミに調達してもらった食材でまるで宴のような勢いで調理をしてくれた。
誰もがみな、改めてサンジの存在、そしてサンジの料理に感嘆した。
サンジもまた、クル―のみんなが美味そうに食べるのを目を細めて喜んでいた。

いい一日だったと思う。
誰もが就寝とばかりに部屋へ戻り、今、ラウンジはサンジ一人だった。
サンジは明日の仕込みを済ませ、そろそろ風呂にでも入ろうかと片付けをしていた時、ガチャリと扉の開く音がした。
誰が入って来たのか気配でわかったが、気になるからか、思わず顔を向けて部屋に入ってきた人物を見つめてしまった。

「なんだ、お前か・・・。」

想像通りの人物に溜息を吐くと、今まで忘れたいた存在を思い出したように、懐から煙草を取りだした。
シュッとマッチの擦る音が静かな室内に響く。煙草から一息煙を吐き出すのを、ゾロは静かに待っていた。

「酒・・・。」
「あぁ?」

何の用かと思えば、いつものアルコールの要求か、とサンジは不安と安堵を織り交ぜた顔をした。

一体、何を期待してんだ、俺は。

内心、自分の心に浮かんだ言葉に舌打ちをする。
朝、船に戻って来た時の状況から、ゾロが自分に話があるのはわかっている。そして、海軍の追手を振り切った後、早々に話をしたいとモゴモゴと口を開け閉めしているのも知っていた。
結局、昼間は二人きりになる時間が無くて。だから、今夜、ここに来ることは容易く想像できた。
だからこそ、さっさと明日の仕込みを終えて寝てしまいたかったのだ。

だが、ゾロの口から出た言葉は、いつも通りのもの。
改めて緊張の糸を緩めると、サンジは食糧庫へ行き、ゾロ専用の安酒を1本持ち出してきた。

「今日は、晩飯に沢山飲んだからな。もう、今夜はこれだけだ。」

そう伝えて、酒をゾロに差し出す。
ゾロは、特にこれといった変わった反応もなく、「わかった。」と差し出された1本を素直に受け取った。

「つまみは・・・・・あぁ、これならまぁいいか。」

冷蔵庫を覗きこみ、先ほどの夕飯の時に残った和え物を取りだした。このままではつまみにしては味が薄いので、改めて味をつけ直す。と、少し、新たに野菜も合せ足し、新たな和え物へと変身した。
ピリリと辛みがきいて美味い。
小魚の南蛮漬けも味をしみ込ませるために先に作り置いたのだろう。それも、一緒に出された。
差し出された皿を見て、思わずゾロはサンジを見上げた。多少、頬を赤らめて煙草を吸っている。視線はあさっての方を向いている。
部屋に入って来た時には、早々にこの場を立ち去りたい雰囲気を醸し出していたが、あながちゾロが来るのを嫌っている訳ではないのだろう。
ただ、単にゾロが朝言っていた話を聞きたくないだけか。




だが。
ゾロは、今夜こそ決着をつけたいと思っていた。
元々、サンジとは体だけの関係から始まったのだが、それだけでは嫌だとは思っていたのだ。そう思うようになったのはいつからかは、もう忘れた。ただ今は酷く、サンジの体だけでなく心も一緒に欲しいと思うようになった。が、それを口にすることはずっと憚れた。口にした途端、体の関係も終わってしまうのではないか、とゾロは思っていたのだ。ならば、ただこのまま体の関係に甘んじていれば、サンジとの繋がりは続く。それ以上でもそれ以下でもないのだが、離れることはないと思っていた。
ずっとそれでもいいと思っていた。
だからこそ、島に上陸した時に、一晩お互いの欲を別で発散させようという話も承諾したのだ。本当は嫌なのに。




それなのに。



サンジが母子でやっている店で働いているのを見た時。急激に不安に襲われた。
サンジには大きな夢がある。だから、この船を降りることはない、と頭ではわかっているはずなのに心が不安に苛まれた。

あいつは、海のコックだ。陸で生きていける人種ではない。
あいつは、オールブルーを見つける夢がある。だから、通りすがりの島に根をおろすはずはない。
あいつは、この一味の仲間だ。船長のルフィが、あいつが船を降りるのを許すはずがない。

わかっている。わかってはいるのだが、そうやって己の不安を押さえこんだ。

案の定、ナミに言われて「大丈夫。」「出港には間に合わせる。」と言った時の、彼のツバキを見る表情を見て、安心した。
彼は船を降りるつもりはない。

それでも。


それでも、やはり不安が拭えなくて、思わずサンジにキスをしてしまった。今まで、どんなに体を繋げようとも触れなかった唇に触れた。
そして、怒り心頭のサンジに「続きは明日、船だ。」と伝えた。

こんな想いはもうしたくない。ならば、と本心を晒すことにしたのだ。ナミにも、ゾロの意思は伝わったはずだ。

だから、逃げない。真正面からサンジと向き合う。
例え、彼がゾロのことをどう思おうとも。

まぁ、勢いをつけるために酒を頼んだら、サンジの方は今日は話はないと踏んだのか、少し落ち着いた様子だ。
だが、逃がすつもりはない。


ゾロが箸を手にすると、サンジはほっとした表情でキッチンを出ようとした。

「何処行くんだ?」
「俺はもう風呂入って寝るんだよ。皿は流しに付けておけばいいから・・・。じゃ・・・。」
「待て!」

今度もまたゾロはサンジの腕を掴んだ。朝のように。
しかし、朝は海軍の追撃があったため、その手を離してしまった。が、今度は離すつもりはない。
「話があると言ったろ。」

途端、動揺を見せるサンジに、まずは隣に座れと顎で示した。
一旦は、眉を顰めて顔で拒否を現わしたが、有無を言わせぬゾロの様子に諦めたのか、すとんとゾロの横に腰を下ろす。
カウンターで二人並ぶのは初めてじゃないだろうか。いつも、夜、酒を飲むときは、ダイニングとキッチンと分かれていた。カウンターが二人の間を隔てていた。本当に、二人近づくのは、お互いの欲を発散させる時だけだ。
ゾロは、一旦立つと、サンジの分のグラスを取りだした。

「何だ?酒を付き合えってのか?」
「話があるっつったろ?まぁ、あんまり飲んで今からの話を酒の所為にはしたくないから、1杯だけだ・・・。」
「・・・・。」

サンジの隣に再度座ると、ゾロはサンジのグラスにコポコポと酒を注いだ。サンジにしてみれば、多少度がキツイので1杯だけというのは、それはそれでいいだろう。
サンジがグラスを空ける間に、ゾロはサンジの作ったつまみに箸をつけた。

「美味いな・・・。」
「・・・っっ。」

よほどの事がない限り、ゾロが料理の感想を言うことがないので、サンジは驚きを隠せない。
そのサンジの驚愕ぶりを見て、ゾロは頭をぼりぼり掻いた。

「俺は、口数も少ないし、話も下手だ。だから、いろいろ言葉で説明するのは苦手だが、それだけじゃいけないと今回のことで思った。今までだって、てめぇが作る料理は口にすることはなくとも美味いと思ってたから・・・・。」
「・・・・。」

サンジはどう返してよいのかわからなくて、ただコクンと頷いた。頬が染まる。

ゾロは、体を横に向け、サンジと向き合う形を取った。
驚きで煙草を吸い直すことも忘れてカウンターに置かれた手を、そっと上から握る。
ビクリと手が震えるのがわかったが、無視した。

「サンジ・・・・。」

初めて名前を呼んだのではないだろうか。途端、カーッとサンジの顔が一気に赤くなる。

「何だ?いきなり。何だ何だ?ヤリてぇのか?だったらこんなとこで酒なんで飲まずに、さっさと展望室へでも格納庫でもどこでも行こうじゃねぇか!」

声が上擦っているのがありありとわかった。
しかし、サンジの言葉を無視して、ゾロはもう一度名前を呼んだ。

「サンジ・・・。」

思わずサンジは俯いた。
その肩をぎゅっとゾロは抱き締める。途端、緊張で固まる体。

「好きだ。」
「・・・・。」

更に体が強張る。
ゾロは普段、使わない言葉を続けた。

「てめぇが、好きだ。」
「・・・・っっ!」

サンジの手がギュッとゾロの裾を握りしめた。

「てめぇが、この船を降りてあの島に、あの店に留まるんじゃねぇか、と不安で仕方なかった。考えれば、そんなことはないのはわかっていたのに。」
「ゾロ・・・。」

サンジのゾロの名前を呼ぶ声すらも震えている。サンジは顔を上げることができない。

「こんな気持ちを口にせず、ずっと体だけの関係でもいいと思った。だから、島に降りて一晩、他で女を相手にすることになっても異論はなかった。自分の気持ちを口にしてこの関係を終わらせるぐらいだったら、一晩ぐらいてめぇに触れられないことは我慢ができると思った。本当はずっとお前を抱いていたいのに。」
「・・・・ゾロ・・・何で、今更・・・。」

サンジの疑問はもっともだと思う。今まで上手くやってきたのに。

「お前が店に残ったらと考えると怖かった。この先、こんなことがまたあるかもしれない。なら、自分の気持ちを黙ったまま終わりたくはないと思った。それに、なんだか俺から言ったら負けだという変な対抗心があったのも確かだ。」
「何だ、そりゃ・・・。」

サンジはクスリと笑った。だが、気持ちは真剣にゾロの言葉に耳を傾けている。

「お前が俺の気持ちを受け入れてくれるかどうか、わからない。この事が切欠で今までの関係が壊れてしまうのも、俺には恐い。ただ俺の気持ちを受け入れて欲しいとしか言えない。でも、てめぇを手放したくはないんだ。」

あまりにらしくない弱気な言葉にサンジは絶句した。
最強を目指して鍛錬し、どんな船のピンチの時でも堂々としてこの船を支えてきた剣士。船長のルフィが弱りそうになった時でさえ、彼を叱咤したほどの強い心の持ち主。
それが、こんなにも弱い部分があったのかと、驚きが隠せない。
普通ならば、同じ男として、そんな男の弱味とも取れかねない部分を見たら幻滅しそうだが、サンジはそう思わなかった。
それは、ゾロの弱気になった原因が自分にあるからだろうか。幻滅どころか、心の奥底で喜んでいる自分がいる。

「ゾロ・・・。」

腕に力を込めて、お互いの体に少し空間を作る。サンジはそっと目だけでゾロの顔を見上げた。
あれだけいつも強い光を放っているゾロの瞳が、今はほんの少しだが、不安気に揺れているのがわかった。
だが、それはきっと自分もだろう。

「・・・・俺もだ。・・・・・俺もてめぇのことが好きだ。」
「サンジ・・・。」

いつになく名前で呼ばれて赤面してしまう。ゾロは恥ずかしくはないのだろうか。
じっと見つめるとゾロの頬も僅かに赤みが射しているのがわかった。
本当にお互い、同じなのだろう。

「お前にキスされた時、恥ずかしさから思わず蹴っちまったが嫌じゃなかった。それどころか、嬉しかったんだ。」

サンジもゾロにばかりしゃべらせるわけにはいかないと顔をしっかりと上げてゾロを見つめた。そのまま言葉を連ねる。
お互い見つめあったまま、頬に手を添えたまま、話を続ける。

「ツバキちゃんに見抜かれちまうほど、俺の気持ちがダダ漏れだったらしい。彼女に言われたよ。ゾロのことが好きだろう?って。俺は彼女に正直に、てめぇに惚れているって伝えた。」
「・・・。」

ゾロの眼が大きく見開かれた。それも一瞬で今度は、ふわりと柔らかく笑う。
あぁ、こんな表情もできるのか、とサンジはゾロを見つめたまま、ぼんやりと思った。

「俺達はお互い、相手に対して言葉が足りなかったんだろうな。」
「そうだな。」

額をコツンと合せて微笑む。

「もう、今までのようなルールはなしだ。お互い、思うように抱きあおう。」
「あぁ。」
「キスもいっぱいするぞ。」
「あぁ。」
「島に降りてもずっとてめぇだけを抱いていてぇ。」
「あぁ。」
「一晩、てめぇを抱きしめて寝てぇ。」
「あ〜。そりゃあ・・・・ナミさん達にバレなければ・・・・・。」
「もう、バレてるぞ。」
「は?」
「ロビンは覗き見してたらしい。」
「はぁ!?」

ガバリとサンジが立ち上がった。
クククとゾロが笑う。

「いや、覗き見って言っても。」



ドカァァァァン!!

最後まで言わせず、ゾロはサンジに蹴り飛ばされた。


「な・・・・な・・・・てめぇ・・・。」

わなわなと体全体が震えている。さきほどとは違い、明らかに怒りからきている震えなのは、一目瞭然だった。



「てめぇぇ!!二度とやらせねぇ!!」


バンと大きな音を立てて扉が閉まった。その後、ガタリとドアが傾いた。
サンジはさっさと出て行ってしまった。



壁に埋まりながら、それでもゾロは怒りではなく、穏やかに笑っていた。蹴られたというのに。

「こりゃ、今日はヤれそうにないなぁ・・・・。」

ポツリと呟いた。言葉はがっかりしたものだが、その表情はとても嬉しそうだ。


「ま、お互いの気持ちが繋がったんだ。今度からいつでもできるから、ヨシとするか。」


まぁ、サンジの怒りが収まるまで2〜3日は彼に触れることを我慢しなければいけないだろうが、それでも構わなかった。
お互いの気持ちが伝わったのだ。触れることに焦る必要はない。













やはり、ゾロの予想通り、サンジを抱くまで3日かかったが、クル―の話では、その日はいつになくお互い幸せな顔をしていたらしい。



END

11.11.02




            




甘甘で終わった気が・・・・。お付き合いくださり、ありがとうございました。