いつか桜の木の下で17




「ゾロ・・・・・。」
「サンジ・・・・会いたかった・・・。」
「ゾロッッ!どうして、てめぇが・・・・・ここにいる・・・・んだよっっ!!」

サンジは、震える声で叫ぶしかなかった。



サンジの様子に、ゾロの方が驚いた顔をする。

ゾロは、ずっとずっとサンジに会いたかったのに。
くいなと夫婦になろうが、新婚だからとまわりから揶揄されようが、D家に仕えることが決まって全てが順調に進んでいようが。
例え、夢が現実になろうとしたところで。


ゾロは、一時もサンジのことを忘れることはなかった。

ゾロは一流の剣士になることが夢だ。
誰もが知っているゾロの夢。だが、それが終着点ではない。皆が知らないだけだが、その先に。サンジを守ることこそが、本当のゾロの夢なのだ。

金も力もない自分。
だからこそ。
サンジを守るようになるために、金と力を手に入れるために、敢えてサンジと離れたのだ。
だが、離れたと言っても、心はわずかも彼から離れてはいない。
くいなには言っていないが、心から愛する人はただ一人だと子どもの頃から決めていて、それは今もまったく揺らぐことはない。
もちろんくいなの事は、同じ剣士として尊敬もしているし、女性の中では彼女を一番に大切に思っている。
でも、それ以上の存在がサンジなのだ。



まだまだ一流の剣士になったとは到底言えないが、それでも剣の腕前も認められ、仕えるD家でも一目置かれ、今では、ゾロの存在を認めない者はいない。
まだ若いこともあり武士としての身分もいいとはいえなが、それでも若い者としては成功していると言えるだけの環境に身を置いている。
だから。

だから、ほんの少し、一息つきたかった。
これからもさらに上を目指すために、頑張れるように、サンジに一目会いたかったのだ。

もちろん、くいなには何も言わずに出てきた。
これは、自分勝手な行動ではあるが。もう子どもはないのだ。
誰だって遊びと称して、吉原に繰り出すことは多々ある。ましてや、ゾロの場合、遊びではない。大切な人に会いに来ただけなのだ。何が悪いのか。


だが。


その、ゾロのほんのちょっとの心の甘えが全てを狂わせた。









サンジに会うには、今は裏口からと言うわけにはいかない。今、自分はもう余所の人間なのだ。
確かに、そっと裏から入ってこっそりと会うこともできないわけではないだろう。
だが、それは今は一介の身分のある人間のやることではない。
ならば、どうしたら会えるのか。

あぁ。
そうか。
もう、自分は一介の身分のある人間だからこそ、堂々と正面から見世に入ればいいのだと、ゾロは気づいた。
客として堂々と正面から。
そうすれば、サンジと二人きりの時間もゆっくりと過ごすことが出来る。誰にも邪魔されずに。






が、今目の前にいる愛しい人の表情は何だ?

苦しいほどに顔を歪めて。
声もか細く、指先まで小刻みに震えている。

サンジは己に会いたくはなかったのか。
自分はこんなにも会いたくてここに来たのに。そして、会って、こんなにも心が高揚しているのに。

サンジの表情はただただ苦悶に満ちていた。

「サンジ・・・俺は・・・。」
「何で・・・・。何でなんだ・・・ゾロッッ。」

ゾロが一歩サンジに近づけば、サンジは同じ距離だけ後ずさる。部屋の中に入ることさえなく、廊下をずずずと下がっていくばかりだ。
何事かと、通り過ぎる輩が不思議な目でチラリと盗み見、そして、部屋の中にいる人物にギョッとする。
だが、部屋の中にいる人物がすでにこの見世を出たことを知っており、ならば今この場にいる事情を察して、何も見なかった風を装ってそこを通り過ぎた。

「サンジさん・・・。」

ギンはただただオロオロとサンジを見上げるだけだ。

「俺は、お前に会いたくてここに来たんだ・・・。」
「だから・・・・客って・・・。この見世の客になって・・・・?」
「ダメなのか?会いに来ちゃあ。」

苦悶の表情から徐々にその瞳に涙が浮かび始めるサンジに、ゾロは困惑する。

「ただ会いに来ただけなのが、いけないのか?俺はお前に会いたかったんだ。お前は、俺に会いたくなかったのか!?」

ゾロはたサンジに疑問をぶつける。
しかし、サンジはそうじゃない、と首を振る。

「俺だってお前に会いたいさ。でも・・・・でも・・・。」
「サンジ・・・?」
「客と遊女・・・・?俺はお前とはもう対等になれないのか!?お前は俺に会いにきたというが、俺を買いにきたんじゃないのか?」

俯くサンジにゾロは動くことさえできなくなった。
ゾロは、ただ単純にサンジに会いに来ただけなのに。
サンジからすれば、ゾロは、愛する人ではなく、もはや遊女を買いに来た客なのだ。
サンジの言葉にゾロは絶句した。

そんなつもりはなかったのに。
サンジの気持ちに初めて気がついた。
どう言葉を掛けたらいいのか。
ゾロが困惑していたら、突然、サンジが着物を翻して、踵を返した。

「サンジさんっっ!!」

ギンが慌てて振り返りサンジを呼びとめたが、彼は何も聞こえないとばかりに、駆けだした。そのまま廊下を玄関の方へ駆けて行く。

「サンジッッ!!」

慌ててサンジを追いかけようとしたゾロを、目の前のギンが体を張って引き止めた。

「離せっ、ギン!!」
「申し訳ありません。今、すぐに名代を連れてきます。お部屋でお待ち願います。」
「何言ってんだ!俺は、あいつを・・・!!」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。が、ここは一旦部屋でお待ち願います。」
「ギンッッ。俺は!!」
「サンジには後できちんとお詫びさせます。客人には申し訳ありませんが、部屋でお待ちください。」
「ギンっ!」
「代わりに、この見世きっての売れっ子を呼びます。それでお許し願いますか?」

縋るように引き止めるギンに、ゾロは腕を振り払おうとしたが、最後のギンの言葉でゾロの動きが止まった。
そうなのだ。
ゾロはこの見世の客なのだ。
部屋を出て彼を追いかけるような真似はできない。
サンジの言う事はこういうことか、と改めてゾロは目を見開いてギンを見つめる。
畳みかけるようにギンもまた、ゾロを見返しながら言葉を再度繰り返した。

「お客人、最近、ひっぱりだこの娘がいるんです。バレンタインと言って、器量良しで芸事にも長けています。どうでしょうか?」

ゾロは、サンジの消えた先に視線を移し、見つめた。
騒ぎに何事かとそれぞれの部屋から覗く顔も終息しつつある出来ごとに、またそれぞれの部屋へと戻った。
一旦は止まっていた音楽。景気のいい笑い声。それらが、またゾロを追い詰めるように聞こえ出した。

ゾロは、落胆する。
彼を追いかけることは、できない。ここの若衆だったころなら容易にできたことなのに。
「あぁ。」と小さく声を出して、ギンを振り返った。

「いや、ナミを頼めるか?彼女がいい・・・。」
「申し訳ありません。残念ながら花魁は今、取り込み中です。」
「いいわよ。」

ギンの声に少し高い声が被さった。

「花魁。客が・・・。」
「ルフィなら、気にしないで。もう帰るっていうから・・・。」

ナミは少し乱れた打ち掛けを直しながら、ゾロの部屋へと近づいた。花魁と呼ばれるだけあって、衣装も結った髪も華やかだ。仕草ももちろん、美しい。しかし、その表情は客を迎える遊女にしては険しい。ゾロは、ナミのその表情の険しさの理由をすぐに理解した。
そっと視線を横に流せば、ナミの部屋はゾロが通された部屋から僅かに離れた場所だったのだろう、ナミが使っていた部屋から誰ともなく、静かに黒髪の男が出て行く。
ゾロとしてはナミの馴染みらしい男に申し訳なく思ったが、今は他の誰をも呼びたいと思わない。後姿からすれば、去っていった馴染みは武士と一目でわかった。ここで声を掛けるほどゾロも野暮ではない。ナミを通して後日詫びをするしかないだろう。ともかく、彼には気づかぬ振りをした。

「いいんですかい、花魁?」

ギンが心配そうにナミを見つける。
ナミは、ギンには笑顔を見せ、しかし、ゾロには厳しい表情で睨みつける。

「えぇ。問題ないわ。ゾロ、今日のところは貸しにしておいてあげるから・・・。」
「悪ィ・・・。」

まるで生気を失ってしまったような顔のゾロにナミは溜息を吐いた。

「サンジくん・・・。」

一旦心配そうにサンジが消えた先を見つめてから、ナミはゾロを部屋へと促す。
ゾロもまた、後ろ髪を引かれる思いでサンジの消えた方角を見つめながら部屋へと入っていった。

「ギン。サンジくんのこと、よろしくね。」

ナミはそうギンに頼んで部屋の襖を閉めた。

「わかりやした。花魁・・・。」

ナミもゾロも、サンジのことはギンに託すしかなかった。


11.08.10




               




      なんだか、段々・・・・。そして、話は進まず・・・。すみません。