極地にて1




サンジとゾロは身体の関係があった。
それは、サンジからの申し出だった。



サンジはルフィに誘われて新しくコックとして船に乗った瞬間に、ゾロの心の中の暗い欲望を見つけてしまった。
最初は、ただなんとなく『こいつはヤバイ』と思っただけだったのだが、戦闘後のゾロを見た時にそれは核心に変わった。


こいつは・・・・。



戦闘後、煙草に火を点け手摺りに凭れて至福の一服を堪能している時に見えたゾロの様子。

目を充血させ、肩で息を吐き、恐れではなく興奮からきている体の震え。
ハァハァと息が荒いのは戦いの本能に体中を乗っ取られまいと抗っているように見えた。戦闘による湧き上がった興奮をどうにか抑えようとしている。
震える体を叱咤している様子を見れば、それはきっと過去にあったのだろう、本能に身体を任せたことが善からぬ出来事を起こしたことをサンジに教えていた。



サンジは煙を吐いた。

なんとなくだが、自分にも経験がある。



サンジがまだ15才になる前の時期だったろうか。
漸く経営も波に乗ってきたレストラン『バラティエ』が海賊達の襲撃にあった時だった。
それをオーナーゼフをはじめ、コック達皆で迎えた。
海賊の襲撃は今までも何度かあったが、今ままでの海賊達は油断していたのもあったのか、単に力のない口ばかりの海賊だったのか。あっけなく、海に沈められていた。
が。
今回はかなりの人数と力を持った海賊で、弱小の海イーストブルーにしてはかなりの強さを持った海賊だった。
サンジは怯える客を非難させ、襲ってくる海賊に立ち向かった。が、いつになく戦闘に時間がかかり、味方のコック達もかなり傷を負わされた。あちこちで呻き声が聞こえてきた。
このままでは、『バラティエ』が乗っ取られてしまう。

ガンッ

銃の音が近くで響いた。
音のした方にサンジが振り返ると。

片足でも充分に常人以上の強さを誇っていたオーナーゼフが始めて手傷を負った。
サンジが慌てて駆け寄ると「大したことはない。」と言うが銃で撃たれたその肩から血が大量に流れていた。
ゼフの身体から流れる血を見た瞬間に湧き上がった怒り。
自分の中の何かが弾け、身体が勝手に動き、刀を振り回す無法者達を容赦なく赫足直伝の技で次々と沈めていった。

気が付けばレストランのフロアーは一面血の海になり。外では海にいつものも死体が浮かんでいた。
それらの殆どが、サンジによって行われたという。
サンジはオーナーが撃たれてからの記憶がない。どうやら、本能で相手を叩きのめしたらしい。
その様はあまりにも凄惨で。
容赦ないサンジの戦い方に最後は仲間のコック達が慄きながらも何人も掛かってサンジを止めたという。
しかし、サンジはみんなに押さえられたことにさえ覚えがなかった。仲間のコックさえも怯えてしまうほどの迫力があったというのだが。
それでも、レストランの客は、襲撃した海賊達に同情するものはなかった。それだけが救いか・・・。

今までも、数多く海賊達の襲撃に会い、それらを叩きのめしてきたのだ。
が。
今回の過去にないほどの壮絶な戦闘で、サンジは興奮冷めやらぬどころか頭も体もこれ以上ないほどに昂ぶってしまっていた。
押さえられない本能に身体が震える。
血を求め肉に齧り付き、欲を吐き出したくなる。
ふぅふぅと吐く息が荒い。
いつもと違うサンジの様子を目ざとく気が付いたゼフにより、自室へと押し込められて2〜3日は部屋から出してもらえなかった。
そしてどこから調達されたのか、商売女が今だ興奮の冷めないサンジの部屋に入ってきた。
闘いに狂じた者達相手の経験が豊富だったのか。豊満な胸を持ったその商売女はサンジの狂心が収まるまでずっと抱きしめてくれた。最初はただただ齧り付くように本能のまま女を抱いたサンジも次第に落ち着きを取り戻していったが、冷えない自分の身体に怯える。
しかし、女は黙って只管サンジを抱きしめ、サンジもそんな女に甘えて何度となく彼女を抱いた。

何度も何度も吐き出しても止まる事のない暗い欲望。後で思えばよく彼女を殺さなかったと思えるほどだった。気が付けば、彼女の身体の至る部分に暴力紛いの痕が残っていた。
暗い欲望が収まり全てが落ち着き、サンジが部屋から出てきた時。
オーナーから「あんなことは二度とゴメンだ!自分で自分をコントロールできるようにしろ!」と怒鳴られた。
サンジも女性を乱暴に扱った自分に嫌悪感を抱いた。

あんなことは自分ももうしたくない。
あの時はどうにかしていたのだ。
自分はコックなのだ。戦うコックなのには間違いはないが、それでもあくまでコックなのだ。

たった一度だったけれど、自分でもどうにかしてしまったと思えるほどの出来事だった。




それ以降、サンジは二度と狂った獣に成り下がるような闘いはしない。










しかし、目の前でフーフーと息を吐いている男は、サンジが過去経験した狂った獣に成り下がっている。
たぶん、ゾロも過去そういう経験をしたことがあるのだろう。しかも、今回もその狂った己の内に潜む獣を押さえ込むことができていない。闘いの本能に支配されている。
常に闘いに身を置いてばかりいるために、その狂った欲望を抑えることが出来ないのだろうか。

こいつは、剣の道を見極めるのではなかったのか。

フゥと煙を吐いて、サンジはゾロを横目に見た。そして周りを仰ぎ見る。
獣と化しているゾロに気が付かないのか、周りにあれこれと指図しているナミは、敵の血を全身に浴びて見るに耐えない姿になったゾロにチラリと視線をやると眉を顰め、「風呂で血を洗い流して!」と言った。
ルフィはゾロの様子に気がついたようだが、ゾロ自身の問題と理解したのか、見守るだけで何も言わない。ロビンも関わった時のことがわかるのだろう、あえて関わろうとしないように口を挟まない。まぁ、ロビンに手を出そうとしたら、サンジは躊躇なくゾロを止めるだろうし、それはロビンにも予想つくことだろうことだったが。
後ろでは、やはりナミの指示により、血で汚れた甲板掃除を命じられ、ブーブー言いながらもやはり船が大事とせっせとブラシを動かしているウソップが見えた。チョッパーは舵を任されているだろう、ラウンジにいることがわかった。

再度、サンジがゾロに目をやると、言葉を忘れた獣はそれでもなんとかナミの言葉を理解したようで、黙ったまま風呂場へと足を向けた。


どうにかしてやんねぇと・・・。
いつかはこの船のレディ達に被害が及んじまうかもな・・・。


サンジは煙草を海に投げ捨てると、黙ったままゾロの消えた扉へと歩き出した。



風呂場の扉の前に立つ。
中からシャワーの音と共に呻き声らしきものが細々と聞こえてきた。

「・・・・っっ。・・・・!」

「ちっ。」

舌打ちし、サンジは一度軽く深呼吸するとノブに手を掛ける。
何も考えていなかったのか、そこまで余裕がなかったのか、扉に鍵は掛けられていなかった。
そのままゆっくりと扉を開けた。

後向きでシャワーを頭から浴びている狂った獣となった剣豪は、服を着たまま蹲っていた。サンジが入ってきたことさえ気が付かない様子だ。
何をしているかは見なくても分かる。

「おい・・・。」

あまり大きな声でなくシャワーの音にかき消されて聞こえないと思ったのだが、、ビクリと背中が反応した。
ゆっくりと振り返るゾロを見つめながら、サンジは扉の鍵を掛けると、自ら服を脱ぎだした。
目に見えることはまだ認識できているのか、突然のサンジの行動に目を見開くゾロに、サンジは笑みを向けて全ての服を脱ぎ去り、全裸になる。
そのまま、バスタブを跨いで中に入る。栓はしてなかったので、湯は曲線を描いてそのまま排水溝に流れていく。
その湯も、シャワーの下に立つと冷たさに水だと気が付く。

「湯じゃないのかよ・・・。」

チッと舌打ちするが致し方ないかとも思う。
手を触れた獣の身体はかなりの熱を持っている。昂ぶった気持ちと同様に熱った身体も冷まさないといけないだろう。
下ろされたファスナーから覗く性器に手を掛けたまま、ただサンジを見上げているゾロに手を掛けるとそのまま立たせた。
獣は大人しくサンジのするがまま立ち上がる。

「人間に戻しやるよ、ゾロ・・・。」

フッと笑みを見せ、軽くゾロの首筋に口付けるとサンジは獣の性器に手を掛けて擦りだした。と、同時に空いたもう片方の手で自分の後蕾に指を埋め込む。

「くっ・・・・。」

ゾロにはサンジの行動が予想外だったらしく、ずり、と後退りするが壁にぶつかり、すぐに逃げることができなくなった。逆に壁のタイルの冷たさが熱い背中に気持ちよさを伝える。
しかし、冷たく感じる背中と相反してゾロの下半身はさらに熱を上げる。すぐにサンジの手によって限界まで勃ち上がり、開放を求めて震える。
それを見てニヤリと笑うと、己の下半身の具合をも考えていいと判断したのか、バスタブの縁に足を掛けて体勢を整え、ゾロの性器に己の後蕾を自らあてがった。

「フッ・・・。」

軽く息を吐き、力を抜く。
すっかり解れたはずなのに、見事に大きく膨らんだ太い性器に己の穴が裂けるとばかりに悲鳴を上げる。
あまりのデカさに一瞬身体が止まるが、サンジの行動をすでに理解したゾロは、今までされるがままだったのを今度は自ら下半身を押し進めた。

「っっ!!」

悲鳴を上げそうになる口を自分で押さえて声を殺す。
ぐぐっと入ってきたゾロにサンジの背中が仰け反った。
快楽とはほど遠い快感に涙が滲む。

「はぁはぁはぁ。」

ゾロがサンジの肩口に噛み付いた。皮膚が破れ、血が滲むのが視界の端に写った。

「あっ・・・・!ゾ・・・ロッ!・・・・いいぜ、喰うつこうがかまわね・・・・ぇっっ!」


自ら臨んでここに来たのだ。
狂った心を自分も知っているからこそ、ゾロの暗い欲望の抑え役になろうと思った。彼を闘いしかわからない獣から人間に戻してやろうと思った。その昔、自分を狂った世界から人間の世界に戻してくれた女性のように・・・。
今はその彼女の名前さえサンジは覚えていないけれど。
今こうしている自分達は仲間で、口にしなくとも名前も知っている。
そして、仲間という関係とは外れた関係になろうとも。

大剣豪を目指す男をどんな形でもいいから支えてやりたいと思った。
あの『バラティエ』で、ゾロが胸に傷を作った闘いを見た瞬間に思ったことだ。


「早く人間に戻れ!ゾロっ!!」


その瞬間、サンジの中でゾロが弾けた。

しかし、たった一回では収まらなかったのか、立て続けにゾロはサンジを責めた。
収まるどころか、さらに興奮が昂ってくる。震えが酷くなる。

「あっ・・・!あああっっ!!!」

ゾロは何度も何度もサンジを穿ち続けた。












「悪ぃ・・・・・。サンジ・・・・・。」

何度となくゾロを受け止めて気を失った頃、漸く人間に戻ったゾロは、初めて彼の名前を口にした。
が、それをサンジが耳にすることはなかった。






その後、戦闘が起こりゾロが狂いそうになる度に、サンジはゾロの傍に寄り彼を抱きしめた。
そのたびにサンジの身体の見えない部分には傷が増える。それはチョッパーにも内緒だった。
だが、それは何度も何度も繰り返され。
いつの間にかそれは日常化され、ゾロは、その暗い欲望の深さに関係なく、冷静にいられようとも戦闘後は必ずサンジを抱くようになった。
二人の関係はいつの間にか仲間にも知られることになるのだが、誰もそれを口にせず、暗黙の了解となる。ただサンジの傷は徐々に減りはしたものの、二人の行為は、もはや止められないところまできていた。

ただ、ナミは二人のことを心配し。
ゾロと二人きりになった船番の時に彼に問いただし、サンジにはちょっとしたおやつタイムで二人きりになった時に彼の意図を聞いた。その時だけ、暗黙の出来事の事は言葉となって口に乗った。
それ以外は船長のルフィさえ口を挟む事はなかった。











「サンジくんをどうするの?」

「ゾロをどう思っているの?」



ナミの質問にそれぞれが口にした返事はナミの期待を裏切るものだった。



「あいつをどうするつもりも、あいつとどうなるつもりもねぇ。あいつを抱くのは・・・・単なる処理だ。それで戦闘の興奮が収まればそれでいい。それはお互い納得済だ。」

「ナミさん・・・・。別に俺はゾロのことをどうも思ってないよ?まぁ、仲間ではあるけどね・・・。」



ナミはその答えに牙を向く。



「だって!理由は何であれ、ゾロはサンジくんを抱くんでしょう?それに最初の頃は兎も角、今はアンタのサンジくんを見つめる時の眼、わかるわよ、実は好きなんでしょう?サンジくんがアンタには必要なんでしょう?」

「うそ、だって好きでもない人に抱かれるなんて出来ないはずよ!ましてや、あなたのように女の人が好きな人間にはそうそうできないわ!」



ナミに落ち着いた目でゾロもサンジも答える。



「あいつは確かに俺が闘いに狂っちまいそうになった時、狂わないように俺の欲のはけ口になってくれた。それは感謝している。が、それだけだ。」

「好きとかじゃなく・・・。わかるから・・。俺も昔、一度だけだけどアイツと同じようになったことあってね。その時は、名前も忘れてしまったけどある女性が俺の狂気を止めてくれたんだ。だから、俺はただ単に同じ苦しみを知っているからこそ、奴を止めたいと思っただけだよ。仲間として。」



ナミはグッと拳を握った。



「でも!」



ナミを真っ直ぐに見つめて、ゾロもサンジも答えた。



「「俺の真意がどこにあろうと、それを口にするつもりはない。」」






ナミは、声に出さずに呟いた。



「バカ・・・・・・。」










最初は、ただの身体の関係だったとしても。
今は、お互いの気持ちに変化があったとしても。

結局、二人とも、自分の本心を口にすることは一度もなかった。

















そして、数年が経ち。


サンジは船を降りる。



サンジは長年の夢だったオールブルーを見つけ、一人、その海の傍にあった島へと降りた。
殆ど閉ざされた小さな集落しかない島。
ログがその島を示すことはなく、迷い込んだ時に偶然に来ることしか出来ない海域。
そんな島でレストランを開いたところで誰も客は来ないだろうことはわかったが、サンジは笑って言った。

「たとえ一人でも、俺の料理を食べてくれる人がありゃあ、それでいい・・・。」

普段は決して余所者を受け入れない小さな島の村人達は、それでも奇跡の海への想いを持つサンジを受け入れてくれた。サンジはそこで小さな店を開きたいという。
そして、島の人々に、その島にはない料理を食べさせてやりたいと言った。
時々、遭難の形でやって来る船の乗組員にも、航海の苦労を癒す料理を食べさせてやりたいとも言った。


そんなサンジの夢を語られると引き止める理由にも説得力がなく。
船長自らサンジの夢を喜んで、サンジの下船許可を下した。




「ゾロっ!いいの?このままサンジくんと別れていいの?」

最後の晩、ナミがゾロに食いつく。

「別にかまわねぇ。」

ナミの眉がギュッを曲がった。

「こんなのやよ!」

クルリを踵を返したナミはぶつかった胸に抱きとめられる。

「危ないっ。ナミさん、大丈夫?」

「サンジくん・・・・・。」

優しく微笑むサンジにナミは顔を向ける。

「サンジくんっ、本当にこのままゾロと別れていいの?船に残ってよ!」

「ナミさん、それはできないよ・・・。俺はここに残ると決めたんだから・・・。」

「サンジくんっ!」

「ナミさん、ナミさんは自分のことをまずは考えて・・・。自分達の夢もだけど、自分の想いも大事にして。ルフィは恋愛音痴だから、はっきりと自分の口から言わないといけないよ、俺達のような関係にはならないで。」

穏やかに、しかしはっきりとナミに告げるとサンジは目の前に立つ男を見つめた。

「もう、俺がいなくても問題ないだろう・・・。」

「あぁ・・・。己の中の獣をコントロールできるほどに強くなった。剣の腕も前とは比べ物にならねぇぐらいだ。後は鷹の目を倒すだけだ・・・。」

「そうだな・・・。じゃあ、せいぜい頑張って、ここまで噂が届くぐらいの大剣豪になれよ!」

ニッと笑うとゾロも口端を上げる。

「あぁ、お前も閑古鳥が鳴かないようにせいぜい頑張れよ!」

「抜かせ!俺に料理はすでに島中の人々を魅了してるんだよ!」

お互いに目を細めて、踵を返した。








出航予定日の朝、サンジは船から消えていた。
ルフィは船のどこにもサンジがいないことを確認して、船を出航させた。
ゾロはやはり何も言わない。

ナミは島が見えなくなってもゾロに悪態をつくことを止めなかった。



07.05.18.




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