言葉にして 2




「ここがその店だ。」

ルフィが胸を張ってゾロを案内した。確かにゾロよりはルフィの方が方向音痴は軽いが、それでも結構歩いた気がする。既に夜の域に入ったらしく辺りは暗いが、それでも後を振り返れば、街の明かりに照らされて視界の隙間から海が見えるから港からすぐ近くだとわかる。これだけ歩くほどの距離だろうか、とゾロは自分を棚上げして考えた。じゃあ、自分一人でもう一度船に帰れと言われれば、今歩いた時間よりも早く戻れる自信はないのでそこは黙っておく。
サンジもここにいるのだ。これからは自分一人で行動しなければいい。

「サンジ〜〜!また来たぞぉぉ!!」

店は通常なら夜の営業時間だろうに、「都合により〜」と休みを告げる張り紙がしてあった。
これはきっと、ルフィが問題のタレの入った壺を割ったことが原因だろうと容易に想像できた。
張り紙など気にせずなんの遠慮もなく、ルフィはバタンと店の扉を開ける。
外観からしてナミの言う通りに家族経営を思わせる規模の店で、年季の入った建物はずっとここで食堂としてこの街の風景の一つになっていたのだろう。
確かに店自体新しくなく古ぼけた感も抜けないが、それでも小奇麗にしているのはわかる。きっとこの店の女主人がマメに手入れをしているからだろう。
それだけで、地元民に人気なのが分かった気がした。料理もきっと自分たちのコックほどの腕はなくとも美味いのだろう。

ルフィに続き、ゾロもなんの遠慮もなく店の中に足を踏み入れた。
途端、「おう。」と声が届く。
いつもならば扉の外に掛かっているだろう、今は店の中に掛けられた暖簾を潜る。
中を見渡せば、やはり外観から想像したのに外れていない様子に内心穏やかな笑みが零れる。なんだか温かな雰囲気の店だ。
テーブル席が二桁にも満たない数で、あとはカウンター席もまた数えるほどだ。
親子二人でやっていくには丁度いいだろう。

「ルフィ。また来たのか・・・、お前も懲りないねぇ・・・。」

溜息混じりに言われてもめげずにルフィは「おう。」と答える。
声を掛けたサンジは、一目ルフィの方に視線を移して、同時にその目を見開く。意外な人物がルフィと一緒にいることに驚いたようだ。
なにかしら鍋を掻きまわしていたレ―ドルの動きも止まる。
ゾロの方もまた、サンジの姿に目を見張る。

スーツの上着は脱いでいたが、いつもと大して変わらないブルーのストライプのシャツに店の名が入ったエプロンをしていた。ネクタイは外して上着と一緒にカウンターにある椅子に掛けてあった。付けているエプロンはシンプルだが、店は女性しかいないからだろう、なんとも可愛らしい派手ではない赤色をしていた。微妙に似合っては・・・いない気がするが、そこは黙っておく。
が、それよりも、と視線を隣に移す。
やはり同じ色のエプロンをつけた淡いブラウンの長い髪の女性がサンジの横に当たり前のように立っていた。年は自分らさほど変わらないように見えるが、年下だろうことは雰囲気でわかった。
そして可憐を現わしたような優しい顔立ち。スタイルも申し分なく、店の看板娘だと、きっと近所でも評判だろうことが容易に想像できる。

こりゃあ・・・・コックのど真ん中の娘じゃねぇか・・・・。

舌打ちしたいのをなんとか心の中だけでとどめ。ゾロは、「邪魔するぜ。」と軽く声を掛けた。
娘の方もぺこりと頭を下げる。が、初めて見る顔とその凶暴な面構えに、どこか緊張した面持ちを見せた。

「仲間のゾロだ。ああ見えて、紳士な奴だから恐がらなくてもいいよ。」

サンジがさりげなく隣の娘に優しく声を掛ける。
娘は、コクンと頷いてサンジを見つめた。その表情に娘のサンジに対する思いが見えた気がした。
ゾロは内心面白くない。
ルフィの方は、もう顔なじみとでも言わんばかりの当たり前の様子でカウンターの椅子にドカリと座る。

「サンジィ・・・。どうだ?調子は?」

自分が原因なのに、まるで人ごとのような言葉にサンジは苦虫を噛み潰した。

「おまえなぁ・・・。まぁ、一通りの材料はわかったんだが、あと一つがわからねぇ。それと、配合ももう少し試してみねぇとなんとも言えねぇ・・・。」
「そっか・・・。悪ぃな・・・。」
「そう思うなら、お前も少しは役に立て!!」
「だから、ここに来たんじゃねぇか!ナミにもちゃんと許可貰ったぞ!」

胸を張って言うことではないのだが。
と。

「そうか、ナミさんが。って、そう言えば、どうしてマリモまでついてきたんだ?」

今更のようにサンジが聞いてくる。
ルフィに倣って、ルフィの隣に腰を下ろしたゾロは突然振られた話に顔を上げた。

「そりゃあ、ゾロも悪いと思ったからな。手伝いだ!!」

まるでゾロが原因と言わんばかりのルフィのセリフにゾロは、腰から外した剣の鞘でゴンとルフィの頭を叩いた。

「何で俺が悪いと思うんだ!!」
「あれ?」

ルフィとゾロのやり取りに、少しは緊張が取れたのか、サンジの隣の娘がクスクス笑ってる。

「ここは男手が足りないと聞いた。コックは力仕事までする余裕はないだろうが。船長のミスは俺達全員で詫びるのが筋だ。俺も何か力になることがあるかと思って来た。」
「へぇ、ゾロでもいい事言うじゃねぇか!」

ヒュゥとサンジが感嘆した。
娘の方は、驚きを隠せない。と、漸く、その小さな唇が動いた。

「そんな・・・。そこまでしてもらうなんて・・・。父が作ったタレをサンジさんに戻してもらえればそれで私達は・・・。」

申し訳なさそうな顔で頭を下げる娘に、ルフィはもう一度「ごめん。」と言った。

「でも、ここのばあさん、俺が壺を割ったのが原因で今、寝込んでんだろ?人手が足りないだろう?だったら手伝うのは当たり前だ!!俺、昔サンジがいた店で雑用やってたから、役に立つぞ!!」

ニカリと笑うルフィにサンジが大声で怒鳴った。

「なにが役に立つだ!!あの時だって皿割ったり、つまみぐいしかしなかったじゃねぇか!!」
「そうだったっけ?」
「人の水に鼻くそ入れたりな!」
「そうだったっけ?」

腕を組んで首を捻るルフィに娘はまたもやクスクス笑った。確かに、笑うと可愛らしい。
でも、今、ここのおかみさんが寝込んでいると言ってたか。

「ショックで寝込んでんのか?それで、店が開けないのか?」

ゾロが素直に聞いた。暖簾が出してないのがストンと理解できた。
コクンと娘が頷いたが、変わりにサンジが答えた。

「ツバキちゃんは、あ、この娘の名前はツバキちゃんっていうんだが、そのお母様はルフィが壺を割って大事なご主人の秘蔵のタレをダメにしてしまったのがショックで昨日から寝込んでんだ。夕べは、ただ只管謝って、兎も角ルフィがここにいること自体がさらに問題を悪化させるってナミさんが船に連れ帰ったんだ。今朝は、ルフィが改めて詫びに来てよ、手伝いをするってんでタレの材料集めは手伝ってもらったんだが・・・悪ぃな。まだ、完成には至らねぇよ。僅かにタレは壺の底に残ってんだが、店で使うには全然他足りないんだ。だから、店は今日は休業しようかと思ってたんだ・・・が・・・・。」

サンジは顎に手を掛けて何かを考えだした。

「でも、サンジさんのおかげで、もう一度、あの父のタレが出来そうなんです・・・。」

ツバキは身を乗り出して、サンジの言葉を引き継いだ。一旦は諦めかけたタレが戻るかもしれないと希望を見出したのだろう。
と、試作していたのだろう、タレの横に、もう一つ鍋があるのを見つけた。
コトコトといい匂いがするなと思っていたが、それは今作っているタレからだけではなかった。

「お。もう頃合いだ。野菜の栄養がたっぷりしみ込んでいるから栄養は足りると思う。ツバキちゃん。お母様に持って行ってやりな。」

言いながら、サンジはスープ皿に熱々のスープを注いだ。流石としかいいようのない、綺麗な透明なスープだ。いつも船で作っているよりも時間が少ないだろうが、それでもしっかりと煮込んでいたのだろう。
素直にその皿を受け取ってスープの美しさに目を奪われていたが、ハッと気づいてツバキは「ありがとうございます。」と言って店の奥へと引っ込んでいった。


「で、てめぇはいつからここにいたんだ?」

一番聞きたかったことをさりげなく聞く。

「あ?俺は、夕べからだ。たまたま通りかかった所にルフィの声が聞こえてな。こりゃあ、何かやらかしたかと思えば案の定・・・。で、夕べから徹夜でそのタレを調べてな、再生できないかと思案中だ。」

ということは。
サンジは、夕べ遊び歩いたわけでもなく、この店に寄り、そのまま一晩料理に没頭していたということになる。そして、今日も一日ここで秘伝のタレを相手に試行錯誤していたのか。
確かに、ここの娘はサンジの好みにあっていてメロリンしても不思議ではないが、見ている限りその様子はない。もちろん、可愛いとか可憐だとかは言ってるかもしれないが、それ以上に心惹かれる「秘伝のタレ」と言うモノに出会ってコック魂に火が付いているのだろう。
ルフィの詫びという理由はあるのだろうが、今のサンジの表情は、まさに一番惚れ込んだ料理というモノにしか目が入っていないのがわかる。
それは、ゾロを目の前にした時でも変わらない様子で一目瞭然だった。
確かに、ゾロが店に入って来た時は姿を見て目を見開いて驚きを隠せなかったがそれも一瞬で、今は話をしながらでも気持ちは只管目の前の鍋に集中している。
さすがに、これにはゾロも勝てない。
サンジが、ゾロの前に立ちはだかる最強の剣士に太刀打ちできないように。
夢が最優先はお互い様だ。

だが。

と考えようとしてチッと舌打ちした。
よくよく考えれば、お互い割り切った体の関係ということになっている。例え心の中がどうであれ、それを言葉にしない限り、二人の関係はただの仲間だ。
考え出すと余計なことまで思いだし、軽く頭を振った。今は、先にやるべきことがあるだろう。

「で、何をやればいい?」
「そうだな・・・。」

タレの再生を試みているのだろう鍋から目を離し、再度、顎に手をあてて考えている。
ルフィもまた手伝いをする気満々で椅子から立ち上がった。

「ルフィは朝やってくれてた倉庫の片付けが途中だからそっちを頼む。覚えてるか?」
「あぁ。重いもん、捨てりゃあいいんだろ?」
「そうだ。ツバキちゃんが印をつけてくれたやつだからな!わかってるよな?」
「もっちろん!!」

どうやらルフィは、朝も男手がなくて今までできなかった食堂の奥にある倉庫の片付けをしていたらしい。
古くてもう使わない道具や機械が沢山残っていると言う事だ。
ルフィはそのまま勝手知ったるという感じで店の奥へと姿を消した。

「昔は、店に出す野菜も一から作ってたらしい。その畑仕事の道具までまだ残ってるんだとよ。だが、もう今はご主人がいなくてほんの僅かしか野菜も作ってないってことで畑もほとんど利用しなくなってな。機械も壊れちまってるんだと。フランキーに直してもらおうかとも思ったんだが、女二人じゃ直っても使いきれないし・・・。まぁ、また畑もきちんとやるんなら、最初から改めてだな・・・。」

ポツポツと説明をしながら、改めてサンジは鍋を覗いた。
たった一晩だろうに、この店のことに詳しいサンジにゾロはなんとなく面白くない。
それが顔に出ていたのだろう。眉間に青筋が1本入っていたのを見て、サンジは苦笑した。

「なんて顔してんだよ。店、開けれないだろ?」
「は?」

途端、目を丸くする。

「ちょっと遅いが、夜の部、開店だ。昼間はマジに店開けられなかったからな・・・・。ゾロ、手伝え!」
「な・・・?そのタレってのができたのか?」
「いや・・・・。でも、お前もいるなら人手もなんとかなるからな・・・。今から、店は開ける。まだ夕飯時には遅くねぇはずだ。」

「ほれ。」とゾロにサンジが付けているのと同じ、赤いエプロンを引き出しから取りだして投げつける。

「な!?これを着るのか!?」
「当たり前だ。今からお前はこの店の看板・・・マリモだ!?」

何故か疑問符が入っていたが、自分の言葉に満足したらしい。ニコニコと、「刀を仕舞うから差し出せ」と手を伸ばしてきた。

「何で俺が・・・。」
「そりゃあ、お前も器用とは言えんが、それでもルフィのように皿を割ったり出す料理をつまみぐいしたりは、しないだろ?」

ブツブツ呟くゾロだったが、素直に刀を差し出して似合いもしないエプロンをつけた。それを見たサンジが肩を震わせていたが、ここでケンカをしてまた店に迷惑をかけてはいけない。手が出そうになるのをなんとか耐えた。
そのまま暖簾を扉の外へと掛けに行く。

ガタガタと暖簾を掛けて、休みの張り紙を破って店の中に入ろうとしたら、通りを歩いているいかにも地元の漁師という連中に声を掛けられた。

「お、店、昼間開いてなかったが、夜は開くのか?って、あんちゃん。あんた見かけないが新しいバイトか?それとも、ツバキちゃんのこれか?」

一人の男が親指を立てた。
途端、隣にいた若い男が「えええぇぇぇ!!」と悲鳴めいた声を上げる。きっとここの常連で、若い男はこの店の看板娘に想いでも寄せているのだろう。

「そんなんじゃねぇよ。バイトだ、バイト。店、開けるから寄ってくれ。」

サンジには恐い顔をするなと釘を刺されているので表情を作るのに苦労するが、相手はグランドラインで漁をする漁師だ。多少の強面も気にならないのだろう。
それに安堵して、適当に返事をした。そのままゾロについて店に入ろうとする連中に、慣れないまま「らっしゃい。」と声を掛けた。
若い男はとりあえずただのバイトと思ったらしく、ホッとした様子でみんなの後についてくる。

「お。早速、客か?」

今度は、カウンターの中にいるサンジを見て、また顔を青くしている若いのに、ゾロは思わず笑いを噛み殺した。

「あれ?店、変わったのかい?ツバキちゃんもおかみさんもいねぇじゃねぇか!?」

不審気に顔を見合わせる連中にサンジが簡単に説明をした。

「おかみさんが体調不良で寝ててな。ツバキちゃんは、今おかみさんの面倒を見ている。俺は臨時のコックだ。」
「そうか・・・・。おかみさんも女手一人でここを切り盛りしてるからなぁ〜〜。この機会にゆっくりしてもらいたいもんだが、それまでは兄さん達がここを手伝うのかい?」
「あぁ、だから悪いが、いつもと違うメニューでやらせてもらうぜ。」

勝手知ったるという風に、会話をしながら各々カウンター席に座る。
前もって客に了解をとって、いつもにない料理の注文を取る。もちろん、例の秘伝のタレを使っていない料理ならば、同様に作ることもした。
と、店の暖簾を見て、次々に客が入ってきた。そして、入って来たと同時に、みんな、驚いて入口で立ち止まる。なんせ、今まで女の人しかいない店だったのに、突然男しかないのだ。慌てて看板を確認しに再び外にでる者もいた。
だが、先に座っている連中が新しく来た客に笑いながら簡単に説明をすると納得して、中に入ってきた。次々と同じことが繰り返されて、いつの間にか店の中は満席になった。その誰もが常連客のようで、お互いに名前までは知らなくとも顔見知りのようだった。
勝手がわからないことに加え満席とあって、ゾロは、サンジに言われるまま、料理をテーブルに運ぶことしかできなかった。
サンジは、大量の料理を作り慣れているからか、それともやはり一流だけあるのか、急なことなのに、普段の店の料理ではないにしても店の今後の妨げにならないようなメニューで上手く料理を作っていく。
ここの店の味が好きで通っているだろう連中にも「美味い」「こりゃあ、いつもと変わらない味だ!」と好評だった。

賑やかになった店の喧騒が奥にも届いたのだろう。
ツバキがなんだろうと、奥から顔を出した。途端、客達から歓声のような声が上がる。

「え!?サンジさん。これって・・・・!?」

驚くのも無理はないだろう。おかみさんも寝込み、タレもないのに店を開けるとは思っていなかったのだろう。

「ツバキちゃん。悪いけど勝手に店、開けさせてもらったぜ?一日でも店締めてると、生活に支障がでるだろう?幸いにも、今夜の分くらいなら残っていた材料でやれそうだったし。俺達でできることはやるからさ・・・。」

サンジの声に被って店の常連客が次々に声を掛ける。

「おかみさん、体調不良だって?大丈夫か?」
「いい兄ちゃん達が来てくれたな。せっかくだ、おかみさんにはゆっくりしてもらって、兄ちゃん達をこき使ってやれ!」
「ツバキちゃんは、大丈夫かい?」

誰もがおかみさんを心配し、ツバキちゃんを励ます。ツバキは目に涙を浮かべて、頭を下げるばかりだ。
いい店だな、とゾロはその様子をじっと見つめた。
と。

「おら。マリモ。なにぼっとしてやがる。次は、これを壁際のテーブルに運べ。」

サンジがほい、と料理を渡す。

「マリモ兄さん。こっちは、さっきと同じ酒を頼む。」

いつの間にか、ゾロの名前はマリモになってしまった。口を尖らせるが、元々賞金首なのだ。幸いにもこの街にはたいして手配書が出回っていなかったらしく、誰も気づかないが、名前はそのまま伏せた方がいいだろう。とはいえ、癪だから口を思わず尖らせる。
サンジは下を向いて肩を震わせているのに、更にむっとした。

「ほらほら、ツバキちゃんが怖がっちまう。にこやかにしろ!」

おどおどとするツバキに、ゾロはサンジから渡された料理をツバキに渡した。

「お前も店、手伝うんだろ?」

慌てて受け取るツバキは少し赤くなった目をこすって頷いた。

「はい。ありがとうございます。」

どの客もサンジの料理に満足して次々と注文を入れた。いつにない繁盛ぶりにツバキもいつの間にか笑顔で接客していた。
ルフィは幸いにもこの喧騒に気付かないのか、それとも昨日のことで反省しているのか、店の方には顔を出さなかった。

結局、閉店まで客足は途絶えず、サンジは料理を作り続け。ツバキとゾロは、客の間を行ったり来たり慌ただしかった。
嬉しいことに、どの客も満足な顔で帰って行った。

「兄ちゃん達、まだ店手伝うんだろ?おかみさんの料理とはまた違う美味さがあった。また、来るよ!」

どの客もサンジ達に声を掛けて、また来ることを告げてくれた。

サンジからすればこれ以上ないほどに嬉しい言葉だったろう。
ゾロもまた、予定していた時間の過ごし方ではなかったが、そして、海賊としてはありえない時間の過ごし方だったが、嫌ではなかった。それどころか充実していたと言っても過言ではない。

「お二人とも、ありがとうございました。すぐにお風呂の準備をしますので、汗を流して休んでください。お風呂に入っている間に寝床の準備をしますから・・・。」
「あ、俺はまだいいよ。もう少し、タレの方の調整してるから・・・。ゾロ、お前、先に休ませてもらえ。」

最後の皿を拭き終わると、サンジはキッチンの隅に置いたあった鍋に手を掛けた。

「でも、サンジさん・・・。昨日もほとんど寝ていないんじゃ・・・。」

心配そうに見つめるツバキにサンジは多少隈のできた目でニコリと笑った。どんなに体調が悪くとも女には心配をかけまいとするその精神は感動に値する。

「大丈夫だよぉ〜〜〜。ログが溜まるまであんまり時間がないからさ・・・。それまでになんとかしなくちゃね!!」

ツバキの心配を気遣って大げさに振る舞うサンジにゾロは「はぁ。」と溜息を吐いた。
確かに、自分もだがサンジも強靭的な体力の持ち主だ。一晩二晩寝なかったから倒れるようなやわな体ではない。
だが、自分たちは海賊だ。逆にいえば、いつでも万全の体調を保持していかなる事態にも備えなければいけないのも確かだ。
いつ海軍がここに目をつけてやってくるかわからない。
と、サンジの言う事にも一理あるのも理解できる。だからこそ、さっさと秘伝のタレを完全復活はできないまでも、それなりの形にしてこの店に返さなければいけない。
ログだって1週間もなかったはずだ。

「サンジィィ〜〜。腹減ったぁぁ!!」

忘れた頃、忘れた人物の声にみんなが振りかえった。
今までずっと倉庫の片付けをしていたのだろう。店も閉まってもう何も残っていない所にルフィが顔を出した。
しかし・・・。ずっとその存在を忘れるぐらいに自分たちは店の仕事に没頭していたのと同時に、ルフィの方も彼なりに裏で頑張っていたのだろう。店から匂いがしたはずなのに、それでも自分の仕事が終わってからここに来るとは今までだったら考えられないことだ。が、それだけ、ルフィも反省しているのだろう。その証拠に、漸く片付けが終わってから店に顔を出している。
それがわかったのか、サンジは、「おう。」と答えると、別にルフィ用にとっておいたのだろう食材を冷蔵庫から出した。

「ツバキちゃん。悪いけど、冷蔵庫の中のもの、ちょっと拝借するね。食べた分は、明日また補充しておくから・・・。ルフィ、悪いが材料残りはこれだけだから、作っただけで我慢するんだぞ!!」

サンジの表情に一瞬「ええ〜〜っっ!」と非難めいた顔を見せたルフィだが、これまた場を弁えているのだろう。すぐに「わかった。」と頷いた。
その代り肉のリクエストは忘れない。

「マリモも少し食べるか?途中の賄いだけじゃ、物足りなかったろ?」
「あぁ。いただく。」

素直にゾロも頷いた。

「ツバキちゃんはどうする?」
「私はさっきいただいた賄いで充分足りました。ありがとうございます。じゃあ、私は、母の方を見てきます。みなさん、早く寝てくださいね。」

心配そうにぺこりと頭を下げるとツバキはそのまま奥へと引っ込んでいった。
そういやぁ、この店の奥は家と繋がっているとは聞いたが、ゾロはまだその奥へと入ってはいない。
が、そんなことより、サンジの飯を食べるのが先だと言わんばかりにルフィにならってカウンターの椅子に座りなおした。
相変わらず手際よく、すぐにチキンライスが出てきた。肉はルフィリクエストに応えて、通常よりたっぷりと入っている。横に添えられているのは、ツバキの母に作ったスープがまだ残っていたのだろう。

「簡単だが、これで我慢しろよ!」
「もちろんだ!!」

スプーンを握ってルフィはにっかりと笑う。倣ってスプーンを手にしたゾロの横に、ドンとビンが置かれた。

「今日はごくろうさん。つまみがなくて悪いが、お前、別に料理との組み合わせとか気にしないだろ?」

置かれたビンはわりと安いラムだったが、飲めるのならば文句はない。
普段船で夜飲む時は、酒もつまみもサンジなりに考えたメニューでとても美味い。もちろん、それを口にすることはないが、美味いものは美味い。
サンジもゾロの表情でそれがわかるのか、ゾロが飲み、食べる表情を見るとそれで満足している。

今夜はそういった船での穏やかな空気はないが、それでもゾロも店を手伝ってくれたことを労って酒を出してくれる気遣いは嬉しい。

「悪いな。」

軽く感謝の意を表すと素直に酒に手を伸ばした。
それを見て、サンジは満足そうに笑う。
ルフィもまた「美味い美味い」を連呼してチキンライスを頬張っていた。
サンジは二人が飯を食べだしたのを見てから、改めてタレの試作品が入った鍋を持ち出して火にかけた。
グツグツと煮込むほどではなく、ゆっくりと温めるように煮込んでいくタレ。
サンジに言わせれば、まだ何かしら材料が足りないらしく、完成には程遠いがそれでも店に改めていい匂いが充満した。

スプーンを口に運びながら、そっとカウンターの中を伺うと真剣に鍋に向き合っているサンジが目に入る。声を掛けることさえ憚れるほどの表情に、一流コックの顔を見つける。

ゾロは、そっと口端を上げる。

隣を見ると食べ終わったルフィもまた、頬杖をついて、穏やかな笑みを溢しながらサンジを見つめていた。軽く嫉妬の感情が湧きあがらないでもないが、でもこんな空間は嫌いではない。



11.10.12




            




進んだような進んでないような・・・。今回は、あまり長くなりませんので〜。