極地にて2
サンジはうーんと背伸びをした。 いつもと変わらず清々しく心地良い朝。 目の前の海は青く、美しく輝いている。遠く魚が飛び跳ねるのが見えた。 「あれは・・・・パンサメか?」 昔、故郷のレストラン付近でよく見かけたサメを遠くに見つけて自然と笑みが零れた。 軽くストレッチをすますと今日の料理に使う魚を仕入れに行こうか、と身支度を始める。 小さく辺鄙な村の外れにポツンとサンジのレストランは立つ。 レストランそのものも小さく従業員はサンジ一人しかいないのでのんびりやるには丁度いいが、それでもサンジの料理に魅せられた客がちょくちょく来るようになった。 メニューもなく、客のリクエストとその日に仕入れた魚に合わせて料理をする。それなりの経験とアイデアがないとできないだろうが、それがサンジにはとても楽しい作業だった。時には、苦戦を強いられる魚もあるが、それも含めて充実した日々を送っている。 ただ贅沢を言えば、のんびりしすぎて身体が鈍ってしまうぐらいだ。 なんせ、自分はコックでもただのコックではなく、戦うコックなのだ。 時々、迷って辿り着く海賊船相手に動く体は、己の力はまだまだ世間では通用することを教えてくれるのだが、それでも世界のトップレベルの闘いはもはやできないだろうと、思う。 コックだから・・・いいか。 小さいながらも朝市が開かれている広場へと足を運ぶ。 それなりに賑わっているのは、ここ最近豊漁だからか。 「お・・・。こりゃあ、ウエストブルーの魚だな!」 「よくわかるね、サンジ!このトビウオウオは塩焼きが美味しいんだよ。」 「いいねぇ、塩焼き。これを2箱ほど貰おうか。」 「あいよ。そういえば、娘が今度、アンタんちのレストランでパーティーを開きたいって言ってたよ。頼めるかね?」 「パーティ?何の?」 「いやね・・・漸く嫁ぎ先が決まってさ、結婚披露パーティーさ。」 「結婚ってってレイナちゃんの!?・・・そりゃあ、めでたいな。腕を振るわせてもらうぜ?詳しいこと、今度教えてくれるかな・・。」 「昼頃、ランチを食べに行くついでに二人で予約をしに行くって言ってたよ。相手は近所の幼馴染なんだけどね。いい子だからね、うちの旦那もすぐに了承しちまった・・・。寂しくなるけど、でも住むのは近所だし、まぁ、貰ってくれるところがあってよかったよ。」 「幼馴染って、ジャックだな。よく二人で食事に来てくれてるよ、あいつならいい。あぁあぁ、それじゃあ、待ってるって伝えてよ。レイナちゃん、幸せになれるといいな・・・。」 行き着けの魚屋のおばちゃんと話が弾む。 彼女も彼女の娘もよくサンジの店に顔を出してくれる常連客の一人だ。いや、彼女達だけでなく、多くの人間がサンジを受け入れて慕ってくれる。しかも、大事な結婚のパーティーに店を利用してくれるとは、すっかり島の皆に受け入れてくれたとわかり、とても嬉しい。 のんびりとでも皆で幸せに過せたらこんないいことはない。 サンジは、煙草を吹かしながらいくつかの仕入れ先を回って、上機嫌で店に戻った。 今日のランチは先ほどのトビウオウオにしよう。 繁盛はしていると言っても小さな店で。 一昔、海賊船で買出しをしていた頃よりも少ない量の荷物を手にサンジは店の鍵を開けようとして、手が止まった。 「中・・・。いや、裏口か?」 顔が一瞬にして険しくなる。 海賊業を廃業したといっても、まだまだ衰えていないつもりだ。 店の裏口から人の気配を感じた。 怪しい船が漂着した、という話も聞かなかった。 朝市もいつもと同じで、誰もがのんびりとしていながらも活気づいていた。 お互いに気心しれていて勝手知ったる他人の家と人の家に上がりこむことはあっても、村人でこんな怪しげな気配を纏う者はいない。 サンジは荷物をゆっくりと扉の前に置くと、壁伝いに裏口へと回った。 村の中心地から多少外れているため店の隣の家とはかなり離れていて道も舗装されていないが、それでも港への通り道だ。人の通りがないわけではない。 どこの誰だ? 身を潜めて裏を伺おうとした瞬間、ヒュッと何かがサンジの煙草を切り落とした。 「・・・っ!」 「ヘボくなったんじゃねぇか?クソコック!俺がわからねぇとはな・・・。」 「!!」 トントンと峰を刀を乗せている男が突如現れた。 それもいかにも悪人です、という顔つきで。 切り落とされた煙草はその男が刀を振り下ろしたからだ。しかも、しっかりと煙草のみを狙って一瞬のうちに。 「ゾロっ!!」 サンジは目を丸くして目の前の男を呆然と見つめたまま立ちつくした。 カウンター席に座らせると、とりあえず何か飲み物を、と冷蔵庫へと向かった。 そのサンジの行動で何が出てくるか容易に想像できた男は、いきなり「酒をくれ!」と傲慢な声を上げる。 「昼間っから酒か?相変わらずてめぇの脳はアルコールで出来ているんだな・・・。」 憎まれ口を叩きながらも、明らかにアルコールだとわかる瓶がゾロの前に置かれた。 「グラス使えよ・・・。」 同時にグラスも並べて置く。 ゾロは顎が更に強くなったのか、簡単に歯でコルクを抜くとそれでもサンジの言葉通りに出されたグラスに酒を注ぐ。 「てめぇは飲まねぇのか?」 「これからランチタイムだ。これでも客は来るんだ。仕事前に飲めるか!」 何年振りの再会なのか数えるのも面倒くさいのか、はたまた元よりお互いの性格なのか。 再会の挨拶さえない。 「今から仕事か?だったら、ここで仕事が終わるまで待つが構わねぇだろう。」 さも当然とばかりに聞いてくるゾロにサンジは内心舌打ちして、「待て」と言う。 「話があるのか?だったら、店が終わるまで部屋で待ってろ。2階に上がる階段がこっちにある。そこから上がって、上で待っとけ。だが、店が終わるのは深夜近い時間だぞ。それでもいいのか?」 「構わん。」 淡々とした会話に、何なんだ?と思うが、仕方ない。 簡単に作った肴と一緒に新たなお酒をトレーの上に乗せると、「こっちだ。」と厨房奥に設置されている階段を顎で指した。 ゾロも素直にそれに従う。 「てめぇ・・・。今頃、何しにここに来たんだ?」 サンジの質問には答えずに、ゾロは通された部屋のソファにどっかりと腰掛けて新たな酒を飲みだした。 カチリと照明が灯る音とその光でゾロの目は覚めた。 目の前のテーブルには暖かい料理が湯気を上げて、ゾロの前に置かれる。 それを見て、背もたれにすっかりと預けていた体を起こす。 「悪かったな・・・・。飯、遅くなっちまった。」 「店、終わったのか?」 「あぁ、もう店じまいだ。もうこんな時間だぜ?」 サンジが向かいの椅子に腰掛けながら、指した時計はすでに深夜の11時を回っているのを知らせた。気が付いて窓に目をやると、閉まっているが外がかなり暗いのがわかる。深夜の空というのは、こんなにも暗かったろうか。部屋の明るさが嬉しい。 そして。 ゾロには、久し振りのサンジに料理。 それは、夜には冷え込むこの村の気候に合わせたのか、温かいビーフシチューだった。そういえば、少し身体が冷えた気がする。 昼間に酒の肴にとちょっとしたものは食べたが、きちんと食事として出てくるのは、この島に来て、これが最初になる。そう思うとゾロは内心嬉しくなる。 「今朝からじっくりと煮込んだシチューだ。もう一晩しっかりとねかして明日のランチメニューにするやつだが、まぁ食えなくはないだろう。まずはお前が食え。」 言葉は相変わらず乱暴だが、その料理の温かさに心まで温まる。 「いただきます。」 両手を合わせて、スプーンを手に取る。 かなりの勢いで料理を口にするゾロを前に、サンジが手に顎を乗せて見つめている。 「・・・・で。何でここに来た?」 「あ?」 「この島にまた流れ着いたってわけじゃないだろう?海賊船が入ってきたって情報はなかったし、それらしい船は見当たらなかったぜ?どうやってここに来た。」 ある程度食事が終わるとサンジが単刀直入に聞いてきた。 真正面のゾロを見つめている。 「ここには、俺一人で来た。」 「へ?」とサンジは変な声を上げた。 「お前一人で、ここに来たのか?よく辿り着いたなぁ〜。っていうか、やはり迷子か?ルフィ達と逸れてあいつらを捜していたらここに辿り着いたのか?お前、アホだろ。やっぱ、マリモだわ!あかんな〜植物は!」 止めないとどこまででもゾロの事を揄ことを止めないだろう、そのガーガー煩い口を止めたかった。眉間に皺を寄せながら、テーブルに手書きの地図を置く。 「ここには、ナミに教えてもらって辿り着いたんだ。手製の地図をもらった。俺は・・・・お前に話しがあってここに来た。」 「え、ナミさんに?ナミさん元気かな〜vvさすがナミさんだなぁ〜、方向音痴のマリモがここに辿り着けるようにちゃんと地図を作ってくれたんだなぁ〜vv」 目がハートになってしまったサンジに今度は大きくため息を吐き、また、舌打ちもするがこれも昔から変わらないことだ。致し方ない。 「お前の店で結婚パーティーをしたい。頼めるか?」 「は?」 「だから結婚披露パーティーだ。」 「誰の?って、もしかして、ルフィとナミさんのか?ついに決まったのか!!」 サンジが立ち上がってテーブルに手をつく。嬉しいのか寂しいのかその表情は複雑だが、それでも最後には笑顔を見せた。 「いやぁ〜、良かったなぁ、ナミさん。いよいよか・・・。」 「違う・・・。」 きっぱりとゾロは言い切る。 「ルフィとナミの結婚式じゃねぇ、あいつらならもうすでに子どももいるし、すでに結婚もしている。ここには、連絡は届かなかったんだよな、ルフィ達がそうだろうとは言っていたが、残念がってたぞ。まぁ、きちんと披露したわけじゃないから、ここで改めてパーティーなんぞしてもいいかもしれんが、それは頼まれていねぇ・・・。」 「え〜〜〜〜〜っ!!ナミさんとルフィが子どもぉぉぉ!!いつの間に!!」 やはりショックらしい。がっくりと肩を落としている。 だが、嬉しい感情も同時に湧き上がったのだろう。すぐに立ち直った。 「それでも、よかったな・・・、ナミさん。幸せか、彼女?」 「あぁ、あいつらなら上手くやってる。」 「だったら、その結婚パーティーってのは誰のだ?」 ニヤリと笑う目の前の男の表情に驚いた。 「え!え!!?・・・・・もしかして・・・・お前??」 「俺じゃ悪いか?」 意外すぎてどうにもこうにも反応が遅れてしまった。 「あ・・・・・・。いや・・・・・・・・。」 どう答えたもんだろうか、サンジの口がモゴモゴするが言葉が出てこない。 何故か、昼間やってきた結婚式を挙げるというジャックとレイナの二人の顔を思い出した。あの二人の幸せそうな笑顔に自分もついつい幸せのお裾分けを貰ったような気分になって今日一日楽しく仕事ができたものだ。 もちろん、気分がいいのは、それだけではないのだけれど。 そして、目の前の男も結婚をするという。 剣の道を突き進み、極め。 鷹の目を倒して大剣豪になった男。 この男が鷹の目を倒したことは、先日届いた1ヶ月遅れの新聞でわかった。 あまりに辺鄙な村の為外界から遮断されているが、時折、運良く情報が入ってくることがある。 新聞も偶に運ばれてくるが、それはオールブルー傍の海域がよく荒れる為、なかなかたどり着かない。運良く辿り着いても、表示されている日付より1週間以内に届くことはなかった。 運良く入った大剣豪の情報。 そうか・・・。とサンジは思った。 「お前。そういえば、鷹の目を倒して、大剣豪になったっけ?おめでとうさん。知ったのはつい先日だが、許せ。なんせ、外界との連絡手段が殆どねぇし、新聞も時々遅れて届く程度だ。」 軽く手を上げて、「悪ィ」と言うサンジにゾロは「いや」と首を振る。 「ようやく世界一になったしよ。まぁ、結婚っちゅう柄じゃねぇが、きちんとケジメだけはつけておきたいと思ってな・・・。」 「そういうことか・・・。」 サンジは頷いて、良かったな、とポンとゾロの肩を叩いた。 「で、どんな娘だ?まさか、か弱い生娘を貰ったとかいうんじゃねぇだろうな?イメージに合わねぇよ、なんせ魔獣だもんなぁ〜。」 サンジの言葉に思い出したようにゾロが過去のことを口にした。 「お前には散々世話になったな・・・。」 ゾロの言葉にピンとサンジは昔を思い出す。 まだまだ獣と変わらない本能剥き出しだった頃のゾロ。 それをコントロールできるようになるまで、何度となくゾロの相手をした。 しかし、それももう過去のことだ、とサンジはフッと笑う。 「昔のことだ。てめぇは、俺が船を降りる時に言ったろ。もう、大丈夫だと・・・・。だから、大剣豪にも成れたし、今回、結婚が決まったんだろうが・・・・。」 「・・・・。」 「でも、結婚って言葉、似あわねぇな〜。」 ケラケラ笑い出すサンジにゾロはムッとする。 「悪かったな!でも、子どもも出来たんだ。こんなんでも親父はいた方がいい・・・。」 ゾロの言葉にピクリとサンジが反応した。 「・・・・へぇ?・・・・子どもができたのか?」 「あぁ・・・・。」 口に咥えていた煙草から灰が零れそうになり、慌てて灰皿に乗せる。 「まだ、産まれていないし、まだまだ産まれるまで時間がかかるそうだ。だから、とりあえず俺がここに先に来たんだ。アイツが子どもを産んで落ち着いたら、後でここに来る予定だ。」 「そりゃ・・・・あ、めでたいじゃないか・・・。お前も親父か・・・。なんだか、笑えるな・・・。」 新たに声を殺して笑うサンジにゾロの眉が跳ね上がる。 「じゃあ、まぁよ、予約ってことでOK?で、いつ頃よ、彼女達が来るのは?それまでに準備はしておくぜ?料理の希望があったら聞くし、場所はどうする?この店だと少人数しか入らねぇぜ。そういえば、てめぇは一旦船に戻るのか?」 矢継ぎ早に出てくる言葉にゾロは付いてこれない。 「どうせあいつらが来るまで俺はここで待機なんだ。てめぇの世話になるぜ?詳しい話はいつでもいいだろう。まだまだ時間はある。」 温かい食事で腹も膨れたのか、当たり前のようにまたソファにゴロリと横になる男に、サンジは慌てた。 「ちょっと待て!ここで世話になるって、ここにいるのか、ずっと!!赤ん坊が生まれるまでどれだけ時間が掛かるのか知ってるのか、おい!!」 ゾロの傍に駆け寄り、身体を揺するが、すでに鼾を掻いている男は、昔のような蹴りをお見舞いしない限り起きそうになかった。 サンジは「ちっ」と舌打ちすると、隣の部屋から、シーツを持ってきた。 ちょっとやそっとでは風邪も引かないだろう男にそんな気配りは必要はないだろうが、それでもないよりマシだ。そう思い、ゾロの身体にそっとシーツを掛けてやった。 大きくため息を吐いて、そのままサンジは自分の寝室である隣の部屋へと入っていった。 次の日、ゾロは、サンジに起こされた。 懐かしいいつもの蹴りで・・・。 「とっととおきやがれクソ剣豪!!」 「げぇっ!」 蹴られた腹を摩りながらゾロは懐かしさを感じていた。 思わず笑みが零れてしまう。 「おら、何笑ってやがる!朝飯をさっさと食え。獄潰し。朝食が終わったら、俺は買出しに行ってくるからしっかりと留守番をしときやがれ!」 サンジの言葉にテーブルを見れば、ゾロの好きな白いご飯とみそ汁、それにお新香がすでにあとは食べるだけの形で並べられていた。 サンジが船を降りてから見つけた新しいコックもなかなかの腕前だったが、やはりサンジの作る食事は格別だ。サンジの料理に舌を慣らされていたゾロには、夕べ食べたものにやはり舌が喜んでいた。しかも、好きな和食が朝食となれば、喜びは一入だ。 「お・・・・。いいな、米の飯。」 ポロッと出た言葉にサンジもつい反応する。 「大概朝はパンだが、偶には・・・な。」 わざわざ和食にしてくれたことがゾロには嬉しい。 有難く、朝食をいただいた。 「そういえば、てめぇは・・・まだ一人なんだよな?」 突然出た脈絡のない質問に驚くが、今更ながらに改めて聞かれた言葉にサンジが笑う。 「見ての通りだ。素敵なレディとの出会いを求めちゃいるが、なかなかなぁ〜。」 「島に若い女はいないのか?」 「あぁ?・・・・・そりゃあまぁ、いないわけじゃないが・・・。そうそう思うように物事はいかないってことよ!」 多少、ムッとしながらもサンジも自分の食事に箸を進めている。 言葉が切れたところで、ゾロは徐にお椀を差し出した。 何も云わずにサンジはそれを受け取ると、自然、お代わりをよそう。 こんなのがいいな。とゾロはつい笑みを溢した。 サンジが不思議そうな顔をしている。 「生まれてくる子どもはどうやら、男の子らしい・・・。」 「へぇ・・・。もうわかってるのか?」 サンジが苦虫を噛み潰した顔をした。 「チョッパーの動物的勘だとよ。」 「そんなんでわかるのか!?」 今度は不思議そうな顔をする。 「まぁ、当てずっぽのところもあるだろうけどな・・・。」 「なんだ、そりゃ・・・。」 表情を見ると、話題はどうやらサンジにはあまりいい気分にはならない内容のようだが、それでも穏やかな時間がゾロには嬉しい。 そして、それだけの年齢を重ねた所為か、それとも、今のこの島の雰囲気の所為か、昔は暗く澱んだ空気を共にしたとは思えないほどに二人でいる時間を静かに過ごすことができた。 しかし、ただただ穏やかな時間だけでは到底すまなかった。 それは、夜、ゾロが獣へと豹変した時間だった。 「どういうつもりだ、てめぇ!」 「どうもこうも。てめぇを抱きてぇ!!」 仕事も終え、ソファで一服をしているサンジにつぃ、とゾロが前に立ち上がった。 その手はサンジの腕をきつく握り締めている。 「お前!今度結婚する彼女がいるんだろうが!!」 「今はここにはいない。」 「子どもが産まれるって言っただろうが!」 「まだ今は産まれていない。」 「何考えてやがる!!」 「何も・・・。ただ、てめぇを抱きてぇ!」 その瞳に宿る影に見覚えがあった。 しかし、その時はいつも戦闘の後で、闘いによって昂った頭と身体を精を吐き出すことで沈めようとしていたときだ。 今はゾロを昂らせている戦闘も海王類の襲撃もない。 なのに、どうして・・・。 サンジはゾロがわからない。 確かにお互いの心の内は決して見せようとはせず、本心を言葉に乗せることは今までなかった。 が、なんとなくだが、感じていたはずだ。 最初は、ただただ欲を吐き出すだけの関係だったが。 それでも、少しずつ暗い欲望を押さえ込むことを覚え、人知れず人を愛する事を覚えた男の心の内と己の心の内。 それは、お互いをどこかで想っていたのではないか。という事。 しかし、お互いにそれを決して口にすることはなかった。 ゾロも言葉を口にすることはなかったのだ。 だから、諦めたはずだ。 ゾロとの関係を。 そして、別れて、今、この島で一人で暮らしているのだ。 すっかりと忘れたはずの感情だ。 ゾロだって忘れたからこそ、ここで結婚パーティーをすると決めたのではないのか。 自分との決別をする為にわざわざこんな辺鄙な島に来て、サンジに奥さんと子どもを見せにくるのではないのか。 それを。 この男は。 この男は思い出させようとするのか・・・。 サンジは目の前が真っ暗になった。 ゆっくりと身体の力を抜く。 昔と違って、優しく抱きしめるゾロに気が付かないまま、サンジは只管、ゾロの動きが終わるのを待った。 |
07.05.18