いつか桜の木の下で18
感情のままに見世を飛び出して、サンジはとぼとぼと、どこともなく歩いていた。 ここは、どこだろうか。 小さかった頃を思い出す。 牡丹母さんが亡くなって、小さな樽に入れらて連れて行かれた時、慌ててその後を追いかけた。だが、その樽を見失って、訳も分からないままに彷徨った記憶がある。 しかし、あの時と違うのは、あの時はゾロが傍にいた。二人で手を繋いで歩いていた。 今は、たった一人きり。 大きく成長したのに、たった一人でどこかわからない道を歩いている。 そして。 ここは、まだ吉原から遠く離れていないはずだ。 いや、人手も多く、通りは賑わっている。店もあちこちまだ開いている。もしかして、まだ吉原の大門の中だろうか。遊女の恰好をして大門を出ることなどできないはずだが、それでも記憶が飛んでいるように覚えていない。それにわからないまでも、時間にしてみればたいして時間が過ぎたように思われない。多分、ここが例え大門の外だとしても、小さい頃によくお使いに出された距離の範疇だろう。 ただ、あまりのショックに見世を飛び出して、闇雲に走った。無意識に進めている足元を見れば裸足のままだった。場所も、頭が朦朧としているからここがどこだかわからないだけだ。たぶん、そうだ。 そうだよなぁ。と、サンジは空を見上げた。 いつも部屋から空を見上げることが多かった。 遊女になり吉原から外に出ることがなくなってから、サンジはいつも空を見上げていた。 ゾロは。 部屋で見た、凛々しい姿。 彼は、一人前の武士として名を上げてきているのだろう。 誰もが認める男になってきているのだろう。 ゾロはただ単にサンジに会いに来ただけと言った。 でも、それは、昔のように対等の関係ではなく。 無論、裏から入るわけにもいかないが、表から見世に来れば、客と遊女という関係になってしまう。 ゾロはそれでもよかったのだろう。 でも、サンジは。 サンジはお互いに対等の立場で会いたかった。今度会う時は、この見世を出て、自分の料理を認めてもらって一人前の料理人として会いたい、いや、会うだろうと思っていた。 それが、何年後になろうと。その間、どれだけ辛い時期があろうと。 お互い、前を向いて堂々と会う。そうしたかった。 再会した瞬間のゾロを思い出す。 ゾロにそのつもりはなくとも。 所詮、自分は体を売って生きて行く者としてしか見てもらえない。 ゾロはサンジを遊女として認めていて、遊女のサンジに会いに来たのだ。 夢をかなえつつあるゾロ。 ゾロにまで遊女としてしか見られない自分。 なんだか、もう自分の夢も人生もどうでもよくなってしまった。 牡丹母さん。 サンジは俯いた。 ゾロは夢を叶えつつある。その夢を支え、一緒に生きる人もいる。 それに引き換え、自分は今だ何も変わらない。 ポロリと涙が頬を零れた。 俺、椿母さんや牡丹母さんの傍に行ってもいいかな・・・。 ぼんやりと考えるサンジの目の前に、大きな橋が眼に入った。 「はぁ〜。いやんなっちゃうねぇ〜。」 頭をガリガリ掻いて、エースは一人ごちた。 父の名代で西の方のずっといたが、帰って来てから1週間は経つ。2年ぐらいここを留守にしていただろうか。 せっかく久しぶりに帰ってきたのだから少しはゆっくりと出来るかと思いきや、何かと煩い家臣達があれこれとエースの回りをうろつく。 どうせ跡を継ぐのはルフィだから、俺はもう少し自由にさせてもらっていいじゃないか、と叫ぶがそれとこれとは別だと、何かと小言を言われた。 しかも、なんでも吉原の花魁に熱を上げているルフィをなんとか説得してくれと言う。見世の名前も聞いた。 エースは別にルフィがどんな嫁を迎えようと、ルフィの好きなようにすればいいと思っているので、家老の言葉に無視を決めていた。 が、京から帰ってきてからずっと言われ続けて、とうとう根負けして「わかった。」と言ってしまった。 適当にあしらおうとは思っているが、どちらにしてもともかく、その花魁に会ってみないと二人がどんな状況かもわからない。 ルフィは兎も角、その花魁がどういうつもりか調べてくる。 そう言って家を出てきたのだが、自分はそうそう吉原には行く気はなかった。 無論、西の国ではそれなりに遊び歩いていたのでその手の知識はあるし、女に興味がないわけではないのだが、反面、女の面倒な部分も散々見てきた。だから、ルフィが熱を上げている花魁がその面倒な部分に当たるような女だったら・・・と考えるとうんざりしてくる。 ただ、ルフィは一見何も考えていないように見えて、意外にもしっかりしている。エースからしても、ルフィは人を見る眼はあると思う。 そんなルフィが選らんだ女ならよほど大丈夫だろうが。 いつまでもうだうだとしていても仕方がない。 一丁、その見世に行ってみるか。と足を目的の場に向けようとした時。 歩いている橋の向こうから、やたらと目立つ金の髪を持つ女が歩いてきた。 「え?」 どう見ても遊女だろうという容姿。 いかにもな着物にいかにもな顔つきと化粧。 くるんと巻いた眉毛は、一見ユニークさを見せるが、それでも彼女の美しさはなんら変わることがなかった。 と、ふと気付く。 金の髪なんて西の方では見なかったな。 ここにはそういった女は多いのだろうか。 なんとなしに興味を惹かれて、思わずしげしげと眺めてしまった。 向こうも、そんなエースのあからさまな視線に気づいたのだろう。 ふ、とエースの方に顔を向けた。 ドキン こんな感情はエースは初めてだった。 俺としたことが、一目ぼれって奴か!? ただただ呆然と見つめるエースに金の髪の遊女は、ニッコリと笑みを向けた。 が、その笑みの中にある瞳は涙で濡れており、どれだけ泣いたのだろうかと言うほどに頬をも濡らしていた。 逆にその涙が、彼女の美しさを際立たせていると思わずにはいられない。 彼女に一体何が起こったのだろう。 それでもただただ呆然とすれ違う彼女を見送ることしかできなかった。 こんなところを遊女と思しき人物が一人で出歩くなんて、一体何があったのか。 いや、実は彼女は遊女ではないのではないだろうか。 ぐるぐると頭の中でいろんな考えが浮かぶエースをおいて、彼女はそのまま通り過ぎて行った。 それでもやはり、彼女をそのままやり過ごすことができずに、声を掛けようと、エースが振り返ろうとした・・・ら。 ドボォォォン え? 何かが水の中に落ちたような水飛沫が上がる音が耳に届いた。 勢いよく振り返ると、橋の中央には誰もいなかった。 と、同時にどこからか、「飛び込みだぁぁ!!」と叫ぶ声が聞こえた。 今の娘か!? エースは慌てて、彼女がいただろう場所へと走った。 そのまま橋の欄干を乗りだし川面を覗きこむ。 そこは、確かに誰かが落ちたのだろうことを証明するように、川面が揺れて水の輪を広げていた。 「ちっっ」 エースは舌打ちすると、戸惑うことなく彼女を追って水面目掛けて飛び込んだ。 |
11.09.09