言葉にして 3




あれから3日過ぎた。
その間、サンジは店に籠るようにずっと料理をしている。
もちろん、その間も店は毎日開け、常連客の足もほぼ元通りに戻ってきていると言っていいほどに客足は途絶えない。
いや、いつも以上に人が来ているような気がするのは、人づてに拡がったおかみさんの体調不良を心配してのこともあるが、話題になった新しいコックに興味が沸いて覗きに来る連中もいるからだろう。その店に来た連中の期待を裏切らないように、サンジは普段の自分の料理の味をなるべく抑えて、今までの店の味に合わせた料理を作る。
もちろん秘伝のタレがまだできないので、タレを使った料理は出していない。それでも、常連客の舌を満足させるには充分だった。
その間、ルフィとゾロは力仕事を中心に店を手伝っていた。
買出しはツバキにルフィかゾロが荷物持ちの形で付き添った。普段男手がないため、ずっとできなかった家の整理もこの機会にと行った。
部屋で寝込んでいたおかみさんも少しずつだが、顔を店に出すようになった。ルフィに対しては最初は嫌悪を見せたが、今では一番仲がいいと思えるほどに話すようになった。

「わたしゃ、今まで亡くなった主人が作ったタレを守ることでしか店を続けることができなかった。でも、今回のあんた達を見て、それだけじゃダメだとわかったんだよ。確かに、サンジの作ってくれた料理はこの店の味を壊さないようにしてくれている。でも、それだけじゃなく、それ以上の料理もあって常連のみんなにも好評だ。新しいことに挑戦することも大事だとサンジに教えて貰ったような気がするよ。」

ルフィに向かっても頭を下げた。

「あんたがあの壺を壊さなかったら気づかなかったことだったよ。」

おかみさんの言葉にルフィはニシシシと笑う。

「俺は、そのことを計算して壺を割ったんだ!!」

途端、サンジの足とゾロの拳骨がルフィの頭に喰い込み、笑いを誘う。
店は、賑やかだった。

パタン

「いらっしゃいませ。」

扉の開く音にツバキが反応して、振りかえる。と「あ。」と声を上げた。
ディナータイムも過ぎて、客が少ない今は休憩と称してルフィとゾロは店の賄いを食べていた。その二人もツバキの声に同時に振りかえる。それはサンジも同様で、カウンターの中で煙草を吸いながら目をやる。扉の前に立っている人物を見つけると、途端にニヘラと笑った。

「ナミさん。いらっしゃい。なに?俺のメシが恋しくなったvvv??」

目がハートになっている。コックではなく、女にだらしないサンジの登場だ。

「どう?調子は?」

コツとヒールを鳴らしてルフィの横の席に座った。
ルフィがこの店に留まることに反対していたナミも、ゾロとサンジが一緒ということでいつの間にかルフィが店を手伝うことを許してくれていた。
船の方は、サンジが店の手伝いに専念できるようにと、ショッピングのついでにフランキー達を使って買出しもすませてくれていた。

ツバキもナミの存在はわかっているので、ぺこりと頭を下げてからコトンと水を出す。


組んだ手の上に顎を乗せて、ナミはサンジを見上げた。

「う〜〜ん。入っている材料はだいたい一通りはわかったんだけど、今だあと一つの材料がわからなくて進まないんだ。配合もそれがわかれば、おおよそ検討がつくんだけど・・・。」

煙草を上向かせ、天井を睨みつける仕草でサンジは答えた。
その様子にツバキが下を向いているのが、ナミには気になった知らぬふりをした。

「そう・・・。まだ時間は掛かりそうかしら・・・。」
「あと、ちょっとなんだけどね・・・。」

苦笑するサンジにナミが困った表情を見せる。まだ客がいるのでそれ以上は口にはできない、と表情が訴えていた。
みんなはナミの言いたいことが何だか瞬時に悟った。内容が今話せないことだとわかったので、それ以上は何も言わない。
そんなカウンターの雰囲気に何かしら感じたのか、最後の一組が、「美味かったよ。また来るからな。」と顔を綻ばせて店を出て行った。常連らしく、気の利かせ方がありがたい。最後の客が出て行ったのを確認してから、ゾロが「出港か?」と口を挟んだ。

「えぇ・・・。ログだけど、明日には溜まる予定なの。それから・・・。」
「何か気になることがあるのか・・?」

ナミの表情に、店に緊張の糸が張った。一様に真剣な顔を見せる。

「どうやら、海軍が何かしら嗅ぎつけたようで、やたら見回りが増えているようなの・・・。手配書はほとんど出回ってなかったんだけど、ここ2〜3日、やたらと張りだされるようになって・・・。みんなもあまり出回らないようにしているわ。幸い、この店の客の人たちは気づいても口が閉ざしてくれているからまだ大丈夫だけど・・・見つかるのも時間の問題。長居をすれば、この店にも迷惑が掛かるわ。できれば、今すぐにでも船に戻って欲しいぐらいなの。」
「・・・・!?」

思ったより状況は良くないようだ。
確かに、店の周りには海軍の影はまだ見えないので安心して働いてはいたが、少し街を歩けば今までになくやたらと海兵の姿を見た気がするとツバキも思い出したように口を開いた。

「とりあえず、ルフィとゾロだけでも船に戻れないかしら・・・。あんた達が一番目立つから。」

ナミが二人をじっと見つめる。
おかみさんとツバキはゴクリと唾を飲み込む。

「そうだな・・・・。」

ガタンとルフィは立ち上がった。釣られてゾロも椅子から立ち上がる。

「部屋にぼうしと刀が置いたままだから、取って来る。」

二人同時に立ち上がった。今までの穏やかな空気が何処へ行ったのか分からないぐらいに、二人の表情が変わった。海賊の顔だ。
ツバキはハッとサンジを見つめた。サンジもまたコックから海賊の顔に戻りつつある。

「サンジさん・・・・・。」

心配そうに見つめるツバキにサンジは穏やかに笑った。そして、ナミに向き合う。

「ナミさん、出港は明日なんだよね?」
「えぇ・・・。ログが溜まり次第・・・。できれば昼までには出たいの。」
「わかった・・・・。ツバキちゃん。」

サンジはカウンターから出てきてツバキの肩にそっと手を置く。おかみさんも心配そうに表情を歪めていた。

「約束は守るから・・・。今夜中にそのタレを完成させるから、心配しないで。」
「サンジさん・・・。」

不安気に手を胸の上でぎゅっと握るツバキに笑顔を向ける。

「ナミさん。」
「サンジくん・・・・わかってるの?時間がないのよ!」

ナミもまた心配そうにサンジを見つめる。
サンジは今度はナミに向かって笑顔を見せる。

「大丈夫。ちゃんと明日の昼までには、・・・・出港には間に合わせるから。」
「本当よ!」
「あぁ。」

仲間として信頼の笑みを見せるとサンジは、「二人を見てくる。」と踵を返した。
慌ててそれにツバキもついていく。

店から家に繋がる扉を開けるとちょうどルフィとゾロがやってくるところだった。
店と家を繋ぐ通路の横には小さいが庭がある。そこから空を見上げると、すっかりと暗くなった空には月がその存在を際立たせて瞬いていた。

「今日はまた、雲一つない。満月か・・・。明るいな。」
「あぁ。海軍としても見回りしやすだろうな。」
「逆に俺達は動きにくい・・・。」

4人して空を見上げる。

ルフィは思い出したように、ツバキに向き合った。

「ツバキ。壺のタレ、ほんとに悪かったな。それに、世話になった。ありがとな。」
「そんな・・・。ルフィさんも気を付けて・・・。」
「あぁ。」

今度はツバキはゾロに向き合う。

「ゾロさんも、ありがとうございました。」
「なぁに。船長があぁだからな。こちらこそ、世話になった。」

ぺこりと頭を下げるツバキに感謝の言葉を述べると、ゾロはサンジに向き合った。

「明日、必ず船に戻ってこい。」
「あぁ。」

ゾロの言葉にツバキがビクリと体を震わせるのを目の端に見た。
この少女は、きっとまだ数日しか一緒にいなくても彼の料理に向かう姿勢に惚れてしまったのだろう。この料理バカにここに残って欲しいと思っているのが、その表情に見え隠れした。
それがわかっているからこそ、ゾロは敢えてツバキの前でサンジに念を押したのだ。それはルフィもわかったようで、ゾロの隣で腕を組んで、見つめている。

「ナミさんが店で待っている。」
「わかった。」

一番わかっていないのは、もしかしたらナミの方を気にする当人のサンジかもしれない。

「ゾロ。行くぞ。」
「あぁ。」

ルフィに呼ばれて、ゾロも店の方へと足を向けたが、急に何か思い出したように振りかえった。

と。

ギュッとサンジの腕を引っ張ったかと思えば、すっと顔を近づける。

「え!?」

咄嗟のことに、されるがままサンジはゾロの唇を自身の唇で受け取った。
そのままさらに深くなる。
目を見開いたままサンジはゾロの口付けを受けるしかできなかった。

ジャリ・・・。

誰かの足が動いたのか、足音がサンジの耳に届く。

ドカアァァァン!!

足音で我に返ったサンジは、思わずゾロを蹴り飛ばしてしまった。
が、これ以上店に迷惑を掛けれないと咄嗟に思い出し、一応加減した。そのお陰か、ゾロが飛ばされたのは庭の片隅で済んだ。

ハァハァと息を荒くして、蹴り飛ばされたゾロを睨みつける。

ゾロは「いてて・・。」と腹を押さえているが、それでも口端が上がっていた。
ゾロの視線に気づいて、釣られてその視線を辿る。先には、ツバキが両手で口を覆ったまま、固まっていた。

「この続きは明日船でだ!!」
「な・・!?」

そう言い残してサンジの文句を聞かずにゾロはすくっと立ち上がってルフィの元へ戻り、そのまま店の方へと消えていった。
ルフィも驚きはしたようだが、それでもニシシシと笑ってゾロについて店に戻った。

「サンジさん・・・。」
「あ・・・・その・・・・ツバキちゃん・・・。」

両手で口を押さえたままのツバキはどう口を開いていいのかわからないと、サンジを見つめる。
サンジもまた、ゾロの行動があまりにも意外すぎて、どう説明したらよいのかわからなかった。

「や・・・、あのね・・・・ツバキちゃん。その・・・。」
「ゾロさんとサンジさんは恋人同士だったんですね・・・。」

ツバキの顔がくしゃりと歪む。今にも泣きそうな笑顔でツバキはサンジを見つめた。

「いやっっ!!そんなんじゃねぇよ!!誤解だよ!!ツバキちゃん。」

両手を振り乱して、サンジはなんとか誤解を解こうと必死だ。

「私・・・わかりました。」
「え?何が?」

口調は明るいのに、笑顔を見せているのに、その瞳からは涙がポロポロと零れ出した。
サンジはどうしていいのか、オロオロするばかりだ。

「サンジさんは、ゾロさんのこと、好きなんでしょう?」
「あの・・・その・・・・ツバキちゃん・・・?」
「わかります。見てれば。」

はっきりと言いきられて、サンジは「うっ。」と言葉に詰まった。

「違うんですか!?」

涙は溢れているのに、その瞳の真剣さにサンジは適当に答えることができない。
顔を真っ赤にすることでしか、気持ちを現わせなかった。

「それに、ゾロさんもサンジさんの事、好きだって言ってます。」
「あのね、あいつはそんなこと一言も・・・。」
「さっきのキスがそう言ってます。」
「ツバキちゃん・・・。」

「さっき、ナミさんが来た時。私、サンジさんだけここに残ってくれないかな、って一生懸命思ってしまったんです。」
「サンジさん。父のタレ、完成させてからでないと、この島から出られないんでしょう?」
「うん。約束したしね。」
「たぶん。ずっとわからないと思います。」
「ツバキちゃん。」
「でも、それだとサンジさん、困るんですよね・・・。」

ツバキは俯いて歩きだした。
サンジはツバキを見守るだけだ。

「これ・・・・なんです。材料の最後の一つは。」

ツバキはそっと庭に移動した。ゾロが蹴飛ばされて開いた壁の穴の横にそっと屈む。みごとな穴が開いてしまった。それは、もう弁償とか言ったら本当にここから出られなくなるから、知らぬふりをした。
ツバキの足元に、なんとか潰されずに済んだ葉の長い植物が植わっていた。サンジには見たことない植物で、それが食材になるとは到底思えないような、葉が多く茎も堅そうな植物だった。

香辛料?

「この島だけに生息するユルカという名の植物で普通は食材にすることなんてないんです。いえ、香辛料としてすら普通の店では使われていないんです。」
「え!?」
「父が偶然、この庭で作っていた香辛料になる葉と間違えてタレを作る時にこの葉を入れてしまったんです。それを偶然、私が見ていて・・・。母もこのことは知らないと思います。」
「ツバキちゃん・・・。」
「間違えて慌てた父が、味が壊れないかと心配して味見をして、その時、叫んだのを覚えています。『新しいタレができた!!』って。この植物、島にはどこにでも生えているものだから、レシピに載せないと忘れてしまうような貴重品じゃないし・・・。父もこの事は誰にも言わないで亡くなったから、本当に誰ひとり分からないままなんです。」
「そんなのが材料・・・。」
「普通だったら、タレを作り足し続けていくうちにこの葉の風味が消えていくと思ったのに。何故、この葉の風味が消えないんでしょうね。」

ツバキは不思議そうに呟いた。
サンジは庭を見回し、「そうか。」と一人納得した顔をすると、ニコリと笑ってツバキの隣に来る。

「その秘密は、これだよ。」

たった一つ、最後の材料である葉の隣に生えている野菜を指さした。
一見ねぎに見えるが良く見れば、少し違うようにも思える。それもまたこの島特産品だという。ねぎではあるのだが、普通のねぎと違って少し風味が強い。そのねぎも確かに隣のユルカに一見似ているが良く見れば全く違う植物だとわかる。ツバキの父はそのねぎとユルカを間違えたのだろう。よくよく見ればまったく違う植物なのに間違えて使ってしまったとは・・・。よほどの慌てん坊なのだろうか。そう思うと、内心クスリと笑ってしまった。
が、その慌てん坊の父のお陰で他にはないタレができたのだ。
サンジはツバキの横で屈んで島特産のねぎの野菜をそっと擦る。

「今までは継ぎ足し継ぎ足しだから、そのユルカを改めて入れる必要はなかったんだろうね。このねぎは材料として元々使っていたんだろ?だから、継ぎ足しの時は、ユルカがなくてもねぎに移ったユルカの風味だけで事足りたんだ。だけど、一から作り直すには、そのねぎに移った風味だけじゃ足りない。材料そのものを入れなければいけなかったんだ。俺はそのねぎはわかったんだけど、隣のユルカまではわからなかった。ツバキちゃんのお陰でこのタレの秘密がわかったよ。ありがとう。」

コックとして、また一つ勉強になったとサンジはツバキに頭を下げた。
途端、ツバキはさらに顔を歪めてサンジを見つめる。

「本当なら・・・・・この秘密を黙ってたら、サンジさん、ずっとここにいてくれるのかと思ったけど・・・。」
「ツバキちゃん・・・。」

ツバキの肩にそっとサンジは手をかけた。

「俺もできればずっとツバキちゃんの店で料理を作っていたかったけど、夢があるからね。」
「夢?」

涙を浮かべながら、そっとツバキはサンジの顔を見上げる。
サンジはニコリと笑い、遠くを見つめた。どこを見ているのだろうか。

「そ。料理人として小さい頃からの俺の夢。この海のどこかにあるという、すべての魚が集う海を見つけることが俺の夢なんだ。」
「どこかにある・・・って。」

呆然とサンジの話を聞くツバキに「そうだね。」と笑う。

「どこにあるかはわかんないけど、・・・・きっとどこかに存在するんだ。そんな奇跡の海が。」
「じゃあ・・・。」

ツバキは涙を拭ってキュッと顔を引き締めた。

「私が、サンジさんの事を好きだからここに残って、って言っても、サンジさんは行ってしまうのね。」

涙はまた新たに溢れてくるが、それでもツバキは笑顔をサンジに向けることができた。
サンジは、コクンと頷いた。

「ツバキちゃんのことは、可愛くて可憐で・・・・お母さんと二人で頑張って店を守ってとても素敵だけど。」

ツバキはゴクリと唾を飲み込んだ。

「でも、夢を叶えるために、一所に留まるつもりはないし・・・それに・・・。」
「?」
「さっき、ツバキちゃん聞いたよね。ゾロのこと、好きだろう?って。」

ツバキは無言で先を促す。
観念したようにサンジは苦笑を見せた。

「ツバキちゃんの指摘した通りだよ。あいつは、俺のことどう思っているかわからないけど・・・。俺は、あいつに惚れちまってる、悔しいことにね。」
「サンジさん・・・。」
「それに、ツバキちゃんには、俺なんかよりずっと似合いの人がいるよ、きっと。この店によく食べに来る客にも大勢いい男がいるじゃないか。」
「・・・え・・・ぇ。」

言いたいことを言ってすっきりしたのか、今まで座り込んでいたサンジが突然立ち上がった。

「さ、時間はないんだ。早くさっさとタレを作っちまおう!」

いきなり話を変えて、サンジはいつものコックに戻ってしまった。ツバキからすればまだまだ未練いっぱいだが、サンジにはもうそんな甘やかな空気はすでにない。
これ以上、話すわけにも聞くわけにもいかなかった。
時間はないのだ。兎も角、材料が全部わかった。配合もサンジからしてみれば、だいたい見当はつく。後は作るのみだ。

ふたりして笑顔で向き合い、厨房に戻った。



11.10.24




            




適当もいいとこ・・・。わけのわからない植物だらけで・・・すみません。