極地にて3
昔と同様に夜な夜な、ゾロに抱かれるようになった。 しかし、昔と多少状況は変わっていた。年齢や今の環境も違うからだろうか。 昔は、戦闘後などで興奮が冷めやらない時が多く本能のまま乱暴だったが、今はそうではなく。 ただ単純にゾロの欲が湧いた時・・・。それはある晩、突然だったり、休日の昼中だったり、様々だった。 だからなのか、昔のような抱き方はしなかったが、それでも結婚を控えているというのに、自分を抱く。 そんなゾロをサンジには理解できなかった。 しかし、拒否もできない。 何故? 何故、自分を抱くのか? 平和な島にいるので戦闘などもなく。サンジは毎日、店の仕事に追われており、ゾロはそんな多忙なサンジを暇そうに眺めるだけだった。 結婚と出産報告とそのパーティーという、それだけでも到底想像の範疇を超えている大事な出来事なのに、その大事な相手の元へ戻らなくていいのだろうか。 結局、ゾロはルフィ達の待つ海賊船に帰ることもなく、サンジの店で、彼らと彼の婚約者を待っている。 もし、船に戻ったところで、迷子になって当のその日になって、花婿本人がいない、という事態も充分に考えられることなので、それはそれでいいのかもしれない。 しかし、サンジには、そのゾロとの日々が苦痛でならない。 結婚を控えているのに欲を吐き出すだけの為に自分を抱く男に。 それでも、心囚われているのに改めて気づかされてしまった。 昔だったらこんなこと、考えずにいただろうに。 昔だったらこんなこと、平然としていられただろうに。 今はこんなにも、苦しい。 サンジの心が落ち着かないまま。 一年近く時間が過ぎ去った。 「海賊船だ!!」 村の皆が風に靡く海賊旗に慌てふためく。 それを買出しの荷物を持ちながら一緒に眺めて、「あぁ。」と息を吐いた。 「漸く着いたか・・・。ありゃあ、こいつの仲間だ。この島を襲うことはねぇよ。大丈夫だ。昔も来たことある連中だ。覚えてないか?」 顎で荷物を抱える男を指し、村の人間を安心させる。 この顎で指された男も村人に最初、会った時は恐れられたものだが、いつの間にかすっかりと村に馴染んでいた。 確かに戦闘時には魔獣と恐れられるほどの顔とその腕前だが、何もなく平和な時は、まったくのんびりと惰眠を貪るだけの堕落した男に成り下がる。 戦闘時のゾロを知らない村人には、ただ単なるゴロゴロとしているだらしない居候ぐらいにしか思っていないのだろう。 海賊旗を見つけた瞬間。 ゾロも、安堵の息を吐いた。口では言わなかっただろうが、ずっと待っていたのだろう。 大事な仲間と大事な奥さんになる人と、大事な己の血を分けた子どもを。 便りをやりとりできるような島ではないから、無事、生まれたという報告は入らなかったが、チョッパーがいるのだ。きっと、奥さんに似て可愛らしいか、ゾロに似てふてぶてしいか、どちらかわからないがみんなに愛されるような愛しい子どもに違いない。 サンジはまだ見ぬゾロの子どもを思うと、チクリと心が痛くなったが、それには気づかない振りをした。 船が港に堂々と留められるのは、サンジとゾロのお陰か。 荷物を一旦店に置いて、二人はこの島唯一の港へと足を進め、船からわかる位置に立った。 船に乗っている乗組員もゾロとサンジを見つけ、誘導されるまま狭く難しい湾内を進み、指示されるままの位置に船を留める。 「サンジ!!久し振りだな。元気かぁ?」 相変わらずの明るい声が船中に響き、船長であるルフィが真っ先に飛びついてきた。 海賊王となった今でもまったく変わった様子もない。 無論、海賊王になったことは、やはり、何ヶ月か遅れの新聞で知った。 でも、海賊王になってから会うのは今回が初めてになる。 「おう、やっと海賊王になったな、ルフィ・・・。やったな!!」 「あれもこれもみんなのおかげだ。もちろん、サンジもだ。サンジの料理が俺達を作ってくれたからだ!」 「いや、俺は途中下船しちまったから、俺じゃねぇよ。新しいコック、いるんだろう?そいつのおかげだろう。」 途中でいなくなったと言うのに、嬉しい事を言ってくれる。 再会の嬉しさだけでなく、今だに仲間だという認識でいてくれることがありがたい。 ルフィに続き、ナミやウソップ、ロビン、フランキーが顔を見せた。 その後にも見た顔や見知らぬ顔もあったが、サンジが降りた後に入った新しい仲間でさえ、サンジと出会えたことを喜んでくれている。ルフィ船長の教育の賜物か。いや、どちらかといえばナミのおかげか。 「どいつもこいつも懐かしいな〜。みんな、元気か?」 それぞれに抱擁や握手を交わす。ナミやウソップなどは涙目だ。 「元気だったか?」 「変わらないな〜。」 それに加えて新しい面子も人懐っこい様子でサンジと挨拶を交わす。 「暫くお世話になります。サンジさん。」 「始めまして、サンジさん。」 幾人かと言葉を交わしてから、ナミが改めて「サンジくん。」と呼んだ。 ナミの腕の中には、ルフィとナミの子どもだろう、幼子が抱かれていた。 「この子がナミさんの子?やっぱりナミさんに似てかわいいね。よろしくレディ・・・。」 サンジに声をかけられるとちょっぴり頬を染めて、サンジを見上げる。 「こんにちはは?サラ。」 「こんにちは。」 3〜4才だろうか。しかし、言葉使いははっきりしていてとても綺麗だ。 「こんにちは、サラちゃん。」 娘のきちんとできた挨拶に満足して横に目をやる。 その先には、もう片方の輪になっている甲板があった。 そちらは、ゾロを中心に輪になっている。 迷子にならずに無事にこの島に着いていたことを驚きと喜びで笑いあっている海賊達がいた。 「もうひとり紹介するわ。」 そうサンジに告げると、ナミはゾロにも声を掛けた。 その後からチョッパーに付き添われて現れた一人の女性。 その女性の腕にはサラよりももっと小さい。 小さな小さな命が抱かれていた。 「この人が・・・。」 ゾロの奥さんとゾロの子ども。 サンジは、ギュッと口を引き結んだ。 ずっと考えないようにしていた思いが噴出さないように。 何も考えないで、目の前にある現状だけを認識するようにした。 「実は、この島の近くで出産したのよ。安産だったけど、念のため、子どもが一ヶ月を過ぎるまで様子を見ていたの。だから、かなり待たしちゃったわね。ごめんね、サンジくん。」 サンジに謝るナミにサンジが不思議そうな顔をする。 「なんで俺に謝るの、ナミさん?ゾロとこの奥さんの結婚パーティーをするんでしょう?もう大概の準備は済んでいるから、後は本格的に料理に取り組むだけだよ。」 「結婚パーティー?ゾロとケティの?」 ナミが怪訝な顔をするのを気づかない振りをして、サンジは踵を返した。 「すぐに準備をするよ。そっちも支度が終わったら、店に集合だ!どうせルフィがいるんだ、すぐにパーティーになるんだろ?ゾロ、お前が店に案内しろ!俺は先に帰って料理の支度をしておく!」 矢継ぎ早に勝手に話を進めるとサンジはそのまま船から降りた。 ちょっと涙が零れそうになったが、綺麗な奥さんと愛らしい子どもだった。 ゾロが幸せなら、それでいいと思った。 サンジの背中には、なんだかんだと騒いでいる声が届いたがすぐにそれは小さくなった。 かなりの人数だったので、裏庭を会場にしようとセッティングをしていると、いくつかの足音が聞こえた。 だがその数はどうやら全員が来たわけではないらしい。 「どうした?みんなで来ないのか?」 ガチャリと庭へ続くドアが開いた瞬間に顔を見せたゾロに声を掛ける。 「そういや、お前に店の案内を頼んだが、よく無事に辿り着いたな。迷子癖も治りつつあるか、感心感心。」 「話がある。」 ゾロに続いて、先ほどのケティという女性と赤ん坊も来た。 それにナミやルフィをはじめ、サンジのよく知っている頃のメンバー達。 「何だ、話って?パーティーはどうするんだ?」 「その前に話が先だ。」 いつになく真剣なゾロにサンジはセッティングしていた手を止めた。 「何だよ、今更・・・。さっさと終われよ、でないと時間がなくなっちまうぜ?」 口端を上げて笑う。 が、ゾロは真面目な顔をしたままだ。 「紹介する。こいつはケティだ。俺の子を産んでくれた。」 肩を抱き、赤ん坊を抱いた女性を前に出す。 サンジは、ニコリと笑いかける。 「そういえば、さっきは失礼・・・。パーティーの準備で頭がいっぱいだったから。ケティちゃん。おめでとう。こんなムサイ奴だけど、よく一緒になる気になったね。素晴らしい女性だよ、君は・・・。」 蜂蜜色のロングヘアに青い瞳。すらりと伸びた姿態は赤ん坊を産んだとは思えないほど綺麗なラインを描いている。が、やはり普通の女性よりも胸が大きく見えるのは、きちんと母乳を与えている証拠だろう。 そして、物静かだが、その瞳は芯がある強い女性に見えた。 「サンジさん。始めまして・・・。」 笑顔が美しいとサンジは思った。 「この子はヤヴェル、ゾロの子ども。そして・・・。」 一旦、手の中の子どもに目をやり、次にサンジを見つめる。 「貴方の子?」 「え?」 「この子はゾロと貴方の子。生んだのは私だけれど、この子の親はゾロとサンジ。」 サンジはゾロに視線を送る。どういうことだか、わからない。 「説明しなかった俺が悪かった・・・。」 ゾロは素直に頭を下げた。この男が他人に頭を下げることは珍しいが、偏屈ではない。自分が悪いと思ったらきちんと侘びを入れる男だ。その男が自分に頭を下げている。 サンジは不思議なものを見つけた目でゾロを見つめた。 「てめぇを試したようなもんだ。悪ぃ・・・。」 「どいうことだ?」 サンジには珍しく怒りよりも疑問が先にきた。きちんと説明してもらわねば、いけない。 「この島に来て、てめぇが所帯を持っていたら諦めるつもりだった。が、てめぇは一人だし、俺を受け入れてくれた。だから、てめぇの気持ちも俺と同じだと思ったんだ。でなければ、とうに船に帰っていた。」 「お前が所帯を持つんじゃないのか?」 結婚するとゾロは言った。子どもも出来たとはっきり言ったし、今、目の前にその子どもは存在している。 「契約したの。ゾロと貴方の子どもを生むと・・・。」 意味がわからない。 眉を顰め、納得のできない顔をしているサンジにナミが横から口を挟んだ。 「だから、きちんと言っておきなさいって言ったのに。まったくゾロは!」 ため息を吐き、「実はね。」と一番口の達者なナミが説明を始める。 「サンジくんが、船を降りてからかしら・・・。ゾロ、また昔のように戻っちゃったのよ。わかる?」 「え?・・・そりゃあ・・・。」 「もう、危なっかしいったらなかったわ。島に降りる度に、娼館に入り浸るようになるし・・・、まぁ、だからこそ船の中で暴れれるのはほどんとなかったけど、でも時々暴れだして船を壊すのよ。困ったもんだったわ。」 「そうそういつもってわけじゃなかっただろうが!」 「戦闘の度にじゃない!しょっちゅうよ!!」 ゴンとナミの拳が振り下ろされた。イテテと唸るゾロをそのままにナミが再度説明を続ける。 「ケティとは、とある島でゾロが暴漢に襲われたケティを助けたのが始まり。」 「私は元々娼婦だったんだけど、好きな男性がいて・・・一緒に娼館から逃げようとしたんだけれど、見つかってしまって彼は殺されたわ。私も殺されるところだったけど、そこにゾロが現れたの・・。」 二人の女性の口によるとどうやら、たまたまその店にいたゾロが殺されたケティの男と殺されかけたケティを見つけて、暴漢を退治したらしい。 彼が亡くなって悲嘆にくれているケティに、思いついたようにゾロがとある提案した。 「ゾロの子どもを産めっていうのよ。まったく、なんて男かしら・・・。出会っていきなり助けた礼に子どもを産めって!」 「し方ねぇだろうが。でなけりゃあ、こいつはどっかいっちまうんだからよ。」 こいつと指差されてサンジはぐっと拳を握るが、ここは我慢する。 離れていったサンジを繋ぎとめるために知り合ったばかりの女性に子どもを頼むのか。 信じられない、と思った。 帰るところも行く所もなくなった彼女は、半ば自棄気味にその提案を受け入れた。 今はまだ母乳が必要な時期だからすぐには手放せないけど、それでも本当に情が湧く前には手放したいと思っているという。 そして。 「契約だけで産んだ子どもだけれど、産んでみて、改めて思ったわ。子どもって凄いわね。いつの間にか、生きる気力が湧いてきたわ。私もいつかまた、どこかで素敵な男性と知り合ってこうやって子を成したいと思ったわ。」 すっかり母親の顔をしたケティにサンジは心配になる。 「この子は、君が産んだのだから君の子だよ。だから、ゾロと俺の子どもとは・・・。」 それにはケティは首を振った。 「確かに産んだのは私だし、この子に愛着がないわけじゃないけど、これは私の直感。貴方だったら、この子を大事に育ててくれると信じられる。それに、会いたくなったらいつでも会わせてくれるってゾロも約束してくれた。だから大丈夫よ。この子がゾロとサンジの子どもとして育てて貰えるなら・・・。」 この女性とゾロとの約束がどんな風に交わされたのかわからないが、それは男と女という関係とは違うものであるとサンジには思えた。 もちろん、好き嫌いで判断すればきっと好きな人間の部類にはなるだろうが、サンジにもこのケティという女性は好きになるだろう。人間として。 「きちんと説明しなくて悪かった。てめぇが所帯を持っていたら、この子どもは船で育てるつもりだった。それだけの覚悟ももちろんあったが・・・・・。それよりも、俺は自信があったぜ?お前を抱いた時にな。」 「な!」 突然の言葉にサンジは真っ赤になる。 「この島で最初に抱いた時にわかったぜ?お前、俺のこと、好きだろう?それに俺の言葉でショック受けてただろうが・・・。」 「〜〜〜〜〜〜〜!!」 「俺はてめぇのことが好きだ。最初は、ただの暴走する俺を止めるだけの存在としてしかてめぇを抱いていなかったが、てめぇの存在がいつの間にかそれだけじゃなくなった・・・。」 普段はケンカばかりしても一緒に飲む酒は上手いと思ったし、自分の作った料理は口にせずとも上手そうに食べていた。戦闘後のことはさておいても一緒に戦うことにはサンジも高揚感を持つほどに息があっていたと今更ながらに思い出す。 「しかし、俺もそうだったが、てめぇも自分の気持ちに蓋をしていたからな・・・。そんなんじゃいけねぇって、てめぇが船を降りてから気が付いたんだ。もちろん暴走する俺を止められるのもお前しかいねぇし・・・。」 「てめぇ、まだ獣に戻っちまうのかよ!この島じゃあ、そんなことなかったろうが!!」 二人のやりとりはまるで周り人がいるのを忘れたかのように二人の世界のなっている。これには誰もが苦笑するすかなかった。 「だからよ・・・。やっぱ、てめぇがいねぇと俺はダメらしい・・・。」 「ゾロ・・・。」 「諦めて、てめぇの気持ち、白状しちまえ!」 「・・・・。」 「それとも俺のことを諦めるか?」 「!」 「お前が俺のことを最初から諦めているという覚悟があったのなら、それは今日から俺が死んだら諦めるということに変えろ。俺はお前を諦めないと決めた。」 「・・・・・ゾロ・・・・。」 「だからこそ、知り合って間もない女に子どもを産んでくれと頼んだんだ。てめぇは女じゃない。が、子どもがいればてめぇは俺の傍を離れないような気がした・・・。」 「・・・・。」 「白状しちまえ!」 「・・・・・・・チクショウ!!・・・・あぁ、白状しちまうよ!俺もだ、俺もお前と一緒だ、ゾロ!最初は気持ちなんて関係なかったが、いつの間にか、てめぇのことが忘れらなくなった。だから、この島でも一人でいたんだ。てめぇを忘れられなくて!!わかったか、このヤロウ!!」 サンジはケティからヤヴェルを受け取ると優しく、そして強く抱きしめた。 すやすやと眠る姿はゾロそっくりだ。船に乗っている時から寝ている姿しか見ていない。この島に着いてからずっと寝続けているのだろうか、と思うとクッと笑えた。 早く起きて、泣いてくれないかな。どんな声で泣くのだろうか。 サンジは、血が繋がっていなくともこの子どもを大事に育てることができると、信じることができた。 サンジは大切な者のためには全てを投げ打ってでも守り通す男だと、ゾロも知っているからこそ、ゾロ以上に大切な存在を作ったのだ。 心のない関係から始まったのだが、心の繋がりが一番の繋がりになる関係をこれから作っていく。一緒に。 新しくできた大事な絆を改めてサンジは抱きしめた。 ゾロが言っていた結婚パーティーというのは、実はゾロとサンジのパーティーだということはゾロの中では決まった事だった。 もちろんゾロの予定通りにパーティーは行われた。 END |
07.05.18